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黄昏のアルテシア  作者: 山崎とと
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第二章 少女の秘密

ここは何処だろう?

あれは誰なのだろう?

まるで夢の中にいるかのように体が動かず、スクリーンに映る映像の様に景色が写っている。

しかしその状況をおかしいとも感じず、寧ろ当たり前のようにその景色を眺めその行く末を見守っているのだった……。


黄金で出来た装飾をふんだんに使われた白い宮殿らしき建物に二人の男女の影があった。

シルクのように滑らかなで光沢のある衣装に身を包む二人は誰がどうみても高貴な身分の者に違いないと分かる装いで、男の方は顎先まで伸びた立派な白い髭を生やし、天然のクセのある白い髪を蓄えた端整な顔立ち。

女は黄金に輝く長い髪を持ち、キメ細かい白い肌はきらきらと光を受け輝いていた。

何よりその美貌はこの世のどんな美しい景色、宝石も霞む(かすむ)ほど美しいものであった。

しかし、その華やかな出で立ちとは打って変わり、今彼女の心は悲しみに満ちてしまっている。

「何故なのですか!何故わたくしを連れて行っては下さらないのです……。」

悲痛な叫びを自身に背を向けこの場から去ろうとする男に向ける。

「今の私にはお前に構う余裕などないのだ……。」

「それでも構いません!今まで共に過ごしてきたではありませんか……貴方のその悲しみと傷を癒して差し上げられるのは、わたくしだけなのです。」

しかし、男はその言葉に被りを振り……。

「この世のどんなモノもどれほど美しいモノも何一つとして私のこの悲しみと傷を癒す事など出来ぬ……。それは愛するお前とて例外ではない!」

「そんな事!お待ちになって下さい!」

女の……妻の静止に振り向きもせずそのまま宮殿から姿を消してしまった男は二度と帰る事のない旅路へと向かったのだった。

残された美しい美貌を持つその女はいなくなった夫がかつて鎮座していた玉座に顔を埋め泣いていた。

そして散々泣いた後、何故自分は捨てられなければならなかったのだろう、何故夫は出て行かなければならなかったのだろう……何故、何故。

今度はその疑問が女の心を支配していった……。

こうして長い時間自問自答していた彼女はある一つの事実に辿り着く。

「そうだったのですね……貴方はそのせいで……。あの者のせいで……憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。おのれぇ、許さぬ、許さぬぞぉぉぉぉぉ!」

真実に辿り着いた女の姿は憎悪にまみれ、あの頃の美しい美貌は見る影もなく、見る者を震撼させる悪鬼に変わっていた。

その憎悪にまみれた悪鬼はふと更に気付く……思えばあの人が出て行った日、妙な気配があった事、そしてその気配はずっと続いている事……。

今も側で自分を盗み見ているその存在に憎悪の炎が燃え上がる。

「何時まで見ているつもりだ……このわたくしが気付かぬとでも思ったかぁぁぁ!」

悪鬼となった女の顔が視界一杯に広がり俺は恐怖のあまり思わず叫び声を上げる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃぁ!」

咄嗟に自分を守ろうと前に腕を差し出すものの特に何か衝撃を受ける事もなくそのまま静寂が流れる。

(あれ?何も来ない?てか今俺以外にも叫び声がしたような……。)

「もう!いきなりびっくりするじゃない!」

突如聞きなれた声が俺の耳に飛んできたので恐る恐る目を開けてみると……そこには俺が昨日からお世話になっている宿の看板娘が立っていた。

「サラ?どうしたんだ?てかここは……宿って事は今のは夢……?」

先程まで見慣れない宮殿に居たはずだったカイルだが……あの女性に襲われた瞬間宿のベッドに戻っていた、いや目が覚めたと云うべきなのか、しかし夢にしては現実味があったし、そもそも夢は記憶の整理の副産物のはずだ、しかしカイルには先程の人物に心辺りなど何もなかった……。

(まあでも、もしかしたら忘れてるだけで昔見たアニメかゲームのキャラかもしれないよな?それにこうしてファンタジー世界に来たっていう事が結びついて夢を見たのかも。)

半ばこじつけ気味に結論付け納得していると不満そうな声が聞こえてきた。

「カイルってば!聞いてるの?」

「え?あ、悪いサラ……なんだっけ?」

どうやら俺が夢について考えている間ずっと呼び掛けていたらしいサラは少々ご立腹の様子で頬を膨らませている。

「もう!急に大声出したと思ったら今度はだんまりしちゃうし……朝からどうしたの?」

「ちょっと変な夢見ちゃって……ごめん、起こしに来てくれたんだろ?」

「うん、そうだよ……昨日オルガンさんに詰所隣の役場に来るように言われてたでしょ?早く行かないときっと待ってるよ。私も一緒に行ってあげるから、支度して。」

「そういえばそんなこと言ってたか?分かった、取り敢えず支度するよ。」

ベットからおり、事前に用意されていた着替えに着替えようと寝間着を脱ごうとすると……。

「ちょちょちょちょっと!脱ぐなら言ってよ!カイルのバカ!」

「え・あ、悪い!」

顔を赤くしたサラは慌てながら部屋から出ていく。

「着替え終わったら言ってね!ここで待ってるから!」

閉まった扉越しからサラのくぐもった声が再び聞こえたのでそれに返事を返し、再び着替えを始める。

用意されていた服は軽装でいかにも旅人という感じの服で足はブーツが用意されていた。

その後、備え付けてある洗面台で身支度を済ませた俺はサラに声を掛ける。

するとすぐに扉が開きサラが再び部屋に入ってくる。

そしてそのまま俺の元まですたすたと歩いてくると服装をあちらこちらとチェックするように見るとウンっと頷く……。

「サイズも丁度いいし、似合ってる似合ってる。」

両手を軽く叩きながら笑顔でそういうサラ。

「あ、ありゃが……ありがとう……。」

昨日で喋る事には慣れたものの、女子から褒められる事には慣れた訳ではないので、咄嗟にお礼を言うも緊張のあまり噛んでしまう……。

そのせいでますます顔が熱くなるのを感じ、この場所から逃げたくなった。

「え!カイル大丈夫⁉顔が赤いよ!もしかして熱⁉」

何を勘違いしたのか俺のでこに手を当てようと近付いてくるサラにこれ以上は免疫が持たないと防御するもサラの手を軽くはたくつもりが何故か握ってしまい、それに驚いた俺はそこから逃げようと後ずさりするが、後ろにあるベットにぶつかりそのまま倒れてしまう……。

勿論手は握ったままの為、引きずられるようにサラもベットへと俺の上に倒れ込む……。

「うわぁぁ、ご、ごめん……。でも、わざとじゃない!わざとじゃ!」

サラの下からすぐさま抜け出し、ベットの端まで急いで避難した俺はそう弁明するが、サラはサラで俺と同じタイミングで『きゃぁぁぁ!』と叫びながらベットからおり呼吸を整えていた。

「あのぁ、サラさん?これは事故でして、決してわざとじゃなくてですね……。」

先程の弁明を聞いていない様なので改めて恐る恐る声を掛けてみる。

「大丈夫分かってるから!その、私も悪いし……。だから、この事はもう忘れよ!はい!忘れた!」

「えと、じゃあそれで……。」

サラは顔を真っ赤に染めながら早口でそう言うと今の出来事をなかった事にする。

俺としてもその方が助かるので勿論異論はない……。

「じゃ、じゃあカイルの着替えも済んだし行こっか!」

サラは平然を装いそう言って出口まで進むと、こちらを振り返り俺が来るのを待つ……。

そうして一階まで降りた俺はそのまま外に出ようと出入口に向かうが……。

「ちょっとカイル何処に行くの?」

「え?何処って詰所の方に行くんだろ?」

先程サラ自身がそう言ったはずなのに何を言っているんだろうとおもっていると。

「そうだけど、先にご飯食べないと……せっかく用意したんだから。」

「え?あ、そっか朝飯食わないとな……朝から色々あって忘れてた……。」

サラの立っているテーブルまで戻り、そのまま椅子に腰掛けると、サラは厨房へと姿を消し、二人分の料理をワゴンに乗せて戻って来た。

運ばれてきた料理は俺にも馴染みのある朝食……スクランブルエッグにベーコン、そしてロールパンだ。

何処の世界でもこの朝食はお決まりなのだろうか?そんな事を考えながら運ばれてきた料理に手をつける……。

「うん、美味い!」

これぞ王道、不味いわけがない!

そんな俺を見たサラはクスクス笑いながら良かったと笑みを浮かべ、じゃあ私もと胸の前で手を組み、何かにお祈りをした後、食事を始めた。

「なあ、今のって何かに祈ってたのか?」

「え?うん、神様に感謝を祈ったんだよ。」

「この世界にも神様ってやっぱいるのか?」

「え?この世界?どういう意味?」

「あ、違った!この国、この国は神様を信仰してるんだなって。」

「当たり前でしょ?この国だけじゃなくヒュンメルは皆、種の神ファヴォルスを信仰してるんだから。ヤマトだってそうでしょ?」

「え?あ、ああ!当たり前だろ?ハハハ……。」

「何て偉そうに言ってるけど何かここ最近変なんだよね……」

「変?何が?」

「何て言ったらいいのか分からないんだけど……祈ってるとね何か違うような気がして……。何か大事な事忘れてる気がして……ごめんね、やっぱりうまく言えないや。」

「本当に大事な事は心の底で大事に閉まってあるから出て来るまでに時間かかるけど、そのうちちゃんと思い出せるだろ……。」

「そっか……そうだね、何かいいねその言葉。」

「え?そう?」

「うん……でもカイルが言うのは何かに合わないけどね……。」

「何だよそれ!偏見だぞ!そういうのには断固として抗議してやる!」

そうして二人で賑やかくしていると……。

「おやおや、朝から元気だね、アンタ達。」

突如二人しかいなかった筈の空間によく通る声が響き渡り声のした方を向くとポーラ夫人が出入口に立っていた。

「あ、おはようございまーす。」

「おはよう、お母さん。」

「はい、おはようさん。カイ、昨日は疲れただろう?しっかり寝れたかい?」

ポーラは俺を心配してくれているらしく、俺達の所まで歩いてくると直ぐにそう聞いてきた。

「ああ!すげー寝たよ、いつ寝たかも覚えてないぐらい!」

「ハハハ!そりゃ良かった、サラあんたも朝早く起きたと思ったら朝食作ってたのかい?」

「うん!カイルの面倒係は私だからね!」

「いや、面倒係って……。」

「何だいサラ、あんたすっかりカイルが気に入ったみたいじゃないか……死んだ父ちゃんが聞いたら何て言うかねぇ……。」

「ちょっと!お母さん朝から変な事言わないで!」

(ポーラさん、頼むからまた変な流れにしないでくれ……。)

