冒険者ギルド
冒険者ギルドというのは、いわゆる何でも屋だ。
ギルドに持ち込まれた依頼内容に応じた冒険者が解決するといった形となっている。
迷宮の魔物を狩る、森に生えた薬草を採取する、護衛をする。そういった内容の仕事を受ける事で生計を立てていくのが冒険者という職業だ。
まあS〜Fランク冒険者の内、Aランク以上の冒険者は特殊な依頼を受けることもあるようだが、Dランクの俺には関係のない話だ。
冒険者ギルドに入ると、様々な方向から視線が突き刺さった。
嫌悪、好奇、悪意、どれにしろ不快な感情のこもった視線を無視してギルドのカウンターへと向かう。
「あっ、おはようございます。 ウィルさん」
「おはようございます。セリアさん」
濃い茶髪を後ろでまとめ上げた女性が俺に気付いたのをみて頭を下げる。
セリア アーネスト。
スキルを持たない『無能』と知りながらも普通に接してくれる彼女は、ギルドの中でも人気の受付嬢だ。
整った容姿とどの人間にも丁寧に対応をする彼女は、荒くれ者の多い冒険者達からの人気が高い。
もともと優しい人柄なのだろう。
ギルドの職員ですら人によっては嫌がる俺の受け付けを率先して受けてくれる。
感謝しながらカウンターに向かうと、彼女は俺の顔を見て驚いた表情を浮かべる。
「ウィルさん、顔に痣ができてますよ?」
「…………ああ、これですか。昨日転んだんですよ。 ほら、俺ってドジなんで」
俺の言葉を聞いてセリアさんが悲しそうな表情を浮かべる。
適当な嘘を見抜かれてるのだろうが、まさか同じ冒険者といざこざを起こしたなんてペラペラと話すわけにはいかない。
それがバレて問題になれば最悪冒険者ギルドから除名処分になりかねない。
「あー、昨日ゴブリンを倒してきたんですよ。魔石もあるので清算してもらえますか?」
懐から魔石とゴブリンの角の入った袋を取り出す。
魔石、というのは簡単に言えば魔力が凝固化した結晶のことだ。
強力な魔物になるほど大きく、澄んだ色になると言われているが、まだ中型レベルの魔物しか倒していないので本当かどうかは知らない。
「こんなに沢山。 よくこんなにゴブリンを見つけましたね」
俺が出した魔石は8個、ゴブリンの巣は狙わないので、単独でウロついているゴブリンだけを狩るのだが、8匹というのは少しばかり、多い。
「最近よく見つけるんですよ、1匹でウロウロしてるのを。 ひょっとしたらどこかに大きな繁殖地があるのかもしれないですね」
俺の言葉にセリアさんが少し考え込む。
自慢にもならないが低ランクの依頼をこなす為に俺はよく王都周辺の森林地帯に向かう。
下手な同業者よりも土地勘はあるのだ、それなりに信憑性もあるだろうがーーー
「わかりました。上に報告しておくので、また気づいたことがあれば教えてくださいね」
まあそんな所だろう。
Dランク冒険者一人の言葉では流石にギルドも動かない。
本格的にギルドが調査するのはもう少し時間が必要だろう。
「新しい依頼とかないですか? できれば薬草採取とかゴブリン討伐とかが良いんですけど」
他にも依頼はあるのだが、オークやオーガをはじめとする中型の魔物の相手は俺には少々荷が重い。
それよりは細かい依頼を受けた方が稼ぎがデカい。
「ええっとそうですね、今回の依頼はーーー」
いくつかの依頼の中から迷宮内のゴブリンの討伐を受ける。普段は森や山で依頼をこなす為、ダンジョンに向かうのは久しぶりだが、迷宮内の魔物の方が若干魔石が大きいのでそれも悪くない。
「ありがとうございます、じゃあ」
「あっ、あの! ウィルさん! 今度暇だったらお食事にでも行きませんか!?」
「え? 」
唐突なセリアさんの誘いに思わず足を止める。
彼女の真意を測りかねて表情をまじまじと見ると、落ち着かないのか視線をせわしなく動かしていた。
「いえ! あの! 新しい服を買いたくって! 良ければ一緒にお買い物をどうかなって思ってですね!」
「ああ、そういうことですか。 なら荷物持ちくらいさせてください」
「本当ですか?」
彼女にはいつもお世話になっているし、1日くらいなら冒険者稼業を休むのもいいだろう。
ちょうど自分も新しい装備の下見もしたいと思っていたのでタイミングも悪くない。
僕の返事に満足したのか、セリアさんの表情がぱあっと明るくなる。
普段の大人びた雰囲気の彼女からは想像もできないほど弾んだ声に驚いた。
「じゃあ、次に会った時に連絡しますね!」
「それでお願いします。では」
さて、買い物に行く予定があるのならお金を用意しなければならない。
流石にセリアさんが買い物や食事をする隣でボーッとしているだけでは格好がつかない。
いつもより多く稼ぐつもりで冒険者ギルドを出て行こうとしたところ、出口で目の前に大きな影が立ち塞がった。
「おい」
なんだ、と口を開こうとした瞬間。
強い力で襟元を握り締められ、強引に持ち上げられる。
乱暴に掴まれた衝撃で息がつまるのを堪えて視線を動かすと、昨日俺に絡んできた冒険者の一人が目の前にいた。
「……なにか用ですか?」
「あぁ? 用がなけりゃテメエみたいな『無能』に絡むわけねぇだろ。頭大丈夫かぁ?」
面倒な奴に絡まれた。
内心で舌打ちする。
この手の人間に絡まれて、平和に済んだ試しがない。ギルドで目立つ行動は避けたいが、目の前の冒険者はそこまで頭が回るような奴でもなさそうだ。
