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黄昏のアルテシア  作者: 山崎とと
3/6

第一章 異邦人

こんばんわ、山崎トトです!!


プロローグから神話と少し長かったですがここからようやく本編が始まります。


最後まで読んで頂けたら幸いです。

《アードラント大陸》

風の生命樹の加護により年中穏やかな気候で海産、作物などが豊富に採れる事から特に商業の発展が著しい大陸であり、

東のゴルティア地方、西のモルタナ地方、南のセブロス地方、北のハイネル地方と主に四つの地方に分かれている。

また、ほとんどが森林で覆われているモルタナ地方にはエルフが、東のゴルティア地方にはヒュンメルが住んでおり、間にあるセブロス地方にはこの大陸最大の商業都市パルノキアがある。

昨今、ヒュンメルとエルフの冷戦状態により人の往来がなくなったモルタナ地方とセブロス地方にかかるノーヴェンの森(セブロス方面)に異分子が一人、仰向けで倒れていた……。

「ん……ここは。」

眠りから覚め瞼を開けようとしたカイルは突如眼の中に侵入してきた光に眼が眩み、思わず瞼を閉じる……あの神殿の暗さに慣れてしまった眼に日の光は眩しすぎる。

数分はそうしていただろうか、ようやく慣れた所で仰向けのまま眼に映る景色をしばし眺めた。

木々の隙間から日光がキラキラと輝き、風が運ぶ深緑の香りが心を落ち着かせる。

なかなか普段の生活では味わえない新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んでみると、不思議と体全身が軽くなったような気がして笑みがこぼれる……。

「うん、俺、気持ち悪っ‼」

慣れない事をするのはやめてと……忘却の神殿から飛ばされてどれくらい経ったのだろう?時間の感覚が良く分からないが不思議と眠気は無く、寧ろ熟睡した後のスッキリとした感覚があった。

「それだけこの森の中で寝てたって事なのか?

結果的に睡眠不足が解消したからいいけど……。」

ところで此処は何処だろうか?あの神殿の男が言うには今いる場所は異世界らしいが……。

なんの変哲もない森の中だけじゃどんな世界かなんて分かるはずもない。

「どうするかな?ここに留まっていても日が暮れて危険は増すだけだし……。」

一先ず森を抜けて人がいる場所を探した方がいいよな?そう結論し、さっそく移動する事にした。

しばらく歩いていると、あの祭壇の主に渡された指輪があった事をふいに思いだし、ポケットから指輪を取り出し、手に取って眺めてみた。

指輪は銀色で二センチほどの幅に凝った装飾が彫ってあり、燻が入っていた。

ハッキリ言って何処にでもあるようなシルバーリングで不思議な力があるようには思えない。

「アイツは自分の力の一部って言っていたけど、これホントに何か出来るようになるのか?騙されてないよな?てか、そもそも使い方が分からないよな……。」

ゲームだと装備しているだけで効果が働く場合と、使用により効果が働く場合とがあるのだが……。

「まあ、どっちにしても付けてみないと分からないよな。」

百聞はなんたらという事で早速付けてみたのだが……。

「特に何も感じない……。なんか条件がいるのか?」

それから手を振ってみたりあれこれ試したがなんの変化もなく見た目から特に期待していた訳でもないのでそこまでガッカリせずに済み、一先ず先に進む事にした。

どれくらい歩いただろうか?あれからひたすら進んでいるのだが一向に景色が変わる事もなく向かって左には山壁、右側、前方、後方には森が広がっているだけだ……そして不味い事に日が落ち、辺りは明るさを失いつつあり。更には長時間歩き続けた為、体も疲労が溜まり初めていた。

やはり下手に動き回らない方が良かったのだろうか?ここが深い森の中なら人のいる場所に辿り着くのは難しいだろう……かといってその場に留まったとしてどうなる?

結局どちらにしても詰んでいるのではないか……とそんな考えを先程から繰り返してばかりいる。

「クソ!疲れてくるとネガティヴな考えばかり浮かぶな……何でもいい、何か見えないのかよ……」

目を凝らして見ても都合よく何かが変わるはずはなく、再び歩き出そうとするも、その足取りは重かった。

そして……更に幾ばくかの時間が過ぎ、辺りは漆黒に塗り替えられ、いよいよもって視界も不明瞭になり方向感覚を鈍らせてくる……。

そんな悪環境の中、唯一の救いはこちら側に来た時に何故か一緒に付いてきたスマホが手元にある事で、そのライトによって闇への恐怖心を僅かながら軽減する事が出来ていた。

しかし、半日以上森を彷徨った事による肉体と精神の疲弊は限界にきており、これ以上何の希望も無しに歩き続ける事は不可能だった。

そんな時……前方の木々の隙間からぼんやりと明かりが見えた気がして必死になってよく見てみると、それは幻ではなく、小さいながらも確かな明かりが木々の向こうに見えた。

「明かりだ‼」

助かるかもしれない……。

疲弊した体ではあったが、希望が見えた事で気持ちに余裕が生まれ、そのおかげもあって体も僅かながら元気が湧いてきた。

はやる気持ちを抑え、しかし足取りは早く、明かりの元へと向かっていく。

明かりの見えた場所に辿り着く頃には森を抜けでていて、岩の壁だった左の景色は知らぬ間に外壁に変わっており、向こうまで続いている様だった。

「城壁ってやつか……?何にしても人はいるよな?」

人が居るなら何でもいい、適当に事情を話し、せめて休む場所だけでも確保するのが優先事項だと再確認する。出来れば風呂にも入りたい処ではあるが……。

しばらく外壁に沿って進んで行くと大きな木製の門扉が現れ、その前には兵士が二名、槍を持って立っているのが確認出来た。

何かが解決した訳でもその保証もある訳ではないのだが、それでも此処に来て初めての人の姿に安堵の感情が湧き出てきた。また、ゲームなどでよく見掛けるこの光景に、本当に違う世界に来たのだと実感する。

とはいえ、いつまでもこうしていても仕方ないので意を決し、二人の門兵の前まで近付いて行ったのだが、やはり簡単にはいく筈もなく、二人の兵士はこちらの姿を見るなり怪訝そうな顔をすると槍をこちらに向け警戒の意を示すと、二人のうちの片割れ、向かって左の兵士が横柄な態度全開で話しかけてきた。

「何だお前は?見慣れない格好だな?怪しいヤツめ……。」

発した言葉のあまりのテンプレ加減に吹き出しそうになるのを必死で我慢しつつも、確かに俺の恰好……ハーフパンツにTシャツという出で立ちはこの異世界じゃ流石に怪しすぎるなと納得する。

しかし、何としても中に入れて貰わなければ野垂れ死ぬ事になる。それだけは避けなければ……ここが正念場だと返す言葉を探し返事を返す……が……。

「いやいやいや、違うんです‼全然怪しくないです‼旅人です‼」

(アホか俺!人をテンプレだなってバカにしておきながら、自分はこれかよ!)

だが、ここは畳み掛けるように強引に押し切る。

「元々はちゃんと荷物も服もあったんです!でも盗賊に襲われて命からがら逃げてきたんです!ここにくれば少なくとも安全だし保護して貰えると思って……。村のみんなに俺は立派な商人になるって豪語して出てきたのに、うう、うう……。」

「そうか……それは大変だったな……なんて言うとでも思ったかバカ者が!そんな見え透いた嘘が通じるか!お前を兵士長の元に連れて行く……覚悟するのだな。」そう言うとその兵士は片割れに『しばしここを頼む』と言い、そのまま閂を外し大扉を開けると、俺の背後に回り槍を突き付け『さあ、歩け!』と開いた扉の中へと促す。

いとも簡単に嘘を見やぶられ、当初の予定とは全く逆の意味で外壁の中に入る事になった俺は、言われた通りその開いた扉の中へ入る……。

大扉の向こうには町が広がっており、夜だからなのか静けさに満ちていて住人の姿は確認できなかった。しっかり町を見たいところではあるのだが、あいにく状況が状況なのでそれは叶わず、目的の場所まで寄り道なしで歩かされる。

大扉から直進し広場を抜け、町の反対側に辿り着くと右手に横長で二階建ての建物が現れた。

「この建物が目的の場所だ……さあ足を止めるなっ!さっさと進め!」背中を押され、言われるがままにその建物へと入らされた。

建物の中は外ほどではないものの、時折誰かの話声が僅かに聞こえる程度の静けさだった。入ってそのまま左手に歩かされると扉のない出入口があり、そこをくぐり抜けると長机に横に長い椅子がいくつか並んでいる部屋に辿り着いた。

そこには多くの兵士がおり、雑談をしている者や真剣に話している者など様々で、ここにきてようやくここが詰所なのだと云う事が分かった。

しばらくその場で立ち止まっていると、一人の若い兵士がこちらに近付いてきて、俺を連れてきた後ろの兵士に話かけてきた。

「どうした?確か今日は門の番のはずだが?それにその男は?」

明らかにこちらの兵の方が年上のはずなのだがその若い兵はタメ口どころか偉そうな態度でそう聞き、話しかけられた兵はそれに対し『はっ!つい先程この者が現れましてご覧の通り身なりも怪しく言っていることも信憑性に欠ける為、連行して参った次第であります。』と敬語で答える。

どうやら若い兵士の方が階級が上らしく、確かにちゃんと見れば装いも若い兵士の方が質が素人目から見ても質のいい装備を付けているように見受けられた。

若い兵士はその報告に一度俺の方を見るが、すぐに視線を戻し『分かった、後はこちらで預かろう……お前は持ち場に戻るといい。』と後ろの兵に言うと、兵士はその場で俺を引き渡し『では後はよろしくお願いします』と敬礼し持ち場へと戻って行った。

俺はといえば言われるがまま、此処まで歩かされたと思えば突然引き渡され、何が何だか分からず混乱していたのだが、そんな事はおかまいなしに若い兵士は『さて……確かに見た事もない怪しい身なりだな……お前は一体何処から来て何をしに此処まで来たのか正直に話せ……』と威圧的な態度で回答を求めている。

この兵士に関してはハッキリ言って生理的に受け付けない何かを感じていたが下手に逆らっても何の意味もなく、寧ろ今はどう信じて貰うかが重要な事だろうと思いここは正直に話す事にした。

とはいえ、流石に忘却の祭壇や異世界から来たなどとは言えず、そこは伏せて事実だけを話す事にしたのだが、こちらの話を一通り聞き終えた若い兵士はしばしの沈黙の後俺にこう告げた……。

「気が付いたら森に倒れていたなどとそのような理由で本当にすんなりいくと思っているのか?悪いがその話を信じる訳にはいかない……敵領付近の森で気付いたら目覚めたなどとそんな戯言を鵜呑みにするバカはここにはいない。仮にそれが本当だとしても、お前が敵国と通謀している可能性がある事を次に疑わざる負えない……そんな人物を野放しにする訳にはいかない、大人しく牢にでも入る事だ……。とはいえ一度兵士長に報告する必要もある、一緒に付いて来てもらう。」

くれぐれも妙な真似はするなよ……最後にそう釘を刺すといつでも抜刀できるよう腰の鞘に手を触れながら先程の兵士と同様俺に前を歩かせ行き先を指示するのだった。

兵士長の部屋は二階にあるらしく、上に上がる為に最初の出入口付近にある階段まで戻らされた。二階へと向かう途中俺は内心焦っていた……。

(このままだとマジで牢屋に入れられる……でもどうすりゃいい?丸腰のしかも家でゲームやってるだけの人間が本物の兵士相手に敵う訳ないし……あぁ!クソぉ!こっちに来てから不幸の連続じゃねぇかよ……誰でもいい!元の世界に返してくれよ!)