朝の事情を知らないポーラの平然とぶっこんでくる言葉にハラハラしつつ朝の時間は過ぎていくのだった。

朝食を終えた俺達はポーラさんに役所に行く事を告げ、町を歩いている。

「何か朝から色々と疲れたね……。」

「確かに……それは同感。」

変な夢も見たし、その後の事故といい今日は朝から碌なことがない、この後の時間は平和に過ごしたいものだ……。

「けどあれだな、こんだけ人がいると逆に違和感を感じるよな……。昨日は全く人が歩いてなかったからさ。」

「カイルからするとそうかもだね、夜は出歩けないからさ、その分皆明るい内に用を済ましたいんだよ。」

「そっか、確かにそうだよな。でも何の意味があってこんな事してるんだろうな……。」ふとレオニールが命じた夜の外出禁止令に疑問を抱いた俺の口から半ば独り言の様に言葉が漏れる。

「意味なんてないんじゃないかな?ただ嫌がらせをしたいだけだと思う。」

それを聞いたサラは考えたくもないといった表情で淡々と述べるが、俺自身何故そう思ったのかは分からないが少なくともそれは違うと確信は出来た。

「酷い奴だってのは昨日分かったけど、只嫌がらせの為だけにやるとは思えないんだよな……何かもっと別の理由がありそうな気がするんだよ。」

「別の理由?例えば?」

「それは分かんないんだけどさ……。」

そう答える俺に『もう、何よそれ……。』とサラは顔を膨らませ抗議するが、あくまでもそう思っただけで俺としては明確な答えはないのだ。

二人でそんな事を話していると前方から見た事のある人影が歩いてきた……昨日オルガンのおっさんに連れられて酒場に入った時に最初に話し掛けてきた青年……名前は……。

「あれ?ヒュースさん?おはようございます!」

「え、サラちゃん?珍しいねこんな所で会うなんて……。」

「今日は彼の付き添いなんです……。」

「は?彼?」

ヒュースはサラの『彼』の言葉に眉をピクッとさせ、こちらをすごい勢いで睨みつけてくるが、俺の姿に見覚えがある為、拍子抜けした様子で話し掛けてきた。

「あ、お前!確か昨日オルガンさんと一緒に居た……。」

「カイル……です。」

「カイル?へえ、そういう名前なのか……で、何やってんだよ?サ・ラ・ちゃ・ん!連れて……。」

「え?いや昨日オルガンさんに詰所に来るように言われて……そしたらサラが案内してくれるって言うもんだから……。」

「サ・ラだとぉぉぉ……サラちゃんだろうがぁぁぁぁ!お前あれか彼氏気取りかああん?」

ヒュースは俺がサラを呼び捨てにした事に突然怒り出す。

そういえば確か昨日酒場にいた若い奴らがサラちゃんと呼んだりしてデレデレしてたな……つまりこの男もファンで、皆の代表として許せないと云う事なのか?

とはいってもこちらとしては案内してもらってるだけなのだが……。

「は?いやいや何でそうなるんだよ!大丈夫かアンタ?」

「大丈夫な訳ないだろうが!いいか!サラちゃんはなこのクソみたいな世界の中に現れた女神なんだよ!皆の癒しなんだよ!それを二人でいちゃいちゃしやがって!しかも呼び捨てだとぉぉぉ!俺にも代わってくれ!」

只羨ましいだけだった……。

その後サラの機転で、というか普通に説明しただけなのだが……とにかく落ち着いたヒュースは先程の事について俺に不服そうに詫びを入れた。

「ところでヒュースさんは何をしに此処へ?仕事場とは方向が違いますよね?」

「ん?ああ、師匠の家にな……。」

「師匠?師匠って確かガガンさ……あっ、そういう事なんですね……。」

「ああ、そうなんだ。だから今日も様子を見になっ。」

「そうだったんですね……。」

「サラちゃんが気に病まなくていいよ!ガガンさんの事は俺に任せて、案内の途中なんだろ?」

「あ、そうですね、じゃあ私達行きますね。」

「ああ!」

ヒュースはサラに笑顔で答え、その後すぐさま俺に振り向き、腕を掛けるとサラに聞こえないように小声で『てめぇサラちゃんにくれぐれも妙な気を起こすんじゃねえぞ!』とすごい形相で忠告してきた。

「変な気ってなんだよ……いてて……痛い痛い。」

直ぐに返事をしない俺の首を回した腕で締め上げてきた。

「あーもう!分かったから離せよ!」

あまりにしつこかったのでイラっとしてさっさと返事をし、肘で小突き拘束を解く。

「分かればいい、んじゃな坊主!」

俺の行動を特に意に帰すわけでもなくヒュースは飄々と去り際に手を振り去っていった……。

「はあ……何なんだアイツ……。」

「ヒュースさんと仲いいんだね!」

何も知らないサラは能天気にそんな事を云う。

「はあ?勘弁してくれよ……昨日少し話し掛けられただけだよ……なのに無茶苦茶しやがって……。」

毒づく俺には触れず、尚も能天気に話す。

「んーでもヒュースさんって意外と気難しいとこあって初対面であんな風にはしゃぐなんて事ないと思うんだけど……。」

「え?そうなのか?気難しい?図々しいんじゃなくてか?」

「うん、結構皆そう言ってるよ、だからカイルはすごいなって思ったよ。」

「ふーん、よく分かんねぇけど……。」

「ふふふ、まあ、自分じゃ中々分かんないよね!」

サラは小さく笑うと、『じゃあそろそろ行こうか』そう言って再び歩き出し、俺もサラに付いて目的の場所まで二人歩いていくのだった。

目的の場所……昨日門兵に連れて来られたあまりいい思いがない兵士詰所前に着いた俺達はそのまま真っ直ぐに詰所には入らず、その隣にあるもう一つの扉へと向かい中に入った。

その中は隣の詰所とは分厚い壁で隔てられておりその様子も詰所とは随分違っていた。

入ってすぐ目の前に日本でいう所の受付カウンターがあり俺達一般人が行けるのはそこまでで、後は待合の為のテーブルと椅子が置いてありそのテーブルにガタイのいいおっさんが一人座っているのが見えた。

また、兵士の姿はなく、代わりに軍服を着た女性が受付に数人座っているのみだ。

「ここがこの町の役場だよ。」

「なるほど、シンプルだな……。で、オルガンのおっさんは何処なんだ?」

着いたはいいが肝心のおっさんの姿がない、自分で呼んでおきながらこれだと文句を言っていると……。

「此処だ……。」

「え?」

聞き覚えのある低い男の声が聞こえ辺りを見ると先程の待合席に座っていた男が席を立ちこちらに歩いてきた。

「え?あ?おっさん?今日は私服なのかよ!全然気が付かなかった……。」

「全くお前と云う奴は……人が居ないと分かると恩人に対しても文句を垂れるのか……。ああ、サラちゃんおはよう。」

「おはようございます!オルガンさん!」

「いやぁ、まあノリだよノリ!」

「ノリ?また意味の分からぬ事を……まあいい、早速受付を済ませよう。」

「だなっ!処で何の受付をするんだ?」

「何って通行証の発行に決まっているだろう?」

「通行証?」

「そうだよ、カイル。通行証がないと何処にもいけないんだから……。」

「昨晩の話を聞く限り、お前持ってないのだろう?」

「え?あ、そうだな持ってない!」

「……。」

オルガンは額に手を当ててため息をつく。

「何だよ……何か変な事言ったか?」

オルガンの態度に釈然としない俺は疑問をぶつけると、サラがすかさずフォローを入れてきた。

「あのね、ヒュンメルは紛失や盗難でもない限り、普通は皆通行証は持っているものなの……自分の身分を明かすものでもあるから生まれた時点で役場に届けて作成するのが普通なの……。なのに持ってないと云う事はヒュンメルではない別の種族か、身分を剥奪された罪人か……。」

「嘘だろ……じゃあ俺やばいんじゃないのか?」

自身の置かれている立場が危険だと云う事にようやく気付き気が動転しそうになっていると。

「だから私がこうしているのだ……。」

オルガンはそんな俺の肩に手を置き、力強い言葉でそう言った。

「どういう事だよ……。」

「私は曲がりなりにもここの兵士長だぞ……通行証の発行規則にこう書いてあるのだ。通行証を盗難・紛失以外の理由で所持していない者で且つ、出生登録のない者が通行証の発行を申請するには、その役所を管轄する兵士長以上の許可が必要。とな……。」

「じゃあ、おっさんが居れば……。」

「発行が可能だ……だから言っただろう?その為に私がいると……。」

「おっさん……。」

昨日もそうだがこのオルガンと云う男には一生頭が上がらないだろうと思った。

「良かったね!カイル。私も心配してたんだよね、実際の所捕まったりしないかどうか……」

「サラちゃん……流石に私でも開放しておきながらまた捕まえるなんて事はしないのだがな……。」

「あ、違います!違います!オルガンさんがそんな事する人だとは思ってませんよ!ただ、他の兵の人達が特に伯爵派の人達ですけど、強行して捕まえるかもしれないじゃないですか……。」

「まあ、確かにな……。だが私の目が黒い内はそんな事はさせはしないさ。それに君の父親との約束もあるからな……。」

オルガンはサラの心配を心強い言葉で否定する。

「私のお父さんと……?」

その約束が何かと切り出そうとするサラだったがそれを遮るように別の方から声が飛んできた。

「あの、何か御用でしたらお早めにお願いします。」

先程からまだかまだかと、待っていた一番近い受付のお姉さんがとうとう業を煮やして丁寧ではあるが刺々しさのある口調で促す。

「ああ、済まない……。」

「ごめんなさい……。」

「あ、悪い……。」

三人でばらばらにお姉さんに謝り、これ以上怒らせないようにする為、急いでカウンターで手続きをする。

「イリーナ、すまなかったな。」

「いえいえ、大丈夫ですよ……その代わり今度パルノキアで最近人気のショコラフィナンシェ皆に買ってきて下さいね!」

「おいおい、全く君は何かと私に買わせたがるな……。」

「パルノキアによく行く知人なんてオルガンさんしかいないですから。」

ふふふと大人の女性の笑みを浮かべるお姉さんに俺は女って怖いなと思い後ろで待っているサラを振り返るとキョトンとしてどうしたのと首を傾げるサラにサラだけはそのままでいてくれと祈るのだった。

