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八十四話

 光陰矢のごとしとはよくいったもので、あっという間に十二月が到来した。クリスマスパーティーは二十二日と慧から告げられた。瑠は誕生日プレゼントの手袋ではなく、すでに持っている手袋で寒さを凌いでいた。残念でならないが慧がいるから無理なのだと諦めた。描いている絵は鮮やかに色が塗られ、画力に憧れるばかりだ。ここまで上達するには相当努力したはずだ。才能はあてにならないらしいが、爽花はそう感じなかった。もともと瑠も慧も手先が器用で、一度覚えれば完璧にこなす技が備わっている。だから魅力があって周りから尊敬される。輝かしい世界の住人になれるのだ。爽花も健気に鉛筆画を続けているが、ほとんど小学生の落書き程度でだんだん面倒になってきている。ただ瑠のとなりに座っているだけで練習しようという気力がゼロになっている。

「おい、手が止まってるぞ」

「別にいいじゃん。休憩だよ」

「休憩だらけだろ。サボってたら薔薇なんて夢のまた夢だぞ」

「もう……厳しいなあ……」

 はあ、とため息を吐くと、瑠は呆れた表情で見つめてきた。

 アトリエから出ると外の寒さは半端なく、冷たい風がもろに足に吹き付ける。空も夜になっていて真っ暗だ。

「ちゃんと厚いコート着ろよ。風邪ひくぞ」

「貧乏だから厚いコートなんか買えないよ」

 ぶるぶる震えると、瑠は自分のコートを爽花の頭に乗せた。

「うわっ。なに?」

「貸してやる。汚したら金取るぞ」

「酷いなあ。でもありがとう。瑠は寒くないの?」

「走って帰るから平気だ。洗って返せよ」

「言われなくてもわかってるよ」

 ぶっきらぼうだが以前よりだいぶ優しい態度だ。ドジなので汚さないよう気を付けて翌日返した。そんな日々を送り、約束のパーティーもあとわずかになって胸が弾んでいた。クラスメイトたちもクリスマスをどう過ごすかで盛り上がっていて賑やかだ。パーティー当日に水無瀬家へ向かうと駅前で慧が待っていた。

「ケーキできあがってるよ」

「うわあ……。早く食べたいよ」

 にっこりと微笑むと、慧は手を握り締めてきた。ゆっくりと並んで歩き、わくわく感でいっぱいになった。水無瀬家のクリスマスツリーは天井まで高く飾りも多くて驚いた。

「こんなに大きなツリー見たことないよ。びっくり」

「父さんが昔買ってくれたんだ。出したり片したりは大変だけどね」

「羨ましいなあ。この家には何でもあるんだね」

「爽花ちゃんと慧、もう用意ができたわよ。こっちに来なさい」

 キッチンからアリアの声が飛んできて心が明るくなった。ダイニングテーブルには数え切れないほどの料理が置かれていて、チョコレートケーキもおいしそうだ。「いただきます」と手を合わせてから、遠慮なく全て取り皿に盛った。

「ああ……。アリアさん、天国です……」

「たくさん食べてね。おかわりもあるから」

「爽花が喜んでくれると俺も嬉しいよ」

 慧も柔らかく心地よい口調で言い最高のひとときだ。しかし頭の隅で、今瑠はどこで何を食べているのかと考えていた。主人公は慧だけじゃない。手袋は渡したけれど、瑠にも素晴らしい料理を味わってほしい。

 しばらくしてアリアは奥からあるものを持ってきた。二冊の大きなアルバムだ。

「慧が小さかった頃に撮ったアルバムなの。ぜひ見てあげて」

「ありがとうございます」

 受け取ってさっそくページをめくると、小学生くらいの慧の写真がたくさん貼られていた。入学式や運動会、正月やクリスマスや夏休みの旅行など様々だ。そして慧の近くには必ずおじいさんとおばあさんがいる。

