第四章 追憶
物語を進める前に、ここでエルフについて語っておこうと思う。
世界神話を紐解くとエルフとは風のドラグリアであるシルフィンドの魔力によって作られた、風の生命樹から生まれた種族とある。また、その恩恵により風にまつわる魔術を行使し風と共に生きる種族ともある。
しかし、エルフは時代が流れるにつれ二つの種類に分岐して行く事になる。
一つはライトエルフ(一般的にエルフと云えばこの種族を指す)髪は黄金で、瞳は翡翠に輝き、白い肌、エルフの特徴である尖った長い耳は上を向いている。
二つ目はダークエルフ、銀色に輝く髪に紅玉の瞳、褐色の肌、そして耳は下向きについている。
両者は元は同じエルフであるが、魔術の認識について決定的な違いがある。
元々エルフは調和を重んじる種族であり、それは魔術の使い方にも表れていた。
眠りの魔術、忘却の魔術、攻撃的なものでも痺れの魔術など、直接的に傷を付けない魔術を行使し極力争いを避けていた。
しかし、ある時この体系に異を唱えるエルフ達が現れる。
魔術は研究し更に強力な術へと昇華させるべきと云う集団だった。
その者達は積極的に攻撃的な魔術の研究に勤しんでおり、次第に他のエルフとは群れる事はなくなっていった。
そしてついに自分達の国を建国すると云う意思の基離反して行ったのだった。
これが後にダークエルフと云われる種族になる。
また、ダークエルフの見た目がエルフと違うのは魔術を研究し新たな魔術を行使する事により、マナを魔術に変える機関である《魔術血換》が変異、それが身体にも影響を与えた為である。
エルフ(ダークエルフ含む)は長寿で有名な種族であるが基本的な成長速度は途中までは人間と変わらず、いわば後の寿命が長い種族である。
個人差はあるが大体早い者で十六、遅くとも二十五で老化が止まり、そのままの姿で以後千年は生きると言われている。
以上がエルフの基礎的な知識となる。
そして、これより始まるのは彼女の記憶の物語……。
物心ついた頃には既に母はなく、父と二人、このエルフの集落アーミンで暮らしていた。
私の父はアーミンの種族長で皆をまとめていた。
私はそんな父が誇らしく自分も父のような立派なエルフになりたいと思っていた。
しかし、現実は厳しく、村の同じ年の子達から仲間はずれにされおり、立派なエルフの正反対にいた。
その理由は下がった耳と左右で色の違う目だ。
父や村の人達とは違うその外見が幼い私にとって何よりもショックだった。
それでも、何とか友達を作ろうと話かけに行くのだが。
「あなた達何してるの?私も仲間に入れて。」
この村の仲良し三人組である二人の少年と一人の少女の輪に入ろうと声を掛ける。
「ねえ、また来たよ?」
「お前、しつこいぞ!お前みたいな目の色が違うやつとは遊ばないって言っただろ!」
「耳も下がってて気持ち悪い!」
「ママに聞いたんだけどそうゆうのイタンっていうらしいわ。」
「あっちにいけよ!イタン女!」
「イーターンっ!イーターンっ!」
ドンっ!
「きゃっ!」
声を掛けた私を彼らは拒み、逆に罵倒され、更にリーダー各の男の子に突き飛ばされ転んでしまう。
転んだ衝撃で膝や肘を擦りむいてしまい、痛みと悔しさ、痛さと悲しみで涙がポロポロと勝手にこぼれてくる。
そんな私を無視しみんなは行こうと言って行ってしまった。
彼らの姿を呆然と見送った後、私はとぼとぼと家に帰ったのだった。
私の姿を見た父は慌てて駆け寄ってきた。
「アイリス!どうした!またいじめられたのか?全くしょうがない子達だ……。」
「もうやだよぉ……ひっく……何で私だけこんな姿なの?ひっく……みんなと一緒がいいよぉ……」
好きでこんな姿に生まれた訳ではないのに、みんなと違うだけで大人からも子供からも敬遠される。
幼い私はその現実に傷付き、次第に家から出なくなっていった。
そして少しの時が流れ、十歳の誕生日を迎えた頃、相変わらず人前に出る事に恐怖を感じていた私だったが、どうしても父が手を離せないと云うことでお使いに行かなければならず、久しぶりに外に出る事になった。
久しぶりに出た外は相変わらずの景色ではあったがやはり空気が気持ちよかった。
風と調和するエルフにとって自然と云うものはなにものにも変え難いものであるのだ。
家に閉じこもっている間でも、二回の自室の窓を開けて風を感じていたり、遠くに見える景色を眺めたりしていた。
皆が風のように誰にでも優しく包み込んでくれる、そんな風なら良かったのに。
心地よい風を肌に受け、そん事を思いながら家から少し歩いた所にある、食糧屋に向かう。
頼まれた使いは、この森の更に北にある風の祠へのお供えものだった。
各エルフの集落にはこうした祠が必ず立てられている。
そしてそこの族長が年に2度ある風の生命樹への感謝の祭事を取り仕切る習わしだ。
もうすぐその一度目の感謝祭が行われる為、大人達はあれやこれやと忙しく、父も族長である為、皆をまとめるので手がいっぱになる。
先程述べたように私にお使いを頼んだのも手が空いてないからという事もあるが、おそらく十歳になってもまだ外界を拒絶する私を何とかしないといけないと思いもあったのだと思う。
自分でもこのままではいけないとわかっていた為、父のこうした配慮に感謝を持って二つ返事で引き受けた。
父の役に立てると云う事も理由にはあるのだが……。
食糧屋に着くと、そこの店主が驚いた顔を見せた。
「おや、アイリスちゃんじゃないか!珍しい事もあるもんだ、今日はどうしたのかね?」
「お久しぶりです、ダントンさん。今日はお父さんに頼まれて祠のお供え物を買いに来ました。」
「ははあ、なるほど、族長様は大忙しだしなぁ。
今年は例年より沢山山菜が採れてねぇ!