「それで今日はどうしたんですか?私の所に来たのは偶然じゃないですよね?」

オルガンと一通り雑談を済ませたお姉さん……イリーナは業務に戻るとオルガンからいつも何か頼まれているのか慣れたように要件を聞く。

「ああ、実はな今日はコイツの通行証を発行して欲しいのだ……。」

そう言ってオルガンはおもむろにポケットから金貨を一つ取り出す。

それを見たイリーナは成程と俺の顔を見る。

「また、人助けですか?本当にお人好しなんですから……でも気を付けて下さいよ……最近伯爵派の動きがおかしいんですよ、特に昨日の夜、伯爵派が皆一斉に町の至る所を調べてたらしくて……。」

「何?何をだ?」

「さあ、私もそこまでは分かりませんけど……只噂によると各場所のマナの含有率を調べているとか……。」

「ふむ……」

オルガンとイリーナは何かひそひそと話をしているようで俺の耳に聞こえたのは伯爵、調べ……だけだった。

そしてイリーナの言葉に何事か考えている様子のオルガンは、『分かった少し気にかけておこう。』と今度は俺にも聞こえる声でそう言った。

「お願いします。また話がそれちゃいましたね……じゃあ準出生登録を行うのでこの石板に手を触れて貰っていいですか?」

イリーナ嬢が出してきたのは人の顔以上の石板で表面には何やら様々な文字が浮かんでは消えている。

「これに触れるのか?」

「はい、ただはみ出さずに、全て触れて下さいね……。」

言われた通りその石板に手をピッタリとくっつけると……石板が突如として輝きを放ちしばらくそうしていると次第にそれは収束し、程なくして消えたのだった。

「はい、結構です。お疲れさまでした。では次に通行証を発行致しますが発行までに二日程掛かりますので明後日またお越しください。」

「え?それだけ?」

「はい?そうですが?どうかされましたか?」

「あ、いやこんな簡単でいいのかなって…、びっくりして……。もっと色々な事書かないといけないと思ってたから、まさか石板に手をかざすだけで済むなんて……。」

「えっと……。」

イリーナさんは困惑した表情でオルガンを見る。

「コイツは記憶喪失でな、ヤマトの者だと云う事以外我々もコイツも何も分からないのだ。」

「成程、そう云う事なんですね……。では説明させて頂きますね。」

オルガンの言葉に何か納得したのかイリーナ嬢はそう言うと話始めた。

「先程の石板についてお話しする前に我が国の魔科学についてお話します。」

「魔科学……。魔法とは違うんだよな?」

「ええ……まさか我々が魔法を扱えない事も覚えていらっしゃらないのですか?」

「ええと、まあ……。」

「しょ……承知致しました……。」

何やらイリーナ嬢の顔が引きつっている気がするが……。

「えと、何かすんません……。」

「い、いえいえ……大丈夫です、これも仕事なので……。」

全然大丈夫じゃなさそうなのでオルガンの方に助けを求めると……何やらこちらに背を向けプルプル震えていた……。

コイツ……!

同じ事を思ったのかイリーナ嬢もオルガンを睨みつけている。

とはいえ話が進まないと思ったのか、気を取り直してイリーナ嬢は話始めた。

「先ず先程言ったように我々ヒュンメルは魔法、魔術は扱う事が出来ませんそれは我々ヒュンメルの種族的欠陥に起因しますがそれを話してしまうと本題に入れなくなってしましますので割愛させて頂きます。只、ヒュンメルは魔法、魔術は扱えないと云う事を覚えておいてください。」

「分かった……。」

返事をすると彼女もまた頷き返し、続きを話しだす。

「ここからが本題になりますが魔法、魔術を扱う事の出来ない我々が何故今日まで生きて来れていたのか、また、現在戦争状態である魔術に長けたエルフと何故冷戦にまで持ち込めているのか……それは……。」

「さっき言っていた魔科学ってやつのお陰って事なのか?」

またしても俺の言葉に無言で頷くイリーナ嬢。

だが、確かに考えてみれば不思議な事だ、人がエルフと同等の力を持っていなければ拮抗する事など有り得ないのだから……。

「そうです、かつて我々の祖先は我々の弱点である魔法を克服出来ないか考え、ようやく見つけた技術が魔科学なのです。魔科学は魔法や魔術とは異なった方法、現象で我々の生活を豊かにしました。その内の一部がこの石板型の血刻(けっこく)を読み取る装置。スキャナーです。」

「けっこくって何だ?」

「血刻とは全ての種族に刻まれ、各個人の情報が入った印と言われています。又、魔法などを行使する際にも必ずこの血刻が必要になるのですがこれは置いておきましょう。つまり自身を証明する情報の集合だと思ってください。」

「成程な、それをさっきのスキャナーってやつで読み込んで登録するのか……便利だな確かに。」

「お分かり頂けましたか?」

「すごい分かりやすかった、ありがとうイリーナさん……。」

「お役に立てたのなら幸いです。」

「魔科学の事は分かったけど、そもそも何でヒュンメルはエルフと戦争なんてしたんだ?それまでは平和だったんだろ?」

「それは……私にはお答えしかねます、すみません。」

イリーナさんは再び困った顔をしながら、しかし問いには答えず謝った。

「我々も全てを知っている訳ではないのだ、それを知るのはごく一部、現国王とその側近達、そして軍の総指揮官ぐらいだろうさ……。」

「まあ、そうだよな……ごめん、変な質問して。」

「いえいえ。お役に立てれずすみませんでした。ではもう一度確認しますが、通行証の発行には二日程掛かりますので明後日、またこちらにお越しください。」

発行手続きを終えた俺達三人は、オルガンの提案でお茶をする事になり、オルガンの執務室にある来賓用の腰掛に座り話をしていた。

途中、サラのファンらしき兵士の視線が痛かったが、どうやら現在伯爵派の兵士はいないらしく特に問題なく執務室まで辿り着けた。

「これで、手元に通行証が届けば晴れて自由に動けるって事だよな?」

「戦時中であるから制限はかかるとは思うが一応はまあそうだな……。」

「そうだよね、カイルは旅人だもんね……何処に行く気なの?やっぱり故郷?」

サラは少し寂しげにそう聞いてきた。

「それもいいけどとりあえずはパルノキアを目指そうと思う、実際ヤマトに帰るにしても一筋縄じゃ行かなそうだしな。」

「ふむ、カイル……あながち間違いではないかもな、ヤマトまで行くにはどのみち王国の港から船に乗るしかあるまい、王国を目指すならその間のパルノキアで準備するのがいいだろう。しかし、今のお前の装備では心元ないな出発までに私が旅に必要な物を揃えておいてやろう。道中魔物に襲われると困るのでな……。」

「うげ、やっぱり魔物がいるのかよ……。待てよ……なら俺が倒れてた森もやばかったんじゃないのか?」

「今頃気付いたのか……、あの森一帯は凶暴なブラックウルフの縄張りでな、昨今ただでさえ凶暴なのに、何の影響か更に気性が荒くなっているのだ……だからお前があんな身なりで無事だったのは正直驚いた……余程運がいいのだろうな。」

「マジかよ……。」

そんな危険な場所だったとは夢にも思わず、俺は戦慄した。

運がいい処じゃない、何故魔物に出会わなかったのか……。

不思議に思っているとたまたま視界にあの指輪(・・・・)が入る……。

(いや、まさかな……でも全てを否定するのは早いか……。)

「どうしたのカイル……指輪なんか見つめて、でもそれ気になってたんだよね……。誰か大切な人から貰った……とか?」

何でもじもじして聞いてくるんだ?

「いや、大切って云うかここで目を覚ます前に何かよく分からん人から貰ったんだけど……。」

俺は再び指輪を見つめながら話す。

「よく分からないってそれ大丈夫なの?」

「お前はもう少し警戒心ってものを養った方がいいな……。」

「はいはい……俺はどうせ無知ですよ……。」

拗ねた顔をしてぶうたれていると……。

「アハハ!カイルそれ酷い顔!流石に私でも無理だよ!」

「どう云う意味だよ!」

「ふむ、随分仲が良いんだなお前たちは……アイツがみたら何て言うか……。」

「なんかそれ朝のデジャビュじゃね!もうお腹いっぱいだから止めてね!」

「もうオルガンさんまでお母さんと同じ事言わないで下さい!それにアイツってお父さんの事ですか?」

「ああ……そうとも。」

懐かしそうに明後日の方向を見るオルガン……。

「そうそう、それ気になってたんだよな……サラの親父さんてどんな人だったんだ?」

「え?お父さん?んーそうだなあ……とにかく色々な事を知っていて、いつも私が分からない事を聞くと必ず教えてくれたなぁ……。」

「へえ……旅人だったのか?」

俺がサラに聞くと、オルガンが口を開いた……。

「アイツは昔俺と同じパルノキアの兵士でな同僚だったんだ……だがある時世界を見て見たいと除隊し、お前の言う通り旅人になった。お前の故郷、ヤマトを知っていたのもその為だ……そして数年後旅から帰って来た後、ポーラさんとの結婚を気に彼女の家を次いであの宿の店主になったのだ……。」

「へえ……すごいな、物知りな訳だ!」

「うん、そうなの!物とか町とかだけじゃなくて、多種族の事も詳しかったんだよ!私昔ね村の子供達(・・・・・)に虐められてたんだけどね、お父さんの話してくれるヒュンメルの話を聞くのが楽しくてね、そのお陰で虐められても……なんとか……あれ?何言ってるんだろ私……なに…これ……こんな記憶私知ら……。」

サラの言動に俺が違和感を感じ始めたその時、突然サラが意識を失いパタリと倒れる。

「馬鹿な!いつもより早すぎる!」

冷静沈着なオルガンが焦りながらサラの元に駆け寄る……その言動から何か知っているようだが……。

「カイル!済まないが急いでポーラさんに伝言を頼む……例の症状が出たとそう言ってくれれば分かるはずだ……事は急を要する!頼む!」

「わ、分かった!」

何が何だか分からなかったが、オルガンの取り乱し具合から余程の事がサラの身に起きていると云う事だけは分かり、人生の中で出した事もないスピードで宿まで全力疾走する。

「くそっ一体何なんだよ!」

行き交う人の隙間を縫って宿酒場に辿り着くと乱暴に扉を開きポーラの名を叫ぶ……しかし一向に返事がなく、厨房にでもいるのかと思いそちらに向かうがやはりそこにポーラの姿はなかった……。

「何処に行っちまったんだよ、こんな時に……。」

つい、苦言がでてしまっていると……厨房の空いた窓からパンパンと何かを叩く音が聞こえ、窓から覗いてみるとそこには裏庭に立てた日本の太い木の柱にロープを結び付けたモノに布団を掛け、大きな木のヘラの様なモノで布団をはたく探し人の姿があった……。

俺は急いでそこまで飛んでいき今度こそ大声で名を叫んだ。

「ポーラさん‼」

「んん?なんだ、カイルじゃないかい、もう用事は済んだのかい?サラはどうしたんだい?」

何も知らないポーラは暢気に言うが、俺はその話を無視し叫ぶようにポーラに事実を伝える。

「サラが倒れたんだ!」

「何だって⁉どういう事だい?」

俺の言葉に驚くポーラは詳しく話してくれと言ってきた。

「用事を済ませた俺達はオルガンのおっさんの執務室で話をしていたんだ……そしたら急にサラが変な事を言ったと思ったら倒れて……おっさんにポーラさんの所へ……そう伝言を頼まれたんだ!例の症状が出たって!それを言えば分かるって!」

「なっ!本当にオルガンさんはそう言ったんだね⁉なんて事……こんな事今まで一度も……あの子も大丈夫と言っていた筈じゃないか……。」

ポーラは顔を青ざめさせ動揺する。

「なあ、一体サラはどうしたんだよ?おっさんもそうだけど、何か知ってるんだろ?」

「カイル、済まないけど今は説明している場合じゃないんだ……急いで何とかしないと……けど月が出ている訳じゃないし……でもとにかく行かないと……おそらくオルガンさんもそこに向かっているだろうし……悪いけどカイル留守を頼んでいいかい?」

「は?留守?ちょっと待ってくれ!俺も……」

しかし言い切る前にポーラは頭を振り拒否する。

「カイル、済まないけどこれだけはアンタが関わる事は出来ない……待っていておくれ……」

すまないね……と最後に言葉を残しポーラが去った後……裏庭に取り残された俺は釈然としない気持ちで一人呟く。

「何だよそれ……。」

二人は一体何を隠しているんだ?サラはどうしたって言うんだ?