「これって、慧のおじいさんとおばあさん?」

「うん。二人とも優しくってさ。ほしいって言えば何でも買ってくれるし、行きたいって言ったらどこにでも連れて行ってくれたよ。全然怒らないし大好きなんだ」

「そっか……。おじいさんは絵を描くの得意?」

 ふと疑問が沸いて質問すると、慧は驚いて目を丸くした。

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

「いや、だって」

 瑠の画力がすごいから、とは続けられず黙ると、慧はぽつりと呟いた。

「おじいちゃんもおばあちゃんも絵なんか描かないし興味もないよ。そもそも絵を描く道具なんて家の中に置いてなかったよ」

「えっ? そ、そうなの?」

「おじいちゃんは友人と遊びに行ったり、おばあちゃんは家でお茶会開いたり、みんな仲良しだったよ」

 あいつを除いて、という言葉ははっきりと伝わった。てっきり瑠は祖父似なのかと予想していたが違うのか。しかし瑠を育てたのは祖父母のはずだし明らかにおかしい。

「爽花ちゃん? いきなり暗くなっちゃって……。大丈夫?」

 アリアが心配そうに覗き込み、慌てて笑顔を作った。せっかくの楽しいパーティーを台無しにしたくないため、決して瑠の名前は言わなかった。

 あっという間に外は夜に変わって、アパートに帰る時間がやって来た。

「ごちそうさまでした。本当にいつもありがとうございます」

「気を遣わなくていいのよ。またいらっしゃいね」

「はい。ありがとうございます……」

 感動で涙が零れそうになった。アリアはきっと女神なのだろう。街灯はあるが女の子が一人なのは危険なので慧が駅までついてきてくれた。

「クリスマスが終わったら、すぐ大晦日だね。カウントダウンパーティーもやろうか」

「いいね。みんなで新年迎えたいもんね。独りぼっちは寂しい」

「母さんに相談してみるよ。クリスマスの次はカウントダウンパーティーだ」

 爽花たちがこうして楽しく過ごしているのに瑠は孤独なのだと空しくなった。爽花たちだけでなく街中の人間がいそいそとしているのに瑠は無関係で部屋に引きこもり。惨めで侘しい人生だ。

「来年は受験勉強で忙しくなるね」

 慧の言葉に、はあ……とため息を吐いた。

「受験なんてどうしてあるんだろ……。あたし馬鹿だから、合格する可能性が低いんだよね」

「しょうがないよ。そういう決まりなんだから」

 そこまで言って、慧は足を止めた。笑顔が真顔になっている。

「そろそろ誕生日プレゼントくれるかな?」

 お願いされたのは熱いキスだ。爽花からはのキスは一度もない。

「わ……わかった。目、閉じて。恥ずかしい」

 囁いて慧の顔にゆっくりと距離を近づけていく。そっと唇が触れ合い、興奮して全身が震えそうになった。しばらくその状態で立ち尽くし同じようにゆっくりと離れると、慧が力強く抱き締めてきた。暖かな体温にじわじわと胸が熱く、冬なのに汗が額に滲んだ。

「ありがとう。最高の誕生日プレゼントだよ」

「よ、よかった。こちらこそ素敵なパーティーに誘ってくれてありがとう」

 耳元で囁いて、ようやく慧は解放してくれた。



 駅前で別れて、そっと空を見上げた。丸い満月が光っていて、まるで爽花と慧のキスを祝福しているようだ。いつも花ばかりだから瑠に月を描いてくれと頼んでみようかと感じた。ふと瑠とキスをしたあの日が蘇った。強制だが確かに唇を重ねたし、爽花を護ろうとした。暴力を振るったストーカー集団に怒鳴ったのだ。普段他人と付き合わない瑠にとってはかなり勇気がいることなのに庇ってくれた。瑠のおかげで狙われる毎日はなくなって救われた。あの出来事は瑠の頭の中に残っているか。さっさと記憶を消したいと言っていたので、もしかしたら残っていないかもしれない。たとえ瑠が忘れてしまっても爽花は決して忘れない。男らしくて勇敢な瑠の姿も最初で最後のキスも全て忘れない。

「瑠……。会いたい……」

 つい先ほどまでそばにいたのは慧なのに頭に浮かんでいるのは瑠の方と罪悪感が芽生えた。浮気をしているようで自己嫌悪に陥りそうだ。慧がとなりで笑っていても、必ず瑠は頭の隅にある。けれど瑠がとなりにいる時は慧の姿は完全に忘れている。これではいけないと自分を責めれば責めるほど、黒い鉛が膨らんでいく。

「もうやめよう。ずっとここにいたら風邪ひいちゃう」

 首を振って悪い気持ちを追いやった。アリアの料理と慧のキスを思い出し、走ってアパートに向かった。


 

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