悲痛な心の叫びが誰かに届く筈もなく気付けば目的の兵士長の部屋に辿り着いていた。

若い兵は逃げないように俺の腕を力を入れ掴むともう片方の手で扉をノックし中に居るであろう兵士長に声を掛ける。

「オルガン兵士長!門兵より門で怪しい者を見つけたと報告があり、またその者を預かったので連れて参りました!」

すると少し間を置いて中から『入れ……』と一言返答があり、言葉に従って部屋の中に入る……。

中に入るとそこはきっちりと整理整頓された本棚や置物、更には埃一つないのではないかと思う程掃除の行き届いた執務室で、その清潔感漂う部屋の奥の机にオルガンと呼ばれた兵士長は居た……。

今正に執務を行っている最中らしく、こちらが入った事に気付いていないのか一向に顔を上げない。若い兵士も入る時に失礼しますと一度言ったきり言葉を発する事はなく執務に区切りがつくのを黙って待っていた。

そしてしばしそのまま立っているとようやく区切りがついたのか、こちらに顔を向け『すまんな、待たせたな』と若い兵に謝罪し、次にこちらをちらっと見ると『コイツがその者か?』と再び視線を戻し若い兵士に問う。

オルガン兵士長は冷静さを感じさせる端整な顔立ちをした四十代ぐらいの男で口元に髭を生やしていたが無精ひげではなくしっかりと整えられており、何処か気品を感じさせられる人物だった。

若い兵士はオルガンの言葉に『はっ!御覧の通り見た事もない身なりをしており、又、ここに来た理由が釈然としない理由でして、あろうことか気が付いたらノーヴェンの森で目が覚め、何処か分からず彷徨っていたら此処に辿り着いたとそう言っているのです。敵国との繋がりも考えられ此処はすぐさま牢に入れ後日しっかりと尋問する必要があるかと思いますが如何なさいますか?』と俺の事について伺いを立てる。

「ふむ……。」

報告を受けたオルガンは何やら考えながらこちらに視線を移すと鋭い視線でじっと俺を見つめると『少年、お前の名を聞こう……。』と言われ、『カイル』と一言名乗る。

『ふむ……ではカイル、もう一度お前の口からここまでの経緯を説明してみるのだ……私もこの仕事は長いのでな……嘘を付けばその場で分かる。正直に話す事だ……でなければそのままお前を捕縛し牢に入れねばならなくなる。さあ話してみるのだ……。」

全てを見透かしそうなクリアな琥珀色の瞳でこちらを見つめるオルガンはそう言って俺に返答を促し、俺はそれに先程と同様に事実だけを話す。

今の俺に出来るのは事実を話す事と訴える事だけだ……ダメなら最早俺にはどうする事も出来ない……。

一通り話し終え、後はオルガンの反応を待つだけだったのだが、話が終わるや否や若い兵は突如口を挟み……『どうです?明らかに釈然としない話ではないですか?この間の事もありますし此処はやはり牢に入れた上で尋問をするべきだと思います。この者を野放しにするのは危険です。」とあくまでも俺を牢屋に入れたいらしくそう進言する。

だが俺もこのまま牢に素直に入れられる訳にはいかないと思い、『ちょっと待ってくれ!確かに俺は端から見れば怪しいかもしれない、それは分かる!けど敵国がどういう国なのか知らなければここの事も何も知らないんだ!森で目覚めたのは事実だけど俺は誰かと通謀なんて絶対してない!』とオルガンに必死に訴える。

すると俺が抵抗するとは思ってなかったのか若い兵は驚いた様子を見せたのも束の間、すぐに取り繕うとこちらに詰め寄り、『貴様!無駄な抵抗をするな!そんな戯言誰が信じると思っている!身の程を弁えろ罪人が!お前に発言権などない!』などと突如激高し、今に切りかかって来そうな勢いで、荒々しい態度を見せる若い兵。それをオルガンがすぐに窘めるも、それが不服なのか今度は上官であるオルガンに対しても突っかかる。

「何故止めるのですかっ!コイツの言い分が本当だとでも思っている訳じゃないですよね?貴方がお人好しなのは分かりますが今回の件は流石に無理があります!」

「落ち着けセイン!お前の悪い癖だ……もう少し柔軟に物事を見ろ……時には人の言葉にも耳を傾ける事も必要だと言っているだろう!」

オルガンはセインと呼ばれたこの若い兵を窘めるがそれでも不満は収まらないらしく尚も食って掛かる。

「コイツの話の何処に耳を傾ければいいと言うのですか⁉ここ(・・)を知らない貴方ではないはずです!皆を危険に晒すつもりですか⁉」

セインの言っている意味が俺には理解出来なかったが、オルガンは流石に理解している様で、しばしセインの顔を見つめていたが、ため息をひとつ付くとゆっくり話始めた。

「ああ、知っているとも、だが罪のない人間を裁く権利まで我々にはない……その見極めを幾度となくお前に言ってきたはずだが忘れたのか?」

「罪のない?つまり貴方にはこの男が善人に見えると……そう言うのですか⁉調べた訳でもなく、何の根拠もないのにも関わらずそう仰るのですね!」

セインは信じられないといった表情で上官を非難するも、オルガンは冷静にその先の言葉を紡ぐ。

「その者が怪しい者か、そうでないのか……この仕事をしていれば目を見れば分かる。お前にはその見極めも持って欲しいのだがな……。」

「申し訳ありませんがそんな事、分かりたくはありませんね……怪しき者は徹底的に審問すべきだと私は思っています。しかし、兵士長である貴方があくまでもそういうのであれば私はこれ以上何も言いません……。」

あくまでもオルガンの考えには賛同出来ないとしつつも、上官の決めた事である以上これ以上否定はしない旨を述べ、オルガンも『この件の全ての責任は私が取るから安心しろ……。』とセインに伝える。

「分かりました……では私も別の仕事がありますので失礼します。」と淡々とした口調で返事をし、踵を返し執務室を出て行った。

扉が閉まるまでその姿を無言で見送るオルガンはセインが完全にいなくなると机に両肘を置き、両手を組みながら顔をこちらへと向かせ『部下が悪かった……』と一言謝罪を入れると『ふうっ』と深くため息をつく。

俺はそれを見て見ぬ振りもできず『ええと……なんていうか、大丈夫か?』と遠慮がちに聞くと、オルガンは困った顔をしながら『ん?ああ、すまない。声に出てたか……まあこれも私の部下に対する管理不足だ。仕方ないさ……』と苦笑する。

聞くだけ聞いたものの、オルガンの回答にそれ以上は何と返せば言いか分からず、しばし無言でいると『さあ、ここでこうしていてもしょうがない。そろそろ本題に入るとしよう。』逆に助け船を出された恰好になってしまった俺はバツの悪さを感じながらそれに同意した。

本題に入ると『先ず初めにはっきり言わせてもらうが……』とオルガンは切り出し……。

「セインの言う事も一理合ってな……先程のお前の話は釈然とせず、森からやってきたとなると、敵国との通謀を疑うのも我々の現在の状態(・・・・・)からすれば当然と言えば当然だ。そこは分かってくれ……。」

オルガンは決して非難している訳ではなくあくまでも中立的な見地からそう言い、俺としても自分がこの世界の人から見れば異分子だと云う事、そしてそれはそのまま怪しい者だと疑われても仕方ない事だと云う事は理解出来ている為、コクンと素直に頷き返す。

しかし、オルガンの言葉の中に一つ気になる事柄があった為、オルガンに質問の許可を伺うとあっさり了承して貰えたので、その厚意に甘える事にした。

「今の話の中で現在の状態からすればって言ってただろ?それって……。」

「ああ……何も知らないなら、お前が疑問に思うのも無理はない……。この先の事を考える上でこの情報は確かに貴重だ、いいだろう教えよう。」

俺が最後まで言い終わらぬうちに理解したオルガンは、質問に対する回答を教えてくれた。

「現在我が国ロンデルシア王国と隣国であるエルヴンガンドは戦争状態でな……といっても膠着状態(こうちゃくじょうたい)がここ数年続いていて、実質的には冷戦状態へと変わっているが……。ともかくそんな状態だ、皆ピリピリしているのは想像付くだろう?そして、だ……お前が目覚めたと云う森だが、あそこはノーヴェンの森と言ってな、敵国であるエルヴンガンド領へと繫がっているのだ。故に、そこから来たとなれば……。」