これも風の生命樹様の恩恵あっての事だな!はははっ!」
「へえ、そうなんですね……あれ?ダントンさん、これは?」
私は様々な山菜や魚などの中に見慣れない実を見つけた。
「ん?ああ、これはねジジルの実だよ。」
「ジジルの実?」
「そうさ、この中にある種をすり潰すと薬味になってね、口の中で少し痺れるんだが香りが高くてね、焼き魚に少量だけふりかけて食べるととても美味しいんだよ!今年はジジルの木が沢山実をつけていてね、北の森じゃ大量になっているんだよ。」
「へえ!」
「そういえば族長様はジジル粉が好きだったな、ふむ今日は久しぶりにアイリスちゃんが来たんだ!プレゼントしよう。」
「え?いいんですか?」
「ああ、いいともいいとも、ささこれで全部かな?」
「ありがとう!ダントンさん!」
ダントンさんの好意に感謝し支払いを済ませ私は家に帰ろうとすると……。
「アイリスちゃん……まあなんだ、色々あるだろうが俺は味方だからね、またおいで!」
「はい!ありがとう!ダントンさん!」
「ああ、それと、くれぐれもシジルの実に刺激を与えないようにね。転んだりして衝撃が加わると実が弾けて中の種が目に入ったりしたら目が潰れてしまうからね。それに少量なら美味しく食べれるが大量に入れると体が麻痺して二、三日は動けなくなるから気をつけるんだよ。」
「それは、危ないですね……はい!気をつけます!ありがとう!」
ダントンさんに笑顔で手を振り私は今度こそ家に帰った。
家に着いた私はダントンさんとの話を父に報告した。
「それでね、ダントンさんがまたおいでって!」
「そうかそうか、良かったな」
「うん!それでね、お父さんシジルの実好きでしょ?ダントンさんがお父さんにってくれたよ。」
「おお!そうかそうか、なら今度お礼をしないとな」
「うん!何がいいかな?お礼のお手紙でも書こうかな?」
「はっはっ!それはいい、そうしなさい。」
「うん、早速書いてくる!」
「そうかそうか、お父さんはこれから祭事の事で会合があるから出掛けてくるから家の事を頼んだぞ。」
「はーい!行ってらっしゃい!」
父はここ数年で一番嬉しそうな私の姿を見て心底ほっとしたようにみえ、また喜んでくれていたように思う。
私自身も久々の外で人の優しさにも触れ、少しだけ心が救われていた。
ダントンさんにはホントに感謝だ。
父を見送った私は二階に上がりダントンさんへの手紙を書いた。
手紙を書き上げる頃には正午になっていた。
少し小腹が空いてきたので下でご飯を食べようかなとぼんやり窓の外を見て考えていた時、村の北側のアーチ門にあの三人組の姿を見つけた、いつもなら門番が立っているはずなのだが、見当たらない。
三人は門番がいないのをいい事に、門を抜け北の森へと走っていった。
北の森は祠があり祭事以外では近付いてはいけないと云う決まりだった。
だが、それだけではない、北の森は何本かに道が別れており迷い安いため向かう時は祠への導石を使うようにしているのだ。
導石は族長の家、つまり私の家に置いてある為、誰かが無断で持ってく事など到底考えられず三人組は導石無しで森に入った事になる。
また、森の中には魔物の生息する区域もありそこに迷ったら命の危険さえあるのだ。
「どうしよう。」
私は迷う、自分をいじめた人達なんてほっとけばいいと思いつつも、だからってもし死んでしまったら、みんなの両親が悲しむだろう。
だからといって族長の娘の私が掟を破っていいのか、父のような立派なエルフという理想から更に離れてしまうのでは……。
「考えてる場合じゃない!命は一つなんだから!」
ぶんぶんと被りをふり、決心した私は、一階に降り。
「確かこの上に……。あった!」
机を動かし棚の上に置いてあるはずの導石を見つけ、それを手に玄関へと向かった。
家を出る時、父が帰った事を考えると胸が傷んだが、その思いを振り切り、足早に北の森へと向かった。
昼とはいえ北の森は他の森と比べ、一際木がしげっており薄暗く、幼い私にとっては背筋がぞっとするほどの不気味さがあった。
「導石よ、導きたまえ……。」
父がするように見様見真似でやってみると、しっかりと導石は淡い光の線を出し答えてくれた。
その線に沿って歩いて行くと道が二股に別れており、導石は右を示している。
私は指し示す通り右へ行きかけたのだがふと左の道に複数の小さな足跡を見つけた。
「これって、そうだよね……。」
足跡は紛れもなくあの三人のモノだろう。
「……。」
三人が進んだ道の先はおそらく魔物が出る区域だ。
正直足がすくんだ……。
エルフとはいえ、まだ幼く魔術は半人前以下だ、そんな者が魔物と戦って勝ち目がある訳ない。
だが、行かなければ……三人に危険が迫ってるかもしれない。
と、私が意を決した瞬間だった。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
奥から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
きっと三人のうちあの子だ……。
私は気付けば自然と奥へと駆け出していた。
奥へ走って行くと三人の姿を見つけた。
良かった……まだ生きてる。
ほっとしたのも束の間、三人の前に立ちはだかっている魔物を見て戦慄した。
「うそ……そんな……。」
みんなが、私が何をしたと云うのだろう……。
よりにもよって、コイツなんて……。
それは、魔物の森の奥の更に奥にいると言われ、先ずこんな場所で遭遇する事などありえないはずの魔物。
それは黄金の角を頭に左右二つ持ち、短い毛で覆われた四メートルを超える巨体を支える四本の太い足からは黒く大きな鋭い爪が生えている。
更に大きな口は食われたら簡単に食いちぎられると思われるほどの凶悪な鋭い歯を持っている。
森の王とも呼ばれるその魔物……。
魔獣ビヒモス……。
こんなのどうすれば、逃げた所で簡単に追いつかれる。
だからといって戦って勝てるはずもない……。
どうしよう、どうしよう。
お父さん……助けて。
みんなが死んでしまう、私も殺されてしまう。
「グオォォォォォ!」
腹の底に轟くような重低音の咆哮、その風圧だけで吹き飛ばされそうになる……。
前の三人は皆腰が抜け、恐怖で声も出ないようだった。
ビヒモスは足を蹴って助走を付けている……。
どうしよう、もう時間がない!
何か、何かないの?
私は辺りを見渡す、すると前方右側の木々に見知った物を見つけた。
「あれは!もしかしたら……何とかできるかもしれない。」
私は今にも突進し蹂躙しようとしているビヒモスに向かって叫びながら風の魔術を放ち、前方右側の木々へと走った。
「あなたの相手は私よ!」
その風の刃はビヒモスの鼻先を切り刻むが、おそらく軽く叩かれる程度だろう、だが気を引くには充分だった。
念を押して叫んでいたのも項を為したか、私の方を向きあの咆哮を放ちながら突進してきた。
「……っ」
私はその正面に立ちギリギリまで引きつける!
