第三章 再会と邂逅
オールドベルの西に立つ古城……持ち主を変えながらも数百年ずっとこの町を東の鐘楼と共に見守り続けている。
その城の地下……。
地下牢へと続く階段を下る三人の人影があった。
「お前、バカだろ?あのおっさんにしろあの女にしろ自業自得だ。レオニール様の命令は絶対だ!それを……ハッ!揃いも揃って無能なヤツらだ!」
「……。」
一人の兵士が連行されている少年を煽るように一方的に話し掛けている。
「おい、お前聞いてんのか?」
「三下は黙ってろよ……。」
「おい!お前今何て言った⁉」
返事をしない少年に苛立ちを覚えた兵士は少年にそう聞くが返ってきた返事が自身を侮辱するものであった為、任務を忘れて激情するが……。
「貴様等いい加減にしろ!お前は黙って仕事をしろ!貴様もだっ!立場を弁えろ!」
「……。」
「了解……。」
もう一人のベテランの兵士に注意され、ようやく静かになった階段に三人の足音だけが響く。
下らない挑発に乗ってしまった……。
それにしてもあの時、レオニールに対して出た力は何だったんだ?火事場の馬鹿力か?
しかし、それにしてはおかしい……レオニールに首を絞められ死にかけた時確かに声を聴いた……そしてその声には聞き覚えがあった。
そうして考えていると……。
「ここだ、本当なら一人で入るところだが生憎何処もいっぱいなんでな、ここに入ってもらう。」
そう言うと、そのベテラン兵は俺の背中を押しながら、小さな声で俺だけに聞こえる声で一言呟いた……。
「オルガンさんは生きている。」
ドンッと背中を押され、つんのめるようにして牢の中に入れられる。
俺はすぐさま振り返るとそのベテラン兵に先程の意味を確かめようとした。
「今のは……」
「いいか!貴様はここから出ることは一生ない。自らの不運を呪うのだな!」
俺が確認する前にそのベテラン兵は一方的に俺に対し苦言を言うとそのまま踵を返す。
「おい待てよ!今の……」
「黙れ!」
牢越しに叫ぶ俺の腹を看守が外から鉄の棒で突いた。
「うぐっ……」
先のベテラン兵は看守に後は任せたと言うともう一人の兵士を連れて去って行った……。
俺はその姿を見えなくなるまで目で追ったが、見えなくなる頃には自然と溜息を着いた。
何と云うかこうなってしまったらどうする事も出来ない……その為、先程までの緊張も解け、ため息が出たのだろう。
とはいえ考えなければならない事もあった……あの兵士が言った言葉だ……。
あの時俺は確かに聞いた……。
「オルガンさんは生きている。」
もし本当にそうならば俺は謝らなければならない、こんな目に合わせた事、そして感謝をしなければならない、庇ってくれた事を……。
その為にはとにかくここから抜ける事を考えなければ……。
そう思い何気なくふと後ろを振り向くと。
「なっ!」
「……。」
俺は思わず驚いてしまった……。振り返ったそこには壁に取り付けられた手錠で高速された自分と同い歳ぐらいの美少女がいた。
服は大きな胸元を含め所々破れており、目のやり場に困る程だ……不思議な事に衣服は破れているのに、その顔や体はとても綺麗で輝いているように見える程だった。
髪は金髪で肌は白く、そして何より彼女を象徴しているのがその耳だ、長く尖った耳は下向きについている。
そう……その少女に俺は見覚えがあった……いや、あるなんてもんじゃない!一番の最優先事項が今目の前に居たのだ……。
「サラ……なのか?」
俺の口から自然とその名前が出ていた。
サラは先程から無表情でこちらを見ていて何処か様子がおかしい……。
