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八十六話

 初詣に行こうと約束し、翌日アパートに帰った。狭い居間にうんざりしたが、年賀状が届いていて嬉しくなった。京花の懐かしい文字で「明けましておめでとう。受験、頑張りなさいね。応援してるからね」とメッセージが書かれていた。カンナから「あけおめ」メールも送られて、すぐに返信した。

「やっぱり今年はいい年になるな」

 そっと呟き胸が暖かくなった。しかし事件はさっそく起きてしまった。初詣の日に神社で待っていると、慧が歩いてきた。

「遅くなっちゃった。ごめんね」

「いいよ。あたしもついさっき来たばっかり……」

 突然口が閉じた。次の言葉を飲み込んだ。慧が、瑠にプレゼントした手袋をはめていた。

「その手袋……」

「ああ、これ? あいつの部屋で見つけたんだ。新品だし、いつ買ったのか知らないけどデザインもおしゃれだし、かっこいいから俺のものにしちゃった。あいつが手袋買うとかびっくりだよ」

 自慢する口調で爽花に堂々と見せつけてきた。間違いなく爽花が小遣いをはたいて購入し、瑠の誕生日を祝って渡した手袋だ。

「……瑠のものを、勝手に使うのはよくないよ……」

 掠れた声で言うと、慧は拗ねた表情になった。

「いいんだよ。あいつは古いものでちょうどいいんだ。こんなに出来のいいものは、あいつじゃなくて俺が使うべきじゃないか」

「だ、だけど、瑠のお気に入りかもしれないよ? いくら弟だからって勝手に使うのは……」

 じろりと慧は爽花を睨んだ。「似合ってる。かっこいいね」と褒めると予想していたのにという目つきだ。

「やけに気を遣ってるな。爽花、この手袋知ってるのか?」

 ぎくりと冷や汗が流れたが、首を横に振った。

「知らないけど、一応瑠に聞いてからにした方がいいんじゃないかって……」

 歯切れの悪い答えはただの言い訳となり、疑いを沸かせるだけだ。慧の睨みが強くなった。

「もしかして爽花がプレゼントしたとか?」

「そんなわけないでしょ。どうしてあたしがプレゼントなんかするのよ」

「誕生日とかクリスマスとか、いろいろイベントがあっただろ。俺がいない場所でこっそりプレゼントしたんだ」

 妄想はむくむくと膨れ上がり、恐ろしい詮索魔と豹変した。

「嘘をつかないで教えてくれ。誕生日にあいつにプレゼントしたのか、違うのか。もし贈ったなら、どういう気持ちで贈ったんだ?」

「贈ってないってば。慧こそ、どうしてあたしの言うこと信じてくれないの?」

 必死に言い返すと、慧は手袋を外し地面に落とした。そして靴でぐりぐりと踏みつける。

「や……やめてよ……。せっかく綺麗だったのに……」

「こんなものゴミと一緒だ。あいつが爽花にプレゼントもらうとか許せない」

 唸る慧を、周りにいる人たちはじろじろと眺めた。止めるにはこれしかないと、どんっと胸をどついた。

「いい加減にして! もう慧に付き合ってられないよ! 帰る!」

 大声で怒鳴り、後ろを向いて走った。追いかけてくると不安だったが、姿はなかった。ショックであの場所に座り込んでいるかもしれない。

「また邪魔された……」

 がっくりと項垂れ、涙が瞼に溢れて手の甲で拭った。慧の妬みの深さについて行けない。カッとして、爽花にとってかけがえのないものを平気で壊す。キャンバスはへこみ、手袋はぼろぼろだ。もし素直にプレゼントしたと答えても結果は同じだ。

「慧の馬鹿……。だから瑠に負けるんだよ……」

 瑠は絶対にこんなことをしない。というか、他人の物を使ったりしない。こっそりとプレゼントした爽花が悪いのか、きちんと隠しておかなかった瑠が悪いのか、妄想し逆上した慧が悪いのか。新年早々泣く羽目になるとは夢にも思わなかった。かなり傷ついているのか、夜になっても慧からの謝罪の電話はかかってこなかった。爽花もかける気はなく、ただぼんやりするだけだ。そしてその日から全く携帯は鳴らなくなった。



 冬休みもあとわずかという頃に街を歩いていると、背中から肩を叩かれた。はっと振り返るとアリアが笑っていた。

「元気? 風邪ひいてない?」

「大丈夫です。あの、慧は今何をしてるんですか?」

「それがねえ、熱はないのに頭が割れそうに痛くて寝たきりなのよ。一体どうしたのかしらね?」

 初詣の事件をアリアは知らないので不思議なのも無理はない。

「おじいちゃんが少し体が弱かったから、もしかしたら似ちゃったのかもしれないわね。瑠は割と強いんだけど」

 おじいちゃんという言葉である疑問が生まれた。真っ直ぐアリアを見つめて緊張しながら言った。

「前に、瑠と慧はおじいさんとおばあさんに育てられたって話しましたよね。あの続き、教えてくれませんか?」

 拳を握り、睨みつけるような目でアリアを見る。爽花の想いが届いたのか、アリアは小さく頷いた。

「そうね。私も爽花ちゃんには知っておいてほしいわ。爽花ちゃんは瑠にとって大事な女の子だもの」

 呟いて、二人は並んで静かな喫茶店に向かった。

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