そして目と鼻の先と云う所ですかさず風の魔術を真下に放ち高く跳躍し突進を避ける。
ビヒモスは急には止まることが出来ず目の前の木々を薙ぎ倒して行く。
すると次第に減速し最後は横たわってピクピクと痙攣してしまった。
「作成上手くいったみたい。」
跳躍した私は地面に着地し皆の元に駆け寄る。
「大丈夫?さあ、早く立って。」
手を出しみんなを引っ張りあげる。
「お、お前……なんでここに。それにあのデカいのは何処行ったんだ?」
三人組のリーダー格である少年が驚きの表情で聞いてきた。
「ここに来たのは家の窓からあなた達がこの森に入ってくのを見たから、導石も持たずに行くなんて……バカなんだから!あの大きいのは向こうで痺れてる。」
「痺れてる?」
「そう、あの魔物が突っ込んだ木、あれシジルの木なの。シジルの木になってる実は衝撃に弱くて、当たると弾け痺れを引き起こす実を出すのよ。あれだけのシジルの木を薙ぎ倒したんだもの浴びた種の量はすごいと思う。当分は起き上がれないんじゃないかな?」
「なるほどな……」
「あ、あの……」
今まで黙って見ていた3人組の少女が私に話かけてくる。
「ん?」
「……ありがとう。そして今までごめんなさい。私たちあなたに酷い事言ったのに助けてくれて。」
「……んーん、いいの。誰だって自分と違うのは怖いもの。」
「でも……。」
「あのね、どうしても許して欲しいなら、その、私と友達になって欲しい。」
「え?」
「あ、ご、ごめん、嫌だよね……何でもない!帰ろ!」
「待って!私で良ければまだ間に合うなら、友達になろ!」
「ほ、ほんとにっ?」
「うん!貴女は私と同じ女の子で、散々いじめたのに助けてくれて、ほんとに尊敬する。それに女の子私一人だと退屈だしね!!」
「な、お前退屈とかそりゃないだろ!」
「そうだぞ!ひどいぞ!」
「ふふふっ」
「うふふ」
「ははは」
「にはは」
「私、アイリス!よろしくね!」
「私はフィオ!こちらこそよろしくね。」
「僕はルタ!えと今までごめん……。僕とも友達に……その」
「ええ勿論よ!」
フィオとルタと握手しお互いのわだかまりを消し去った。
「ほら!ロミオも!」
「いや、俺は……。」
「ロミオ、相変わらず素直じゃないなぁ、ダメだよちゃんとしないと……。」
「う、うるせ!分かってるよ!」
「えと、そのなんだ、た、助けてくれて、その、さんきゅ!あ、後は……その……。」
「ロミオ!」
「ロミオ!」
フィオとルタがロミオと呼ばれたリーダーの少年を叱る。
「あー!もう分かってるよ!今まで悪かった!ごめん!」
「……ぷっ!」
「くすくす」
「ぶぶっ」
ロミオの意固地な姿が面白くて私たちは笑った。
「な、お前ら!笑うなよ!」
「ご、ごめんごめん、ぷぷっでもダメっツボに入って……ぷ」
「ちょっとアイリス笑いすぎよ、クスクス」
「二人ともやめて!」
「このやろ!お前ら覚えておけよ!」
こうして数年のわだかまりが解けた私達は友達になった。
この後里に帰った私達は大人にひどく怒られた、でも私の心には温いものが流れていてちっとも悲しくなんてなかった。
どうやら門番がいなかったのは門番の食事にロミオがガングルの実を入れたらしい、ガングルの実とは食べると腹痛を引き起こす実で食べたら最後、数時間はトイレから離れられなくなる。
そのイタズラも含め、バツとして二週間毎朝村の掃除をするように言われた。
「クソー!あの門番め、余計な事言わなかったらもっと短かったのに」
「仕方ないよ、僕達がこれだけで済んだのもアイリスのおかげなんだから」
「そうよ、アイリス族長様に掛け合ってくれなかったらもっとキツいお仕置きだったかもしれないのよ!文句言わないの!」
「ちぇっ!でも、そうか!今度からは何か合ってもアイリスがいてくれればそんな怒られなくて済むのか!」
「んー、どうだろ?流石に何度もは無理かな?」
「ちょっとロミオ!アイリスを使わないで!」
「そうだよ!ロミオ!君はほんとに反省っての知らないよな。」
「なんだよ、最近お前らずるいぞ!俺をよってたかって!」
「あら、そうかしら?」
「気のせいだよ。」
「ほんとかよ……。」
「ふふふっ」
「アイリスまで笑いやがったな!」
「ふふふっ」
「クスクス」
「はははっ」
「にははっ」
三人の掛け合いを見て私はまた笑ってしまった。
皆もそれにつられて笑いだす。
早朝のエルフの里に四人の子供の笑い声が響き渡る...。
本日も平和な一日が始まる。
「こらー!お前達!反省しとるんかー!」
「ごめんなさーい!」
ようやく手に入れた私の大事な友達、これから楽しい事がきっともっとたくさんあるんだろう。
この時はそう信じて疑わなかった。
だが、その平和は私が十二歳になったその年に突如として壊された。
そう、アイツらによって……。
アイツらは何の前触れもなくこの里にやってきたのだ……。
あれから二年が経った。
私はこの二年間ほとんどといっていいほど毎日皆と一緒にいた。
それまでの孤独な時間を全て埋めるほどに、私にとって楽しくてかけがえのない日々になっていたそんなある日。
「あーあ……この辺もほとんど探索しちまったからなー。新鮮さがないよなー」
この二年で自分達で建てた小さめな歪ながらもお気に入りの場所、北の森とは打って変わって安全な南の森のちょっとした広場にその一階立ての家(四人の拠点)は立っている。
その中でイスに反対向きに座りながら四人組のリーダー、ロミオはぶうたれている。あれから少し背が伸び体も逞しくなっている。
「確かにね、こんな狭い範囲だともう馴染みの場所しかなくなるよね……。」
とルタ。彼もまた体はロミオと比べると細いが背はこの中で一番高くなっておりその成長が伺える。
「でもだからって他に行くとこないでしょう?」
驚くべきはフィオだ、彼女は長かった髪を最近短くしたのだ(肩にかかる程度にはあるが)。
最初はみんな驚いたがとても似合っていて可愛かった。
ロミオなんか顔を赤くしていたぐらいだ、それに体付きも私なんかより、大人の女性に近付いていて羨ましかった。
フィオ曰くすぐにあなたもそうなると言われたのだが果たしてどうやら……。
「他か……北の森とか?」
「ロミオ!」
「ちょっと言ってみただけだろ?そんな本気にすんなよな!」
「全く、お前はほんとに変わらないよな、あんな目にあったってのに」
「本当よね、信じられない……。」
「なんだよ、二人して。お前ら昔からそうだよな、あれだな!気が合うなら結婚でもしちまえよ!ははっ!」
「なっ///」
ルタが顔を赤らめる。
