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六十四話

 待ちに待った夏休みが到来し、自由な時間が始まった。約束通り爽花は水無瀬家へ、必要最低限の荷物を持って出かけた。本当は実家に戻りたいという気持ちがバレないように緊張した。アリアも慧も笑顔で迎え入れてくれたが、瑠は部屋にこもったままだった。二人のぎこちない態度が嫌なので、瑠に会いたいとは話さなかった。

「自分の家だと思って、好きに使ってね。遠慮はだめよ」

「いえ、さすがに自分の家は……」

「もう爽花ちゃんは家族って言ったでしょ。迷惑だとか考えずに、楽しい夏休みにしましょう」

 穏やかな微笑みで、胸がじんわりと暖かくなった。眠る場所はアリアの部屋と決まっており、どこが誰の部屋なのかも教えてもらった。広い屋敷に驚き、毎日ここで暮らしている慧と瑠が羨ましくなった。また、瑠と慧の部屋がとても離れているのにも気付いた。アリアがあえて距離を置いたのかもしれない。

「物が多くて、ごちゃごちゃしててごめんね」

 慧が苦笑したが、爽花は首を横に振った。

「そんなことないよ。お城みたいに綺麗で、素敵だよ」

 口調は明るいが、だまされないと固く拳を握っていた。いつ演技をするかわからない。本当に演技なのかもわからない。

「とりあえず宿題を終わらせよう」

「うん。難しいところは手伝ってくれる?」

「もちろん。爽花を助けるのが俺の役目なんだからね」

 この柔らかな笑顔が仮面とは感じなかった。演技とはとても思えない。真っ直ぐに爽花に想いを伝えている。瑠の「演技」は正しいのか戸惑ってしまう。

 慧の部屋には、アリアの趣味なのか女の子が好きそうな飾りや置き物、カーテンもレース付きで可愛らしかった。

「男なのに女の子みたいで恥ずかしいよ。母さんは娘が欲しかったんだって。だから爽花と仲良くなりたいっていつも話してるよ」

「えー……。嬉しいなあ。あたしもアリアさんがお母さんだったら自慢しちゃう」

「早く結婚して、血が繋がってなくてもいいから娘を連れて来いって無茶なことも言ってる」

 結婚という響きにどきりとした。慧は爽花を結婚相手に選んでいる。いつか……いつか慧と結ばれ、このお城に住む未来が待っているのか。慧は頼りになるし護ってくれるし、こちらが秘密を作らなければ常に優しく接してくれる、どう見ても理想の男子だ。にこにこしていて愛に満ちていて、慧と結婚したら迷いも悩みも消えて幸せな道を歩める。だがもしそうなってしまったら、二度と瑠には触れられなくなる。まだ謎がたくさん残っているのに離れてしまうのは困る。

「爽花?」

 呼ばれて我に返った。慌てて視線を慧に移し「なに?」と聞いた。

「最初に苦手な数学から始めようかって言ったんだ。ぼうっとして……。どうかしたのか?」

「ごめん。あまりにも飾りが綺麗でびっくりしちゃったの」

 少し睨む目つきで慧は呟いた。

「隠しごとはだめだよ。約束しただろう」

「隠しごとじゃないから」

 深く頭を下げて、もう一度「ごめんね」と謝った。

 慧の部屋には机が一つしかないため、宿題はリビングで行った。ソファーに並んで座り、教科書を開く。アリアが冷たいお茶を持ってきてくれて、喉を潤しながら順々に片付けていった。難しい問題は慧が家庭教師になって、すいすいと解けるのが不思議だった。

「将来の仕事は、塾の講師とか学校の先生とかいいんじゃない?」

「そうかな? 爽花に褒められると嬉しいよ」

 おしゃべりもあって、こんなに勉強が楽しいのは初めてだ。

「差し入れよ!」

 アリアが手作りのアイスをテーブルに置いた。涼し気で爽やかな色は、爽花の心を弾ませた。味も甘くておいしくて言葉にできない。

「ねえ、宿題が終わったら、パーティーしない?」

 アリアは輝く瞳で二人を見つめた。すぐに慧が聞き返す。

「パーティー? どこで?」

「海よ、海。夏休みと言えば海でしょう? プールじゃつまらないもの」

 爽花の記憶では、小学生の頃に家族で遊びに行ったきりだ。たまには一日中自然の中で過ごしたい。

「あっ、でもあたし、水着がない……」

「ちゃんと準備はするわよ。爽花ちゃんにぴったりの水着探しましょう」

 ほっと安心し、にっこりと微笑んだ。早くパーティーをしたいので、一気に宿題を終わらせた。アリアと共に店に行き、大好きな緑と青の水着を購入した。金はアリアがプレゼントとして払ってくれた。申し訳なかったが、ありがたく受け取って何度も「ありがとうございます」と繰り返した。




