七十六話 もう一つの世界線
長らくお待たせして申し訳ありません
ゲルムに案内され、テティはゲルムの屋敷の応接室に連れてこられた。ゲルムの屋敷自体は2回目だが、この応接室に来たのは初めてで、シャンデリアに焦げ茶色の机と赤い椅子が4つ並べてある。机に上には変な色の茶が2つ並べられている。
テティが赤い椅子に座ると座り心地はとても良くおそらく結構高めのものだろう。まあ魔物の世界の家具などはよく分からないが。
ゲルムも反対側の椅子に座ると、テティの方へと顔を近づけてきたゲルムに、思わずテティは顔を引いてしまう。
「ゲッゲッゲ、単刀直入に聞くが、お前のいた所はギルメラに滅ぼされた。これで良かったンダな?」
「え?ええ」
何だかあっさりしていた今まで誰もが「何を言っているんだ」と言うような感じだった分いきなりそんな事を尋ねてくるゲルムに対しては何というか拍子抜けする感じがする。
ゲルムは置いてあった変な色の茶を飲み干して静かに机の上に置く。どう見ても色合いが飲むものではないこのお茶を眺めながらテティは少し嫌そうな顔をした。
「で、答えはYESなのかNOなのかどっちなんだ?」
「あなたは信じるの?私の話を」
「ああ」
「どうして?」
「それを話す前に。お前に起こった話をしなければならないだろう。おい!」
その声と共に入ってきた魔物は何かを持っている。それは杖で、杖を取り出した。白い木で出来ていて、先端が渦巻き状になっていて、その部分の真ん中当たりには赤い球体のようなものが嵌っている。テティには薄っすらだがこの杖に覚えがある。
そのヘンテコな杖を持ってきたピンクの魔物はその杖をテーブルの上に置いた。ピンクの魔物は机に杖を置くと一礼をして壁際へと下がった。
「確かこれ...『未来が見える』とかって話してた奴じゃないの?」
「ああ、まあそうだな。まあただそう言っているだけで違うんだがな」
「どういうこと?」
「これは『時を戻す』という力を持った杖、その名も《時渡の杖
》って言うんだ。そしてそのピンクの奴がレドミだ」
「この魔物、時が戻る寸前にいた!つまり、私はこれで時を遡ったって事??」
「ああ」
信じられない....が事実こうしてギルメラの滅ぼされた世界はなかったことになっている。これで時渡りとやらをしたのならば、この魔物の世界でホワイの奪還をしたことも、その後に七天聖のラグナと戦ったことも、その後のギルメラの襲撃も全部なかった事になるのか。
ああならないようにもう一度「やり直す」チャンスを得たという事だ。今度こそあんな事にならないようにしなければならない。
「ゲッゲッゲ。我々も1度戻ってやり直したがダメだった。あまり聞かない方がいいとは思うが、どうだったんだ?」
「みんな死んでいって...もう本当の地獄のようだったよ」
「そうか...」
「そういえばあなたは脱出する直前に、30日後にギルメラが来ると言っていた。でも実際来たのはもっと早かった。本当にそれ信用なるの?」
「ゲッゲッゲ、我々も一度この杖で時を戻しているからな。その時は30日後だったのだろう。だが、そうじゃないとすると...何かしらの干渉が働いた」
「干渉?」
「時を戻っても必ず同じになるとは限らないからな」
確かに、戻る前とは異なる行動をしている。前はアリスと一緒にこちらに来てホワイ及び星7装備の奪還を狙っていた。だが今は違う。今はゲルムと一緒にこちらに来てしまったのだ。こういう違う行動でその後の事も変わってしまうといういわばバタフライエフェクトという奴だ。
「まあ何の理由で早まったのかはこれから調べていけばいいさ。まだ時間はあるからな」
「ええ...絶対にああいうような事にはさせない!」
「おい!腹減ったぞ!ってなんだ?客か?」
扉を開けて不満そうな声を出したその男はテティを見て頭をかいた。こいつは...リグ。