「バカな事言ってないで、結局どうするの?今日はここでゆっくり過ごす?私は全然構わないわよ。」
そんなルタをよそに平然と話を続けるフィオ……。
ルタ、どんまい。
「んー……アイリス、頼んだ!!お前だけが頼りだ!」
「え⁉私?」
ロミオからの急なバトンタッチに私は驚いた、みんなが期待の目で見てくる。
フィオだけは肩をすくめて適当でいいわよっと合図しているが。
「ん……そうね思い当たる事があるにはあるんだけど。」
実はある提案をみんなに言おうか迷っていて、話の流れによってはまあいいかとも思っていたのだが。
「お!流石アイリスだな!」
「何か問題でもあった?」
「どんな事なの?」
うん、と首を縦にふり、話す事に決めた。
「ここ数年、里の中央にある結界石の力が弱まってるらしくて、近々結界石の元になるシールストーンを取りに行く者を集めるらしいのよ。」
里の中央には円錐状のオブジェがありその上に結界石と呼ばれる菱形の石が浮かんでいる。
結界石は里を魔物や他の種族から探知されないように周囲に結界を貼るものであるが、消耗品であり、数年事にその元になるシールストーンと呼ばれる魔力を蓄えた石を取りに西の森の洞窟に取りに行くのだった。
「ん?それがどうしたってんだよ?そんなのここに住んでるなら誰だって知ってるぜ?」
「ロミオ、お前は少し里の事勉強したら?」
「全くね……。」
「んだよ、どうゆう意味だよ?」
「あはは……えとね、そのシールストーンを取りに行く者は十二歳から立候補できるのよ。」
「なんだって!まじか!てかお前ら知ってたのかよ……。」
「当たり前だよ、この村に住んでるなら誰だって知ってるよ。」
「結構常識よね?」
「そ、そうだよね?あはは……。」
「何だよ!お前ら、俺はリーダーだぞ!もうちょっと尊敬しろよ!」
「そう、ムキになるなよリーダー♪」
「そうよ、リ・ィ・ダ・ァ!」
「まあまあ、みんな……。それでね、もしあれなら皆で立候補してみない?」
「いいね!やろうぜ!」
「いや、でもさ西の洞窟だろ?あそこには魔物も……。」
「いるわよね……。」
「うん、そうだね。それは否定は出来ないかな。でも……。」
「何言ってんだよ!俺らはあの時とは、違うだろ?あれから里の魔術学校で勉強だってしてる!それに魔物って言ってもあんな魔物が出る訳じゃないだろ?」
「うん、それは絶対!出てもフライラットとかだと思う。」
「やろうぜ!皆、あの時とは違う!この四人なら絶対出来る!」
「まあ、大人達を見返すチャンスでもあるか……。」
「はあ……仕方ないわね。」
「うん、やろう!私達で!」
「よし!決まりだな!なら皆でアイリスの家に行こうぜ!立候補は族長様に言うんだろ?」
「うん、その通りよ。」
思い立ったらなんとやらという事で早速私の家、族長邸へと向かった。
族長邸広間……。
「ふむ……。」
ロミオが父に話をし、それを聞いた父は何やら考えている。
「お父さん、お願い!」
「気持ちは分かるが……しかし、四年前の事を忘れたのか?アイリス……。」
「ううん、覚えてる。覚えているからこそ行きたいの!」
「族長様……僕らは昔アイリスにひどい事をしました。でもそんな僕らをアイリスは四年前助けてくれた……それからの僕らはそれまでの事をかき消すほどの絆を作ってきました。」
「その通りです、族長様。私達の事は信じれないかもしれません、けどもう昔のような私達ではないんです!」
「みんなの言う通りだ!俺たち四人だから出来るってこれは確定してる事なんだよ!お願いします!」
あのロミオまでが頭を下げてる。
「お父さん……お願いします!」
「アイリス……。」
今までわがままさえ言わなかった私が初めて自分から頭を下げ頼み込む姿に父は戸惑いをみせた。
「……。そうか、そうだな。大きくなる訳だ……いいだろう!ならば……。」
そういうと父は座っていたイスから立ち上がり、私達の方を向いた。
その目は父の目ではなく、この里を束ねる種族長としての目だった。
「ロミオ、ルタ、フィオ、そしてアイリス……。これより、お前達に結界石の素、シールストーン採掘の任を与える。これは里に住むエルフの今後の生活やその命がかかっている重大な任務だ。失敗は許されない、だがお前達が傷付き帰る事も許されない。四人で力を合わせ見事やりとげてみせなさい。」
「お父さん……。」
「はい!」
私は笑顔で大きく返事をした。
こうして、見事父の説得に成功した私達だったが、かといってすぐに洞窟に向かう……という訳には行かず(なぜなら洞窟までは大人の足でも二日はかかる)、出発は二日後の朝にし、準備をする事にした。
「やばいな!ワクワクしてきた!二日後が待ち遠しいな!」
手作りの拠点に戻り、物資を用いて着々と準備を皆でしていると、興奮したロミオが突如立ち上がりそう叫んだ。
「今回はロミオの意見に同意するよ!みんなで一緒に遠出するなんてまたいい思い出が増えるよ」とルタ。
「そうね、私もドキドキしてる!」でも、手を動かしてね、ロ・ミ・オとフィオがロミオを叱る。
分かってるって!といつものようにぶーたれながら準備に戻るロミオ。
あーだこーだといいながら皆で準備をするこの時間が私はとても愛おしくそして二日後がとても楽しみだった。
あれからほとんど皆で準備に終われあっという間に二日過ぎた。
そして、出発の日……。
里の西門には里のエルフがたくさん集まっていた、若きエルフの初めての公式な族長の命、各々が私達に激励を送ってくれた。
皆も自分達の親にハグを受けていた。
私もまた父に行ってきますと抱きしめ、皆に手を振り、四人で門をあとにした。
ここから二日森を歩き洞窟へと向かう、当然どこかで野営する事になるがそれに役立つ魔術も教わった。
不安はなくむしろ皆でいることが楽しくてしかなかった。
しばらくすると……。
「いやー、皆盛大に見送ってくれたよな!これって俺らに期待してるって事だよな⁉」
「そうだな、これを無事終えれば少しは認めて貰えるかもね、でもロミオはおばさん(ロミオの母)に抱きしめられてる時、顔赤かったけどね。」
「なっ!うっせ!あんなのいいって言ってんのに、無理やりやってきたんだよ!」
「ロミオ照れてる!くすくす」
「照れてねーし!フィオ笑ってんじゃねー!」
「ふふふっ」
「アイリスお前まで」
「違う違う、やっぱ皆でいると楽しいなって。」
「なんだそれ、当たり前だろ!」
コンっとロミオが頭を叩く……。
だねっと私は笑顔で答え、皆も笑みを浮かべる。
「よし!行くぞ!西の洞窟!」
「……。」
「お前らそこは何か言えよ!」
「いやだって。」
「ねえ……。」
