世界大戦への事前準備
日本国、東京都千代田区
ジアゾ合衆国との連絡体制が整った頃、最大野党党本部では若手から幹部まで集まって今後の方針が議論されていた。
「このままでは戦争は避けられそうにない。」
「我が国ですら戦争ありきで事が進んでいる。何時からこんな国になってしまったんだ。」
「与党の暴走を止めるには「無職」と手を組むのも致し方無いのかもしれません。」
議員達は実質戦時体制に移行した国の国民負担軽減策や戦争回避案を話し合っていたが、最良の選択である戦争の回避方法が思い浮かばず、時間だけが経過していく。
「我々は戦争の回避を第一に考えている。開戦を数年先延ばしにするためだけに無色と手を組むのは悪手と言わざるを得ない。」
「ジアゾ合衆国との連絡体制が整い、パンガイアが科学文明を共存対象ではなく、獲物として狙っていることが残念ながら明らかとなっています。更に、両ノルド国家上層部は我が国の存在を考慮して侵攻計画を作っていたことが判明しました。」
「彼等の戦力は強大だ。自衛隊では抑止力にすらならない。」
時間が経つにつれて日本を取り巻く環境が明らかになりつつあり、想像以上に深刻な事態が次々と判明していた。
「長年の付き合いがある国だったら何かしらの策は出てくるのだがな・・・」
「戦争回避は不可能か・・・」
「諦めるわけにはいきません。戦争なんてことになったら国が滅びます。」
幾度となく行われた会議や話し合いで、確実な戦争回避案は出なかった。自国が戦争をしないと宣言していても、相手国が戦争をする気満々だった場合は相手のやる気を削がなければならない。しかし、今回のように明確な目的があり、大きな利が得られる戦争は戦力で圧倒している側を抑止することは不可能である。
「俺達が平和平和と言っても他国には大きなしがらみがある。特にノルド国家と神竜教の仲は最悪だ。外野が簡単にどうこう言えるものじゃない。」
「我が国がその仲をとりもてば・・・」
「馬鹿を言うな! 」
若手議員に幹部は怒鳴りかかる。
「我が国に超大国と、それに敵対する宗教組織の間に入るだけの力がどこにある! 」
「日本は既に神竜教勢力と見られているんだぞ。」
「交渉のテーブルに着かせてしまえば可能性があります! 不可侵条約を結べれば、やりようがあります。」
この若手議員は戦争回避の可能性を他党の若手と探っており、あらゆる手段を使用して不可侵条約を締結すべきと主張する。この発言に対して党首である前総理が口を開いた。
「その考えは与党内でも出ているが、現実的ではないと結論が出たようだ。奇跡的に不可侵条約ができても数年で破られるのが目に見えているからな。」
前総理は理想を追い続ける若手に現実を突きつける。この若手議員は国と国との取り決めである条約は守る事が当たり前であると考えていた。しかし、条約は一定の条件が揃うと簡単に破られてしまう事を理解していない。
「国益にもならず、武力の担保も無い条約は糞の役にも立たないということだ。転移前にあったロシアによるウクライナ侵攻は、条約によってウクライナの安全を保障していたロシア自身が侵攻した。我が国関連では、古くは日ソ不可侵条約、韓国との請求権問題だな。」
互いに利益になるから条約は守られ、力による担保が各国の安心感と信用を得る。それらのバランスが崩れた場合、条約は度々破られるか無視された。
「それは、あの国々には良識が無かった・・・」
「お前は付き合ってもいないノルド国家に良識があると思っているのか? それに、相手国の良識に頼った外交がどれほど不毛なものだったか知らないとは言わせんぞ。」
世界大戦終結後、日本国は韓国に多額の経済援助を行い、竹島を不法占拠しようと何しようと寛容な態度をとってきた。多くの日本国民はそれで戦争の反省と謝罪、両国が未来志向の付き合いが出来ると勘違いしていたのだが、国家の敵意というものは無くならず、関係改善にはならなかった。
これは韓国が特殊というわけではない。既に歴史上の偉人によって太古の時代に提唱されていた国家の本質である。
「政治も外交も知らない国民は兎も角、俺達はそこんところを念頭に入れて行動しなければならねぇ。」
