五十七話 「悪」という美学
「へへへへへ...アリスゥ....」
「アリス!こんなやつと戦ってる暇はないでしょ!!」
相変わらずアリスの名を繰り返しながらアリスと向かい合うリグを指差しながらそう問いかける。だがアリスの目はじっとリグの方を見ている。
「テティは先に行ってて。私はリグと戦うから」
「あの気持ち悪い奴と戦うっていうの!?」
テティはその指差した腕を上下させながらそう言うがアリスはどうやら本気のようだ。
テティはそんなアリスを見て何も言わずにその小さな羽でどこかに飛んで行った。
「嬉しいぞアリス!一緒にいてくれるのか!!」
「もう終わりにしよう」
「無駄だ!もうそんな言葉は通用しない!永遠に一緒にいるんだからな!」
「貴方はここに来る前からそうだった」
この男、リグとはこの世界に来る前には同じ学校という関係だった。
関係といても仲が良いとかそういうものではなく、その頃からまるでストーカーのように一方的に付けていたというだけだ。緑の廊下を歩くと後ろから何やら気配を感じる。周りにいる生徒もリグのその異様な姿を見ていた。
もちろん先生などに話もした。だがどの先生も首を横に振るだけで全く相手にしてくれなかった。
「えと...あの...!」
ある時リグはアリスに話しかけた。木の机に座っていたアリスにモジモジすしながら何かを言おうとしたが口からなかなか言葉が出てこない。少ししてどこかに去って行ってしまった。
それを不思議そうに見ていたアリスに隣に座っていたアリスの友人がアリスにの方にこう囁く。
「ねえ、あいつってよくアリスを見てる奴だよね??」
「そうだっけー?」
「そうだよ!あいつ不気味だしあんま関わんない方がいいよー!」
アリスはそんなことををいう友人の言葉を聞き流しながら、コップの飲み物に口をつけた。
「思えばあの頃からの腐れ縁みたいなやつね」
嬉しそうに笑むリグに、アリスはそう言いながらはあ、とため息をつく。
「アリス!お前との関係は終わらせねえ!!」
「ストーカーとか...あなたのやってることは『悪』だってわかってるの?」
「素晴らしいじゃないか!」
「へ?」
まさかのリグの切り返しにアリスはそう言ってしまう。まさか否定したのを肯定されるとはおもってなく拍子抜けした言葉が出てしまった。
「すばらしいじゃないか。好きなものへの一途な思い...!それのなにが悪い!!」
「言ってもダメなようね」
「アリス!!!お前は俺のものなんだよぉ!!!」
リグはアリスに向かってくる。だが、剣も抜かずに攻撃を仕掛けてくる様子はない。あくまでもアリスを傷つけないで無力化でもするつもりなのか。
アリスは剣を向けるがその手を掴まれて上に持ち上げられる。強い握りしめで剣が床に落ちカラン、と音を立てる。
「アリスはいつ見ても可愛いな...」
そう言いながらアリスの手を持ったまま顔を近づけるリグに、アリスは蹴りを一発入れた。その蹴りは見事リグに直撃し、リグの掴んでいた手が離れる。その隙を見てアリスは剣を再び拾い上げるとリグに向かって突き立てる。
「アリスが傷つくところはあんまり見たくはない...と思ってたが傷ついてるアリスもいいなあ...!」
そういうとリグは斧を取り出した。赤い血の色の少し大きめの斧で顔のようなものがついている。その顔はなんだか苦しみで叫んでいるような表情で不気味だ。
すると何を思ったのか、リグはその斧で自分の肩を斬りつけ始めた。その斬られた肩からは大量に血が流れてくる。するとリグはその斧に血をたっぷりとなすりつける。斧はまるで血を吸うかのように吸収し始めた。すると斧に描かれている悲しそうな顔の目や口から血が流れてくる。それは本当に苦しさや悲しさで血の涙を流すような...。
「なに!?あれ!!」
「あんま使いたくなかったが、この『血涙の斧』を使う時が来たようだなぁ」
「うわあ...気持ち悪いデザイン...」
テティのような率直な感想を述べたアリスにリグは襲いかかってくる。リグの斧を剣で受け止めながら弾き返して胸の辺りを一突き。リグが口から血を流しながら「ありがとうなぁ...」と呟いて斧を振り回した。
アリスが剣を抜くとそこからもまた血が溢れ始める。
