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五十七話

 できる限り可愛い服を選んでいると、アパートのインターフォンが鳴った。慌てて着替えてドアを開くと、おしゃれな格好をした慧が立っていた。おしゃれというか、慧が着ればどんなに古くみすぼらしい服も素敵な色に変わる。

「お待たせ。準備できてる?」

「う、うん。迎えに来てくれてありがとう」

「いいよ。爽花のためならどんなこともするからさ」

 にっと笑い、エスコートするように手を握り締めて歩き出した。ゆっくりと歩調を合わせてくれるのが嬉しく、爽花も自然に笑顔になった。電車に乗って水無瀬家に辿り着くと、門の前でアリアが待っていた。

「楽しいパーティーにしましょうね。食べたい料理があったら遠慮しないで言ってね」

 いえ、と首を横に振ったが、アリアはくるりと家の中へ入ってしまった。

 リビングを抜けてダイニングに移動すると、すでにたくさんの料理が綺麗に盛り付けられて並んでいた。春をモチーフとしたピンクや輝く太陽のような黄色が多く、それだけで心が明るくなる。

「さあ、みんなでいただきましょう」

 アリアの穏やかな声が合図となって、取り皿に少しずつ載せていく。空いていた腹が満たされていく。

「おいしい……。アリアさんって、素晴らしいお母さんですね!」

 一瞬アリアの手が止まったが、すぐに微笑みが飛んできた。

「ありがとう。やっぱり女の子は可愛いわね。男の子って、こっちから聞かないと褒めてくれないのよ」

 確かに男と女の考え方は違うのでしょうがない。ふとその時、瑠がいないのに気が付いた。

「あれ? 瑠は? 部屋にいるんですか?」

 またアリアが止まった。慧も同じく固まり、持っていた取り皿やフォークなどをテーブルに置いた。

「……あの子は、朝早くに出かけちゃったのよ。どこかに用があるみたいで……」

「へえ……。いつ頃帰って来るんですか?」

「夜までかかるらしいんだ。だから会えないよ」

 アリアに代わって慧が答えた。二人ともぎこちなく歯切れが悪い。イチジクの屋敷かと想像したが、夜までかかるなら画材店の買い物かもしれない。

「そっか……。瑠も一緒だったらよかったのになあ……」

 そういえば初めてこの家に来て夕食をごちそうしてもらった時も瑠はいなかった。本当にもったいないことだらけだと小さく息を吐いた。

 それからしばらく三人でおしゃべりをしたりアリアに料理の作り方を教わったりして、あっという間に夕方になった。まだいたかったが迷惑をかけてはいけない。たとえ好かれていても、わがままを言うのは失礼だ。バッグを掴み椅子から立ち上がって玄関に向かった。

「ごちそうさまでした。すごくいい日になりました。ありがとうございます」

 深くお辞儀をすると、アリアは優しく爽花の髪を撫でた。

「爽花ちゃんは家族と同じだから、わざわざお礼なんてしなくていいのよ。またいつでも遊びに来て」

 慧だけではなくアリアにも愛されて、本当に自分は幸せ者だと感動した。家族という言葉が心に大きく響いている。たとえ血が繋がっていなくても、こうして愛し合うことができるのだ。もう一度「ありがとうございます」と告げて、ドアを開いた。

「アパートまで送るよ。わからないだろ」

 門の前で慧に言われたが、首を横に振った。実は少し寄りたいところがあって、真っ直ぐアパートに帰る気がなかった。

「大丈夫? 迷子になったら」

「平気だよ。ありがとう、いつも助けてくれて……」

 にっこりと笑うと、慧も「わかった」と頷いてくれた。

 夜までかかるということは、たぶん瑠は画材店に買い物に行ったのだろう。イチジクの屋敷に夜まで居座ったら迷惑がられるし、朝早くに出かけなくてもいい。駅の近くで偶然会えないかと考えていた。もちろん違う道を通っていたり、そもそも買い物じゃないかもしれないが、やらないよりはやった方がマシだ。邪魔にならないよう隅に立って、行きかう人々の中に瑠がいないか探してみた。だが全く背の高い男子は現れず、一時間ほど経って諦めることにした。

「あーあ……。瑠に会いたかったなあ……」

 呟くと、背中に誰かが立っている気配を感じた。素早く振り返ると、すぐ後ろに瑠がいた。

「何だよ、俺のこと探してたのか」

「えっ……。も、もしかして、ずっとここにいたの?」

 しかし瑠は答えない。ダンマリな性格なので仕方がない。もう一つの疑問を真っ直ぐぶつけた。

「今日、どこに行ってたの? 絵具の買い物?」

「違う。適当にぶらぶらしてただけだ」

「ぶらぶら? アリアさんは用があるって言ってたけど。暇だったら家にいればよかったのに。みんなでパーティーしてたんだよ。めちゃくちゃ楽しかったよ。もったいないなあ」

 あーあ、と俯くと、瑠は抑揚のない口調で呟いた。

「知ってるよ。だから出かけたんだよ。俺がいると台無しになるからな」

「えっ? 台無し?」

「そうだ。俺がいるとその場の雰囲気が壊れるから、どっか行ってろってな」

 全身が冷たく凍り付いた。パーティーをするから邪魔しないでくれと、アリアと慧に追い出されたという意味か。爽花が瑠の名前を出した時、二人はなぜかぎこちない表情になったのは、そのせいだったのか。

「……ちょっと待ってよ。どっか行ってろって、どういう」

「さてと、じゃあそろそろ戻るとするか。お前も早く帰れよ。迷子になっても誰も助けてもらえないぞ」

 すたすたと歩いて行ってしまう瑠の後ろ姿を見つめながら、嘘だと必死に願っていた。まさかそんな酷いことを血が繋がった家族にするわけがない。慧もアリアも、あんなに愛に満ちていて他人の爽花を受け入れてくれたのに……。

「そんな……」

 嫌な想いを振り払うように、アパートに走って帰った。

 慧に電話で聞こうかと思ったが、逆になぜそれを知っているのかと疑われる恐れがあるため、手が動かなかった。こっそりと瑠に会いに寄り道したのだとバレてしまう。爽花が瑠に近付こうとしていたら不機嫌になるのはわかっている。

「……毎日、ご飯もバラバラで食べてるのかな……」

 さすがに夕食を作ってあげないのはないだろうから、場所が違っているだけだろう。それでも同じ空間で過ごしたくないという気持ちは存在している。どうしていつも瑠は孤独なのか理解できない。雰囲気が壊れるとは爽花は感じない。むしろそばにいると癒されるのだ。せっかくの楽しいパーティーが、空しいトラウマになっていた。



 ベッドに入る直前に携帯が鳴った。開くと慧のメールが届いていた。

『今日は楽しかったね。次は夏休みにやろうか?』

 ずいぶんとのんきな内容に少し気分が悪くなり、攻撃というつもりではないが短く返信を送った。

『瑠も一緒にね。瑠がいなかったら行かない』

 瑠が独りぼっちになるのを見るのが嫌だ。寂しくて悲しくてどうしようもない。実際はどうなのか知らないが、慧だったら瑠を追い出すくらい簡単にできるはずだ。瑠も独りが好きなので、あっさりと従ってしまう。二人のやり取りをアリアはどう捉えているのだろう。ただ黙って傍観しているのか、それとも慧に加勢して「出て行け」と命令しているのか。

「……きっと、瑠の方から出て行ったんだ。アリアさんは酷いことしないもん……」

 複雑な胸に言い聞かせてから、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 



 

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