 計画は全て慧に任せ、割と近くの海にアリアの車で行こうと決まった。しかしふとある疑問が生まれた。

「瑠って、水着持ってるのかな?」

 盛り上がっていた慧とアリアは固まり、笑顔も一瞬で消えた。無視をして爽花は続ける。

「瑠にも日時とか教えなきゃだめだよ。いろいろと準備も」

「爽花ちゃん」

 アリアにぎゅっと手を握り締められ、どきりとした。辛そうな表情をしていたからだ。

「あの子は別にいいじゃない。三人で充分でしょう?」

「えっ?」

「爽花、あいつは連れて行かなくてもいいだろ。放っておこうよ」

 慧も強い口調で言い、衝撃を受けた。

「放っておく? 一人で留守番させるってこと?」

「そう。どうせ誘っても断るだろうし」

 驚きがいら立ちに変化した。鋭く睨み、握られていた手を振り払った。

「どうして留守番させるの? みんなでって言ったじゃない。瑠が行かないなら、あたしも行かない。二人でパーティーして来て」

「爽花ちゃん、お願いだから」

 くるりと後ろを向き、リビングから出た。すたすたと廊下を歩き、瑠の部屋のドアの前で立ち止まった。深呼吸をしてから取っ手を掴み、勢いよく引っ張ったがびくともしない。

「あれ? 鍵がかかってるの……?」

 もしかして押すのかと思いぐぐっと押し込んでみたが無理だった。

「瑠、話があるの」

 仕方なく声をかけたが反応はない。中で何かが動く気配がなかった。どんっどんっとドアを叩きながら、もう一度試す。

「ちょっと、寝てるの? 話があるんだよ。開けてよ」

 さらにどんどんとドアを叩き、取っ手もガタガタと引っ張ってみる。二十分ほど経ち、ようやくガチャリと鍵が動く音がした。かなり不機嫌な瑠が、じろりと睨んでいる。

「ドア壊れるだろ」

「さっさと開けないのが悪いんだよ。だいいちどうして鍵なんかかけてるの?」

「うるせえな。話って何だよ」

 爽花に中を覗かれないよう、数センチだけ開けて長身の体で隠している。微かだが油彩絵具のにおいが漂った。

「あたしたち、海でパーティーするの。瑠も参加してほしいの」

「海? 行くわけないだろ。夏にわざわざ暑いところに行くとか、馬鹿じゃないのか」

 むっとして口を尖らせた。ぎろっと爽花も睨み返した。

「暑いけど、たまには外で遊ぶのも大事だよ。めちゃくちゃストレス発散になるよ」

「俺にはそのストレスがないんでね」

 ああ言えばこう言う性格にいらいらした。指を差して怒鳴った。

「どうして独りになろうとするの? 他人と合わせようとしないの? 瑠は特に外で運動した方がいいよ。いつも椅子に座ってばかりだから。運動しないと病気になっちゃうよ」

「お前に心配されなくても、自分のことは自分でやるから余計なお節介はいらない。三人で行って来いよ。俺はやりたいことがあるんだ」

「やりたいこと? どうせロクでもないことでしょ。瑠が行かないなら、あたしも行かないよ」

「はっ?」

「アリアさんと慧の二人だけでパーティーしてもらう。瑠がいなかったら楽しくないもん」

 閉めかけたドアを止め、瑠は冷たい言葉を返してきた。

「行けって言ってるんだよ。あいつがいれば満足だろ」

「行かない。絶対行かない」

 お花見のパーティーで、雰囲気が悪くなると家から追い出され一日を無駄に過ごしたことが空しくて仕方がなかった。二度とあんな間違いは起こしたくない。明らかに面倒くさいというため息を吐き、瑠は腕を組んだ。

「俺に構うなって何度言えばわかるんだ。いい加減にしろ。三人で行け」

 そして無理矢理話を終わらせようとドアを勢いよく閉めようとしたが、爽花は素早く足を突っ込んでそのまま力任せに部屋に潜り込んだ。

「逃がさないよ。あたしはドジだけど賢いドジだからね。瑠が海に行くって答えない限り、ずっとここにいるよ」

 爽花の意外な態度に、瑠は額に手を当ててもう一度ため息を吐いた。

「あんまりしつこいと周りから白い目で見られるぞ。あの女とは付き合いたくないってな」

「うるさい。瑠のせいだよ」

 ばしっと軽く瑠の腹を殴り、ぐっと腕を掴んだ。

「爽花! もうやめろよ!」

 慧が大股で近づいてきた。泣きそうな表情のアリアもついてくる。

「こいつは放っておけばいいんだよ。いちいち誘ってもしょうがないだろ」

「嫌だよ。独りで留守番なんて。あたしも留守番するから、慧とアリアさんだけでパーティーやって」

「爽花……。頼むから」

「わかったよ。ついてってやるよ」

 慧の言葉を遮り、低く重い瑠の声が突然響いた。三人とも目を丸くし、瑠に注目した。

「えっ? いいの?」

「俺が返事しないと、ずっとここにいるんだろ。ただしついて行くだけだからな。遊んだりしないからな」

 やったあ! と爽花は両手を上げてジャンプをした。慧とアリアは困惑する顔で立ち尽くしていた。

 諦めず粘り続ければ、いつかは勝利を得られるのだ。日にちなどを教えると、瑠は曖昧に頷き長い息を吐いた。


 

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