「ちょっとそれは恥ずかしかな。」
「なんだそれ!」
私達はガヤガヤと騒がしく洞窟へ向かって行ったのだった。
それから、どんどんと森を進んだ私達は予定よりも数時間早く中間地点の森の湖へとやってきた、といっても辺りは既に暗くなってはいるが。
湖は風の精霊が多く生息しており、沢山の淡い光が辺りををふわふわ漂っている。
「すげー!里の精霊の何倍ぐらいいるんだ?」
「どうなんだろう?検討もつかないけど、ただ、ここの湖は生命樹の根の上にあるから精霊が活性化してるらしい。」
「きれい……。」
「ほんと……こんなのみたことない。」
漂う精霊の放つ光だけでなく、不純物が一切混じってないと思わせる程透き通った水鏡にその光を映し、輝いている湖もとても幻想的で美しかった。
私達は野営の準備も忘れ、しばしその光景に見入った……。
だが、しばらく見ているとグゥーっと云う音が聞こえ、音がした方を見るとニヤニヤしながら「腹減らね?」とロミオ……。
私達はくすくす笑いながら確かに、と賛同し野営と夕食の準備をする事にした。
夕食は現地調達と云う事で森の山菜、動物や湖に棲む魚を各々がとってくる事にした。
ロミオとフィオは森の中に(フィオはロミオを後から追うように)入っていったので、私とルタは湖の魚を採る事にした。
昔の書物にヒュンメルはツリザオと云うものを使ったり直接長いフォークで突いたりしてとるのだと書いてあったが、私達は基本的には魔術を用いてとる、水中にいる魚に痺れのましを使い浮かせてとるのが一般的だ、あくまでも痺れてるだけなので調理するまでは生きており鮮度もいい。
簡単そうに見えて魔術を対象に当てるのはコツがいる。唱えれば目の前に当たるなどど云う簡単なものではないのだ。
打ち出す力や距離、角度などを放つ時に考えておかなければならない。
幼い時の私はこれが難しく変な方向に飛んでしまい家の中のモノをたくさん壊したっけ……その度に父は笑顔でゆっくりやればいいと励ましてくれた。
私はふとそんな事を思い出していた。
「どうした?」
そんな私の背後からルタが声をかけてきた。
「んーん、ちょっと昔を思い出してて……魔術、なかなか出来なかった時の事とか……。」
「ああ、確かに誰もが通る道だよな、僕もコントロール難しくてさ、何回か父さんを麻痺させた事あるよ」
「え!それ大丈夫だったの?」
「んまあ、二、三日はベッドで痺れてたかな?しかも母さんがカンカンでさぁ、家の中でやるもんじゃない!ってさ。」
ニヤっとルタは笑った。
「そうなんだ。私もね家で練習してて、家の大事な壺とか後、祭事に使う道具とか壊しちゃって!」
「おいおい、そっちのがやばくないか?祭事の道具だろ?」
「ええっ⁉ルタのがひどいよ、お父さん可哀想じゃない」
「いや、父さんはいいんだよ、肩凝りとかそれで治ったって言ってたし、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」
「何よそれ、ふふふ」
ルタの理由になってない理由に笑ってしまった。
「さて、そろそろとらないとな、夕飯が遅くなっちゃう」
私の頭にぽんっと手を当て促すルタ。
「そうね、じゃあどっちが大きい魚をとれるか勝負しましょ!」
「よし!望むところだ!」
と私の提案に乗っかったルタと大きさ比べをする事にした。
私達がようやくとり終える頃には森の中の2人も戻ってきた(大きい魚を選ぶのに時間をかなりかけた為)。
「ほらよ、ツノうさぎ二匹!」
「ラタの芽とオーガホーンよ」
ツノうさぎは里でのメジャーな食料で嫌いなものはいない。
ラタの芽は香りがよく、肉料理と炒めて香り付けに使われ、オーガホーンも同じく山菜の一種で炒め料理によく使われる。
「そっちは?とれたのか?」
「うん!流石は精霊が活性化してるだけはあるよね?ほら!こんな大きい魚とれたの!」
私は下に置いてある一メートルはあると思われる魚を皆に披露した。
「おお!すげー!」
「ほんと……アイリスよく捕れたわね!」
「いやー、流石に大きくて持てないからルタに手伝って貰ったよ……。」
あの後、大きい魚を見つけようとして必死になっていた私は湖の底に佇んでいる巨大な魚の影を見つけた。
麻痺させて浮かびあがらせたのは良かったのだが、大きすぎて持ち上がらず、ルタを呼んで手伝って貰った。
「こんなの僕も見たことない。」
「いやーいいんじゃね?野営の夕飯にしては豪華じゃね?」
「うん!すごいよね?」
確かに、今日の夕食はとても豪勢だった。
ツノうさぎの香草炒めと、巨大魚の串焼きだ。
「うっめー!」
「うん、うまいね!」
「ほんと、美味しい!」
「うんうん、美味しいね!」
皆大絶賛でロミオなんて魚の骨ごとバリバリ食べて皆を引かせたぐらいだ。
それに皆と一緒に食べてるからでもあるのだろう、私の人生の中で一番美味しいと思った。
食事も終わると精霊の光をランプ代わりに皆ゆっくり葉っぱのテントでくつろいでいた。
この葉っぱのテントは魔術によって葉っぱ同士を結びつけ作られており、出発前に里で習ったものだった。
「いやー快適だな。」
「ほんと、葉の香りが安らぐわよね。」
「これからまた旅とかするような事があれば使えるよな。」
「お!ルタいい事言ったな!これ終わったら今度はもっと遠いとこ行きたいよな!」
「もう、ロミオ気が早すぎよ!」
「いや、フィオ、僕もロミオと同じ事を思ってるよ。これが終わって大人達に認めて貰えればもっと遠くに行けるかもしれない。勿論皆でだ!」
「遠くって?」
今まで考えた事もなかった私はルタに聞いてみた。
「ん?例えば、聖王国エルヴンガンドとか、ダークエルフの国とかかな?」
「おお!いいねぇ!エルヴンガンドか!一度は行ってみたいよなー!」
「私達とは違って石造りの街なのよね?確かヒュンメルの国もそうって聞いた事あるわ……。」
「ヒュンメルの国も確かに石作りが多いけど、聖都はそれだけじゃないよ、エルフの女王が住まう都で魔術を僕ら以上に生活に役立てたりしてるんだ、それに何より風の生命樹があるんだからさ!」
「風の生命樹……私達エルフはそこから産まれたのよね?」
「神話ではそう言われてるね、それがほんとに神話にしろ、作り話にしろ僕達が魔術を使えるのは風の生命樹のおかげだからな……一度はこの眼で見てみたい!」
「やべー!今からワクワクしてきた!早くいきてー!」
「もう、ロミオったらまだ洞窟にも辿り着いてないのに……。」
「なんだよ、フィオ、お前だって行きたいだろ?」
「それはね、私だって憧れの場所よハイエルフの住む国なんですもの///」
