ギルドマスター
「……どこだここ」
目を覚ますと知らない部屋に居た。
高価そうな絨毯と執務机、調度品が置かれた部屋。
「ウィルさん……! 目が覚めたんですね。本当によかった」
気が付けばセリアさんが俺を覗き込むようにして見ていた。
どうやら柔らかいソファをベッド代わりに寝ていたらしい。
安心した溜息を漏らす彼女を尻目にゆっくりと身体を起こす。
「治療してくれたんですね。 ありがとうございます」
怪我をしたはずの頭部に触れるが、血を流した傷口さえも見つからない。
どうやら治癒魔法に長けた人物が、綺麗に直してくれたようだ。
「その調子だともう大丈夫そうだな」
横合いから聞き覚えのある男の声が響く。
ギルドマスターだ。
顔に傷のある男は高価そうな机に足を乗せ、面白がるような表情でこちらを見ていた。
ドラン アーネスト。
冒険者ギルドにおける最高責任者。
そして人類でもトップクラスに強力なスキル保持者でもある。
確かこの王国エルンストを守護する『王国最強』と名高い騎士団長のライエル レイデンスと双璧を成すとまでいわれている実力者だ。
「今回はすまなかったな。 まさかあそこまで馬鹿な奴がいるとは思わなかった」
「……いえ、騒ぎを起こしたのに治療までしていただいて、ありがとうございます」
流石に冒険者ギルドの最高責任者に好き放題言えるほどの図太い肝っ玉は持ち合わせていない。
「ハッ、礼ならお前の隣にいるセリアに言っとけ。お前が目を覚ますまで半泣きで治療してたんだからよ」
「や、やめてください。ギルドマスター」
慌ててギルドマスターの口を塞ごうとするセリアさん。どうやら治療した事はバレたくなかったらしい。
「ありがとうございますセリアさん」
「え? いえ! こちらこそ抱き……庇っていただいてありがとうございます」
何かを思い出したように顔を赤くしてお礼を言ってくれるセリアさんだが、治癒魔法をかけてもらわなければ俺は危険な状態だったはずだ。
今度何か別の形でお礼をしたほうがいいだろう。
「よし、じゃあお前にはこれを渡そう」
「え?」
ギルドマスターからずっしりとした小さな袋を渡される。
中身を見ると金貨が数枚入っていた。
ゴブリンを数匹狩って銀貨が5、6枚である事を考えるとかなりの額だ。
質素に暮らせば三ヶ月は働かなくても過ごせるだろう。
「本来は冒険者同士のいざこざは両成敗が不介入なんだが……。話を聞けば一方的に絡んできたようだし、ウチの職員を庇った働きを見て謝礼を出させてもらう」
「……少し多くないですか?」
というか多い。
今までギルドで働いてきたが、金貨を実際に間近で見たことは一度もないぐらいだ。
いや、俺が受ける依頼のランクが低過ぎるせいなのもあるだろうけど。
「まあ受け取れよ。 これでも感謝してるんだぜ? 必要だったかは置いといて、俺の娘を守ってくれたんだからよォ」
「……ああ」
家族だったのか。
思い返してみれば、たしかにセリアさんもギルドマスターも同じアーネストの姓だ。
大事な娘を助けた謝礼に色をつけてくれたということか。
「あとは人当たりは良いくせに男っ気のないセリアが、どうやら最近ようやく興味のある野郎を見つけたってのもある」
「少し黙って!お父さん!」
「……? じゃあ有り難く、受け取らせてもらいます」
「まあ娘はやらんがな」と口を塞ごうとするセリアさんをいなしながらヘラヘラと笑うギルドマスターに頭を下げ、出口に向かう。
「ああ、坊主。 噂じゃ『無能』と呼ばれているらしいがーーーお前はあのウィル グレイスか?」
「……!? ちょっと父さん!」
足を止める。
唐突に聞かれた俺の名前。
その質問に答えるのは簡単だが、ギルドマスターの質問の意図を測りかねる。
「その質問は何か意味がありますか?」
「いや? ただの興味だ。 嫌なら答えなくても構わん」
「……ええ、俺はウィル グレイスですよ。 『無能』で有名なウィル グレイスです」
俺の返事に「そうか」とだけ答え、ギルドマスターは椅子に持たれ掛かった。
俺は今度こそ部屋を後にする。
扉を閉める間際、「悪かったな」とだけ短い声が聞こえた。