酒場に戻った俺は誰もいない席に腰掛け一人考える……。

サラが倒れる前の言動に違和感を覚えたのは確かだ……何を言ってた?

確か昔は虐められてたと言ってた……誰に?村の子供に……村の子供?サラはこの町で育ったんじゃないのか?それにお父さんの話してくれる他種族のヒュンメルの話って言ってたよな……サラはヒュンメルじゃないのか?どう云う事なんだ?

「あぁぁ!ダメだ!意味がわからねえ!こんな所で大人しくなんて待ってられるかよ!」

俺はどうしてもサラの事が気になってしまいオルガンやポーラの居る場所を探す為店を後にした。

店から出た俺はとにかく町の人に聞き込む事にした……。

しかし、誰も知っている人はおろか見掛けた人もいないと云う。

途方にくれ、行く当てもなく適当に歩いていると町の中心から少し離れた場所まで来ておりそこには一つの民家がポツンと立っていた。

何気なくその民家を見ていると丁度玄関から男が一人出てきた。

更にその男を見ているとこちらの視線に気付いたのか向こうも俺を見返す。

「あれ?アンタ……。」

「あ、お前は……。」

その男には見覚えがあった、昨晩は酒場で……今朝は町で会ったヒュースと云う青年だ。

「カイルだったか?こんな所で何してるんだよ?みた所サラちゃんがいないようだけどさては振られたか?」

にやりと嬉しそうな笑みを浮かべるヒュースに俺は苛立ちを覚えるが何も知らない者に起こるのは理不尽だと思い努めて冷静に他の人に聞いたようにオルガンやポーラ

の事を聞く……。

「オルガンさんは見てないな……けどさっきたまたま窓を見ていたらポーラさんがあそこを登っていくのが見えたぞ……。」

ヒュースの指す方を見ると丁度民家の斜め右後ろに山道があり立て札に何か文字が書いてある。

「本当か!でもあそこは何があるんだ?」

「は?何ってオールドベルに決まってるだろって……おい!話聞けよ!」

俺はヒュースの話を最後まで聞かずに走り出すと一度ヒュースを振り返り礼を述べる。

「助かった!ありがとう!」

そしてそのまま山道を急ぎ足で駆け上る。

その姿を見送るヒュースは……『何なんだ?よく分からん奴……。』と町の中心へと歩いて行った。

山道をひたすら駆け上がる俺は最初に比べそのスピードは極端に落ちていた。

それもそのはず、何のペースも考えず走って登れば何処かでばてるに決まっている。

兵士のオルガンならいざ知れず、民間人のポーラの何処にそんな体力があるのか不思議でしょうがない……。

「クソ……昨日といい、今日といい……何でこんな体を酷使しなくちゃいけないんだ……。」

そう文句が出るものの、とはいえ、少なくとも今のこの山登りは自分が勝手に頼まれた店番を放棄して出てきたのだから仕方がないのだが……。

そして、文句を垂れながらも登っていると前方に鐘の姿が見えた……どうやらようやく目的地に着いたようだ。

山頂は高台の様になっており大きな四本の石の柱に支えられた鐘楼が存在感を放っていた、その鐘の下……柱が立っている石床にサラが横たわっておりサラの下には魔法陣の様なものが緑色に光りサラを包んでいるようだった。

鐘楼から少し離れた位置に立ち何やら考え事をしているオルガンとポーラを見つけた俺は二人に駆け寄る。

「おっさん!ポーラさん!」

声を掛けると二人はギョッとした顔でこちらを一斉に振り向く……。

「カイル!お前、何故ここに来れたのだ⁉ポーラさん……。」

「オルガンさん、私はいつも通りしっかり張って置きましたよ……。」

「なら、何故……お前は一体?」

「二人共何の話をしてるんだ?てかそんな事より!サラは大丈夫なのかよ⁉」

サラを指差し二人に詰め寄るが……。

「……。」

「……。」

ここに来てもまだ何か隠すかのように無言のまま顔を見合わせる二人に俺もいい加減うんざりだった。

「何を黙ってるんだよ!そりゃ俺は部外者かもしれない……でも、俺だってサラの立派な友達だ!放っておける訳ないだろ!」

「……っ!」

「……っ!」

これだけ言ってもなお静寂を保つ二人に俺は勝手にこっちでさせて貰うと思いサラの元へと向かう。

「カイル何処に行く気だい!今のサラには近づけないんだよ!」

「その通りだ!カイル!無理やり近付いたらサラにも影響がある!止めるんだ!」

二人は慌てて俺を引き留めようとするが、その制止を振り切りサラの元へと駆け寄る……。

石畳の上に足を付けた時何か変な感じが全身を突き抜けたが気にしてはいなかった。

その様子を見ていた二人は先程とは打って変わり驚愕の表情を浮かべていた……。

「オルガンさん……これは一体?」

「私にも分からん……先程の事と云いアイツは一体何者なのだ……。」

サラの傍まで来た俺は俺達の周りがやけに静寂に包まれている事に気付く、先程吹いていた穏やかな風も無ければ何の音もしない……鐘楼の傍に立つ二人を見て見ると何やら驚いた表情でこちらに向かって何かを叫んでいるが、この静寂の中は一切の音を拒絶するかの様にその声は届く事はなかった。

俺はサラに振り返ると横たわるその姿を見て驚愕した……そこに横たわっていたのは白金の髪に雪の様に白い肌、そしておそらくこの種族の特徴である尖った耳を生やした美しい少女だった。

「エル……フなのか……?でも、この顔は……。」

そう、その美しいエルフの少女の顔は今自分が最も心配していた人……サラその人だった。

「どう云う事だよ……サラがエルフ?でもじゃあさっきまでのサラは何だったんだ?」

俺は一度サラの元から離れ、再び顔を強張らせているオルガン、ポーラの元へと戻った。

「二人共どういう事か今度こそ話してくれるよな?」

再び顔を見合わせる二人だったが今度は先程と様子が違い、諦めたような顔でオルガンが口を開いた。

「ここまで知られてしまった以上、もう隠していても仕方ない……いいだろうお前に全てを話そう……それでいいかな?ポーラさん……。」

「……そうだね……正直もう私には何が何だか……だからアンタに任せるよ、オルガンさん……。」

うむっとポーラに頷いたオルガンは、『だがその前に』とカイルに質問をする。

「お前は一体何者だ?この山道には途中から強力な人払いの結界が張ってあり、そこから先は術者とその者から授かった印を持つものでなければ入れない筈なのだ……。そしてサラの周りには更に特殊な魔法陣に寄って術者でさえ近づけないようになっているのだ……なのにも関わらず何故お前は近付く事が出来るのだ?」

半ば興奮気味に問い詰めるオルガンだったが、俺自身もその事実に驚いていた。

「結界?そんなの俺は知らないぞ!普通に登って来ただけだしサラに近付いた時は確かに何か通り抜けるような感じがしたけど俺は何もしてない!本当だ……。」

「何もしてないだと……ううむ……ならば無意識的に何かそういう力が働いたのか……いやしかし、それはあり得ない話だ……人が魔法など絶対にありえん……ならば何故……。」

後半はほぼ一人で何やらぶつぶつと考え出すオルガン。

「おっさん?おい!おっさん!」

「はっ!ああ、済まない。また何時もの悪い癖が出てしまった様だ……しかし、どうやら本当にお前自身、何も分かっていない様だな……。」

「ああ、おっさんに言われるまで結界があるなんて気付きもしなかったからな……。」

「分かった、この件はまたにして今度はこちらの答えだな……。」

「頼む……サラは一体どうなっちゃったんだ?」

「うむ、結論から言えばあの姿こそが彼女(・・)の本当の姿なのだ……。」

「本当の……姿……。」

「ああ、お前が見てきた彼女の姿は魔術によって人の姿に変えさせる事で我々ヒュンメルと生活を送れる為のものだ。だが、それだけではない……彼女のエルフとしての記憶を封印し、その上にサラ本人の意識を上書きしてあるのだ……。」

「……は?ちょっと待て、今なんて言ったんだ?サラの記憶を上書きってどういう事だ?彼女ってサラの事じゃなかったのか?」

「ああ、お前が混乱するのも仕方がない……お前の知るサラ……つまりあそこで横たわっているサラと先程私が言ったサラとは全くの別人なのだ……。」

「いやいや、ちょっと待ってくれ益々訳が分からないんだけど……。」

オルガンの言わんとする事が分からず……混乱する俺にオルガンは苦笑いを浮かべる。

「まあ待て今から話す内容を聞けば全て分かる事だ……あれは、レオニールが来る数年前の事だ、知っての通り私はサラの父親であるジョセフとは親友でな、ジョセフがポーラさんと婚姻し、娘のサラちゃんが生まれた後でもその関係は続いていた。

そんなある日、サラちゃんが十二歳の誕生日を迎えたその年の事だった……。それまで元気だったサラちゃんが突然の病に侵され寝たきりになってしまったのだ。ここにいるポーラさんもジョセフも必死に面倒を見ていたのだが病は悪化するばかりで原因も分からず医者からも先は短いと言われてしまっていたのだ……。」