政治家は国と国との関係を人と人との関係で考えてはいけない。たとえ有権者が求めていたとしても国と国との関係性と人間の本質から逸脱したことはできないのである。そのルールを無視して大失敗した例は歴史上数知れず存在していた。
「ノルドと神竜、妖怪達の関係に日本が入り込む余地は無い。今回の戦争は避けようがないし、どちらかがミンチになるか、共倒れになるかしなければ終わらないだろうな。」
党幹部の話しというより、国自体が行き詰っていた。日本は転移後に名も無き組織によって何とか国を維持できていたものの、大国同士の戦争には政治判断と法改正、場合によっては憲法改正による国民の意思統一が必要であり、そこは国家公務員の集まりでしかない名も無き組織が手の出せない分野であった。
「与党は憲法改正の国民投票をする気だ。かなり特殊な方法だが、これで黒霧発生以前の改憲案を国民の判断に委ねられる。」
「新憲法改委員会の案ですね。現総理は反対していたはず。」
「現状、最も無難な改正案です。大幅な方向転換、といったところでしょうか・・・」
結局、行き着くところは憲法改正となる。皆、薄々考えていたことだが、未だかつて改正されてこなかった憲法改正投票が実際に行われ、しかも自分が携わるとは実感がわかない。
「国会を抜けても国民投票で改正されるかわかりませんよ。」
「その時は総理に何か考えがあるようだが、手の内は明かしていない。心配しなくても話し合いが先に行われるのは変わらないことだ。まぁ、問題はその先だがな・・・」
前総理は既に今後の方針を総理から聞いているが誰にも話していない。話せば荒れることが目に見えているし、「戦争はヤダ」と自分達が駄々をこねたからと言って国の立場が好転することがないのはわかり切っていることである。刻一刻とタイムリミットが迫り、追い詰められている彼等に選択肢はほとんどなかった。
「話を変えましょう。国民負担の軽減ですが、各省庁から具体案が幾つか出始めたようです。今後、与党とすり合わせて法改正が行われると思いますので、早い段階で目を通しておいてください。」
憲法の件はこれ以上進展は無さそうなので次の話に移る。各省庁の案は不足する国内の戦力不足を解消するためのものであり、国内にある米露軍の活用、瘴気内同盟国軍の受け入れや自衛隊における外人部隊の創設などである。
「この中に不足する自衛隊員の補充案があるのですが・・・一つ荒れそうなものがあります。」
その書類を読み進めるにつれ、書かれている文の意味と意図が分かり始めた議員達は顔をしかめた。
「正気ですか? 」
「これを考えた人間は悪魔ですかね? しかし、私は賛成です。」
ほぼ全ての議員が嫌悪感を覚えるも、反対案はほとんど出ない。話題の中核は自衛隊外人部隊の創設案であり、内容は瘴気内各国から兵士を募集し、2、3年の訓練で外人部隊を編成していくというものだが、無論、これは国民向けのカモフラージュである。
日本以外の最大戦力である神竜教僧兵団は同盟国軍として受け入れが決まっており、蜀は自国防衛に手一杯、倭国人は魔素の少ない日本国での活動はそもそも無理があった。
外人部隊として想定されている人員は南海大島攻略戦で大量発生した南海鼠人の孤児達であり、黒霧が晴れるまでの間に訓練し、12歳になった孤児を外人部隊として採用するというものである。12歳という年齢は倭国との戦時中に一人前の兵士として投入されていた年齢であり、南海大島では日本の管轄地となってからも、その一般認識は変わっていない。
「理解していると思いますが、この法案が通らなければ鼠人の代わりに日本人が投入されます。法案修正も含め、慎重に議論しなければなりません。」
誰も好き好んで戦争に行く者はいない。そもそも、現在の日本国は少子化で兵士に適する年齢の人口が少なく、この様な状態で無理に自衛隊の人員増を行えば産業に悪影響を与え、逆に戦力の低下を招くのだ。
南海大島、西部大規模孤児院
黒霧内で様々な思惑が渦巻く中、菊池を始めとした教師達は孤児に知識を教え、ユースとキド達は早く一人前になろうと勉学に励んでいる。長年の戦争が終わり、平和と居場所を手にした彼らに気付かれることなく、世界大戦はゆっくりと迫りつつあった。
憲法改正イベントは無いと言ったな。あれは嘘だ!
新憲法案は転移前には出来ていますよ