「フィオはハイエルフに憧れてたんだ、知らなかったよ。」
「ええそうよ!だってハイエルフよ!エルフの中のエルフ!服装だってお姫様みたいなドレス来てるのよ!素敵じゃない?」
「まあ、確かにハイエルフは貴族だからね、貴賓があるし女の子が憧れるのも分かるよ……アイリスはどうなの?やっぱり憧れる?」
「んー、そうね、私だって女の子だしね……少しは思ったりはするけど……。」
「けど?どうした?」
私の言葉に皆耳を傾ける。
「うん、私は王国よりダークエルフの里が気になるかなって。」
「へぇ、それはまたどうして?」
「うん、あのねお父さんは何も言わないけど私、前本で見たの。ダークエルフの事について。」
「そんな本があるの?まあ族長の家にならあるか」
「うん、それでね私、前からずっと気になってた事があって……。」
「気になってた事?なんだよそれ」
「私のこの容姿の事」
「はあ?お前まだ気にしてんのかよ、あのな俺達はもうそんな事で……。」
「んーん、違うの違うの!別に皆が認めてくれてる事分かってるし、自分が皆と違うからとかそうゆう事じゃないの……。」
「どうゆう事?それとダークエルフの里が関係あるの?」
フィオは不思議そうに聞いてくる。
「皆、ダークエルフの姿見たことある?具体的な容姿とか……。」
「ない!てか普通ないだろ!」
「ダークエルフの事なんて普段会話にもでないからね、僕も気にした事なかった。」
「私も知らないわ、ダークエルフって同じエルフなのよね?」
「うん、あのね、さっき言ったでしょ?ダークエルフの本を見つけたって……そこにね、姿が書いてあったの」
皆は私の言葉に驚いている様だった。
「ほんとかそれ!どうだったんだよ!」
「僕も知りたい!」
「私も気になるわ!」
皆も未知のダークエルフの姿が気になるのだろう、私の話の続きを目を輝かせて待っている。
「えとね、ダークエルフは銀色の髪をしていて紅い瞳、肌は黒くて、耳は下を向いてたの。」
「へぇ!何か色々違うんだな、同じエルフなのに。」
「興味深いね、確かに。」
「ねえ、皆何か思わない?」
「は?何かって?」
「どうゆう事だフィオ?」
どうやらフィオは私の言わんとしている事に気付いたようだ。
「アイリス、そうゆう事なのね。」
「うん、多分そうだと思う……でないと説明つかないもの。」
「は?どうゆう事だよ!フィオ、アイリス!二人だけずるいぞ!」
「どうゆう事なんだ?」
「えと、二人共私の姿を見てどう思う?」
「なんだよ、いきなり……だから気にすんなって言ってるだろ?」
「あ!なるほど!そうか、アイリス!これはすごい発見じゃないのか⁉」
「うん、私も見た時はびっくりした!」
「は?お前ら、俺に分かるように説明しろよ!」
「ロミオ、アイリスだよ!アイリスの姿を見れば分かるだろ?」
「何言ってんだルタ?意味わかんねーぞ⁉」
「ロミオ……。」
フィオはハァッと溜息をつく。
「あーもぉ‼わかんねぇって言ってんだろ!」
これ以上ロミオ一人では分からないと思ったので(バカにしてはいない決して……)私はネタばらしをする事にした。
「あのね、ロミオ、私の姿とダークエルフの姿が似てるの。」
「は?別にお前黒くないよな?」
「あ、ごめん、えとね似てる部分があるの、例えば片方の目とそして耳……。」
「......。」
「......。」
「あぁぁぁぁ!言われて見れば!おい、お前ら!アイリスはもしかしたらダークエルフなのかもしれねーぞ!」
そうくるのねロミオ……。
「違う、ロミオ惜しい……ダークエルフじゃなくてハーフなんだよ、アイリスは……。」
「はーふ?どうゆう事だ?」
「だからな、俺達エルフとダークエルフのハーフなんだよ、だからこそ片方は紅い目だし耳は下を向いてるんだ。」
「ええ⁉そうなのか⁉」
「うん……あはは。」
ほんと、鈍いなぁロミオ……。
「だからね、そこに行けば自分の事何か分かるんじゃないかなって……まだ私の知らない事ってあると思うから。」
「アイリス……。」
ルタが私の顔をじっと見つめている
「いいじゃん!行こうぜ!ダークエルフの里!なあ、お前ら!」
「ええ!行きましょう!」
「ああ!そうだな、行こうアイリス!」
「みんな……うん!」
ああ、やっぱりいいなこうゆうの……皆にはほんとに感謝だ。
「まあ、先ずは洞窟へシールストーンを取りに行かないとな!」
ロミオのその言葉に皆が頷く。
気持ちを新たにした私達の夜はこうして更けていった……。
そして、皆が寝静まった夜……。
私は一人湖を眺めていた。
先程まで寝ていたが、途中で目が覚めてしまい、そこから中々寝付けなかったので気分転換に散歩がてら湖を眺めることにしたのだった。
湖の水は先程見た時と変わらず、精霊の光をその水鏡に映し輝いていた。
何度見ても飽きのこない風景に見入っていると、そこへ……。
「眠れないのか?」
背後から声を掛けられ、振り向くとそこにはルタが穏やかな顔でこちらを見ていた。
「あ、ルタ。うん、ちょっとね、目が覚めちゃって。」
ルタも?と私が聞くと、まあね……と答えながら、隣に座っていい?と聞いてきたのでどうぞと合図し、私達二人は並んで湖を見ることにした……。
「やっぱり綺麗だよね、湖。こんな場所があるなんて私知らなかった。」
「確かに、きっと世界にはまだまだこんな綺麗な場所があるんだろうな……でも、どんな綺麗な場所よりもアイリスのが綺麗だよ。」
突然のルタらしからぬ発言に私は慌ててしまう。
「ええ⁉な、なななっ!何急に⁉ルタどうしたの⁉」
「あ、いやごめん。つい……」
「い、いいけどびっくりした。そんな事言われたのルタが初めてだよ。でも、ありがとう……。」
「そう思ったから言ったんだ。アイリスは綺麗だよ。」
「も、もう!何度も言わないで、恥ずかしいじゃない。」
「ご、ごめん……湖の輝きを見ているアイリスを見てたらなんか急に言いたくなって。」
「何よそれ、変なのっ!。」
フフフっと笑う私にルタは微笑みを返し、再び湖の輝きを見つめる。
その表情は真剣で何かを決意したように見えた。
ルタの打って変わった変化に不安を覚え、どうしたの?と尋ねるが返事はなく、私も視線を湖に戻し互いに無言のまま、その輝きを見ていた。が、しばらく経つと声だけを私に向け、ルタが口を開いた……。
「あのさ、アイリス。」
「ん?どうしたの?」
「僕達、後四年もすれば十六だ。そうなれば里では完全に一人前として見られ、結婚も許される。」
「う、うん。そうね……。どうしたの?急に?」
な、何だろう?この感じ?ルタは何を言おうとしているの?