オルガンの話を聞きながらポーラさんの様子を伺うとその頃を思い出したのか涙を溜め、しかしオルガンの話をしっかり聞いていた。

そんな姿に何とも言えない気持ちになりながらも疑問は強くなる一方だった。

「サラが……そんな事になっていたのか……でも、じゃあ……俺の知っているサラは一体誰なんだ……?」

「うむ、話を続けよう……あれから沢山の愛情を捧げたのにも関わらずサラちゃんの命も持って数日というその時だった……その日私は非番で何時もそうしているようにジョセフ達、ハミルトン家にお邪魔していたのだが……サラちゃんの為にと夕食を作っていたポーラさんが突如慌てて我々の所に走って来てな、窓の外で何か光ったと言うのだ……そこで私達は疑いながらもその光ったと云う場所に向かったのだがそこにいたのはサラちゃんと同じ年くらいのエルフの少年と少女で少年の方は大きな刃物で切られたかの様に大怪我をしており、少女の方も意識を失っていた。その時は既にエルフとは戦争状態で通常なら兵士である私には彼等を捕縛する必要があったが、ハミルトン夫妻の頼みもあり一家で保護する事にしたのだ。すると、大怪我をしていたものの、まだ意識のあったエルフの少年が不思議な事を言ってきた……。」

オルガンが語った内容は以下こうだ……。

少年は『この家に消えそうな命が……もう一つある、僕ならその命を救ってあげれる……だからその代わりに僕のお願いを聞いて欲しい……。』とエルフの魔法の力なのかサラのの存在を感じ取っており、オルガン達は驚いたが少年自身の言う通り彼もまた命が尽きようとしているのは見て取れ、それが手遅れだと云うのも分かっていた為、その願いを聞く事にした。何よりサラが助かると云うその言葉にハミルトン夫婦は勿論、オルガン自身もまたすがっていたのかもしれない……。

そして、少年の願いを聞くと彼は『そこにいる彼女、アイリスはただ気絶しているだけだけど彼女が目覚める前に彼女の記憶を封印してあげたい……僕達に起きた出来事は彼女には酷すぎるんだ……そして記憶を封印した後、命が消えかかっている彼女の意識をアイリスの体に移す……勿論目覚めた時に自分じゃないと混乱しないように予め記憶を操作するけど……。』と言った。

答えを出すのはハミルトン夫婦であり、オルガン自身は彼等の返事を黙って待つだけだった、少年もその身体を赤く染めながらも黙って彼等の返事を待っていた……。

ジョセフ、ポーラは二人で話し合った後、少年の顔を見て、一言よろしく頼むと提案を聞き入れる事にした。

その返事を聞いた少年は力なく笑い、しかし、ありがとうと笑顔でお礼を言った。

そしてすぐさま少年は何処か人の居ない場所がないかと三人に聞いてきた。

オルガンは思いつく最善の場所はこのオールドベルしかないと思い、少年にその事を告げると、そこでいいと納得を得た為、オルガンは少年を……ジョセフはアイリスと云う少女を、ポーラはサラをそれぞれおぶり、夜の山道を登った……。

山頂に着いたオルガン達に少年は『先ず魔法陣を書く必要があるから、あの鐘の下に連れて行って欲しい』と言った。

オルガンは言われた通り少年を鐘の下まで連れて行くと少年を下ろし、自身は一歩下がってその作業を見ていた……。

少年は手慣れた手つきで魔法陣を書いていく……だが完成した魔法陣は所々少年から流れる血で汚れており効果があるのか不安に思ったオルガンだったが、少年は『どのみちこの魔方陣を発動する為には術者の血が必要なんだ』とオルガンの気持ちを察してかそういってきた。

そうして出来た魔法陣の上にサラとアイリスの二人を乗せると少年は魔法陣の前に立ち詠唱の準備に取り掛かる、しかしそこで目を疑う事が起きた……先程まで一緒にいたはずのジョセフが少年の隣に立ち瞑想を始めたのだ。オルガンとポーラは訳が分からぬまま始まった儀式を見る事しかできなかった……。

『我、ルタ・フィニアスが願う、晴朗なる我が始祖シルフィンドよ!我が命とジョセフ・ハミルトンの命を持って、かの者の命を救い、又かの者の悪しき過去を彼方へと消除せしめ給え!』

少年がそう叫ぶと同時に魔法陣が輝きを放つと、サラの体が輝き出し光の粒へと変わっていく、そしてその光は横で横たわっているアイリスの中へと入っていくのだった。

オルガンとポーラはその魔術よりも何よりも先程の少年の唱えた言葉の中にジョセフの命と云うフレーズを聞くな否や叫び声を上げジョセフの元まで駆け寄る……。

『ジョセフ!お前!何をしているのだ!そんな話聞いておらんぞ!おい、少年お前も何とか言ったらどうだ!』

『アンタ!何でこんな事をサラが助かったってアンタがいなくちゃどうするのさ!』

二人の悲哀に満ちた声にジョセフは振り返り穏やかな顔で語りかけた……。

『この術式には術者の命が必要らしく、でもこの少年だけだとまだ幼くて、発動に必要な命が足りないらしいんだ……実は家を出発する前に少年が頭の中に語り掛けてきたんだよ、俺は、サラが助かるのならこの命を捧げてもいい……ポーラ君には済まないと思ってる……でも分かって欲しい……いつまでも愛しているよ。そしてオルガン、お前にはいつも迷惑を掛けてばかりで済まない……でもこれが最後の頼みだと思って聞いてくれ……ポーラとサラを頼む……。』

ジョセフが二人への別れの言葉を言うのを待っていたかのように、言い終わると光がジョセフの体から溢れ少しづつ空へと昇って行く……そしてそれは少年も同じでその体から光が溢れている。

少年は『これを』とオルガンに差し出す、少年がオルガンに渡したもの……それは、不思議な材質で出来た紙のようなモノに印が書かれた物二つと短い木の枝のようなモノを一つだった。

『あまり時間がなさそうだから手短に言うよ、彼女に掛けた魔術は永久ではなく満月の夜が来る度にこの魔方陣を使って月の魔力をマナに変換して彼女の体に溜めなければならない……そしてそれを秘密裏に行う為に先程渡した杖を地面に突き刺して結界を張ればだれにも気付かれずにマナの供給を行うことが出来る……そして二つ渡した印はその結界に入る為のモノだから大切に取っておいて……』

『ああ、分かった……。』

『正直ヒュンメルの所に飛んだ時はダメかと思ったけど貴方たちが優しい人で良かった……どうかアイリスを……』

『ああ、分かっている。』

オルガンがそう言うと少年は満足そうな笑みを溢し空へと消えて行った……。

そしてジョセフもまた少年の後を追おうとしていた。

『それじゃあお別れの時間だな……。』

『ジョセフ……。』

『アンタ……うっうっ……。』

『ポーラ……俺は何時も君とサラを見守っているだから悲しむ事はないんだ……。じゃあ行くよ。』

ジョセフは最後にポーラを抱きしめるとオルガンを見て一度だけ頷く、オルガンもまたジョセフに頷き返すと、満足そうな笑みを浮かべ彼もまた空へと消えて行った……。

その後目覚めたアイリス……いや、サラは少年が言った通り自身の姿に疑問を感じる事もなく病気が治ったととても喜んだが、父の死を知ると大粒の涙を流しひたすら泣いたのだった。

オルガンの話を聞き終えた俺はしばし唖然としてその場に固まっていた……。

ポーラは目に溜まった涙を拭っている。

「大丈夫か?」

オルガンは固まったまま動かない俺を心配したのか声を掛けてきた。

「ああ……でもあまりに衝撃的過ぎてびっくりした……でも、だったら何でサラは元のエルフの姿になってしまったんだ?」

「それが問題なのだ……今の一度も満月の夜にマナを補充するまで姿が戻るなどなかったのだ……あの少年でさえそんな事は言ってはいなかったのだが……。」

オルガンはお手上げだと言わんばかりに大きくため息を吐く。

「じゃあこのままヒュンメルの姿には戻らないのか?満月の夜になればまた……。」

「分からない……だから取り敢えず魔法陣の上で寝かせてはいるのだが……。実は今日が丁度満月の日でな……このまま夜まで待って見ようと先程ポーラさんと話していたのだ……まあその時に丁度お前が現れたのだが……。」

「そうなのか?だったら俺も待つぞ!」

「何?」

「だってさ、ポーラさん今日も酒場開くんじゃないのか?レオニールが居ない間は皆楽しみたいんじゃないか?」

「まあ、そうさね……でも満月の日はサラが出れないからね……やってないんだよ。」

「そうなのか?まあでも俺もサラを助けてやりたいから一緒に待つよ!」

「ポーラさん……カイルの言う通り今日は酒場を開きましょう……。」

「オルガンさんアンタ……でも……」

オルガンの思ってもみない提案に戸惑うポーラに対し、続けてオルガンはその理由を話す。

「実はイリーナから情報があってな……どうやら伯爵派の奴らの動きが怪しいらしい……何でもマナの含有率を調べているとか……。」

「何だいそれは?」

「要は空気中に含まれるマナの量を調べていると云う事です……魔法や魔術を使うとその一帯のマナの量が減る、それを事前に調べておけば何処で魔法などが使われたか分かると云う事です……。」

「ちょっと待っておくれ!それってつまりサラの事がバレているって事かい?」

「其処までとは言わないが……だが少なくとも何かに気付いているとみた方がいいでしょう……故にかく乱させる為にもここは敢えて奴らに酒場がやっている事を気付かせ意識を逸らす……無論皆は呼ばなくていい……ただ酒場が開いていると云う事実を教えるのです。危険ではありますが私もその場に居るから心配はしなくて大丈夫ですポーラさんには危険が及ばないようにします。」

「それは大丈夫だけどサラはどうするんだい?まさか……カイルに⁉」

「ええ、その通りです。」

「いやでもねぇ……。」

「俺なら心配いらないって!大丈夫大丈夫!」

「ポーラさんここは結界もあるし大丈夫でしょうそれよりも奴らに嗅ぎ付けられる方が危険です。」

「アンタがそこまで言うなら分かったよ……。」

しぶしぶではあるが、ポーラが折れたところでポーラを夜の開店準備の為にいったん返しオルガンと二人サラを見守る事になった。

その後、日が傾き始めた頃、オルガンも陽動の為、山を下り町へと戻って行った。

一人になった俺は改めてサラの元へと向かいその様子を見る。

相変わらず人形のように眠るサラの姿に変化はなくエルフのままだった。

「サラ……早く目を覚ましてポーラさんを安心させてやれよ……後おっさんもか……俺もまた色々話したいしな……皆待ってるぞ。」

返事が返って来ることはない一方的な会話ですらないものであったが、それでもきっとサラは笑っている様な気がした。

そして時が進み、すっかり夜になった頃……酒場ではオルガンの狙い通り伯爵派の下っ端兵士が詰めかけていた。

「ここの店主は何処だ!何故店が開いているのだ!レオニール様に立てつくつもりか!」

大声を上げ店になだれ込む兵士の目に一人の男の姿があった。

「む?何だお前達……五月蠅いぞ……。」

「オ……オルガン兵士長……ここで何を無さっているのです?それにこの民間人はここの店主なのでは?何故捕まえないのです!」

「貴様達は馬鹿か!私は今レオニール伯への酒を吟味しているのだ……お帰りになられた際に長旅でお疲れになっているだろからな、少しでもお心を癒されるようにと一番美味い酒を選びたいのだ……それには酒に詳しい店主が必要不可欠!さあ!お前達も立ってないで吟味しろ……。これも仕事のうちだぞ。」