黙り込んでいると、俺が怯えていると取ったのか、冒険者が機嫌よく話し出す。
「お前、セリアがちょっと優しくしたぐらいで勘違いしてんじゃねぇぞ。 ロクに戦えねぇ無能なんざ床で這いずる虫ケラと同じなんだよ」
してねぇよハゲ。
そう言って光る頭を叩き飛ばしたい衝動に駆られるのをぐっと堪える。
俺がセリアさんに受付をしてもらっていることが不評なのは理解していたが、ここまで直接的な行動に出た奴は初めてだ。
だいたい荷物持ちが羨ましいなら、本人にさせてくれと頼みに行けばいいだろうに。
よく見るとこの冒険者、顔が赤いし酒臭い。
おそらく俺から取り上げた金で買ったのだろう、右手には度数の高そうな酒の入った瓶を握っていた。
いや、昼間っから酒を飲むなよ。
どうやってこの男をあしらうか考えていると、横合いから鋭い口調が響いた。
「レオルさん。ウィルさんから手を離してください」
見るとカウンターから出てきたセリアさんがこわばった表情で、レオルと呼ばれた冒険者を睨んでいた。
「ぁあ? セリアじゃねぇか。 いい加減、強くもねぇ『無能』の相手をするのは辞めろよ。こんな雑魚の相手をしてもお前の評価は上がらねぇんだからよ」
「ウィルさんは弱くありません! 真面目で努力家な方です」
レオルの言葉をピシリとはね退けセリアさんが反論する。
普段は起こらない彼女が珍しく静かに怒っていた。
「スキルを一つも持ってない雑魚のどこが良いってんだ! こんな貧弱なクソガキより俺を選べ!」
この世界の実力は才能で決定される。
人は生まれた時、自身の努力を積み重ねた時、天からスキルを授かる。
剣術のスキルを授けられた者は剣の才を、魔法の紋章を授かった者は奇跡の力を扱う才を与えられる。
多され少なかれ、大なり小なり、生まれた時に皆が持っているはずの紋章。
俺はなにも持っていないのだ。
何一つ、誇れるものが一つもない。
どれだけ努力しても、才能を持つ人間には敵わない。
だから俺は馬鹿にされているのだ。
弱いと、無能と、蔑まれている。
「ーーー才能がなかったら、無能なんですか?」
「……ぁあ?」
「ウィルさんは自分の受けた依頼を確実にこなします。出来ることを少しでも増やそうと身体を鍛えたり、ギルドの職員から戦い方を学んでます」
セリアさんの目を見てレオルが一瞬たじろぐ。
「他人を馬鹿にする貴方なんかより、ウィルさんの方が何倍も凄いです!」
「うるせぇ!」
案の定と言うべきか。
酔ってまともな判断ができないレオルが、酒瓶を振り上げる。
反論が思いつかない故の苦し紛れの行動。
だが、目の前の華奢な受付嬢一人を潰す事くらいは容易い一撃だ。
「……ああ、クソ!」
なんとなくこの酔っ払いが過激な行動に出る事を予想できていた俺は、レオルの手首に拳を叩き込む。
酔って握りの甘い拳が緩み、レオルの拘束から抜け出した俺はセリアさんに覆いかぶさる。
一瞬の空白、衝撃。
「……ガァッ!?」
酒瓶が砕ける音が響き、強い痛みと衝撃で息がつまる。
頭部に思い衝撃が沈み込む。熱いものが頭から垂れるような感覚。
「ウィルさん!?」
ぐらつくのを堪え踏みとどまり、レオルを見据える。
それが癪に触ったのか、さらに激昂したレオルが腕を振り上げる。
「無能がしゃしゃり出てんじゃねぇ!バカが! 」
ふらつく、視界が歪む、だが逃げる訳にはいかない。
ほとんど反射に近くセリアさんを抱きしめてーーー。
「ーーー馬鹿はテメーだよ。レオル」
重苦しい声と共に、レオルの腕ががしりと握り締められた。
「あぁ?」
一瞬だった。
他の冒険者と比べても巨大と言っていいレオルが、一回転して地面に叩きつけられる。
起き上がろうとするが、関節を決められているのか立ち上がれていない。
「誰だテメェ! 話やがれ!」
「ほぉ? 酒の飲み過ぎで俺を忘れたのかよ?」
「あ…………」
短く刈り上げた茶髪、所々に見える無精髭、屈強な肉体。
それだけならば他の冒険者と変わらないが、右目に走る大きな爪痕のような古傷、何より漂う威圧感が、彼が誰かを一瞬で理解させる。
ようやくレオルも相手が誰が気付いたようだ。
「ギルドマスター……」
先程までの威勢はどこに行ったのか、逃げ場を探すようにレオルが視線を泳がせる。
「……お前が前に騒ぎを起こした時、俺は言ったよなぁ? 次はねぇってよ」
「あ、いや。あれは」
「ギルド内で揉め事起こして、更に受付嬢にまで手ェ出した。 テメェは除名だーーー二度とギルドに近寄るな」
「ゆっーーーーーー!?」
許してくれという間も無く、ギルドマスターの拳がレオルの顔面にめり込む。
ギルド内が揺れるような鈍い音が響き、レオルがピクピクと動かなくなった。
終わった。
今まで身体の影に隠していたセリアさんからふらふらと離れようとして、彼女に強引に地面に横にさせられる。
思ったより力が強い。
「動かないでください。 頭から血が出てます」
視界に映る彼女の声に少し余裕がない。
揺らぐ視界の中で彼女を見ると、所々に赤色の汚れがあり、それが自分の血だと気づく。
これは不味い。
「セリアさん。服汚してすみません」
まとまらない思考の中でよくわからない事を口走りながら、俺はあっさりと気を失った。