「スパイ……いや、通謀者として疑われても文句は言えないって訳か……。」

言葉の続きを繋ぐよう結論を述べると、オルガンは無言で頷き、肯定の意を示す。

そういった背景であれば納得できる。まあ、そうでなくても恰好から怪しいと思われ、どのみち結果は同じだったかもしれないが……。

「どうだ、これで納得できたか?」

「ああ、十分に……。それで、結局その……俺はどうなるんだ……?」

俺が疑われる意味は分かったが肝心な所、俺の処遇がどうなるかを聞いていない……。

先程のセインの反応を見るに捕まえられる事はなさそうな雰囲気はあったが、油断は出来ない、仮にそうであったとしても、代わりに何らかの措置が取られるかもしれない……。

そう、例えば即座にこの場所から出て行かなければならないとか。

命が助かるだけマシだと言われるかもしれないが、行く当てのない俺からすれば外で飢え死にするか牢で朽ちていくかの違いだろう。

オルガンがどちらの判断を下すかは分からないが、本当に積んだのかもしれない……こうなってしまうと何処か他人事のように感じて実感がわかない……。

そんな俺の考えをよそにオルガンは、『そうだな……実際の所、お前の言い分ではかけられた疑いを晴らす事は出来ないだろう……。そのまま通謀者として捕まり、審問にかけられるのが通常だろう。』と述べる。

その言葉に、やっぱそうか……ここに来てから本当にツイていない、いや、あの神殿に着いた瞬間から既に終わっていたのかもしれない……まあ、向こうの世界でもこっちでも俺はこんなもんだよなと自嘲していると、俺にとうとう処分を言い渡すオルガン……。

「それを含めた上でカイル、私はお前を無罪とし、滞在を許可しよう……。」

「分かった、じゃあ……牢屋に連れてってく……れって、へ?今何て?」

「滞在を許可すると言ったのだ……なんだ?牢屋に行きたいのか?」

予想もしない言葉に混乱する俺にオルガンはそう言って意地悪く笑う。

「全然行きたくないです!マジで俺捕まらなくて済むの⁉本当に助かるのか⁉あ、あ……ありがとぉぉぉぉぉぉ‼助かった、助かったー‼神様‼仏様ぁぁぁ‼」

「何だいきなり!おい!やめろ!離せ!」

諦めていた第三の回答が嘘ではない事を知り感極まった俺はオルガンの足元に抱きつくが、当の兵士長は必死に引き剥がしにかかるのだが……歓喜に沸く俺は一種の覚醒モードに入っており引き剥がせない……。

「えーい!離さんかぁぁぁ‼」ゴンっ‼

あまりにもしつこくしがみ付くカイルに、とうとう頭に来たオルガンは最終手段として剣の柄で頭を小突く。

「ギャァァァァァーーーっ‼」

突如頭上に降ってきた鉄槌をまともに受け床を散々転げ回る俺に苦笑しながら、オルガンは『いつまでそうしてるのだ……話はまだ終わっていないぞ。』とこちらに向かって手を差し伸べ俺を立ち上がらせる。

頭を擦りながら『話?他になんかあったっけ?』と考えるが、特に思いつかなかったのでオルガンが切り出すのを待った。

「この町の事をお前は何も知らないだろう?それに、通行証がなければこの先へも進めないのだぞ……。」

「あ!そっか……。確かに!」舞い上がりすぎて忘れていた……。

「はあ……今から宿に案内する、私に着いて来い。」

やれやれと呆れながらそう言ってオルガンは席を立ち、ドアの前まで歩くと、さあ行くぞとこちらに呼び掛け、俺もそれに従い兵士長室を出て一階へと下り、詰所を後にした。

途中、一階でセインを見掛けたが、特にこちらに反応する事もなかった。

詰所から出た俺は先を歩くオルガンの後に付きながら、町の様子を伺う。

連行されてきた時と同じで、やはり町には人の気配がなく、疑問に思った俺はオルガンに聞こうとすると、オルガンから逆に話し掛けられた。

「人の気配が全然ないだろう?住人がいない訳ではないんだ、お前の様な特別な事情がない限り夜出歩く事を禁じられていてな……違反があった場合。即、牢獄行きになってしまうからくれぐれも気を付けろ。」と今、正に聞こうとした答えを先に言われた事に驚いたが、それよりもその答え……夜に出歩くと捕まると云う事実に更に疑問が浮かんだ。

もし、何らかの危険がある為にそうしているのなら、住人の安全の為である以上仕方ないとは思う……。しかし、捕まって牢屋に入れられるとなれば、『安全の為』とは考えにくい。何故なら、こういった場合は厳重な注意の元、家に帰される等の処置になるのが妥当であるはずだろう。それなのに、牢獄に連れて行かれると云うのはどういう事なのか?そう考えていると、またもやこちらの心が読めるかのように、オルガンがその解答を教えてくれた。

「お前の疑問も最もだろう……そう、この禁則は決して住人の為にあるものではない。見えるか?」そう言ってオルガンは前方の岩山の方を指差す。

しかし、何度も言うように今は夜ではっきりと山々を見る事は出来ず、何より町の至る所に取り付けられている松明の灯りが逆光となって更に見えにくい……。オルガンは一体何処に指を差しているのか?

もう一度指し示す方を見ると、先程見ていた岩山の右下に遠目ではあるが松明の灯りが灯っているのを確認でき、その松明の後ろには建物のシルエットが浮かび上がっている事に気付く……そのシルエットは城の様に見えたが、通常思い描く城に比べれば小さめで、小城と呼ぶに相応しい大きさだった。

俺が城を見つけたのを確認したオルガンは『見えたか……あの城はこの町の主である、レオニール・ベルガモンテ伯爵の城でな、一年程前にあの城の城主として王国から来られてな、それからだ……何をお考えになって、このような事をなさっているのかは分からないが、先程の禁則事項を作ったのもこの伯爵でな、お陰で我々は住人と伯爵との板挟み状態だ……。』と苦笑いを浮かべ説明する。

俺はそのレオニールと云う伯爵が何がしたいのか分からず、『じゃあ一番偉い奴がこんな意味のないルール作ったって事なのか?』と率直な意見を口に出す。

「意味のない……か。ああ、本当にそうだな……」

何処か黄昏を帯びた顔をして自嘲気味な笑みを漏らすオルガンが気になり顔を伺うと、それに気付いたオルガンは困った顔で話し出した。

「すまない……少し考えてしまったのだ……兵士長の私が、立場の上であるレオニール伯のする事に異を唱える事は兵士として失格なのかと……。だがそれも今更だな……。」

オルガンの言葉にそうだろうか?と俺は思った……。

俺は来たばっかで何も分からないが、少なくともその侯爵のしている事で住人が困っているのは確かだと思うし、オルガンがおかしいと思うのは普通の事ではないか……。

「いいんじゃないのか?おかしいと思った事はおかしいって言ってさ……立場だとかそんなの関係ないだろ。現に人が困ってるんだ、おっさんのその思いは間違ってないと思うけどな俺は……。」

「おっさ……いや、そうか……そうだな。まさか迷子の怪しい小僧に励まされるとは思ってなかったぞ……ふっ。」

「怪しいって……そこはクリアしたんじゃなかったのかよ!てか、迷子じゃねぇーし‼」

最後の最後でいじられた事に不満を抱いていると、いつの間にか目的地に辿り着いていた様で、気付けば目の前に石造りの大きな建物が建っていた。

「おお、着いたか……ここが、今からお前が世話になる宿……月夜(つきよ)角笛亭(つのぶえてい)だ。」

「へえ、いかにもファンタジーって感じの名前だな……。」

「ふぁんたじぃ?なんだそれは……。」

「あ、いや……何でもない……。」

「ふむ、まあいい。中に入るぞ。」

意味の分からない発言に訝しげになりながら先へと入って行った。

宿の中に入った俺達を先ず出迎えたのは喧騒だった……。

外から何も聞こえないのが不思議なくらいの騒がしさで見れば兵士や今まで姿を見せなかった町の住人と思われる人達が、丸い木製テーブルに座りこれまた木製のビールジョッキを手に談笑している。

「これって……。」思ってもみなかった光景に唖然としていると。

「何だ?宿に酒場があるのが珍しいのか?確かに地方によってはこういった造りのない場所もあると聞くがこの国ではこういった宿酒場が主流だ。」

「いや、そうじゃなくて!おっさんさっき言っただろう?夜は出れないって……。バレたら捕まるんだろ?なのに兵と一緒に飲んでるとか意味が分からねぇぞ!」

「ああ、その事か……見ての通り、この町の兵も一枚岩ではない、そう云う事だ。」

「どういうことだよ?もう少し分かるように説明してくれよ!」

「つまりだな……」

「伯爵派と兵士長派で派閥が出来ているって事だよ、坊主。」

オルガンが口を開こうとするとその話を聞いていたのか直ぐそばのテーブルで飲んでいた町人が代わりに俺の疑問に答えた……。

「ヒュースか……。」

オルガンにヒュースと呼ばれた二十代後半ぐらいの青年は『オルガンさんご苦労様ですっ!』とほろ酔い気分なのか顔を赤くして敬礼のポーズをふざけて取る。

「ああ、お前もな……その様子だとかなり前から飲んでいるみたいだが、今日は仕事休みなのか?」

「ああ……休みと云うか、仕事が出来ない状況というか……。」

「んん?何だ、歯切れが悪いな……。」

「いや、最近師匠が全然顔出さなくて、初めは俺だけで分かる範囲でやってたんですけどデザインとかはまだ自分には早いって言われて全部親方がやってるので、ある程度まで進めるとそこからどうしていくかは師匠に聞かないと分からないんですよ。それで仕方ないんで図を持って家まで行ったんですけど、呼んでも呼んでも返事がなくてまあ、あんな事があった後なんで仕方ないですけどね……。何で今日はやる事もないし、飲める(・・・・)なんでこうして来てるんですよ。」

「ふむ、もしかしてお前の師匠ってのは……。」

「はい、ガガンさんです……最近、その娘さんが城に……。」

「いや、分かった……。しかしそうか、歯痒いな無力と云うのは……。」

「何言ってんですか!オルガンさんがいなけりゃ今頃皆もっと死んだように生きてたと思いますよ!」

「そう言ってくれると私も助かるが……。いや、ありがとうヒュース……しかし、酒はほどほどにしておくのだぞ、酔って外で騒がれたら皆に迷惑掛かるだけでなく、お前自身も危険な目に合う事になるからな……。」