オルガンの言葉に最初こそ戸惑っていた兵士達だが所詮は下っ端、いくら伯爵派と云っても忠誠心など薄いもの……レオニールの為と言いながらも酒が飲みたいだけなのであっと言う間にその場は宴会と化した。

「店主!酒が足りないぞ!もっと持ってこい!レオニール様の為にいい酒を選ぶぞー!」

最早只のいい訳である。

(これで伯爵派の兵士のほとんどをここに釘付けにしただろう……後は頃合いを見てサラの様子を見に行けばいい。)

オルガンは酒に酔いしれる兵達の目を盗みながらポーラに抜け出すタイミングを指示する。

一方カイルはと云うと……。

満月がすっかり昇った鐘楼ではようやくある変化が表れていた……昇ったと同時にサラの体が淡く輝きだしたのだ……。

最初、何事かと思ったが直ぐにこれがオルガンが言っていたマナの供給なのだと気づきそのままサラを見守る事にした。

とはいえ、それでも肉体の変化は未だ見られず、エルフのままだった。

とそこに人影が現れ、カイルはオルガンとポーラが来たのだと悟り二人の元に駆け寄るが……。

そこには確かにポーラとオルガンが居たのだが、もう二人招かれざる客がポーラとオルガンの後ろから現れた……。

一人は見覚えのある者でカイルが連行された際オルガンと言い合いをしていた若い兵士……名前はそうセインだ……そしてもう一人……人とは思えない程の巨体を持ち赤い髪を他なびかせ、もみあげから顎まで髭を生やしたさながら獅子の様な男がこちらを見て不敵に笑っている。

「う……カイル……。」

「おっさん……何でそんな苦しそうな声を上げてるんだ?」

暗くてよく見えなかった為、最初こそ分からなかったが、近付いていくと次第にオルガンが傷だらけなのに気付く……。

見ればポーラさんも青あざを作っていた……。

「おっさん!ポーラさん!お前等何しやがった!」

「黙れ!アカツキ・カイル……貴様、この方が誰か分かってその様な口をきいているのか?」

セインは叫ぶ俺を一蹴し逆に問うてきた。

「そんなの知るか!そんな事より誰がこんな事をしたかって聞いてんだよ!」

「なっ!貴様っ!」

俺の言葉にセインは顔を歪ませ睨みつける、今にも刃で切り掛かって来そうだ。

そんなセインを大柄の男は制止しこちらに凶悪な笑みを浮かべる。

「面白いな小僧……俺が誰かわからねぇとはてめぇここの奴らじゃねぇな……。」

「だったらどうした⁉」

「カイル……止めろ……逃げ……ゴフッ!」

オルガンが言い終わらぬ内にその男がオルガンを殴りつける。

「おっさん!」

「オルガン!テメェさっきからうるせぇんだよ!俺が何時発言権を与えたんだ!あぁ⁉」

そこで俺はようやくこの男の正体に察しがついた。

この横暴で傲慢な態度……サラやおっさんから何度も聞いたこの町の支配者……。

「レオニール……何でだ……今この町にはいない筈だろ⁉」

「あ?小僧……テメェのその度胸は褒めてやる……だが……俺を呼び捨てにしてんじゃねぇぇぇぞぉぉぉ!」

その叫び声と同時にレオニールの取り巻く気配が突如変わったのが分かり、その圧倒的オーラに当てられ体が言う事を聞かない……。

「はっ!一喝しただけでこれか……面白い奴がいると思ったらとんだゴミだな……おい、あの鐘楼に横たわってるのが例の女か?」

レオニールはカイルの存在を無視しセインに話しかけた。

「はっ!間違いないかと……。」

「そうか、ならさっさと持ってこい……。」

セインが答えるな否やすぐさま命令を出すレオニール。

「はっ!直ちにっ!」

しかしそれを異に返さず忠実に従うセイン……その彼にオルガンは満身創痍になりながらも引き留める。

「セ……イン……やめ……ろ……彼……女には……手を……だ……すな……。」

「無様ですね、オルガン兵士長……いや、反逆者オルガン……何故反逆者かは直ぐに和kるでしょう……。」

セインはオルガンを見下した目でそう言い放ち鐘楼の下に横たわるサラの元に歩いて行った……。

そんなセインを俺はレオニールのオーラに当てられたまま見つめる事しか出来なかった……。

しかし、サラの元まで近付いたセインだったがあと一歩の所で結界に阻まれ近付けない……。

「くっ……これは……」

その様子を見ていたレオニールは痺れを切らしセインに怒鳴る。

「何やってんだテメェは!さっさと持ってこい!」

「しかし、結界が張ってあり私では入る事が出来ないのです!」

「あ?結界だと?」

セインの言葉にレオニールは眉をピクリと動かし自らセインの元まで歩いて行った。

「ほお、成程な……コイツは確かにテメェじゃ無理だな……だがさっきの結界といい、この結界、益々おかしい話だよな?しかもこっちは尖り(ナーフ)の高等術式による結界だ……そんなものを何故王国兵士、引いては兵士長であるテメェが隠してるんだぁ?これは国に対する反逆行為だぜ?」

レオニールはオルガンに例の如く笑みを浮かべながらそう言い放つ。

「……。」

オルガンはしかし、敢えて何も答えず只レオニールを見ている……。

「だんまりか……まあいい……。だが、テメェ結界があるから大丈夫だと思ってるわけじゃねぇだろうなぁ?」

レオニールは目を大きく開き嘲笑するような笑みを浮かべサラへと振り返るとおもむろにその結界へと手を伸ばす……。

レオニールが結界へと触れた途端っバチっと何かが弾ける音が聞こえそれはレオニールが触れている間なり続けるのだった……。

レオニールはゆっくりと手から腕、腕から肩と中に入って行き、やがて全身がすっぽりと完全に入るとオルガンの方を見て不敵に笑う……。

一方それを見たオルガンは驚愕し目を見開いており、ようやく元に戻った俺もレオニールがサラの元まで辿り着いた事に焦りを覚えていた。

「おっさん!レオニールがっ……」

「……馬鹿なっ何故だ……くっ」

レオニールはサラの姿をその眼に捉え抱きかかえると下卑た笑みを浮かべながら結界から出てきた……。

「流石ですレオニール伯爵閣下……。」

「テメェが雑魚なだけだろうがっ!だが、テメェはよくこの場所を見つけた……俺は約束は守る男だ……後で褒美をやろう……。」

「はっ!ありがとうございます!」

レオニールとセイン何事か話した後こちらに向かい歩いてきた……。

「オルガン……これでテメェが反逆者だと云う事が明らかになったなぁ……敵であるエルフ族を匿い、何をする気だったんだぁ?んん?」

「くっ……」

「それとそこの民間人の女とそこの小僧テメェもだ……特にテメェに関しちゃ俺の縄張りに勝手に入り込んだ侵入罪もあるしな……いや、それを言うなら知ってて手引きしたオルガンは犯罪幇助もしたと云う事になるか……兵士長ともあろう者がこれじゃあいけねぇよなぁ?どう思うセイン新兵士長?」

「レオニール様……今何と?」

「兵士長と言ったんだちゃんと聞いておけぇ馬鹿が……。」

「兵士長……この私が……はっ!ありがたく拝命致します!」

「て訳だ……オルガン……テメェは今より只の犯罪者だぁ、セイン兵士長こいつらを明日、異端審問にかける!連れていけ!」

「はっ!了解いたしました!」

こうして、オルガン、ポーラ、そして俺は一度詰所の留置所に入れられた後、翌日の昼間、町の広場で住人や兵士が見守る中、異端審問にかけられる事になった。

俺達三人は広場の中央に手首を後ろに縛られながら用意された豪華な椅子に座るレオニールの前に地べたに座らされていた。

そして周りには兵士や住人が広場を囲む様にしてその様子を伺っている。

皆何故オルガンやポーラがこんな事になっているか見当も付かず不安げな顔をしている……。

そんな中、レオニールは椅子から立ち上がると手を大きく広げ皆に響き渡るような大声を放った。

「今日集まりの紳士、淑女、そして我が兵よ!これより異端審問を執り行う!」

先ず罪状が兵士によって読み上げられる。

「罪人アカツキ・カイル。一、通謀罪……敵国エルヴンガンドと共謀し我が国に潜入を(はか)った罪。二、侵入罪……レオニール・ベルガモンテ伯爵閣下の領地であるこの町に無断で侵入した罪。」

「続いて罪人ポーラ・ハリントン。一、犯罪幇助……後述するオルガン・ローウェンの企みを手助けし、又アカツキ・カイルに食料、寝床等を提供した罪。」

「続いて大罪人オルガン・ローウェン……一、我が国の兵士長と云う地位に付きながらその権力を濫用し秘密裏にエルフを匿い国家転覆を計り、且つアカツキ・カイルと云う内通者をこの町に侵入させた罪……以上!」

読まれた罪状は全てオルガンが考えた無茶苦茶なモノではあったが、しかし真相を知らない住人達に不信感を抱かせるのには十分な事柄でだった。

特に、カイルと云うこの町の住人でもない者を通謀者に見立てると云うのはかなりの効果を与えた。

「オルガンさんが……。」

「いや、それを言うならポーラさんもだ……。」

「あの、小僧……俺は最初から怪しいと思ってたんだ……。」

人々は口々に明らかに三人に聞こえる声で話始める……。

「静粛に!」

進行役の兵士の声が響き渡り一瞬でその場は再び静寂に満ちた。

レオニールは場が静まったのを確認すると『という訳だ‼俺自身、身内からしかも腹心であるオルガン兵士長に裏切られるとは思ってもおらず、知った時は愕然とした!ハリントン婦人にしてもそうだ……この町の皆の憩いの場である酒場の店主がまさか犯罪行為を幇助していたなんて、胸が痛く食事も喉を通らない程だ……だが決定的な証拠が見つかってしまった以上覆す事は出来ない!」

