七話
こちらが行動を起こさなければ平和な日々になると思ったら大間違いだ。学校生活が終わり教室から出ると、しなやかな腕が伸びてきた。
「み……水無瀬くん……」
「一緒に帰らない?」
軽い笑みをじろりと睨み、はっきりと即答した。
「あたし、水無瀬くんがいなくても帰れるよ」
「でも二人で歩いたら楽しいよ?」
そっちが楽しくてもこっちは苦しいんだ、と視線で伝えた。もちろん水無瀬に届くわけはない。
「一人で帰りたいの」
手を振りほどいて昇降口に向かったが、水無瀬も後からついてきた。
「嫌なことでもあったの? 気分悪そうだけど」
横に並んで質問攻めされても、いちいち答えるのが面倒なので黙りこくっていた。イヤホンでも持っていれば水無瀬も話しかけてきたりしないだろうが、爽花は音楽に興味がなかった。
「……そんなに俺、新井さんに嫌われてるのか……」
はっと驚いて足が止まった。水無瀬は残念そうに俯き、もう一度呟いた。
「新井さん、俺のこと嫌いなんだよね? 俺から避けようとしてるよね。しゃべる時も笑ってくれないし。はっきり教えてほしい。新井さん、俺のことが嫌なの?」
弱弱しい態度に戸惑った。爽花の気持ちを水無瀬は理解していたのだ。
「み……水無瀬くんは明るいのがいいところなんだから、暗くなっちゃだめだよ」
傷つけない言葉を必死に探して、何とか答えられた。予想外の姿にぎくりと冷や汗が溢れた。いきなり違う顔をされると困ってしまう。
「それに水無瀬くんだけが嫌いってわけじゃなくて」
「あれ? 水無瀬くん? ……と、新井さん……?」
遠くから他の声が飛んできて心臓が跳ねた。二人で会話などしたら命を狙われる。どうしようと凍り付いている爽花の手を握り締めて、水無瀬は全力疾走で逃げた。あわわわわと叫びながら、爽花も引きずられるように走った。
しばらくして水無瀬はようやく立ち止まった。爽花は肩で息をし地面に座った。
「水無瀬くん……。速い……」
げほげほと咳と共に言い、水無瀬もとなりにしゃがみ込んだ。
「ごめん。だけど誰かにばれたら大変だからさ。なぜかわからないんだけど、俺とちょっとでも仲良くなった女の子はクラスメイト全員にいじめられるっていうジンクスみたいなものがあるんだ。しかも、かなり酷いらしいんだよ」
「クラスメイト全員から……」
邪魔するライバルは殺すというのは事実だと血の気が引いた。どれほど酷いのかは想像できないが、泣き寝入りは確実だ。やはり嫉妬は恐ろしい。特に女の妬み恨みは凄まじい。
「新井さんがクラスメイト全員にいじめられるなんて、絶対見たくないからさ。新井さんを護るのが、俺の役目だ」
そっと囁いて水無瀬は真剣な眼差しを向けてきた。その眼力の強さに動揺し、完全に蛇に睨まれた蛙状態に陥った。
「……戻ろうか。早く帰らないと夜になっちゃうもんね」
水無瀬はゆっくりと立ち上がり、爽花の方に手を差し出した。爽花も手を握り、水無瀬に支えてもらいながらよろよろと起き上がった。
「何なのよ、あいつは」
アパートに帰り制服のままベッドに寝っ転がった。冷や汗を拭い緊張の糸も緩めた。どうして爽花にばかりつきまとってくるのだろう。爽花は恋愛などしたくないし、彼氏だって作りたくないのだ。ずっと独身で生きていきたい。爽花が魅力的だと考えているとは思えない。ごくごく普通の平凡な爽花が、王子様に特別扱いされるなどありえない話だ。可愛い女の子や綺麗な女の子は数えきれないほど揃っているのに、なぜ爽花を選ぶのか。さらに新井さんを護るのが俺の役目だという言葉を信じてもいいのかわからない。男は大抵嘘つきと爽花は決めつけている。とにかく水無瀬が謎すぎて、戸惑うしか今の爽花にはできない。
「あたしは放っておいて、カンナのラブレターの返事してよ。ずっと待ってるんだから……」
独り言を漏らし、はあ……とため息をついた。