幸子3
声を掛けると、ギロッと男はさちばぁさんを睨んだ。
さちばぁさんは、怖がることもなく『家に帰りたくて困っとるんじゃ、助けてくれんかのう?』と再度声を掛ける。食堂の中には、怒っているコック風の男と、10歳位の怒鳴られてた男の子がいた。
二人は顔を合わせて、『.......迷子?』と小さく呟いたのだった。
さちばぁさんは難聴だ、『何か言ったかのう?』と首を傾ける。横を向くと、少し傷みかけた野菜が目にとまった。
さちばぁさんは、お腹を擦りながら、『そういえば、まだ朝から何も食べてなかったのう』と野菜をじっと見ている。
『あ、義則のゲートボール大会の参加賞があったな。』とポンっと手を叩き、懐からカレーライスのルーの箱を取り出した。
『この野菜は、捨てるのかの?じゃったら、わしの特製カレーライスを食べてみんか?』
二人は、聞いたことない料理名を言われてきょとんとし、『カレーライス?』と声を揃えて言った。
『じゃから、カレーライスよ。さちばぁさんのカレーは絶品よ、ホッホッ』さちばぁさんは話ながら、ササーッと野菜を切っていく(傷みがあるとこは捨ててます)。老人とは思えない手際の良さだ。コック風の男も、感心して眺めている。
鍋に野菜を入れ少しの油と、なぜか懐からビーフを出して炒め出した。少し炒めたら、水を入れ沸騰させる。その後、弱火にしてカレーのルーを入れかき混ぜている。
『クンクン、嗅いだことない匂い、凄く美味しそう』と少年が言い、唾を飲み込む。『ホッホッー、シンプルなカレーが一番美味しいんよ。少し火に掛けたら出来上がりじゃ』
さちばぁさんは、味見用に小皿にカレーを入れ、コックと少年に渡す。
コックはじっと小皿を見て、匂いをかいだ後、口に含んだ。
すると、『ビリっとした香辛料の味と沢山の野菜の甘さがあいまっている。しかも、この独特な香りが食欲を誘う! 美味しい!!』と叫び、上を向き目を閉じ、味を噛み締めている。
少年も『美味しい、美味しい!』と喜んでいる。
さちばぁさんは『そうじゃろう、わしも義則とレストランで初めて食べた時はあまりの美味しさに飛び上がったんじゃ』と目を細め思い出している。
さちばぁさんは朝から3回目の食事だ。いつもは、義則じぃさんがそれとなく話を変えて食べないように持ってくれるが、今は不在だ、どうしようもない。
三人で食卓を囲んで食べているが、どうも食欲がわかない、やっぱり年じゃのうと思っていると、
『さちばぁちゃん、もういらないの?僕食べてあげる』と4杯目だろう、コック見習いの少年フードくんがお皿を取り一気に食べきってくれた。
『ホッホッ、そんなに美味しかったか、作ったかいがあったのう』とフードの頭を撫でる。
『凄く美味しかったよ、これどうやって作るの?あの、茶色っぽい塊はなに?』と聞かれる。
『あれは、カレーのルーじゃよ』さちばぁさんは懐から新しいカレールーの箱を取り出す。
『本当は、何とかペッパーやら、色々いれて味をつけるじゃけど、今は昔と違って、これをいれるだけで美味しい。良い時代になったものじゃ。』と頷く。
モグモグと静かに食べていたコックのヨンさんは食べ終わると『このカレーのルーを頂けないでしょうか?こんな上手いもの初めて食べました。私も作ってみたいです。』と、真剣な顔でさちばぁさんにお願いをした。
さちばぁさんは懐を漁り、他にカレーのルーはないか確認するがもう見当たらなかったので、『この、最後のカレールーはあげるよ』とヨンさんに渡し、『すまんが、ルーの作り方は、あんまり覚えてないんじゃ、昔は作っていたんじゃけど、これで研究してくれ。』ヨンさんは箱を受け取ると、泣きながら、さちばぁさんのカレーライスに感銘を受けた。うまいカレーが出来たら店で売っていきたい。さちばぁさんに完成したら一番に食べて貰いたいと熱弁した。
さちばぁさんは『ホッホッー』と笑っている。
そうこうしているうちに、商店街に何人もの兵士が駆け込んできた。何やら老人を探しているらしい。