オルガンはそう叫ぶと兵士に何事かを合図すると人々の輪を掻きながら一人の少女が首輪を引っ張られ連れられて来た……。

住人達からどよめきが上がるが、何よりも驚いていたのは俺達三人だった……。

連れられて来た少女は紛れもなくサラであり未だその姿はエルフのままだった。

サラはそのままレオニールの元へと連れられ、レオニールがその手綱を握る。

「お母さん!オルガンさん!カイル!皆どうして⁉これは一体何なの!」

サラは自身の状況が読み込めず困惑している。

「どうだろう諸君!これがこの三人が罪人たる証!そしてこの娘こそが全ての元凶なのだ!」

最早それは洗脳に近く、あれだけレオニールを嫌っていた住人もその矛先を俺達に向け罵声を浴びせる。

「この!悪魔共!」

「人の心を踏みにじりやがって!」

人々の憎悪が一斉に俺達に集中する。

(何だよこれ……何なんだよ……何でこんな事になってるんだよ……皆おっさんを、ポーラさんを慕っていたんじゃないのかよ……気持ち悪い……吐きそうだ……)

人々の狂気に当てられ俺は吐き気と動悸に襲われる……。

「待って!何で皆そんな事言うの!お母さんもオルガンさんもカイルも何もしてない!そんなの皆分かるでしょ⁉こんなの何かの間違いだよ!」

人々の憎悪渦巻く中、だけが声を上げ異を唱えるが……。

「エルフ風情が何言ってんだ!」

「そうだそうだ!お前がいるからこんな事になってんだ!消えろ!」

エルフであるサラの言葉に益々逆上する住人達の怒りは収まらない。

「エルフ……?さっきから皆は何を言ってるの⁉」

先のレオニールの言葉や住人達の言葉にサラは混乱する……。

すると人々の中から聞き覚えのある声がサラに向けられた。

「サラちゃんなのか⁉」

その声が微かに聞こえたサラは必死でその声の持ち主を探す……するとそこには馴染みの青年ヒュースの姿があった……。

「ヒュースさん……」

「サラちゃん何だろ⁉」

ヒュースの言葉にサラは頷く……。

「やっぱり……おい、皆!あのエルフの娘はサラちゃんなんだ!理由は分からないけどでもサラちゃんが俺達を騙すなんてありえないだろ!」

ヒュースの言葉に周囲の者達は戸惑いを見せる……。

「それに、オルガンさんだってそうだポーラさんだって!あの生意気な小僧だって俺は信じるぜ!お前等はどうなんだよ!」

その一言が功を制したのかそれまで罵詈(ばり)讒謗(ざんぼう)が飛び交っていたこの場所に少しではあるが異を唱える意見が芽生え始めた……。

「あ?何だぁ?たかがゴミの分際で俺の考えに意見するとはどういう事だぁぁぁぁ!」

しかしその微かな希望もレオニールの叫びによって消されてしまう。

「いいか!クソども!よく聞け!この審問の最終決定権は俺にあるんだ!テメェ等ゴミ共が何を言おうが決めるのは俺だぁぁ!分かったかぁぁぁ!」

レオニールの怒りの咆哮に再び場は静寂に包まれる。

しかしそこに新たに意見をする者が現れる……。

オルガンだ。

「レオニール様……どうか私の話を聞いて頂きたい……。」

「あ?オルガンテメェは今の今俺が言った事を聞いてなかったのか?罪人の分際でどこまで俺を苛つかせば気が済むんだぁぁ!」

オルガンの言葉に激昂したレオニールはその拳でオルガンを殴り飛ばす。

オルガンはそのまま数メートル吹き飛ばされ動かなくなる。

「お、おっさん……?」

「オルガンさん……?」

俺達は一抹の不安を覚えオルガンを見つめるが……。

「ごふっ……」

咳き込みながら血を吐き出しながらも辛うじて生きていたオルガンに安堵する。

オルガンはそのまま倒れそうになりながらも必死に立ち上がりレオニールの元まで歩く。

「おいおい……オルガンテメェはマゾなのか?」

そんなオルガンを嘲笑うレオニールだったが、オルガンの瞳に宿る何かに気付き、ほおっと目を細める……。

「成程なぁ……そんな体になりながらもまだ俺に異を唱えるか……面白いじゃねぇか!いいだろう……何だ?何が言いたい?今なら聞いてやるよ。」

レオニールの思わぬ言葉に伯爵派の兵達がざわめく……。

「レオニール様!何を!」

「そうです!いけません!」

兵は必死に止めるがレオニールはそれを人にらみで抑え込む。

「黙れ雑魚が……殺すぞ……」

「ひっ!」

レオニールは腹心の者達を一蹴すると自身の元に辿り着いたオルガンに向き合い笑いかけた。

「さあ、何が言いたい?言ってみろオルガン……。」

「……レオニール様、この異端審問の罪状には間違いがあります……。」

「ほお……それは何だ?」

「全てを企てたのは私です、彼等は私が脅したに過ぎません……つまり彼等は私に脅迫されて仕方なくやったのです……。そしてエルフの少女も私が無理やり拉致しエルフ側に仕掛ける口実を与えたに過ぎません。全ては私の責任です。故に、裁くのは私だけにして頂きたい……。」

オルガンは全てをその身に背負い皆の開放をレオニールに進言する。

「ほお……成程なぁ、つまりお前の単独犯であって他の奴らはお前に脅迫されただけだとそう云う訳だな……。」

「そうです……。」

「はっ!そんな見え透いた嘘が通用するとでも思ったのかテメェは……。」

「……。」

「まあいいだろう……乗ってやるよ!だが、開放するのは罪人だけだ!エルフの女は女将が欲しがっているのでな……何、丁重に扱われるだろうよ……」

レオニールはそう云うと大声で皆に再び宣言する。

「聞け!たった今新たな情報が入った!この件はここにいるオルガン・ローウェンの単独だと云う事実が分かった!よって他の罪人を無罪とし、オルガン・ローウェンに極刑を言い渡す!」

「なっ!」

「そんなっ!」

俺とポーラさん、そしてサラはその決定に驚愕する。

「ちょっと待ってくれ!おっさん!何を言ったんだ!おかしいだろ!」

「ああ!カイルの言う通りだよ何で……これじゃあ死んだ旦那と同じじゃないか!」

レオニールの下した判決と共に縄を解かれる俺達はオルガンの元に詰め寄ろうとするが兵士に行く手を阻まれる……。

そんな俺達を無視しレオニールは更に宣言する。

「これよりそのまま大罪人オルガン・ローウェンの刑を執行する!セイン兵士長!」

「はっ!」

レオニールが呼ぶとその傍らでずっと待機していたセインが前に出る。

「刑の執行役はこのセイン兵士長に一任する!どうだぁ?前兵士長を新兵士長自ら裁く……最高のショーじゃねえか!」

レオニールの笑い声が広場全体に響くと、賛同する者、悲しむ者様々な人々の声も広場に響き渡る。

「だが、その前にだ……もう一人ゲストを紹介しねぇとな……そうだろ?オルガン……」

「何を……早く刑を執行し皆を解放してください!」

オルガンはレオニールの意図している事が分らず嫌な予感がし、懇願する。

「そう急ぐな死に逝くテメェへのささやかなプレゼントだ!」

そう言ってレオニールは下卑(げび)た笑みを浮かべ兵士に合図を送る。

すると兵士が再び人を連れ皆の前に突き出した……。

俺達はその女性に見覚えがあった。

その女性を見た瞬間真っ先に声を上げたのは他でもないオルガンだった……。

「イリーナ!」

そう、連れて来られた人物は昨日受付をしてくれた女性イリーナさんだった。

だが、彼女の姿は酷いものだった。服は乱れ破れており、顔や剥き出した肩には無数のアザや傷があり、見えてない所にも沢山出来ているだろう事は想像出来た。

腕で自分の体を抱きしめ震えており、先程のオルガンの声にビクッと体を反応させると恐る恐る声のした方を見上げ、その虚ろな瞳に見知った人物の存在を確認すると『ああ…いやぁ…いやぁ…。』と何かに怯えるかの様に拒絶反応を見せた。

彼女をこんな目にしたのは他の誰でもない……この目の前で(わら)っている男だろう。

この男のした仕打ちは嫌でも想像がつく、本能の限り凌辱を尽くしたに違いなく、俺は心の底から反吐が出そうだった。

震えるイリーナを尻目にレオニールはオルガンへと向き合うと笑みを浮かべながら話し掛ける。

「どうだ?俺のプレゼントは……驚いただろ?この女はお前の情報源なんだろう?こいつまでは救えなかったなぁ……えぇ?オルガン……嫌、救う気もなかったのか?まあどちらにしろこの女はもうダメだ……只の人形だよ……可哀相になぁ……」

レオニールがそう言いながら震えるイリーナの肩を叩く。すると、その衝撃にビクッと反応したかと思うと……。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

虚ろな目から涙を流し、壊れた機械のように突如謝罪を繰り返すイリーナさんに俺達は勿論、周りの人達も目を背けずにはいられなかったがこの男、レオニールだけはその姿に笑みを浮かべていた。

「ほらな?壊れちまってるだろ?こんなんじゃあ笑えちまって何もする気にもならねぇ……ハハハハハハッ!」自分で壊しておきながら彼女の姿に腹を抱えて笑うレオニールに俺の中で沸々と何かが沸き上がり始めていた……。

そしてそれはオルガンも同じらしく、見た事もない形相でレオニールを睨みつけたかと思うとレオニール目掛けて拳を繰り出した。

「レオニール貴様ぁぁぁ!何処まで人を弄べば気が済むのだぁぁぁぁ!」

レオニールはオルガンの拳を意図も簡単に避けると笑みを浮かべ自身もお返しとばかりにその剛腕を振るう。

「何だぁ?おいおい、そんな者かテメェの怒りはよぉぉ!」

オルガンはその剛腕を咄嗟に避けるとレオニールから距離を取り、近くに居た兵士の剣を奪うとレオニールに向き直る。

「とうとう本性を出したか……お前等見ろ!これがオルガンの真の姿だ!主に刃を向ける……これこそ反逆者の証!」

「黙れ!今更その様な侮蔑何の意味もなさぬわ!貴様の様な悪鬼は今ここで死ぬべきだ!」

「ほお!言ってくれるじゃねえか……いいだろうそんなに死にてぇなら俺が自ら殺ってやるよ!」

レオニールが目を輝かせ不敵な笑みを浮かべると近くに居たセインが前に躍り出た。

「セイン!何の真似だぁぁぁ!俺の邪魔をするんじゃねぇぇぇぇ!」

「いえ、レオニール様、執行するのはこの私の筈です……レオニール様が手を下すまでもありません……。」

「あ?セインテメェ……俺の言う事が聞けねぇぇぇのか?何ならテメェから殺ってもいいんだぜぇ……。」

レオニールがセインを脅すがも、しかし、セインは引くどころか寧ろそれに挑戦的に堪える。

「ならばレオニール様に殺される前にあの男を決して見せましょう……その後は私を殺してくれて構いません……。」

「クッ、ハハハハハハッ!おい!何だその答え!やっぱりテメェは面白い奴だ!いいだろう特別だ!俺の獲物をお前に分けてやるよ!但し一太刀とも貰うなよ?その時は俺がお前を殺す!いいな?」