「そこは分かってますって!安心して下さいよ!処でその坊主は?」

ヒュースは先程から気になっていたらしく俺を指差しオルガンに聞く。

「ああ、コイツは先程私が預かった迷子の少年だ……。」

「だれが迷子だよ!違うだろ!俺を幾つだと思ってんだよ!」

「冗談だ……コイツは遠方からの旅人でな、つい先程南門で捕まってな、私の所まで連れて来られたので保護したのだ。」

途中またしてもくだらない冗談を挟みつつオルガンはヒュースに説明する。

「あー、成程……何時ものか……。伯爵派の奴ら相変わらず人を罪人扱いするのだけは得意だからな。それにしても坊主、オルガンさんで良かったな!これが伯爵の所だったら今頃どうなってるか……。お前中々運のいい奴だな!なあ?」

ヒュースが誰かに向かって声を掛けるといつの間にか俺達の周りには兵士や町人が集まっていた。

「ああ、全くだ!オルガンさんお疲れ様です、一足先に飲まさせて貰ってますよ!」とヒュースの近くの兵士が同意する。

また別の兵士が、『って事はセインの奴とやりあったんで?』と聞くと、まあな……苦笑いをするオルガン。

その様子にやっぱりかと周りの兵士や町人達が納得の顔を浮かべる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。一体どういう事か説明してくれ……。さっきの派閥がどうのこうのって何なんだ?全然意味が分かんねぇ。」

一方、先程から置いてきぼりを食らっていた俺は話に割って入るように内容の説明を求めた……。

「ああ、すまない、一度ちゃんと説明しよう。」

俺を置いて話をしていた事に軽く謝罪をするオルガンはそのまま続けてこちらの質問に答えた。

「先程ヒュースの言っていた派閥の事だが……現在、兵達の中は伯爵に付き従う者、そうでない者に分離してしまっていてな。私としては不本意なのだがオルガン派と呼ばれているそうだ……まあそれはいい。そもそも事の発端は一年前に新しい城主としてこの地にやってきたレオニール伯が、先代の城主とはかけ離れた執政を行った事から始まったのだ。お前にも話した夜の外出禁止令や税の引き上げ等この町の住人に負担を強いてな。挙句の果てには町の若い女を独身、既婚関係なく自身の世話係として城に連れて行っては一定の期間で交代させるなど、本来の城主としてはあるまじき行為を繰り返しているのだ。兵士の中にはこの町出身の者も少なからず居て、お陰で不満の声をあげるどころか除隊しようとする者も出てきたのだが……そう云う者は一人残らず反逆の意志ありと捕まってしまったのだ。そして、その出来事が切っ掛けになって兵の中で二分化が始まり、今の状態になった。村人は当然自分達を虐げている者を好んだりしない、故に反伯爵派は村人も含めればかなりの人数だろう。それと、お前を詰所まで連行した門兵、そして詰所であったセイン達の事だが、伯爵派よりに見えるだろうが、アイツらはアイツらで、従う事で皆を守ろうとしているだけなのだ……。其処だけは分かってやってくれ……。それ以上は話が逸れるから話はしないがな……。まあ、こんなところがこの町の現状だ……。」

おそらく彼は正義感が強いのだろう……レオニールの話をしている時、僅かに瞳の奥で何かが揺れるのを感じた。

「この町の事情は分かった。でも、何でこうして皆で集まっているんだ?夜に集まってばれたら大変な事になるんだろ?」

「何、別に集まって反乱を企てている訳ではない。そんなこと出来る筈もないしな……。ただ、町人の生活を守る事は我々兵士の一番の役割ではあるが……生活を守ると云うのは何も外敵から守るだけでなく、こうして自由に酒を飲んだり騒いだりできる事も含まれるのだ……。また、私は兵士長だからな部下の生活も守らねばならぬ……故に人目を盗んで定期的にこうした事を行っているのだ。勿論酒の飲めない者や女子供もこの町には居るので、そう云った者にも他の所で息抜きをしてもらっている。勿論、危険なのは分かっているがな、それでもこのまま町人の自由を奪われてしまっては何の為に兵士として居るのか分からなくなってしまう……まあ私の勝手な我儘だ、全ての責任は私が取るさ。」

そう言って笑うオルガンの顔はとても晴れやかで心の底から人々の事を考えているようだった。

「うう……やっぱすげぇっすオルガン兵士長!一生付いていきます!」

酔っぱらった兵士の一人が泣き上戸よろしくそう言うと、周りの町人、兵士達もそうだそうだとオルガンを讃え始め酒場は更に盛り上がりを見せる。

「おい、お前達少々飲みすぎじゃないのか、やめないか……。」

照れ隠しなのか騒ぐ皆をなだめるもその顔は嬉しそうだ。

「その賛辞、場所を提供しているアタシ達にも分けて貰えると嬉しいんだけどねぇ?オルガンさん。」

皆の騒ぐ声を掻き消すほどの大声が酒場の奥から聞こえ、皆が一斉に振り向くと……。

給仕服を着た恰幅のいい女性がそこに立っており、その後ろから『お待たせしました!不死鳥もどき(ファルニクス)のロースト焼きあがりました!』と元気な声で巨大なローストチキンのような料理を乗せたワゴンを押して、俺と同い年くらいだろうか?栗色の長い髪をポニーテールで結び膝丈よりやや上の給仕服を着た美少女が現れた。

「おお!待ってましたぁ!これサラちゃんが?」

一人の兵士がその少女に尋ね、その少女……サラは『勿論!ファルニクスなんて高級食材初めてで焼き加減に苦労しましたよ……だからちゃんと残さず食べて下さいね!』と皆に言う。

その言葉に酒場の客達(特に兵士達)は一斉に『勿論!』と即答、それに笑顔で返すと手際よく肉を切り分け始める。

どうやらこの美少女はこの酒場の看板娘のようで、先程の笑顔は冗談抜きで可愛く、人気が出るのも納得できる。

俺がサラに気を取られているといつの間にか先程の恰幅のいい女性が俺とオルガンの所まで接近しており思わず声を上げそうになった。

「ポーラさん……勿論、貴女方にはいつも感謝しています……。」

先程の言葉を真に受けオルガンは頭を下げるが。

「アハハ、相変わらず真面目な人だねぇ、アンタは……冗談に決まっているじゃないか。アンタには感謝こそすれば文句なんてあるはずもないさね……。主人だってそう言うよ。」

ポーラと呼ばれた女性はバンバンとオルガンの腕を叩き笑いながらそう言った。

「そう言って貰えると私としても嬉しい限りです。」

「で、要件はなんだい?様子を見に来ただけって訳じゃないようだけど違うかい?」

ポーラはちらっと俺を見るとオルガンに向けそう話を切り出す。

「ええ、話が早くて助かります。実はこの少年の面倒をしばし見てやって貰いたいのです。勿論それにかかる費用は支払います。」

「訳ありかい?」

真面目な顔を見せそう聞くポーラにオルガンは一通り俺の事情を説明する。

「なるほどね、ここが何処かわからず何も知らないなんて、そんな不思議な事もあるもんだね。」

「ええ、しかし彼の言う事に嘘がない事は私が保証します。ですので少しの間だけ面倒をみてやって貰えませんか?色々と不安はあるかとは思いますが、私も精一杯協力をさせて頂きますのでどうかお願いします……。」

頭を下げお願いするオルガンの姿に俺だけ黙ったまま何もしないのは違うなと思い、『俺も自分に出来る事を手伝います!だから、どうか助けて下さい!』とポーラに頭を下げる。

「ちょっと!オルガンさん……止めとくれよ!他でもないアンタの頼みだ……断る訳ないじゃないか!ほら、アンタも頭を上げな。」

ポーラは驚き、焦り口調で頭を垂れるオルガンを説得し、俺にも顔を上げる様諭す。

「では……よろしいので?」

「今言った通りさね、アンタのお願いを断る理由は私達家族にはないよ……そうだろ?サラ?」

ポーラは娘であるサラにそう聞くと、サラは丁度料理を配り終えたらしく母親であるポーラの背後から現れ、『うん、勿論だよ!オルガンさん安心して任せて下さい!』と笑顔で答えた。

「サラちゃん……ポーラさん感謝します。」

「ありがとうございます……。」

オルガンと二人並んで親子に礼を言いうと『もうそれはいいから、ほらアンタ達もさっさと食べちゃいなさい』と空いた席へ誘導するが、オルガンはまだ仕事だからとやんわり断り、俺に席に着くよう勧めた。

「なんだい、そうなのかい?なら仕方ないねぇ……ならアンタ!名前をまだ聞いてなかったね……。」

「カイル……アカツキ・カイルです。」

「カイルかいい名前じゃないか……私はこの店をやらしてもらってるポーラ・ハリントンだよ。そんで向こうで肉を切り分けているのは娘のサラさ。」

簡単に自己紹介を終えると『アカツキ……それはお前の苗字なのか?』と何事かを考えながらオルガンが突然話し掛けてきた。

そう云えばオルガンには苗字まで言ってなかった事を思い出し『そっか、おっさんには名前しか名乗ってなかったな……悪い。』と謝る。

「いや、それはいいのだが……アカツキか。確か似たような家名を持つ人々の話を何処かで聞いた気がするのだが……。」

オルガンは何か心当たりがあるようで、しかし思い出せず、うーむ……と考えていると

ポーラが助け船を出した。

「あれじゃないのかい?私の主人が生前に行った事がある極東の国の話、確かオルガンさん、アンタに嬉しそうに話していなかったかい?」

「おお!そうか!思い出したぞ!ありがとうポーラさん……カイル、お前もしや極東出身なのではないか?」

オルガンはそれだ!と言わんばかりに目を見開くと興奮気味に俺にそう聞いてきた。

「極東?何だそれ?」

急に言われ意味が分からず聞き返すが、ふと、ちょっと待てよと考える。

確かこれファンタジーではよく聞く言葉じゃないか?東の国や極東の国などと言って過去の時代の日本をモチーフにして出したりしているよな?つまりこの世界もそう云う事なのか?だったら今後の身の振り方も含めここで話を合わせておくのもいいかもしれない……。

「何だ、違うのか……お前のその変わった家名、昔エンゲルから聞いた極東の国の住人と似通うものがあったのだが……。」

そう言って話を終わらそうとするオルガンに慌てて俺は口を開く。

「あ、いや待ってくれ……その極東ってのは俺と似たような苗字……いや家名を持つんだよな?その国の名前って分かるか?」

「ん?国名か……聞いた覚えがあるがなんだったか……短い名前だったのは憶えているが……ヤ……ヤモ……。」

オルガンの言葉に俺は確信を持つ、日本をモチーフにした国は間違いなくあってそしてその国の名前はおそらく……。

「ヤマトか?」

「そうだ!ヤマト……ヤマト大国だ!なんだ、やはりお前はヤマトの者だったのか!しかしとなると何故こんな所にいるのか……ますます不思議だがまあお前自身何も分からない以上しょうがないな。しかし、ヤマトか、散々話した後だが改めて知ると貴重な体験をさせて貰った事になるな……。」

オルガンは先程から一人で興奮しっぱなしで、今までの冷静さはなんだったのかと思わずにはいられない程だった。

そんな俺の心情を察してかサラが俺にこっそりと耳打ちしてきた。

「オルガンさん普段は冷静で真面目な人なんだけど、自分の興味がある事になるとああやって人が変わるんだよ……。」

「へえ、成程なぁ……ってうわっ!」

「え?何?どうしたの?」

突然叫んだ俺に意味が分からずキョトン顔をするサラだったが、俺としては叫ぶのも無理はない話なのだ……。

何故なら、急に耳元で囁かれたと思い隣を見て見れば、同い年くらいの女子がかなり近くまで顔を寄せていたのだこれが驚かずにいられようか!

