日本国の野望 その4
北海道北方海域
黒霧との境界ギリギリの場所に、まるでこぶの様に黒霧が発生していない海域がある。何故ここだけ黒霧が避けるように発生していないかは不明だが、遠浅の海底に高純度の魔石で構成された海底洞窟群が広がっていることが一つの要因ではないかと考えられている。そして、この海域こそ日本へ上陸してくる魔物の最大発生地「メインネスト」であった。
水産庁の大型船2隻は護衛艦に守られながら水中ドローンを使った海底洞窟の調査を長期に亘り行っていた。初期のころは見慣れない船に興味を示した半魚人が海面から無数に顔を出して船員を精神的に苦しめていたものの、禁忌音波の開発によって船への接近事例はなくなっている。
調査開始から4年。魔物の「食べられない物には興味を示さない」性質と共生音波の使用によって、水中ドローンでの洞窟調査はほぼ完了し、効果的な駆除方法の検討段階にきていた。
「薬品を使った駆除は、対象地域があまりにも広いため現実的ではありませんし、彼等も生き物ですから広範囲に逃げ出す可能性があります。」
「海洋汚染も考慮しなければなりません。」
名も無き組織は各省庁から出された対応案を検討していた。
「文科省と防衛省は複数の核爆弾を同時に起爆させて一気に駆除する方法を提案します。」
「あなた方は、ただ実験がしたいだけでは? メインネスト自体が巨大な魔石なんですよ。」
メインネストは黒霧内各国の魔石鉱山と同規模の魔石で構成されており、魔石の価値が判明した現在では、後の利用も考えられるようになっていた。
「宝の山を前に判断力を失ってはいけません。300年前のジロ戦争ではメインネストが攻撃手段として使われました。」
文科省の職員はジアゾや黒霧内の歴史資料から、外的要因によってメインネストの魔物が大移動を行うことを示す。
「当時は大きな効果を発揮したようですが、今回は同じことは通じません。相手の規模が違うのです。」
防衛省の職員は魔物の戦闘力とパンガイアの戦力を説明し、戦争で使用するために残す判断が無いことを話す。
「また、神竜がロマかサマサを先制攻撃することも考えられます。ロマの場合、魔物の群れが日本側に来る可能性が高い。」
両省の職員は魔物の群れは平時においても無視できず、戦時では邪魔にしかならないため早期の駆除を訴えた。
メインネストの場所は日本から遠く、鉱山を開くには戦後となる。その時まで魔物を放置するわけにはいかない日本国は早期の駆除作戦を行うことを決定するのであった。
駆除当日、複数の核爆弾が同時に起爆。高純度魔石の海底洞窟が破壊の波に飲み込まれると同時に、核爆発と魔石の反応によって強力な魔力嵐が発生して黒霧内国家が大混乱に陥るのだが、この時は誰もその危険性に気付く者はいなかった。
日本国某所、国民データバンク
改正国民保護法によって全国に3ヶ所作られたデータバンクは、元は黒霧からシェルターへ避難する国民を選別する施設であった。ここには国民一人一人の個人情報、生体情報を一括で管理し、行動履歴から犯罪予備群を排除し、遺伝子情報から将来の病気を予想することで、少しでも国の存続に繋がる国民を選別出来るための設備が整えられていた。
転移後、データバンクは機能を更に強化されることとなる。国内の不安定化、海外への国民の派遣に戦争と、国民管理の必要性が増したからである。国民保護法は半年に1度のペースで改正され、その都度データセンターは大幅な機能追加がなされていた。
法改正による大きな変化は、国民1人1人へのマイクロチップ埋め込みである。このマイクロチップそのものがマイナンバーカードであり、最強の身分証明書と位置付けられていた。マイクロチップの埋め込みは拒否が可能であるが、マイクロチップを埋め込んでいない人間は安全上、海外へ行くことはできず、様々な行政優遇処置を受けられない等デメリットが多くなっている。
デメリットの最たるものは行政窓口での手続きである。マイクロチップ有りでは本人確認が瞬時にでき、実印すらもサインで代用可能になり、手続きが大幅に短縮された。公務員が少ない現状で、この制度を使う使わないは雲泥の差が出来ており、半日以上かかる手続きが数分で終わるため利用者は急増している。また、民間企業の手続きにも導入され、マイクロチップの埋め込みは当たり前になりつつあった。
同国、国民データバンク東北ハブ
その昔、エシュロンと呼ばれていた施設の地下に東北ハブは設置されていた。
「彼等が遂に折れたよ。国に協力する代わりに構成員を保護してほしいそうだ。」
「古いやり方では国はもう欺けませんよ。ふふっ、地上では鴉天狗以外にも血縁関係のない家族が大勢判明して揉めに揉めているそうです。」
門倉はデータバンクの職員に鴉天狗の構成員に正規の国籍を与える作業を頼んでいた。これは国の国民管理が厳しくなり、組織として成り立たなくなりつつあった鴉天狗の苦肉の妥協策である。
「あまり関係の無い事は喋らない方がいいですよ。ここでの情報漏洩は結構な罪なんですから。」
「それを言ったら、データバンクのデータ捏造は殺人並みの重罪ですよ。」
「これは国が認めたものだよ。彼等は正規のデータと裏のデータ、2つの顔を持つことになる。」
「超法規的処置というやつですか? 後で問題にならなければいいですがね・・・」
データバンクは国民管理に大きく貢献し、南海大島では南海鼠人の管理に一役買っていた。だが、南海大島ハブが建設され始めた頃、ある問題が持ち上がる。
同国、北海道大学
魔物との戦いの最前線である北海道、その一大研究施設である北海道大学では様々な研究が進められていた。
「石田さん。頼まれていた遺伝子の解析が終わりましたよ。早速確認をお願いします。」
「もうできたのですか。」
文科省の職員石田は上から内密に調べ物を頼まれていた。渡されたサンプルの遺伝子を形が残らない方法で調べて報告せよ。と言うものであり、評価判断の一環と称して担当する研究者に調べさせていた。
「こんなことに付き合わせて、すみませんね。」
「いえいえ、これで補助金が貰えるならなんだってしますよ。」
渡されたデータを見たが石田には何が何だかわからものばかりであり、見かねた研究者は一つ一つのデータを説明していく。
「BFのサンプルは妖怪の物ですよね。妖怪特有の特徴が出ていますが、ここにあるように狐の亜人の特徴も出ています。恐らく、サンプルの主は元亜人で、何らかの影響で妖怪になったのではないかと推定できます。」
「はぁ、そうですか。」
説明された石田は気が重くなる。渡されたサンプルは省内で既に噂が広まっていて、倭国の外務局長のものと、変異した日本人とされるものであった。他人の秘密を好き勝手見る趣味は無い石田にとって、個人の情報をここまで深く知ることは気分が悪くなるだけである。
「RAのサンプルも倭国人の物ですか? ほぼ日本人ですが、妖怪ですね。」
「何故、分かるんですか? 」
「簡単ですよ。えーと、こちらの方法で自然寿命がわかるのですが、RAサンプルは260年と出ています。我々の自然寿命が38年なので別種のものですね。」
この説明を聞いて石田は更に気が重くなる。日本でも妖怪が生まれることが判明してしまった。本人はこれからどうやって永い人生を生きていくのだろうか? 頭の中には奇異の目で見られるサンプルの国民が思い描かれるが、妖怪として生まれて来た国民の扱いがどうなるかは自分が決めることではない、石田はデータをもって東京へ戻るのだった。