「サラ?何の話?その穢らわしい目でこっちを見ないで!ヒュンメルのクセに!」
その再会は最悪と言っていい展開で幕を開けた……。
穢らわしい……確かに……先程見入ってしまったのは認める……正直、破れた胸元とかに目がいってないと言われたら嘘になる、俺も男だし……はい……ごめんなさい。
だとしてもだ!そのサラらしからぬ言葉に俺は驚きを隠せない……。
「サラ!お前何言ってんだよ!冗談言ってる場合じゃないだろ!ここから早く抜け出さなきゃ!ポーラさんだって心配してるんだぞ!」
「分からない事を言っているのはアンタ!何度言わせるつもり?私はサラなんて知らない!」
俺はサラのはずである少女を見てある事に気付く……。
少女の目は俺の知るサラの眼とは違っていた……。
右は紅、左は翠と所謂オッドアイで、吸い寄せられる程の深い色をしており、宝石に詳しい訳ではないが純度の高い宝石はこれぐらい綺麗なんだろうなと思う程だった。
「何見てんのよ!」
「あ、ごめん……つい、眼が綺麗で……。」
「目が綺麗?バカにしてるの?今度はそう云うやり方で私を侮辱するのか!お前達ヒュンメルは!」
「は?何を言ってんだ?侮辱とかじゃなくてホントにそう思ったから言ってるだけだぞ!今までこんな綺麗な眼見た事なかったからさ、でも不快にさせたなら謝る……ごめんな!でも本当にサラじゃないのか?」
「くどいっ!それにヒュンメルになんか褒められても嬉しくない!私に二度と話しかけないで!」
そうゆうと彼女は顔を背けそこから喋る事はなかった。
俺はどうしても彼女がサラではないと云う事が信じれなかった……確かにエルフ化したサラの眼はヒュンメルの時と変わらない色をしていたが、それでも今すぐそばに居る彼女の顔は紛れもなくサラだったのだ……。
しかし、彼女が否定する以上下手に刺激しない方がいいと思い……彼女に合わせる事にした。
そして、その邂逅から数日が経った……。
実際には何日経ったかは分からないが、兵士の話す内容で交代する時間を特定し、ざっと目星を付けている。
俺はレオニールの事だ、拷問か何かをするのかと思って身構えていたのだが、特に何もなく拍子抜けしていた……只、これからもそうだと云う保証はない為、安心は出来ないのだが……。
そして、あのエルフの少女とはあれから一言も口を聞いていない。
彼女と邂逅してから数日しか経っていなかったが、俺が見るに、彼女は一度も日に1回の食事を食べる事はなく、持ってきてもヒュンメルからの施しはいらないと決して口にする事はなかった……。
恐らく、ヒュンメルとエルフの現在の関係上、ヒュンメルを敵と認識している為、俺に対してもあのような言動が出ているのだろう。
そして更に、数日が経ったある日、今まで音沙汰もなかった俺をこの牢にぶち込んだ張本人……レオニールが現れた。
「よぉ!調子はどうだぁ?お嬢さん?その手枷の使い心地はどうだぁ?お前らエルフに魔法を使わなくさせる為の特別製だ!楽しんでくれてるかぁ?」
「……。」
「相変わらずつまんねぇなぁ……まだピーピー叫んでた時の方が面白かったぜぇ?少しは相手をしてくれよなぁ、それとも体で相手をしてくれてもいいんだぜぇ?ハハハハハハハハッ!」
「ヒュンメルなんて獣と一緒!口を開けばすぐそれっ!穢らわしい!」
「いいねぇ!それだよ!その表情!もっと歪ませたくなるぜぇ!そんなお前に朗報だ!後二週間すれば本国から迎えが来る……そしたらお前は外に出れるんだぜぇ!そして本国で用が済めば晴れて俺のペットになれるんだ!可愛がってやるから期待しておけよぉ!クッ!ハハハハハハハハッ!」