「ありがとうございます、見事打ち取って見せましょう。」

ひとしきり笑ったレオニールはセインに場所を譲り俺達もまた後ろに下がらされ、広場の中央にはオルガンとセインの二人だけが残った。

「セイン……貴様だけは伯爵派であっても志は変わらぬと思っていたのにいつの間にそんな外道に成り下がったのだ!」

「外道?外道は貴様の方だろう……大罪人オルガン・ローウェン……この町の規律を乱しあろう事か国家転覆を計るとは恥を知れ!」

そのセインの言葉によって戦いの火蓋が切って落とされた。

始めに動いたのはセインであっという間に間合いを詰め、オルガンに激しい剣戟を浴びせる……しかし、レオニールから散々痛めつけられていたにも関わらずオルガンはそれをしっかりと剣で受け流し反撃に出る……。

「くっ……貴様!」

「何を驚いているセインっ!傷付いている私になら勝てると思ったか!未熟者が!」

先程とは打って変わりオルガンに流れがやって来た。

セインが細やかな動きならばオルガンは豪胆な動きでセインを追い詰める。

その猛攻は凄まじく先程の威勢は何処にいったのかセインは苦悶の表情を浮かべる。

「セイン……貴様に私は倒せん!」

その声にセインの中で何かが弾けたのか、オルガンの猛攻に守るだけだったのを自身も打って出る事で力量差を拮抗するまでに持ち直し、両者の剣と剣はぶつかりあったまま互いに動かない。

「セイン……貴様手を抜いていたのか……それ程の実力があって何故……」

オルガンの問いにセインはオルガンだけに聞こえる声で呟き怪しい笑みを浮かべる……。

それを聞いたオルガンは驚愕の顔を見せたその瞬間……セインの刃がオルガンを貫きオルガンはその場に崩れ落ちる。

「おっさん!」

「オルガンさん!」

俺とサラ、ポーラさんの叫び声が辺りに響き渡り、オルガンを慕っていた兵や町の住人は唖然とし何が起きたのか思考が追い付いていない様だった。

俺とポーラさんはすかさずオルガンの元まで駆け付けオルガンを抱える……。

「おっさん!しっかりしろ!何でこんな……」

「オルガンさん!気をしっかり持つんだよ!死んじゃいけないよ!アンタは私達家族の恩人なんだ……私達だけじゃない皆アンタを頼りにしてるんだ!」

俺とポーラさんの言葉に悔しそうな顔を浮かべながらオルガンは息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

「す……まない……私……は何も……出来……った……カイ…ル……後は……んだ……サラを……救って……れ……」

そう言うとオルガンは静かに目を瞑りそのまま動かなくなった……。

「ウソだろ……おい!おっさん!何してんだよ!何勝手言ってんだよ!俺はまだ何も……」

そう、何も返せていない……。

何一つとして返せていない……なのに逝ってしまった。

オルガンの傍らに居るポーラも、気付けばオルガンを知る兵や住人達も、あれだけレオニールの言葉に扇動されて最初は暴言を吐いていた者達でさえ涙を流している。

「セイン……やるじゃねえか!剛剣と呼ばれたオルガンを無傷で殺るとは流石だな!ハハハハハハッ!」

皆の咽び泣く声が響く中オルガンの笑い声が不協和音の様に響く。

「……。」

セインはレオニールの賛辞に一言礼を述べオルガンを無言で見つめている……。

そしてサラは……その衝撃的な光景に自身の記憶のない光景がフラッシュバックし苦しんでいた……。

「嫌……皆……ロミオ!フィオ!ルタ!ダメ、ダメェェェェェ!」

その光景に飲み込まれたサラは突然叫び出すとそのまま意識を手放した……。

「おいおい、何なんだ?王国からの使者が来るまで持ちこたえてくれよ!じゃなければ、最悪俺の玩具にでもすればいいんだけどな……ハハハハハッ!」

俺はそのレオニールの笑い声に自分自身の怒りで身体が燃え上がりそうだった……。

レオニールは満足したのか、後は片付けておけと兵士に命令すると、自分は気絶したサラを抱えその場から去ろうとする。

「待てよ……」

背を向け歩き出すレオニールの背中越しに声を掛ける。

だがレオニールは振り返らない……。

「待てって言ってんだよ!クソ野郎!」

「あ?小僧、それは俺に言ってるんじゃねぇよな?」

「そんな事まで言われなきゃ分かんねぇ程馬鹿なのかテメェは……」

「おいおい、オルガンの傘に隠れていなきゃ何も出来ない小僧が一人前の口聞いてんじゃねぇぇぇぞ!」

俺の言葉に激昂したレオニールはサラを近くの兵士に放り投げると俺に向かって怒気を纏ながら近づいてくる。

すると、セインが『ここは私が』と再び前に立つもレオニールはそれを跳ね飛ばす。

「セイン、テメェ調子に乗るんじゃねぇぞ!」

先程とは何もかも違うレオニールの血走った眼に戦慄を覚えたセインはそれ以上何も言えず只立ち尽くすだけだった。

俺の目の前に立ちはだかったレオニールは昨日初めて見た時よりも更に強烈な殺気を放っていたが不思議とあの時の様に呑まれることはなかった。

恐らくそれ以上に俺の底から湧き上がる怒りが勝っているのだろう。

「オルガンのおっさんを殺し、イリーナさんをボロボロにし、今度はサラに何をするつもりだ!」

「テメェに何の関係がある!アァ⁉」

「関係ならある!おっさんに頼まれたんだ……サラを頼むってな!」

「だからどうしたぁぁ!この尖り(ナーフ)の女は本国の奴に渡し、俺の金に換えるんだよ!分ったかクソが!」

「金……?金だと?人殺しておいて、傷付けておいて今度は金だと⁉何処までクズなんだテメェはぁぁぁぁ!」

怒りのあまり気付いたら俺はレオニールに殴りかかっていた。当然俺みたいな奴が戦闘のプロに適うはずはない、だがそんな事どうでもいい!目の前のこのクズだけは許す訳にはいかない。

オルガンへの恩を返す為、俺にとっても友人であるサラを助ける為に俺はこの男を許すわけにはいかないのだ。

俺はレオニールに詰め寄り、引いた拳を奴の顔のギリギリまで近付け前に繰り出した!

これなら確実に当たる……そして狙うは顎……。

どんな奴でも急所に当たれば効果は見込める。

しかし、俺の思う様には行かなかった……。

ほぼゼロ距離で繰り出した筈の拳はいとも簡単にレオニールの掌によって止められた。

「おいおいおいおい……やっぱ威勢だけじゃねぇぇぇか!」

そのままレオニールはその剛腕で俺を投げ飛ばす……。

俺は受け身が取れずそのまま激突の衝撃が全身を襲う。

「ガハッ!」

(痛ぇ!何だこの痛み……動けねえ……)

その剛腕によって生み出された速度と地面に激突した際の衝撃は尋常ではなく……今まで生きてきた中で一番激痛に体が云う事を聞かない……。

レオニールはそんな俺の元まで近寄ると、おもむろに俺の首を掴み上げると未だオルガンにへの悲しみに満ちたギャラリーに見せつけるかのように俺を締め上げている腕を突きだし言い放つ。

「いいか!テメェ等もう二度は言わねぇ!オルガンやコイツの様になりたくなければ俺に逆らうなぁぁ!その末路をよく見ておけぇぇぇ!」

そう叫ぶと同時にオルガンはまるで握りつぶすかの様に首を絞める力を強くする。

首を絞めるというただそれだけの動作がこんなにも苦しいものなのか……息が出来ず顔に血が溜まり熱く、眼球が飛び出そうな程の圧迫に意識が遠のく……。

すると何処からか声が聞こえた……。

このまま本当に死ぬのか?

言いたい事を叫んだんだ、これ以上自分に出来る事などなにもない……。

無理だったんだ初めから……。

その問いに弱気に答える。

このまま死を受け入れてしまって本当にいいのか?

もういい苦しい……早く解放されたい……。

本当にそれでいいのか?

いい……

本当に?

……。

それはもう一人の諦めたくないと云う自分自身の声だったのだろう。

しかし自問自答の果てに最早俺も限界を迎え、死がその首をもたげかけたその瞬間……。

『何をしている‼こんな場所で死なせる為に託した訳ではない‼さあ抗うのだ少年‼』

魂に直接響くその声に突如意識が覚醒……すると先程まであった苦しさは跡形もなく無くなっており、ふと喉に手を当ててみれば自分を掴んでいた手はなく、体も地面に触れていた。

「ハア、ハア……何だ?何が起こっ……たんだ?」

息を整えながら自分に起こった不可思議な現象を確かめようと顔を上げる。

すると、目の前に手を押さえ呻き声を上げるレオニールの姿があった。

レオニールは自分の身に起こった事に理解が出来ず混乱していた。

(どうなっている?俺はこの小僧を殺そうと本気で首を潰しに掛かったはずだ……なのに何故……何故俺の手が逆に潰されたようにひしゃげているんだ!)

「ぐっ……。」

その痛みに呻き声を上げるレオニールは自分でも何が起こったのか分かっていないカイルを見る。

そして次の瞬間広場に響く程の大声で笑い出した。

「ハハハッ……ハハハハハハハッ!ハハハハハハハハハハハハッ!」

散々笑った後、その様子を怪訝そうに見ているカイルを再び見下ろしながらレオニールはその獣のような眼をギラギラさせながら笑みを浮かべた。

「さっきまでは何の価値もないゴミ野郎だと思っていたが、この俺の手をこんなんにするとはなぁ……そしてさっきの眼だ!死に逝く野郎の眼じゃなかったぜぇあれは……。

いいだろう、テメェは直ぐには殺さねぇ……牢にぶち込んでゆっくりと先ず精神を殺してやる、それに耐えれたら俺が直々に殺してやるよ!テメェ等コイツを連れてけ!」

そう言うとレオニールは背を向け去って行った、俺は叫んだが兵士達に羽交い締めにされ身動きが取れずそのまま連行された。

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