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六十八話

 朝食時も瑠は姿を現さなかった。きっと部屋で食べているのだろう。いちいち名前を出すと慧とアリアが悲しむと、余計な話はやめた。今日は何をするか、どこへ行くかなどの会話がしばらく続き、夕方から夏祭りがあるとアリアが教えてくれた。もしかしたらと爽花も予想して浴衣を持ってきていた。去年の夏祭りに慧と遊ぶために選んだ浴衣だ。そして慧の正体を知り、泣きながらアパートへ帰ったのも覚えている。あれからもう一年が経つのか。つい最近のような気もするし、一〇年以上昔のような気もする。まさか恋人は必要ないという爽花の元に美しい王子様が訪れたなんて奇跡みたいだ。

「爽花ちゃん、一緒に浴衣を買いに行きましょうね」

「大丈夫です。持ってきたので」

「そうなの?」

「友だちと遊びに行く時に買ったんです」

 慧に誘われたデートとは言わなかった。デートは恋人同士が行うイベントであって、爽花と慧はまだ恋人同士ではない。慧は彼女だと思っているかもしれないが、爽花は友だち以上恋人未満という関係としている。

 近くの夏祭りでは物足りないので、少し遠出をすることにした。アリアが車で送ると言ってくれたが断った。できれば二人きりでいる時間を多くしたい。電車を使えば数分で辿り着く。本当は瑠も一緒だったらと願ったが、海のパーティーと同じく失敗すると黙っていた。四時に浴衣に着替えて、しっかりと準備をした。迷子にならないよう場所も確認し、早めに家を出た。慧は去年と同じく夏祭りとは関係のない普通の服だが魅力的だった。おしゃべりをしながらちらちらと全身を盗み見ると、途中で照れた口調で慧は笑った。

「あんまり見られると緊張しちゃうよ」

「あっ……。ご、ごめん……」

「嬉しいんだけどさ。俺の方こそごめんね」

 そっと手を握り締められ、どきどきと胸が熱くなった。周りの人々は二人をどう感じるだろう。

 電車を降りると、すでに大勢の人間が盛り上がっていて、屋台の多さにも驚いた。友人と来ている子もいるし恋人と来ている子もいる。慧が通ると女の子全員が注目していた。そして手を繋いでいる爽花を「彼女なのかな」とひそひそ話している。恥ずかしくて必死に下を向いて顔を隠した。羨ましがられるのはいいが妬まれるのは嫌だ。

「ここは花火が有名なんだって。お祭りじゃなくて花火のために遊びに来る人もいるって母さんが言ってたよ」

「へえ……。花火かあ……。あたしも花火大好きだよ。感動して泣いちゃうの。みんなから笑われるけど」

 ははは、と苦笑すると抱き締められた。きゃあきゃあと女の子たちが騒いで慌てて離れた。

「ひ……人がいるところはだめだよ。誰もいないところでしてよ」

「あまりにも可愛かったからさ。夏祭りって楽しいね」

 楽しいけれど不安もある。相手が美しすぎるから余計気を遣う。ドジはもちろん許されないし、慧に見合う女の子でいなければいけないから浮足立つ。屋台を抜けて静かな神社の裏に移動した。ここならいくらでも触れ合っていいと考えた。

「爽花より可愛い子はどこにもいないね。浴衣も似合ってるし、俺はもう爽花しかいらないよ」

 甘い言葉にうっとりとした。爽花も素直な気持ちを告げた。

「ありがとう。慧もすっごくかっこいいよ。慧に勝てる男の子もどこにもいないよ」

 慧は爽花の髪を撫で額にキスをした。くらくらとめまいが起きそうで、足から力が抜けてその場に座り込んだ。慧もとなりにしゃがみ、じっと見つめてきた。遠くから「始まるぞ」という大きな声が聞こえた。

「ねえ、爽花」

 慧が囁き、何? と言うように横を向くと勢いよくキスをされた。そのまま地面に押し倒される。

「愛してるよ。爽花の全部が欲しいよ。爽花が誰かに奪われるなんて絶対に嫌だ」

 誰かはわかっている。双子の兄の瑠だ。爽花が瑠に近付こうとするたび疑って詮索する。お互いに傷ついて悪循環なのだから爽花も瑠を放って慧とだけ仲良くすれば問題ないのに、どうしてもそれができない。瑠を独りぼっちにさせたくないという感情が動き、大事な慧に嘘をついたり誤魔化したり汚ない人間になっていく。慧からの愛を嫌がっているわけではない。もし瑠がいなかったら、素直に告白を受け入れていた。もし瑠に会っていなかったら、恋人同士になって幸せな日々を送っていた。もし瑠が慧の言う通り悪者で、綺麗な絵など描けない人だったら……。

「愛してるよ……。爽花……」

 もう一度囁きが聞こえ、微かに頷いた。

 打ち上げ花火の光と音で、静かだった神社の裏も明るくにぎやかな場所になった。花火を見ると必ず爽花は泣いてしまう。慧にキスされたまま、ぽろぽろと涙の雫が零れた。

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