大人びたフィオとは違い、この時の私はそういった事柄に疎く、ルタが何を言わんとしているか直ぐには気付けなかったが、その真剣な声に少し戸惑ってしまう。
「昔、君を傷付けてしまった事、今思うと僕達はほんとにバカな事をしたと思う。ほんとにごめん。」
「止めてよ、もう昔の話だよ。確かにあの時はとても悲しかったけど、でもこうやって今は皆と一緒にいれる事がとても幸せなの。だからもう謝らないで……。」
「ん、ありがとう。アイリス、君はやっぱり優しくそして綺麗だ。」
「もう、ルタ、だからそんなに言わないでっ、たら!さっきから何か変だよ?」
「変か……、うん、そうだね、確かに変だ。でも、変わらずにはいられない……アイリスっ。」
ルタはそう言うと突然こちら側に体事向き、先程より少し大きな声で私の名を呼ぶ。
「は、はい!」
突然名前を言われた私は咄嗟に返事をしてしまう。
するとルタはポケットから何かを取り出しこちらに距離を詰めてきた。
何が何だか分からない私は少し身構えてしまう。
「動かないで、アイリス……。」
ルタはそう言うとおもむろに手を私の首の後ろに回し、何かごそごそとしていた。
ほんの数秒間そうしていると、いいよ。と回した手を戻し私に微笑みかける。
首と胸元に少しだけ何か感触があり、見てみると胸元には碧い小さな精霊石が文字通り光っていた。
「これはペンダント?しかも精霊石の……え⁉それってつまり……。」
ここにきてようやく鈍い私もルタが私に何を望んでいるのかを悟った。
エルフ間において精霊石を相手に送る事はとても重要な意味がある。
旅の無事を祈るために送る事もあれば、両親や子供への親愛の証として贈る事もある。
中でも一番多く使われるのは、男女間での事柄、つまり、婚姻だ。
エルフの婚姻は先程ルタが言った通り十六から出来るのだが、指輪を贈るのは婚姻当日であってそれまでに相手に送る、又は身に着ける事はタブーとされている。
しきたりや純潔を重んじる古代エルフの名残らしいが詳しい事は私には分からない。
ともかく、婚姻前の男女は指輪をはめる事が出来ない為、相手に思慕の情を伝える別の方法として贈られるようになったのが精霊石のペンダントだった。
つまり、今ルタが私にした事は所謂、愛の告白であり、また求婚でもある。
「アイリス、少し早いけど後二年したら僕と結婚して欲しい。」
「ルタ……、あの、私……。」
「返事は先でいいよ、まだ二年もあるし。ただ僕の気持ちだけは知っていて欲しかったからその証としてそれを贈ったんだ。」
「あ、ありがとう。でも急でなんて言ったらいいか、正直考えたこともなくて、ルタが嫌いって事じゃないの……でも私にとってはロミオもフィオもそして、ルタも皆同じ㎞売らい大事で、だから……」
それ以上は言わなくていいとルタは手で私の言葉を制した。
「それは知っているよ。さっきも言ったけど、直ぐに答えを出して欲しいんじゃない。ただ僕の気持ちを知っていて欲しいだけだから。だからペンダントも深く考えなくていい、親愛の証として受け取ってくれて構わない。ただ、二年後、もう一度僕は君に言う、その時にしっかりと答えて欲しい。」
ルタのその思いが痛いほど伝わる、今は皆と同じにしか思えないけど、私自身しっかりその気持ちと向き合っていかなくてはと思った。
いずれは里の次期長として婿を迎えていかなければならないのだから……。
「分かった、ちゃんと考える……。」
「うん、ありがとう。アイリス……さて、そろそろ寝ないと、明日も歩かなきゃいけないし寝不足だとしんどくなる。」
「確かに、まだ半分は歩かないといけないもんね。」
これ以上起きているのは得策ではないと二人で皆の寝静まるテントへと戻っていった……。
こんな事があった直後だ、当然直ぐに寝れる筈もないのだが、ルタは何処か満足そうな顔で早々に寝入ってしまったのが釈然としなかった。
「もう、自分だけすんなり寝れるなんてズルい!」
ルタへの不満を口にしつつも気づけば私自身も寝入っており、次の日の朝は鈍感なロミオ(私も人の事を言えないが……)そういった色恋沙汰に敏感なフィオにばれてしまい、洗いざらい吐かされてしまった。
そんな具合に次の日はフィオの猛追を一日中受け続けながらも順調に目的地まで距離を縮めて行くのだった……。
雨雲が近くに見え、午後には雨が降り出しそうな森の中を、四人のエルフの少年少女達は歩いている。
「あとどんくらいだ?ルタ?」
「そんなにかからないと思う、導石の輝きも増しているし一時間くらい歩けば着くと思うけど」
地図と導虫を見ながら返事をするルタ。
「もうそんなとこまで来たのね、何だかあっという間な気がするわ」
「うん!皆といるからかな?時間が経つのがすごく早い」
「そうかあ?俺は歩くのに飽きてきたぞ?」
「お前はそうゆうやつだよな……。」
軽口がいい合えるほどまだまだ皆元気だ。
ふと前を歩くルタがちらと私を見る。
「っ‼///」目が合い、気まずさに視線をサッと逸らす。
あの夜の出来事があってから、ルタと話せていない。
ちゃんと考えるとは言ったものの、こういう事に疎い私にとってあの一件はとても衝撃的で、ルタを見るだけであの夜の事が思い出され、気恥ずかしさでまともに話すこともままならぬ状態が続いている。
始めこそ根掘り葉掘り聞いてきたフィオも私の様子に逆の意味で気に掛ける様になっていた。
そんな私のあからさまな様子にルタは……。
「ぷっ」
噴き出して笑ったのだった。
「え?何で笑うのよ‼ルタっ‼」
「ごめんごめんっ‼なんていうか、ホントわかりやすいなってさ……ぷぷっ」
更に噴き出すルタの様子にムッとした私は……。
「もうっ‼誰のせいだと思っているの?ルタのせいだからね!あ!また笑った‼もう‼」
「いや、ほんとごめんっ!でもそういうアイリスも笑ってるじゃないか。」
「え?」確かに笑っているルタに気づけば私自身もつられて笑みを浮かべていたようだ。
「これは、ルタが笑うから、つられて……もうとにかくルタが全部わるいんだから!」
ふふふっと今度こそ声を出して笑った私は、気を使ってくれたのだろうルタに感謝した。
「何やってんだ?あの二人?」
「さあ?」
疑問を抱くロミオに適当に相槌を打ち、フィオは二人の様子に安堵の顔を浮かべるのであった。
そして、一時間ほどの時間が過ぎとうとう目的の洞窟に辿り着いた……。
「ここか‼でっかい穴だなぁ‼しかも暗くて何も見えねー‼」
私達四人を待ち構える様に大口を開けた洞窟の前に立つロミオの大きな声が洞窟の奥へと吸い込まれていった。
ロミオの言う通り、その穴の奥は暗くて何も見えない。
湖で捕まえた精霊を利用し作ったランプをバッグから取り出し私達は意を決し、中へと入っていった……。
洞窟の中はとてもひんやりとしており、入り口で見るよりも更に闇が濃く、ランプがなければまともに前が見えなかった。
更には坂が続いており、奥に進むというよりは下るといった方が適切だった。
入って十分程経ったがいまだ坂は続いており、辺りの暗さもあって永遠に下り続けるのではないかと不安にさせる程長く続いていた。
そんな、私の心配をよそに先頭を切って歩くロミオが再び軽口を叩く。
「なっげぇ坂だよな、もしかしてこのまま永遠に辿り着けなかったりして……昔本で見た事あるんだよなー、無限回路っていう魔族が使う魔術の話、一度入ったら最後、死ぬまでそこから抜け出せないらしいぜ?もしかしたら俺達も……。」
「馬鹿じゃないの?ロミオったらほんと子供なんだから!」
ランプを自分の顔に近付けながら、私達の方を振り返り、ニヤリと不気味な顔を浮かべるロミオに背筋がゾクッとなった私とは対照的に、フィオが冷静に対処する。
