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六十五話

 海パーティーの当日、必要な荷物を持って四人で車に乗った。瑠と慧がとなりに座ると大変なので、助手席に慧、後部座席に爽花と瑠が並んだ。車内は特におしゃべりもなく、三十分ほどで海が見えてきた。すでに人がたくさんいる。パラソルや海の家もあり賑やかな海岸だ。駐車場に車を止めると、レジャーシートやバッグを降ろし、熱い砂浜に移動した。空いている場所を探し、大きなレジャーシートを敷いて足を伸ばしてくつろいだ。

「俺、飲み物買ってくるよ。何がいい?」

 慧が言い、アリアはすぐに「私はオレンジジュース」と即答した。爽花も「麦茶がいいな」と答え、となりにいた瑠にも「お茶でいいよね」と確認した。小さく頷いたので慧の方に顔を向けると、姿がなかった。同時にアリアも消えていた。

「あれ? アリアさんまで、どこに行ったんだろう」

 瑠に質問してもダンマリだ。むっとして口を尖らせた。

「黙ってないで何かしゃべってよ」

「暑くてしゃべる気になれねえんだよ」

「高校生なのに、そんな体弱かったらだめでしょ。それにほら、セルリアンブルーだよ」

 雲一つない空。どこまでも広がる海。爽花と瑠が大好きな、特別な青が溢れている。

「やっぱりセルリアンブルーって癒されるよね。自然って綺麗だよね。瑠の絵みたい」

 ふと荒い息遣いが耳に入った。瑠がおかしくなったのかと驚いたが、そうではなく近くにいたカップルがキスをし合っていた。とても熱っぽく完全に二人きりの世界で、周りにどう思われても構わないようだ。

「うわ……。す……すごい」

 声が漏れてしまい、素早く瑠に口を覆われた。

「じろじろ見るな。余計なことをして喧嘩にでもなったらどうするんだよ」

 そっと囁かれてその通りだと反省した。うんうんと繰り返し頷くと手を放してくれた。

 キスといえば、爽花は瑠とも慧ともキスをした。瑠の場合は強制だったけれど、唇が触れ合ったのは事実だ。瑠はあの出来事を覚えているだろうか。

「……ねえ、あたしたちも、キスを」

「おまたせ! かき氷買ってきたわよ! 爽花ちゃんはイチゴ味でいいかしら?」

 かき氷を両手に持ったアリアが走って戻ってきた。無理矢理爽花と瑠の間に割り込み、距離が離れていく。今回はアリアが邪魔をするのかと感じたが、「ありがとうございます」と素直に受け取った。脇によけられた瑠は俯いている。二人だけの世界で抱き合っているカップルが目の前にいるからだ。

「瑠、どいてよ。くっ付いてると暑いでしょ。向こうに行ってよ。私は爽花ちゃんとガールズトークがしたいの」

 しっしっとアリアは手を振り睨みつけた。反抗せず瑠は立ち上がり、すたすたと歩いて行く。

「あっ……。ちょ、ちょっと」

「ただいま! 飲み物買ってきたよ。母さんはオレンジジュースで、爽花は麦茶だよね」

 慧も走って戻ってきた。それぞれ渡し、なぜか一本足りないのが不思議だった。

「お茶、一本しかないよ?」

「えっ?」

「瑠もお茶って頼んだじゃない。忘れちゃったの?」

 すると慧は首を横に振った。

「あんな奴のために金払いたくない。あいつは飲まなくても平気だろ」

 驚いて立ち上がった。あまりにも酷い態度で信じられなかった。

「お金って二〇〇円くらいでしょ? 水分とらなかったら熱中症になっちゃうよ」

「大丈夫よ。爽花ちゃんが心配することないの。放っておけばいいのよ」

 さらに慧と「瑠を追い出し作戦成功!」とハイタッチしている。

「……瑠を追い出し作戦……?」

「だって、あいつがいると楽しくないだろ」

「せっかくのパーティーが台無しになったら悲しいでしょう。もともと三人でって決めたし」

 双子の弟だけでなく、母親までこんな考えなのかとイライラで溢れた。愛に満ちている素晴らしい人たちのはずなのに……。

「あたし、連れ戻してくる」

「連れ戻してくる?」

「うん。パーティーは四人でって、あたしは決めてたんだもん。三人じゃ嫌だ。瑠がいなきゃ」

「ちょっと待って」

 慧が手を掴んだ。力が強くて痛い。

「あいつに関わるとロクな目に遭わないって知ってるだろ。わざわざ連れてこなくてもいいんだよ」

「うるさい。放してよ」

 大きく振り払い、慧の胸をどついてから後ろを向いて全力疾走した。人が多くて瑠を見つけられるかわからない。焦って転んだりしたが、諦めず探し続けた。しばらくして、海の家の陰に隠れるように座っている瑠の元に辿り着いた。

「る……瑠……」

 はあはあと肩で息をしながら近寄ると、代わりに瑠は歩いて行ってしまう。

「ど……どこに行くの……?」

「帰るんだよ。当たり前だろ」

「帰る? 車で来たでしょ?」

「電車があるだろ。いつまでも暑いところにいてもしょうがないし、さっさと涼しい部屋でのんびりしたいんでね。それについて行くだけって話しただろ。最初から海に行く気なんか更々なかったんだよ。あとはあの二人と子供みたいに遊んでろ」

 こっちも相当ひねくれている。怒りで全身がわなわなと震えた。

「酷いよ。みんなで楽しもうって思ってたのに」

「だから大人しく三人で行けばよかったんだ。俺には構わないで」

 ふとペットボトルを持っているのに気が付いた。後ろを振り返って歩き出す瑠の背中にペットボトルを投げつけた。

「痛えな。何するんだよ」

 ぎらりと睨まれたが、負けじと爽花も怒鳴った。

「それはこっちのセリフ! 何よ、その横柄な態度。あたしの想いとかわからないの?」

 ふん、と瑠は腕を組み、睨みを鋭くした。

「俺は普通の人間で超能力者じゃないんだからわかるわけないだろ。マンガの読み過ぎだな」

 地面に落ちたペットボトルを拾い、爽花に差し出した。

「ほら、これ持って、とっとと戻れ」

「瑠が持って行って。水分不足で病気になっちゃうから」

「はっ? いらねえよ、こんなもの」

「いらないなら、捨てちゃえばいいじゃない!」

 拳を握り締め、大声で叫んだ。ぼろっと大粒の涙の雫もこぼれた。瑠は衝撃を受けた表情だったが無視をして、手の甲で涙を拭いながら慧たちの元へ移動した。

 レジャーシートにはアリアだけが座っていた。不安そうに俯いていたが、爽花の姿を見ると安心した笑顔になった。

「よかった……。帰ってこなかったらどうしようって怖かった……」

「慧は?」

「爽花ちゃんを探しに行ったの。……瑠は?」

「家に帰っちゃいました。あの頑固男……」

 愚痴を吐きたかったが我慢した。ぎゅっとアリアが抱き締めてくれたが、嬉しいとは感じなかった。




「どうして爽花ちゃんは、瑠を大事に想うの?」

 アリアの質問に、逆にこっちが聞きたいと言いたくなった。固く抑揚のない口調で呟く。

「だって……。独りぼっちだから……」

 母親にも双子の弟にもどうでもいい存在と決めつけられ、放っておかれる瑠が哀れで泣けてくる。少しでも瑠のそばにいてあげたい。空しい。悔しい。寂しい。けれど必ず邪魔は入るし、瑠本人からも冷たく突き放されてしまう。パーティーが再開しても爽花が笑顔になることは一度もなかった。

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