リグといえばテティに気持ちが悪いほど執着していたストーカー野郎だ。
リグはあくびをしながらテティの側に置いてあった茶を見つけるとそちらの方まで向かってそれを手に持ち飲み始めた。
テティの驚いたような顔を見て不思議そうな顔をしながら茶を飲み終わったカップを置く。
「そういえばゲルムの側にリグがいたわね...こんな頭のおかしい奴」
「あ?なんでお前俺の名前知ってんだ?ていうか誰が頭がおかしいってえ??」
そう言いながら少し怒ったようにテティを睨む。時間があるが戻っているから、リグと会った事も無かったことになっているのだったな。そうテティは思いながらどう誤魔化そうかと言葉をあれこれ探るがなかなかいい言葉が浮かんで来ない。
そうこうしていると、ゲルムが横から助け舟を出してくれた。
「お前は頭がおかしい奴だと説明してな」
「頭おかしいだと?なんて説明してんだよテメーは!!アリスならともかくお前にそれを言われるのは気に食わねえ」
「アリスはいいんだ... 」
「腹へってたんだよな?なら向こうにケーキがあったからそれでも食ってろ
リグはそれを聞くと自分が扉を通って戻っていった。ゲルムはふう、という息を漏らし「人間は扱いが面倒だな」とだけ呟いた。
ゲルは立ち上がると急須からまたあのおどろおどろしい紫の茶を自分のとテティの容器に注ぐ。容器からは湯気が立っている。
「まあ何にせよ、ギルメラが来るまでに完成させてばいいって事だ」
「で、それってどういうやつなの?」
「それは当たったもの葬る兵器だ」
「当たったものを...」
「ま、お前も色々あって疲れただろう。今日は寝るといい」
「解った...」
案内されたのは少し広めの部屋だった。魔物用に作られたものでゲルム達魔物の1/10ほどしかないテティには大きいがここで暮らすだけなら不便はなかった。赤いシーツのベッドに横たわり、ぼんやりとすると、ギルメラによって滅ぼされたあの世界の事を思い出してしまう。
もうあのようにはしない。絶対に...絶対に...。
そう考えていると今までの疲れからかすぐに睡魔がやってくる。目を閉じて頭の中でアリスの事を考える。今何をやっているのだろうか...?そんな事を考えているとテティはいつの間にか眠ってしまった。
「あれ?寝ちゃってた?」
目を覚ましたテティはそう呟きながらあたりを見回す。もう夜になったのか、明かりのつけていなかった部屋は真っ暗になっていた。
すぐに目は暗闇に慣れ辺りが見えてくる。ドアのところまで行きノブをひねって外に出る。やはり外は夜になっていて外から月が見える。この世界にも月はあるのか。
「いま何時だろ...?」
そう呟きながら飛んでいると向こうから誰かがやってきたのが見える。目を細めてよく見ると、だんだんその人物の姿がはっきりしてくる。その人物は...。
「ユオ!?」
「ちっ!住人が起きてきちまったか!ってなんで俺の名前知ってるんだ?」
それはユオだった。そういえばユオが侵入していたな。あの時はアリスと一緒に侵入していたが...やはりここは変わらないのか。
ユオは「やばいなあ...」と呟きながら何かブツブツと言っている。テティの方もどうするかと考えていた。今は味方ではないユオは何をしてくるかは分からない。
ユオの方は少し考えながらこちらがどう動くかの様子を見ている。
「しょうがねえ!暴れるしか無いみたいだな!」
「まって!貴方と争う気はないの!」
「と言ってもなあ...バレてしまった以上どうしようもねえしなあ..」
「何の騒ぎだ?」
そこに出てきた茶色い体に赤い目と翼。その見た目はガーゴイルというべきか。手には鉤爪のようなものがついている。
テティにとってその魔物の姿は恐ろしいものだった。
「お、お前テティじゃねえか。何やってるんだ?こんなところで」
「あんた...ラミー...」
そのラミーと呼ばれたガーゴイルの魔物はニヤリと笑った。