「プレゼント嬉しいぜぇ!アリス!!」
そう言いながら、リグは剣で刺された所から出る血を斧に塗りたくる。
「もっと欲しいなぁ...もっと!!もっと!!もっとぉ!!!!」
「ほんとキモい...」
その光景に漏れた一言はリグをさらに興奮させる。興奮したリグはさらに自分を傷つけながら嬉しそうに笑っている。
「ヒャハハハハハハ!!」
「なんなの...!」
自傷を繰り返しているとリグに攻撃を行おうとする。だがリグの斧による一撃は先程のものより重かった。
「ぐっ...!なに!?」
「ククク..!アリスゥ!!」
さらにもう一振りはアリスに直撃しアリスからも血が飛び散る。飛び散った血はリグにも、リグの武器にも付着し、武器の方は自動で吸収され、リグの方は舐めることで血を拭う。
「アリスの血....ご馳走さまでしたぁ!」
「血を得て....強くなってんの?」
「そうだ!この血涙斧は血を得ると強くなるんだ!」
「めんどくさい能力ね..!」
斧に力が宿るのを確認すると斧がさらに強くなって血管のようなものが浮かんでくる。
その血管のようなものは顔へと繋がり、さらに険しい顔になっている。
「アリスぅ!!」
斧の一撃は受け止めきれないと踏んでなんとか間一髪で避けるがリグはもう一度斧を重そうに振り上げる。
「くっ...」
「欲しい...もっと!もっと!アリスの血が...欲しいっ!!」
「あげるわけないでしょ!!!」
「絶対...俺のものに...アリスは....俺の...俺の...あああああああああっ!!」
突然叫びだしたリグの体はまるで化け物のように変わって行く。方に方に突起ができ。腕や体もなんだか固そうな鱗に覆われ始める。
「これって...?獣鬼化に似ているような...」
この姿はユオが獣鬼化した時にとても似ていた。だが獣鬼化は魔物だけしか使えないはず...。
獣鬼化じゃなかったとしても人間がこのような姿になる事などあり得ないはずだ。だがリグは...。
「どうだ?ここのやつは『獣鬼化』とか呼んでいたなあ...?」
「獣鬼化...やっぱり」
それはやはりあのユオが使っていたものと同じものだった。だがどうして....。そう考えているとその答えはあっさりとリグの口から出てくる。
「ゲノム...とか言ったかなあ?ここでは人間の遺伝子を操作して人間にもこの力を使えるようにするとかなんとかと言ってたなあ..?確かまだ試作段階で本来の獣鬼化ほどの力はでないとか」
「テティがいたら『いつも以上に醜い姿』だとか言ってるんだろうけど、そうも言えない状況みたいね...!」
「もうお前は俺のもんなんだからよお..アリスゥ!!!」
「リーダー?どうするんです?どうやって脱出するんです?」
一方、こちらはホワイを連れて逃走に成功したマックスヒーローズ。アルはリーダのマブにそう尋ねる。だがマブも「うーん?」と首をかしげるだけでなかなか答えが出ない。そう言えばゲートみたいなのを作ってた羊がいたはずだ」
マブはポロロの事を言っているようだ。おそらくポロロさえ見つかれば何とかなるのかもしれない。
「さっすがリーダー!」
「そう言えばアンタはどうしてそこにいるのだ?」
「それは...」
ホワイはそうはいうものの、あまり口を開こうとしない。
「ゲッゲッゲ!!やっと見つけた!!」
「ゲゲ!!追手か!」
ゲルムの登場に走っていた足を止めてゲルムの方を見る。人間と逃げているように走っているということもあって周りの魔物からは注目の的になっていたようで、探すこと自体はそこまで難しくはないのだろう。
「さあ、そいつは重要なものだ。渡せ。ゲッゲッゲ」
「なんだよ?その重要なのって」
「お前らには関係ない!」
「なんだ?なんか焦ってるのか?」
どこか焦りのようなものを見せているゲルムを不思議そうにマブは見る。ゲルムは手を前に出し渡せというような仕草をする。
「この世界の...未来の事だ」
「はあ?未来?」
「あと35日後...この世界はアイツの襲来で終わる」
武器紹介
血涙の斧
レア度☆☆☆☆☆
血を吸って力にするという不気味な斧。最高レア度で珍しいのだが、その性能ゆえにあまり誰も使いたがらない。
こんなの使ってたらちょっと引くレベル。