彼女が出来た事さえなく、クラスの女子にさえまともに話した事のない俺にこれはハードルが高すぎだろう……。

「何でもない何でも……。」

「……?」

逸る動悸を押さえながら必死に誤魔化す俺を不思議そうに見つめていたサラは、思い出したように『そうだよ、料理!せっかく作ったんだから君も早く食べてみてよ!』こっちだよ、こっちと俺を席へと急かすサラ……。

その様子にポーラも『そうだ!オルガンさん、あんたもまだ仕事なんだろ?行かなくていいのかい?カイルだっけ?あの子の事はしっかり面倒見ておくから、私達に任せて早く戻りな。』と興奮のオルガンを諭すと『んん?おお!そうであった!私とした事がつい……では何度も言いますがよろしくお願いします。』とポーラに会釈すると、酒場の皆に飲みすぎるなよとダメ押しでもう一度釘を刺すと、最後に空いた席の前に立つ俺の所にやってきて『では私はそろそろ行くが、お前はしっかり疲れを癒せ……。それと明日だが詰所隣の役場に来るのだ。分からなかったらそうだな……サラちゃん案内してあげれるか?』と言ってきたので、分かった……今日はありがとう。とお礼を言い、サラも分かりました!任せて下さい……と返すと、それに頷き、今度こそ詰所へと戻って行った。

オルガンが帰った後、客である兵や町人達は各々自分の席に戻り、店内はまた人の話し声や笑い声で満たされた。

一方俺は、サラに促されるまま、事前に用意されていた先程の鳥肉料理が用意してある、空いた席に座らされた。

そして更に何故か俺の向かいには以前からそうしていたかのようにサラが腰掛けておりワクワクした目で

俺をみているのだった……。

「ええと……サラさん?何で俺の前に座っているのかな?」

「サラでいいよ、カイルだったよね?実は私前から極東に興味があったの!私のお父さん、もう今は死んじゃったんだけど……生前によく極東の話を小さい頃からしてくれてて、だからかな?さっきオルガンさんと極東出身だって話してたじゃない?それを聞いたら行った事ないのに妙に親近感湧いちゃって……同い年ぐらいだったし話を聞きたいなって思って。初対面なのに迷惑だったね、ごめん。」

「いや、別に迷惑って訳じゃなくて、ただ驚いただけというか……まあ、その、だから、俺で良ければ話するけど……。」

心底申し訳なさそうに頭を下げるサラに何故だか心苦しさを覚え、咄嗟にそう言ったものの、正直この展開は女子とまともに話した経験のない人間にとって、かなりの高難易度クエだった……。

(こういうのはしっかりレベリングをしてから挑むものだろ!どう考えても無理ゲーじゃねえかよ!)

自分の甘さに内心舌打ちするも、言ってしまった手前、今更なしにも出来ず……というか、サラ自身俺の言葉にすぐ『本当!良かったぁ!じゃあ話そう、何がいいかなぁ。』ときたもんだ。

お前も少しは遠慮しろよ!とは決して言わない……いや、言えないのが無念だ。

ここは何とか乗り切るしかないと意を決すると見計らったかの様にサラから質問が飛んできた。

「じゃあ、君の居た場所の事教えてよ。一応お父さんからヤマト大国の大体の事は教えて貰っているけど、やっぱり現地の人しか分からない事ってあると思うから……。」

「えと、サラが親父さんからどんな事を教えて貰ったのかは分かんないけど、多分俺が話す内容とはかなり食い違うと思う……それでもいいか?」

正直話を合わすにしても限界があり、ここの世界の日本……ヤマト大国がどのような文明レベルかなんて事まで分かる筈もなく自分の出身を話すのならばそのまま話すしかない。

故に一言そう断っておかないといけない。

「全然大丈夫だよ!さっきも言ったでしょ?現地の人しか知らない事しりたいの!あ、でもお腹空いているだろうから、食べながらでいいからね!さあ、食べて食べて……。」

ぐいぐい来るサラのペースにすっかり呑まれてしまった俺だったが、しかし腹が減っているのは事実なので、そこはお言葉に甘えて食べさせて頂く事にした。

ナイフとフォークを手に取り、皿にのった料理をまじまじと見て見る。

そこには綺麗に切られた鳥肉が横二列に並べられており、中々の量だ。

鳥肉からはまだ出来上がってそれほど経ってない為、湯気がほんのり立ち上っており、スパイスの香りが鼻腔をくすぐる。肉の周りには切ってふかしたジャガイモに溶けたバターがかかったものや、トマト、レタスなどの野菜が盛り付けてあった。

また、鳥肉料理とは別にスープも用意されており、こちらは卵スープらしく優しい香りがする。

俺は、これ以上は限界だと訴えかける胃に促され、鳥肉にフォークを突き立てるとそのまま口の中に運ぶ……決して熱くはなく、しかし温かさはしっかり残った肉から出る肉汁の旨味とスパイスの風味が口の中に広がる。

「うま!は?これ、やば!うま!」

がっつくように次から次へと口に放るようにして味わっていると、クスクスと笑い声が聞こえ、ん?と見て見れば目の前に座るサラが口を押えている。

俺の視線に気づいたサラは『ごめんごめん……つい』と言ってまた笑い出す。

笑いの意味に気付いた俺は心外とばかりにサラに文句を言う。

「腹減ってたんだから仕方ないだろ?」

「ごめんごめん、そうだけど違うの、こんな一生懸命に食べてくれる人初めてみたから嬉しいの。ありがとう!」

サラは例の笑顔で俺に笑い掛けるが、やはり慣れてない俺はその笑顔を直で見ることが出来ず顔を背ける。

「その、話だったよな……俺の故郷の……。」

態度を悪くしてしまったと思い、先程の話を咄嗟に持ってきて取り繕う様に話すと、特に気にしてないのか、『あ、そうだよ!聞かせて!』と身を乗り出しながら目を輝かせた。

「えっとそうだな、じゃあ……俺の地元はさ……。」

ここに来てまだ一日目ではあるが、もう随分帰ってないような感覚を不思議に思いながら、遥か遠い故郷を思い出しながらサラに話をするのだった。

「って感じかな、俺の国は……どうだ?やっぱ聞いていた話とは違う……よな?」

俺は一通り話終えるとサラに念の為サラの父親に聞いたというヤマト大国との差異を確認する。

しかし、サラは一向に喋る気配がなく、俯いたまま動かない……。

もしかして、あまりに違いすぎて夢を潰してしまったのではと不安が湧き起こる。

「ええと……もしかしてガッカリさせちゃったか?だとしたら……」

「……い。」

「へ?」

ごめんと言おうとした時、サラがボソッと何事かを呟いた……が、はっきりと聞こえず聞き返す。

すると。

「すごい‼」

「うお!びっくりした!急に何だよ……。」

先程は小さい声だったのに急に大声を目の前で出され思わずびっくりしてしまった俺の様子が目に入っていないのか、また大きな声で俺に話し掛けるサ。

「すごいよ!カイル!お父さんに聞いた話とは確かに違うけど、でも聞いた事もない見た事もない物が君の国にはあるんだね!私もいつか行ってみたいなぁ。」

うっとりとまだ見ぬ世界に思いを馳せるサラ……どうやら心配なさそうで何よりだ。

「カイル、質問があるんだけどいい?」

トリップから我に返ったサラはまだ気になる事があるらしく俺にそう聞いてきた。

「俺に答えられる事ならいいよ。」

「ありがとう!カイルの話を聞いて気になったんだけど、カイルの国はすごい国なんだって私思ったの。矢の様に早く人を乗せて走る乗り物とかそんなの聞いたことないし他にもたくさん……でもそんな国ならなんでこの国に来たのかなって……。会ったばかりでごめんね。でもこの国何もないじゃない?いや、無い事はないけど……今戦争中で皆ピリピリしてて窮屈な国なのに何でかなって。」

 サラの言う事は最もだ、この世界に比べれば俺の居た世界は便利だし危険もない……なのになぜ来たのかと、そう思うが普通だ。

話をした感じ悪い娘ではなさそうだ、そもそも恩のあるオルガンのおっさんが信用する人物の一人だし話してもいいか……?

甘い!と云う人もいるかもしれない、でも何処の誰かも分からない俺をおっさんの頼みとは云え迎え入れてくれたのだ、全部は話せないが誠意を見せてもいいんじゃないか?