「なんだよ、ほんとつまんねぇ女だよなフィオは……」
「いつまでもお子様のロミオよりはマシよ……」
こんな時でさえ通常運転な二人に不安が和らぐ。
そんな私を、先程不安になっていた事に気付いていたらしいルタが大丈夫?と声を掛けてきてくれた。
「うん、大丈夫、あの二人のやり取りを見てたら面白くて不安も吹き飛んじゃった!でも、心配してくれてありがとう、ルタ。」
「そっか、ならいいんだ。また何かあったら僕に言ってくれればいいから。」
ルタの申し出をありがたく受け止め。
自分もしっかりしなくてはと、気を引き締め、先の見えない坂を下っていく。
それから更に数十分は下ったであろうか……嫌というほど漆黒の闇に包まれた坂を下り続ける私達の先に突如光が見え、その光に向かって進むとようやく開けた場所に到着した。
その場所は不思議な事に外と同じくらい明るかった。
「長かった……もう坂は当分いいかも……」愚痴る私にルタが元気出して、ほら見てごらんと到着した場所の天井を指す。
「え?わぁぁ!すごい!」
指し示す方を見るとそこには巨大な鉱石が白き輝きを放ち、辺りを明るく照らしていた。
この場所の明るさはこの鉱石のおかげだろう。
私だけではなく、ロミオもフィオもその巨大な光を見上げている。
そんな私達にルタが説明をしてくれた。
この鉱石は太陽石といい、密接している場所に含まれるマナを吸収。それを輝きに変換しているらしく、その光自体がマナと同じ性質を持つ。その為、魔術を行使できる者は勿論の事、体内に蓄積したマナを自己の生命力に変換している魔物達にとっても重要な役割を果たしている。特にこの光の届かない洞窟に生息する生物にとっては生命線にもなっているらしい。
『僕も本で読んだだけなんだけどね』
私と目が合うと、ルタが頭を掻きながら恥ずかしそうにそう付け咥えた。
博識なルタに軽口ばかりのロミオもこの時ばかりはへえ!と素直に驚いている。
それは私とフィオも同じで、確かにこの光を浴びていると更に気分が良くなるのを感じ
ルタの言う通りこの光はマナそのものなのだと実感できた。
ルタの博識ぶりには毎度驚かされる……。
感心する私達に、『でも、だからこそおかしい(・・・・)』とルタが続けて言う。
その言葉の意味が分からず、すかさずロミオが口を開く。
「何がだよ?別に何もおかしくないと思うぞ、お前の言うとおりだろ?」
「いや、おかしい……」
ロミオの言葉にかぶりを振り、尚も眉間に皺を寄せるルタを見て、訳わかんねー!と私達に肩をすくませるロミオ。
私も不思議に思いルタにどうゆう事かと聞いてみると……。
「不思議に思わないか?洞窟に入ってから今まで一度も魔物に出会ってないんだ。最初は下っていけば何処かで魔物に出くわすだろうと思っていたんだ……でも、この太陽石を見て確信した。この洞窟何かがおかしい……さっきも言ったけど、魔物にとってこの太陽石は、いわばご馳走だ。なのに一匹もいないなんて考えられるか?」
ルタの言葉に言われてみれば確かに……と私含め皆も納得しているようで同じように眉間に皺をよせその理由を探している……が、ものの数十秒で考える事が嫌いな人物が思考を放棄し喚きだす。
「あぁぁぁぁ!考えても分かんねぇ!とにかく先に進もうぜ!したら何か分かんだろ?」
「まったく……お前は……でも確かに一理ある。ここはとにかく先に進んでみよう!」
珍しくロミオの意見に賛同するルタに従い、目的地であるシールストーンが眠る下層へと更に降りていく事にした私達は先程降りてきた坂の丁度反対にある下り坂へ歩を進めようとしたのだが……。
「……?ちょっと待って!」
ふいにルタが声を上げ皆の足を止める。
見れば何やら怖い顔で何かを探っている……。
「今度は何だよ?早く行こうぜ!」
「シッ‼」
苛立ち気味なロミオの声を人差し指を立て制止するルタは、『何か地響きのような音が聞こえる』と、再び耳を澄ます。
私もその音を捉えようと同じく耳を澄ます……すると、確かに何やら音が聞こえた。
それも、今私達の立っている足下からズズズッと振動するかのような感覚までもが伝わってきており、音と振動はだんだんと大きくなって来る。
「ねえ!あれ!不味くないの⁉」
フィオがとある地面を指さすとそこには先程までなかったはずの大きなヒビが入っており、それは四方に拡大しながらも私達の方へと蛇が這うようにズルズルと向かってくる。
「まずい!皆!急いでこの場から離れるんだ!下へ行くぞ!」
ルタが叫びだすと同時に私達は一斉に走り出す!しかし、その時には先程感じた振動は地震ではないかと思う程に強くなっていて、逃げる私達の足を捉えその場に手を着かせ逃走を阻む。
「マジかよ!こんなのまともに走れねぇぞ!どうすんだよ!」
吠えるロミオをよそに地割れはとうとう私達の足元まで迫ってきた。
「皆、落下するぞ!風纏い(ヴァントゥール)を……」
ルタが言い終わらぬうちに足元の地面が崩れ落ち、私達は一瞬ふわっとした感覚の後、自由落下を始める。
「うわぁぁぁぁ!」
「ロミオ!クソ!皆、風纏い(ヴァントゥール)の重詠唱だ!」
ルタの声に我に返った私とフィオはすぐさま互いに目で合図を送り、息を合わせ詠唱に入る。その様子を見届けたルタも重ねて詠唱する。
「大いなる風よ、その柔かき羽衣にて我らを護りたまえ!大風纏い(エル・ヴァントゥール)‼」
そう唱える三人の掌から緑色に輝くオーラが落下方向の中心に向かって集まり収束し、巨大な風のオーラが四方に広がり四人を包み込むと、まるで羽がふわりと落ちる様に落下速度を大幅に和らげ、無事着地に成功する。
「助かった……」
尻餅をつきながらほっと一息つくロミオに……。
「助かったじゃないわよ、一人だけ叫んでただけじゃない。」
「う、うっせ!急だったから仕方ないだろ!」
はあっ…とため息をつくフィオにロミオが顔を赤くして反論する。
「二人共、今はそんな言い争いをしてる場合じゃないよ!」
「アイリスの言うとおりだ!それにあれを見て見ろよ。」
二人を窘める私に同調しつつ、ルタは指さす。
指し示すその先には青色に輝く巨大な鉱石が鎮座しているのがみてとれた。
里で見る結界石と同じ輝きをするそれは……。
「シールストーンだ!だろ⁉」
「うん!きっとそうだよ!まさか落下先で見つけれるなんて!」
「じゃあ、後は砕石して帰るだけね!落ちた時はどうなるかと思ったけれど、こうして目的の物も見つかって良かったわ。」
フィオはそう言うと青く輝きを放つシールストーンへと駆け寄ろうとしたその時……。
ゴゴゴゴゴゴ!
先程と同じ揺れが再び私達を襲う!
「おい、見ろよあれ……。」
ロミオは驚いた表情でシールストーンを指す。
それに従い私達はロミオが指し示す通りの方向を見ると……。
シールストーンが鎮座しているその場所が突如盛り上がったかと思うと激しい音を立ててその周辺一帯が爆発するように岩や土の塊が宙を舞い隕石の様に下へと降り注ぐ……。
私達はシールストーンが鎮座していた場所とは反対方向に逃げ、その爆発した場所を振り返る……。
するとそこにあった筈のシールストーンはなく代わりに大きな足が二つ立っていた……。
「ねえ……あれ……。」
フィオが体を震わせロミオと同じように指を今度は上に向かって指す……それに従い私達も上を見上げると消えた筈のシールストーンが宙に浮いていた……いや宙に浮いたように見えただけで実際は違った……先程の二本の足から伸びた大きな影の胸辺りにシールストーンは、はまっており、まるで心臓の様にその青い輝きは脈を打っていた……。
そしてその更に先には人の頭の様なものが生えており、その顏のない土の巨人は矮小な私達を見下ろし邪悪に笑いかけていた……。