「……ッ!何処まで……何処まで私を侮辱すれば気が済むのッ!ヒュンメルッ!」
少女はその眼に涙を溜めて、悔しそうに唇を噛む……。
その姿にあの時と同じ様に沸々と怒りが込み上げてきた俺は少女の代わりと云わんばかりにレオニールに食って掛かる。
「相変わらずクソ野郎だなお前は!」
「あ?誰だてめぇは……?待て……あぁ、思い出した。あの弱っちいゴミか!そういえば一緒のとこに入ってたんだっけなぁ……ゴミなんぞいちいち気にしてねぇからよ、忘れちまうわ。てか、顔馴染みだからってこの女に手を出したら即殺してやるから覚えておけよぉ?コレは俺の女だからよ、まあ、テメェみてぇなゴミじゃ満足なんてさせれないだろうがな!」
相変わらず人を見下した笑い声を上げ、レオニールは俺を挑発してくるが、そこでレオニールが言ったある言葉に注目した。
「お前、今俺達が顔馴染みって言ったよな?ならやっぱりこの娘はサラなのか?」
「あ?テメェ何言ってやがる?そんなもん見れば……ははぁ……成程なそういう事か……なら、テメェに教える筋合いはねぇな!」
じゃあなっと言って突如踵を返すレオニールに俺は抗議するがそんな声も異に返さず、レオニールはこの場を去って行った。
そして、それから数時間が経った時……レオニールが帰ってから、俺はふて寝をしていたのだが、ふと目が覚めたものの、やる事もないので、そのまま横になっていると、微かな声が聞こえ……それは弱々しく聞き取りずらかったが、紛れもなく彼女の声だった。
「お父さん、皆……ごめんなさい。私、もうダメだよ……気が付いたらこんな所で捕まってて……もうみんなには会えない……後二週間もすればヒュンメルの国から迎えが来る。そしたら、何されるか分からない……そこで無事だったとしても、あの獣のような男に私は……そんなの耐えられない!だったら……どうせ終わるんだったら……せめてエルフのままで死なせて。せめて一矢報いる為に禁忌を犯します……先に逝く娘を許して……。」
そう云うと彼女の姿が光輝くのが見て取れた……。
その輝きに何か不穏なモノを感じ取った俺は、止めなければと思い、自分の足にハメられた鉄球付きの足枷を引きづりながら彼女の元に急いだ。
恐らく彼女がしているのは、命と引き換えに爆発するような呪文の類だろうと俺は何故か思った……しかしレオニールの話によれば手枷によって魔法は使えないはずなのだが……。
しかし現にこうして異変が起きている以上止めなければならない……。
彼女の傍まできた俺は集中している彼女の肩を声を出して揺らし、集中力を妨げる……。
「お前何してんだ!やめろ!」
しかし彼女は極度の瞑想状態なのか眼を覚まさない……。
クソッ……どうすればいい……このままでは本当に不味い事が起きる気がする……。
すると突如俺のはめている指輪が光りだすと彼女の放つ光を奪うように吸収していく……。
しばらくするとその光は完全に消え去り、指輪からも光が失われた……。
俺は何が起きたのか分からず指輪を眺めていると……。
「んんっ」
少女のくぐもった声が聞こえ、視線を移すと……少女は自分に何事も起きていない事に驚きの顔を見せていた……。
「大丈夫か?」
声を掛けると少女は自分のしようとした事を俺が止めたのだと気付いたのか激怒し怒鳴りつけてきた。
「私に何をしたのっ!穢らわしいヒュンメル!私に触れるな!私の、私の覚悟の邪魔をするなぁ!」
その少女の叫びに俺も熱くなり少女に叫ぶ。
「何が覚悟だ!死ぬ覚悟なんてしてんじゃねぇ!