俺はそう思い此処にいる理由をサラに掻い摘んで話す事にした。

話が済むとサラは悲しい顔をして、『そうだったんだね……』と呟く。

「まあ、初めこそ意味が分からなくて不安があったけど、って今も若干あるはあるけど、でもさ、オルガンのおっさんみたいな人もこの世界にいるって分かったし、サラやサラのお母さんみたいに受け入れてくれる人も居るって分かったから安心した!それに何よりこの飯、美味すぎだしな!だから全然大丈夫だ!」

「そっか……なら良かった。オルガンさんは絶対信頼出来る人だから大丈夫だよ!あ、勿論私達もね!とりあえず残り食べちゃいなよ!」

こうして打ち解けた俺達はその後も色々な話をし、気付けば酒場にいた客も帰り始めている頃合いだった。

「あ、もうこんな時間!ごめん、手伝いに戻らなきや!お客さんへのお見送りをしないとだし……。」

サラはここまで話し込んでいたとは思わなかったらしく、慌ててた口調で戻ろうとするが、それを呼び止める声が背後から聞こえサラはその足を止めた。

「サラ待ちな……。まったくアンタは何時まで経っても戻ってこないと思ったら、こんな所で油を売っていたのかい?」

それはサラの母親であるポーラの声で腕を前に組み仁王立ちで立ちはだかっており、その恰幅のいい体と相まってさながら壁の様だった。

「ごめん!お母さん、つい話し込んじゃって……。こんな時間まで話すなんて思ってもみなかったの!」

「……何てね。アンタがずっとそこで話しているのは知っているよ、お客さん達がねアンタがあまりにも嬉しそうだからそっとしておいてやれってそう言ってきてね……まあアタシとしても何時も手伝わしてしまってるからたまにはね……どうだい?面白い話は聞けたかい?」

「お母さん……うん!とっても!」

「そうかい……なら良かったね。楽しんでたところ悪いけどそろそろ店の片づけを手伝って貰えるかい?お客さんも帰った事だしねぇ……。」

「あ、ごめん!そうだね。でもその前にカイルに部屋を案内しないと!」

「ああ、そうだったね、それじゃあ先にこの子を部屋に案内してあげな。」

話がまとまった二人はそれぞれ自身のすべき事をする為、ポーラはテーブルに残った食器を片付けに、サラはこちらに振り向きじゃあ案内するねと、上り階段に向かって歩き出すのだが……。

「ちょっと待ってくれ……さっきオルガンのおっさんが居た時にも言ったけど、今日から世話になるんだから俺も何か手伝うよ!何をすればいい?」

ただ黙って世話になる訳にはいかないと椅子から立ち上がり、サラとポーラに聞こえる様に声を張りそう伝える。

「え?でもカイル疲れているじゃない、気持ちは嬉しいけど今日は休んで……。」

「いやでも……そう云う訳にはいかないだろ……。」

「サラの言う通りさね、カイル、アンタの気持ちはありがたいよ。けどね、今日一日大変だったんだろう?先ずは今日の疲れを回復させる事がアンタが今しなきゃいけない事だよ。それこそオルガンさんも言っていただろう?」

ポーラの自分の子供に言って聞かせるかのような優しい諭し方に、俺は不思議と素直に従おうと思いそれ以上はやめておくことにしたが、せめて邪魔はしたくないと思い……。

「ポーラさん……分かった、それじゃあ先に片付けしてくれよ俺の事は後でもいいからさ!」

「いやでもアンタ……」

「ここでゆっくりできたし皆が思ってるほど疲れてないから大丈夫!」

俺がそう言うとポーラは仕方ないね……じゃあお言葉に甘えるよとサラに先に片付けてしまおうかと言う。

「うん、分かった。じゃあカイルはそのままそこでゆっくりしていて、すぐ終わらせてくるから。そしたら案内するね!」

サラは先程俺が座っていた場所を指差し、そう言うと厨房へと歩いて行った。

俺は言われた通り席に座り待つ事にしたが、特に何もすることがないので一先ず今日一日の出来事について考える事にした。

森で目を覚ました事、兵に捕まりオルガンに会った事、そして現在に至る事……を順を追って思い出す。

(始めは運が悪いと思っていたけど、何とか飢え死には取り敢えずは避けれたか?おっさんやポーラさん、サラに感謝だよな……。後は、これからどうするかを考えないと……。)

それから色々と今後の事について考えていたのだが、次第に意識が遠くなり始め、抗えぬまま自然に眠りへと(いざな)われていった……。

しばらくすると肩を叩かれる感触がして俺はまどろみの中から覚醒する。

「んん?俺寝ちゃってたのか……。」

ふあぁぁ。と欠伸をしそう云えば誰かに肩を叩かれた気がと思い、辺りを見回すとアハハと後ろから笑い声がして、そちらを向くと腹に手を当て笑うサラの姿が目に入った。

「……?」

何を笑っているのか分からず不思議に思っていると、笑い終えたサラがこちらを見て『ごめんごめん……あまりに欠伸している姿がアホ……面白かったからつい……。』と言って再び思い出したらしく、アハハと笑う。

「ひど!今アホっぽいって言おうとしただろ!」

「いやいや、そんな事ないって!気のせい気のせい!そんな事よりやっぱり疲れてるじゃない……やっぱり最初に部屋案内してあげた方が良かったね。」

強引に話を逸らすも俺が寝ていた事に対し心配してくれた。

「考え事をしてたらいつの間にか寝ちゃってただけで、気にしなくていいって……。そんな事よりも俺のとこに来たって事は後片付け済んだのか?」

今度は俺が話を逸らし質問する。

「あ、そうだった。片付けはまだあと少し残ってるけど、後はやっておくからカイルに部屋を案内しておやりってお母さんに言われたからこっちに来たの。」

「なるほどな……それで来てみれば俺は寝てて、起こした所、アホ面で欠伸したから面白かったと……。」

「そうそう……ってそこまで言ってない!もう、ごめんってば!」

「ハハハ!冗談冗談。」

「もう……。とそんな事より……。」

「……?」

サラは俺から少し離れ再びこちらに向き、コホンと咳払いすると手を胸下で組み礼儀正しく立ち……。

「大変お待たせしましたお客様……お部屋にご案内いたします。」

そう言ってこちらにお辞儀し、顔を上げふふっと笑うと『ほら、お部屋案内するから、付いてきて!』と元の快活な態度に戻り手招きする。

サラの態度に苦笑しつつ後を追い、酒場向かって左側にある二階への木製階段を上がる。

二階は全て宿になっており、階段を上がるとすぐに真っすぐに奥へと伸びた廊下があり、それを挟むように左右に部屋が作られていた。

そのうちの一室、階段から向かって右側の一番奥の部屋が俺に用意された部屋で、中は年季の入った石造りの部屋になっており、石床には金色の刺繍が施された紅いカーペットが敷かれていた。

また、向かって左側奥の壁にはピッタリと付けられた木造のシングルベットが縦に置かれ、

その横にはドレッサー、中央には丸いテーブルとシンプルな造りになっている。

部屋に案内された俺はそのベッドに腰かけながらサラから一通り宿の説明を聞いていた。

「後は……そうそう!大事な事忘れてた……一階の奥に湯浴み場があるから使ってね!一応うちの名物なんだよね!岩山を掘って作った岩窟湯なの。」

「おお!マジか!いい加減風呂入りたかったんだよな!しかもなんかワクワクする名前だな!」

もう一つの重要事項である風呂の存在に俺は心から喜んだ、しかも岩窟湯だなんてロマンを感じる。

「そうなの!昔はこの宿にもいっぱいお客さんが来てくれて喜んでくれてたんだけど、最近は宿を利用する人がほとんどいなくて……久しぶりに喜んでくれる人が居て私もうれしいよ。」

サラはそう言って嬉しそうに笑うが、その顔は何処か寂しそうでもあった。

俺は客が来ないと理由が気になりサラに聞いてみる事にした。

「それって例の伯爵のせいなのか?」

「うん……戦争が始まってから客足が遠のいたってのも少しはあるけど、やっぱり一番の原因は伯爵が来た事……。」

「オルガンのおっさんから少し聞いた……傲慢な奴なんだろ?」

「傲慢?ううん、そんなもんじゃない……あんなのは人じゃない。人の皮を被った魔物だよ……。」

「魔物って他に何かあるのか?あれか?おっさんが言っていたこの村出身の兵士を大量に牢に入れたって……。」

しかしサラは頭を横に振ると『そうだね、カイルも知ってた方がいいと思う、レオニールについて……。でもその前に簡単にこの町の話をした方がいいかも……何も知らないでしょ?』サラの提案に俺としても情報は欲しかったので是非話して欲しいとこちらからもお願いした。

サラはコクリと頷き話始める。

「何処から話したらいいんだろう?私も当時は小さかったから最近になってようやく知った事ばかりなんだけど……先ず、この町の名前はオールドベルって言って……私も詳しくは知らないけど、昔この町が出来る前、同じヒュンメル同士で酷い争いがあったみたいで、その戦争を生き残った人々の一部がこの土地にやってきてこの町を作ったみたいなの……その時に希望の象徴として大きな鐘を山の山頂に立ててこの先何世代も先にもこの鐘、つまり希望が残るようにとオールドベルって名付け、そのままこの町の名前になったんだって。

でも山の間に作られたこの場所は身を守るのには良かったけど何かと不便だったみたいで結局、新天地を求めて多くの人が出て行ったんだって……そしてその新しく作られた町が今この国の流通の要であり、ここから北に向かうと見えてくる商業都市パルノキアなの。

今でこそ王国の管理下に置かれているけど、元々王国の管轄じゃなくてパルノキア商連(しょうれん)って言って分かるかな?パルノキアは商業連合会って言われる各有力な商会のトップで構成された組織が古くからこの都市を運営していて、一つの都市国家としてこの王国からは独立した街だったの……。それだけに留まらず、単独の都市国家ってだけではなく、周辺の農村や職人の町もパルノキアの統治下にあって、このオールドベルも石工の町だし、元々パルノキアはこの町から出た人達で作られていた訳だから名を連ねるのは当然なんだけど、とはいえその商連のトップ、つまり会長は現国王の母君の家系であるノーマンシュタット家の長男、つまり先代妃の兄であるルーカス・フォン・ノーマンシュタット侯爵だったりする辺りが複雑なんだけどね。まあそれは置いておいて……パルノキアが出来て数百年戦争もなかったから当時この町にはヒュンメルだけじゃなくエルフの旅人や諸国からの人達もこの都市に集まっていて、大陸で唯一の多種族が共存していた中立国家でもあったの。」

「へえ……多種族国家か、何か楽しそうだな!ん?でもさっき王国の管理下って言ったよな?」

「そうなの、今の戦争が始まった数か月後にそれまで中立だったパルノキアが王国の傘下に入ると言い出して、それまで中立だったこの都市は一夜にしてヒュンメルの国になってしまったの……結局会長が王家に関りがあるルーカス侯爵だからいくら中立とは謳っているものの結局は内部で繋がっていたんじゃないかって……それで戦争をするのも知っていて既に話が纏まっていたってのが噂だけど本当の所は誰も分からないのだけどね……。つまり、この町に兵士がいるのはパルノキアを王国が管理するようになったからなのはもう分かるよね?」

「ああ、流石にな……それで管理下に入っても直ぐレオニールってヤツが来た訳じゃなかったんだろ?てかオルガンのおっさんはどうなんだ?王国の兵士なんだろ?」

「うん、じゃあそれも順を追って説明するね……。」

でもその前に喉乾かない?持ってくるからちょっと待っててと、サラは一度一階へと降り二人分の香り高いハーブティーを持ってきた。

俺はサラからソレを受け取るとまだ湯気の立つカップに口を付けちびちびと飲む。

今までハーブティーなんて飲んだ事はなく、飲むとしても紅茶ぐらいでそれもコンビニとかで買って飲むしか知らない俺だったが、そんな俺でも分かる程にこのハーブティーは美味しかった、爽やかな香りは青りんごを連想させ、しかしその味は完熟したマンゴーのような甘みがあった。

「こんな美味いお茶初めてだ!何て言うお茶なんだ?」

「美味しいでしょ?これはね……ムーンポップって言って、葉っぱじゃなくて、その名前の通り夜にしか咲かない花を乾燥させて抽出して作るの……その甘味は花に含まれる成分で砂糖は一切入れてないんだから!」

「ええ⁉まじか!めっちゃ甘いんだけどすげーな!」

「でしょ⁉私が栽培してるんだよ!」

そういうとサラも真ん中のテーブル椅子に腰掛け、お茶を啜りふうっと一息着くと、じゃあ飲みながら話の続きしよっか……と中断していた話を再開させる。

「何処まで話したんだっけ?えっと……そうそう、それでね……この村には昔から古い小城が建てられているんだけど、これもこの町が出来た時に建てられたみたい……詳しくは分からないけどね。

この町が王国に管理されるようになってすぐ王国からその城の城主となる人が来てここを治めるようになったの……因みにオルガンさんは元々パルノキアの兵士だったんだけど王国管理下に切り替わるタイミングでパルノキア軍も王国軍に組み込まれる事になった為、王国軍としてこの町に城主と一緒に来たの。

始めこそ皆オルガンさん達、旧パルノキア軍の人達を王国に寝返った裏切り者として冷たく接していたけど、オルガンさんの献身的な姿勢に次第に皆打ち解けて、今では皆が信頼する町のリーダーみたいな存在になったんだ。町を治めにやってきた城主様も思った以上に優しくて戦争で人の往来が減ったとはいえ、それでもヒュンメルの旅人はいたから町も私達もそこまで変わらない日常を暮らしていけたの……ただ、兵士の中には生粋の王国の兵士もやっぱりいて、そうゆう人達は町の人達に酷い事をしてたみたい……現に私も……あれ?」

話をしていた筈のサラは突如話を止め何かあったのか混乱している。

「どうした?」

「おかしいな……何か記憶がおかしいみたい……ここら辺で何かあったような……。んー……。」

「おい、大丈夫か?何か顔色悪いぞ?」

「え?そう?私は何ともないけど……まあいいや続き話すね?」

「大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫!えっと、まあそんな訳でレオニールが来るまでは平和に暮らしていたんだけど……。」

「一年前にレオ何たらって伯爵が来て状況は一変したんだよな?でも何故突然来たんだ?てかその時の城主はどうしたんだ?」

「うん、それがこれから話すレオニール伯爵の残虐性を表す初めの出来事なの……そしてここに人が来なくなった最大の理由でもあるの。」

「最大の理由……それに残虐って……。さっき言ってたレオニールは魔物って言葉に関係あるんだよな?」

俺の問いにサラは無言で頷くと、レオニール伯爵について話し始めた。

その内容は確かに、サラの言った魔物という言葉は決して誇大ではないと云う証明に他ならなかった。

サラが話した内容はこうだ……。

前城主がこの町に来て数年、日に日に兵士の数は増えてはいたが、この地が国境にある事、戦争の状況によっては更に兵士の数が増える事は町の皆は分かっていた為、ある程度は仕方ないと割り切って生活をする事が出来ていた。先程サラが述べた通り、当時の城主は意外にも優しく人間味のある人で、極力町の者に迷惑は掛けまいと気を配っていてくれ、少なからず安心できていたのだが、しかし、そんな時、レオニールは突如王国からやってきた……。

城主はそんな話は聞いていなかったらしく、町の北門に辿り着いたレオニール伯爵とその配下達の元へ自ら出向き説明を求めた。

また、サラも母親に連れられ、町の人達と一緒に城主の後ろでその様子を見守っていた……レオニール伯爵が云うには国境の防衛の要であるこの町を統治するのに現城主のやり方では甘い為、代わりに自分がこの町を治める……また、これは本国からの命令だと書状を城主様に渡したのだった。

書状の内容に嘘はなく、命令とあれば従わない訳にはいかない為、不本意ではあるがその座を明け渡す城主は本国へと変える準備をする為、城へと戻ろうとしたが、レオニール伯爵は不敵な笑みを浮かべ城主にこう言った……。

「おおっと、アンタは国にも帰る必要はないぜ?何故ならこの国にテメェの様な甘い人間はいらないからだ。」

その言葉を聞いた城主は皆の前であるのにも関わらず取り乱し、レオニール伯に向け激高し反論の意を示す。

「馬鹿な事を言うな!ただでさえ貴様の様な何処の馬の骨とも知らない者が私と同じ伯爵を名乗っている事自体おこがましいと云うのに……更にはこの町の統治権を渡さねばならぬと思えば、我に返る必要がないだと?蛮族風情が身の程を弁えろ!」

「おいおい、これだから骨董品は……蛮族?上等じゃねえか、この国が尖り(ナーフ)と戦争をおっぱじめた時にテメェ達貴族の時代が終わり、テメェの言う蛮族も伯爵になれる時代が到来したって訳だ!だからよ、テメェ達無能な貴族はもういらねぇんだ……分かるか?力で押さえつける事も出来ない腰抜けさんよ?」

大声で怒鳴る城主に対しレオニール伯はまるで劇をしているかのように手を広げ、サラ達住人に聞こえるぐらいの大声で城主を侮辱する、そして……。

サラが言うにはこの時何が起きたのか直ぐに分からなかったらしい……。

レオニールは喋り終えると城主に向けにたりと笑った次の瞬間には城主は倒れ血の池を作っていたらしい。

それを見た住人達はしばし唖然としていたが、誰かが悲鳴を上げるな否やその場は騒然となった。

逃げようとする住人、倒れた城主の元に駆け寄る兵、どうすればいいか分からず狼狽える者……。

三者三葉の行動に出る人々だったが、しかし、手を血で赤く染めたレオニール伯の一声によって再び辺りは静寂に包まれる。

「テメェ等聞けぇ!この町の統治者はたった今死んだ!これからは王命の通りこの俺、レオニール・ベルガモンテが治める!俺はテメェ達を甘やかしはしない!テメェ等は俺の奴隷だ!テメェ等の土地も財産も全て俺のモノだ!だが……もし気に入らねえって言うなら何時でも俺のところに来い……その時は俺が直々に分からせてやるよ!」

そうしてこの町はレオニールに支配される事になった。

元々城主としてこの町を治める様王命を拝していたのにも関わらず、あろう事か当時の城主を殺害、その地位を奪い取ると云う非道なやり方で君臨するレオニールの残虐さは更に何の罪のない旅人にも襲い掛かる事になる。

あれから町はレオニールの圧政によって住民は虐げられ不満は募る一方だった。

それに耐えかねたこの町出身の兵は除隊を試みるも、反逆とみなされ皆牢に放り込まれるといよいよ表立って不平を漏らす者はいなくなっていた。

そして、レオニールが治める様になって二月が経ったある日の事……。

この町、今更ながらオールドベルと言うらしいが……オールドベルの城主が代わった事は

周辺のいくつかある村にも当然伝わっていたが、それでもパルノキアに向かう為、またその逆、パルノキアから各村へ向かう為にこの町を訪れる行商人や旅人は未だ存在しており、この日も一組の男女が商業都市パルノキアへ向う為にこの町を訪れていた、二人は最近のこの町の噂は聞いていたが、ここからパルノキアまで休める宿もない為、サラ達の宿酒場で休憩を取っておりサラは持ち前の明るさで二人と打ち解け色々な話をしたらしい。

二人は新婚の夫婦らしく、この度知り合いの伝手でパルノキアに店を構える為、村から引っ越しをしている最中だと云う。

希望を一杯胸に抱きながら話す夫婦にポーラさんも悪い事は言わないから早めにこの町から離れた方がいいと二人の身を案じ忠告した。

彼等もそれは分かっていてしばし休憩したのち再び旅立つ為に北門へと向かって言った……。

ここからはサラは見ていない為、その日北門の門番をしていた人から聞いた話らしいが、その内容は何とも胸糞悪い話だった。

夫婦が北門に到着し通行証を兵士に見せていると運悪くレオニールが町の視察の為に北門を通りかかったらしく、レオニールは二人を見ると見ない顔だと言って二人に説明を命じ、話を聞くな否やレオニールは下卑た顔を浮かべるとありえない言葉を突き付けた。

「お前達商人か、ならこの町のルールには従って貰わないとな……商人はこの門を通る時には貢物(みつぎもの)を置いていかなければならぬ決まりだ」

勿論そんな決まりなど今まで一度もある筈はなく、たった今レオニールが思いついた事を口にしただけだった……。

しかし、この男が言った事は絶対と云う根本的なルールが出来上がったこの町に意を唱える者はいなかった。

いや、この夫婦を除いていなかった。

「待って下さい、そんな話聞いた事ありません!それに僕達は引っ越しをしている最中でこの馬車に積んでいる荷物だって生活品しかなく貢物なんて……。」

「なんだぁ?しけてんなぁ、だったらこの町を通るんじゃねぇ!俺に貢物なしでここを通れると思うなよ……今から取りに行ってこい!」

「そ、そんな……お願いします……向こうで人も待っているんです……店を始めるのに準備もしていかなければならないんです!どうかお願いします!見逃して頂けないでしょうか?」