そんな事して誰が喜ぶって言うんだ!」
「何を……知ったような口を聞くな!お前に私の何が分かるの!お前達ヒュンメルが私から何もかも奪っておきながら、尊厳までも奪うって言うの!」
「ああ、わかんねぇよ……俺はお前の事なんも知らねえよ……。」
「なら何故邪魔をするの!私はっ!」
「お前に死んで欲しくないからに決まってるだろ!死ぬ事が正しくないって事だけは俺には分かる!」
「何を言って……ヒュンメルが何を……。」
少女は俺の言葉に戸惑いを見せた……。
「お前さっき自分で言ってたよな?お父さんとかみんなとかごめんなさいとかさ……。」
「何でそれをっ」
「聞こえてたのやっぱ気付いてなかったか……お前本当に追い詰められていたんだな……
あのさ、お前にはまだやる事あるだろ?皆待ってると思うぞ……だからここから出なくちゃ……。」
「ヒュンメルの貴方には関係……」
「ああ、関係ないかもな、でも関係あるんだ!」
「何を言って……」
「お前は忘れているかもしれないけどお前はやっぱり俺の知っているサラだ……お節介で元気で優しくて……皆の事が好きで……さっきお前を止めようとした時お前の記憶の断片が流れてきた……はっきり見えない記憶ばっかだったけど、俺に唯一見えた記憶にポーラさんとジョセフさん、そしてオルガンさんが居た……。そこで確信したよ……お前はサラだって……俺はお前を助けるって誓ったんだ……勿論オルガンさんに頼まれたのもあるけど……でもそれ以上に俺自身が助けたいから助けるんだ!だから諦めちゃダメだ!俺達をを庇って傷付けられた人や死んでしまった人の為にも死んじゃダメなんだ!あのレオニールのせいで色んな人が傷付いた……酷い目にあった……俺は生まれて初めて許せないって思った……今はこんな牢にいるけど、俺は絶対に抜け出てアイツをぶっ飛ばしてやる。お前はどうなんだよ?ヒュンメルにやられたまんまで全部諦めるのかよ……。」
俺の必死の説得を聞いているうちに更に少女に変化があった。
「でも、もう何も出来ない……私は後二週間後ヒュンメルの国へ連れてかれる……無事だったとしてもあの男に……。」
少女は言う……諦めたくて諦めている訳ではない……でも、手も足も魔法を無力化する枷で拘束され、身動きが取れず時間だけが過ぎてしまったのだと……。
でも、だからこそ俺は言う……。
「分かってる、だから俺が必ずお前を助ける。
ここから出してやる。」
「何を言ってるの?アナタだって捕まってるじゃない!
無理に決まってる!」
「いや大丈夫だ……。」
「無理よ!」
「無理じゃない!」
「無理って言ってるの!」
「俺を信じろって言ってんだよ!お前はひとりじゃない!俺が絶対出す!」
「……っそんな事言われても簡単にヒュンメルの言うことなんて信用出来る訳ないじゃない……。」
「なら、俺が勝手に約束する!それならいいだろ?」
「……す、好きにすればいい。」
「よし!なら決まりだ!」
少女はそっぽを向きはしたもののようやく分かってくれたらしく、俺は心でほっと胸を撫で下ろした。
これで彼女が無茶な事をする事はないだろう……後はここから出るだけだ、何も元気付ける為だけに言った訳じゃない。
実はちゃんと前から準備してた考えがあり、後はその時が来るのを待つだけなのだ。
と、先程そっぽを向いた筈の少女が話しかけてきた。
「ねえ、聞きたいんだけどいい?」
「珍しいな……そっちから話かけて来るなんて……。」
俺がそう言うと少女はキッと睨み顔を背けようとしたので慌てて止めた。
「冗談だって!そんな怒る事ないだろ?それで話って?」
「……て」
「は?」
「……。」
「いや、分かんねぇよ!何?」
「名前!教えてって言ってるの!」
「いや、聞こえねぇよ!えと、俺の名前はカイル……アカツキ・カイル。」
「カイル、カイル……。」
少女は噛み締めるように俺の名を呟いた。
「カイル……私はヒュンメルが嫌い……私の故郷を焼き払い、みんなを殺したヒュンメルが憎い……でも、全てを信じる事は出来ない……けど……アナタのその言葉はし、信じてもいいと思う……何故か分からないけどそう思えたの……。」
「そっか、ありがとうな!」
「あくまでも信じたのはその言葉だけ、ヒュンメルが憎いのには変わりないから!その
、勘違いはしないで!」
「何だそれツンデレかよ現実に聞いたの初めてだわそのセリフ……。」
「……。」
「って直ぐ怒るなって……分かってるから……。」
「アイリス……。」
「え?」
「私の名前……言ったでしょ?サラなんて知らないって……私はアイリス・ダンマルクって名前あるから……。」
「アイリス……か……いい名前だな。」
「あ、ありがとう……じゃなくて気安く呼ばないで!まだ完璧に信用した訳じゃないんだから!」
「まだ……ね。」
「なに?」
「いや、なんでもない……よし!大丈夫だ!ここから出てアイツをぶっ飛ばそう!なっ!アイリ!」
「なっ……アイリって!だから私はまだ……」
「んな事気にすんな!アイリっ!」
こうして、サラ……もといアイリスと邂逅した俺は来るべき作戦の決行の為にサラと二人何度も作戦を練るのであった。