「私からもお願いします……ようやく二人で始められるんです。約束の時間に遅れてしまったら後に響いてきてしまうのです。」

必死に懇願する若い夫婦にレオニールは待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべると。

「方法がないわけではない……。」

「え?」

「何も差し出すモノがないならコイツを俺に寄越せ!そうすれば通らせてやるよ。」

レオニールが指差す先には彼の妻が居た……。

そう……夫婦を見た最初の時からレオニールはこの若い女を狙っていたのだ……いきなり言わなかったのはレオニールの気まぐれもあるが切羽詰まった状況に追いやる為だった。

「な!何を仰るのです!そんな事出来る筈がありません!」

「あ?テメェに拒否権なんざある訳ねぇだろ!」

レオニールは立てつく男を殴り飛ばすと悲鳴を上げる妻を引きずり視察を放棄し、自身の城へと連れ帰った。

その後の話は至ってシンプルだ……その男は妻を取り返す為に城に強引に侵入しようとして捕縛、そのまま牢で餓死……。

女の方はレオニールの仕打ちに身心共に衰弱、そんな折に夫の話を城で聴かされた直後、発狂しその場に合った果物ナイフで自害した。

そしてその夫婦に起こった悲劇は瞬く間に広がった……。

パルノキアで夫婦を待っていた知人があまりにも遅いので迎えに行ったところ、オールドベルでその男の知人であった兵士からその末路を聞かされ、この先こんな事が起こらない為にと話を広めた為だ。

しかし、そんな非道な事を行ったレオニールは咎められもせず、風評なども気にも留める事もなく今だ圧政は続いている……。

これがサラから聞かされた話だった。

「……。」

「……。」

サラの話を聞き終えた俺はその胸糞悪い話にただただ沈黙をするしか出来なかった……。

サラもまた、話をしているうちに俺と同じ気持ちになったのか、沈黙をしたままだった。

「何様だよ……ソイツ……。」

沈黙を最初に破ったのは俺だった、胸糞悪すぎて次第に怒りを覚えてきた。

「やっぱおかしいだろ!そんな奴が上にいるなんて、それでいいのか!」

「ちょっ……カイル静かに……ねっ。酒場とは違って殺声石(サイレントストーン)を置いてないんだから……。」

怒れる俺は大声をあげ、それにびっくりしたサラは急いでなだめ注意を促す。

「悪い……でもこんなの……。」

「うん……私だって許せない……でも何もできない。私には何かを変える力何てないから……。」

寂しそうに笑うサラ……。

だが、それは俺も同じだった、こんな酷い話を聞いて俺も憤りを覚えるが、それだけだ。

助けてあげられる訳じゃない……。

俺はサラに掛ける言葉が見つからず黙って見ている事しかできなかった……。

「ごめん……すっかり話が重くなっちゃったね……。」

「いや、元はと言えば話振ったの俺だし……俺の方こそごめん。」

「いやいやって何かこれだと何時までも続いちゃいそうだからカイルのせいにしとくね!」

「おい!まあいいけど、謝らなきゃ良かったよ!」

サラが気を利かせてくれた事に感謝しつつ二人で笑い合っていると、ふとある重大な事に気付く。レオニールがそんな奴なら俺を助けたオルガンのおっさんやサラ、ポーラさんは大丈夫なのかという事だ。

「なあ、話蒸し返して悪いんだけど、気になった事があって、最後にいいか?」

「え?何?」

先程みたいに重たくならないよう平然を装って聞く。

「レオニールが人間のクズってのは分かったんだけど、だったら尚更俺がここにお世話になって大丈夫なのか?」

「どういう意味?」

「俺を匿ったら危なくないのか?助けてくれるのはありがたいんだけど、皆を危険にしたくは……。」

「あ、その事ね……そういえば話してなかったから知らないのも無理はないよね。」

「……?」

「今レオニールはこの町にいないの。じゃなかったらオルガンさんが付いていたとしても危険で今日みたいに酒場なんて開けないでしょ?それに、ここ一週間以上は帰って来ないから安心して。」

「レオニールがいない?一週間も?なら確かに……いやでもこの酒場って定期的にやってるんだよな?」

「うん、実はねレオニールは王国軍パルノキア本部で大体一月に一回会議があって、大体二日は帰らないんだよ。だからその間にね……で、今回は年に二回ある王国での会議で本国に戻ってて、しかも王国までは馬でも六日はかかるし、レオニールがここを出て丁度六日目だから今頃着いた頃だね……。」

「そう、なのか……なら」

「うん、大丈夫だから心配しないでカイルは自分の事を考えて。」

「そっかぁ……ならよかった。俺のせいで誰かが傷付くなんて嫌だし、償っても償いきれないしな……。」

「一週間あれば色々考えれるだろうし、それまでは私が面倒見てあげるから大船に乗ったつもりでいなよね!」

「おお!んじゃあ任せた!」

「おっけ!」

考える事は山積みだが、サラの言うように一週間しっかり考えれば何とかなるだろうとこの時は考え、この先に何が待ち受けているかも知らない俺はサラと笑い合った……。

それから少しまた他愛ない話をしているとコンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「ん?誰だ?」

「あ!やばい!お母さんかも……こんな時間まで話し込み過ぎちゃったから怒られる……カイルどうしよ!」

「いや、どうしようって……。」

すると再び扉が叩かれ、流石に出ないと不味いので扉に手を掛け開けると……。

サラの不安は的中……開けたドアの先に立っていたのはここの女将でもありサラの母親でもあるポーラさんだった。

ポーラさんは済まないねと言ってうちのバカ娘いるかい?と次いで聞いてきた。

「えっと……。」

俺が後ろを振り返るとバツの悪そうな顔で俺を見るサラ……。

悪いなサラ……流石にこの状況は庇えない。

ポーラは俺の視線の先にサラの姿を確認すると部屋にずかずかと入ってきてサラの前に立つと腰に手を当て全くアンタはとサラを叱る。

「ごめんなさい!カイルと話が盛り上がっちゃてつい……。」

「気持ちは分かるけどねぇ……もう十時になるんだよ!カイルだって疲れてるんだから程々にしないと、それにアンタは年頃の娘なんだからね!」

「はい……気を付けます。ごめんねカイル……。」

反省の色を見せ謝るサラに俺は大丈夫、色々教えてくれてありがとうとお礼を言う。

サラはまた何でも聞いて教えるから!それに明日からは色々と手伝って貰うしね!

と笑顔で言うとポーラ夫人も俺に期待してるよと言ってまた明日……と二人揃って帰って行った。

サラ達がいなくなった後、俺は一人一階奥にある湯浴み場に居た。

湯浴み場は見た目こそ西洋風な佇まいをしていたが日本の温泉そのもので湯につかっていると今日一日の溜まった疲れが癒されるのを感じた。

そうして疲れを癒しながら先程のサラとの話を思い出した。

(それにしても会ったばっかなのに話しやすい子だったな……よく考えてみればこんな長く女子と話したの初めてじゃね?俺のレベルも異世界に来て上がったって事かな……。

でもまさか辿り着いた町のボスがそんなヤバい奴だったなんて……運よく居なかったから俺は助かったけど運が悪ければ他の人みたいにひどい目にあってたかもしれないんだよな……。俺に力があれば何とかしてあげたいけど無理だしなぁ。)

ふと自分の左の人差し指に付けている指輪が目に止まる。

結局この指輪に何の効果もないし……。俺に出来る事はみんなに迷惑掛けないために明日から手伝いつつ身の振り方を考えなくちゃな……。パルノキアって都市も気になるし、そこに行くのもいいよな……いや、てかそもそもそ辿り着けるのか?ここファンタジー世界だろ?魔物とかいないのか?)

問題は山積みで頭が痛くなりそうだった……。

ここはサラから色々と情報を教えて貰ってから考えようと、今は先の事を考えない事にした。

その後……湯浴みを終えた俺は自室に戻りベッドに寝転がると先程少しうたた寝したとはいえやはりそれだけでは疲労が回復するはずもなく、すぐさま眠りへと落ちていった。

カイルが寝静まった頃……。

オールドベルのとある場所……。

暗闇の広がる一室に球体の形をした蒼い燐光の輝きが浮かんでおり、その光に向け一人の男が話し掛けていた。

「かれこれ二週間が経ちますが今回の娘達も特に変化はないようです……。それと住人達ですが相変わらず兵士長の暗躍の下、貴方の不在をいい事に夜に酒場などに出歩いているみたいなのですが……。」

「そうか……明日は満月だ、マナの含有率、忘れるなよ……。」

「はい、了解しました。」

そう話す男にその球体が光を増しながら返事を返す。

「あの、少しお聞きしてもいいでしょうか?」

「何だ?言ってみろ……。」

「はい、貴方がこの地に来られた時からこの任を任され、一年が過ぎますが、この城に連れ帰った女の体調の報告と満月の夜に行うマナの含有率の調査……これに一体何の意味があるのでしょうか?それよりも禁則を破る様に扇動するかの者やその住人を捕まえるのが先決ではありませんか?」

「ほう……テメェ、いつの間に俺に指図出来るようになった?」

「い、いえ……決してそのような事は……。」

球体越しとはいえその声に殺気を感じた男は額に嫌な汗を浮かべる。

「まあいいだろう、結果は未だ出せてはいないが、テメェは一年よく忘れずに報告をした。褒美に教えてやるよ……その意味を……。」

自身の主から聞かされた内容に驚きの表情を浮かべる男……。

「そんな事が……ならその者がいれば我が国は……。」

「どうだかな……だが魔学研のアノキチガイはそう思ってるらしいけどな……俺はこの戦争なんざ興味はねぇがただソイツを見つければ金が入るからな……テメェにとっても出世のチャンスなんだぜ?この任務を任しているのはテメェだけなんだからよ……。」

「出世……。」

男のその呟きにその球体は笑みを浮かべるかのように光るのだった。

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