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四十六話

「彼女になる?」

「そう。彼女のフリ。バレなければ大丈夫だよ」

 しかし、もしバレた時にどんな酷い目に遭うかはわからない。かなり危険な行為なのは充分承知している。

「どうして彼女のフリなんかするんだ?」

「ストーカーされて困ってるでしょ。あたしが彼女のフリして、もうすでに付き合ってますって断っちゃえば飽きて追いかけて来なくなるよ。ブスだの馬鹿だの悪口叩かれるのは慣れっこだから傷つかないし。あたしでよければ協力するよ」

 けれど瑠は爽花の望んでいる答えを返してくれなかった。 

「……いいから、さっさと寝ろよ。俺は眠いんだ」

 わかったと答える代わりに涙が零れた。手の甲で拭ってそのまま引き返した。布団を被り膝を抱えて、もっと心を開いてくれてもいいではないかと嘆いた。瑠のために爽花ができることは一つもないのか。放っておくしかないのか。傷つけられて独りぼっちの瑠を救ってあげたかった。もちろん爽花には助ける力はないが、彼女のフリを演じるのはできる。しかし心は軽くならずに、ただの失敗に終わった。

 しっかりと熟睡できずに朝になった。頭が痛みなかなか起き上がれない。ようやく居間に行くと瑠はいなかった。黙って帰ったのかと寂しくなったが、洗面所で水の音がした。ドアが勢いよく開いて瑠が現れた。

「ああ、起きたのか。顔洗わせてもらったぞ」

 きっとおはようと言っても無視されると考えて、黙ったまま頷いた。

「椅子で、ちゃんと寝られたの?」

「まあまあだな。アトリエの椅子よりは寝心地はよかったけど」

 そこで一度切って、じっと爽花の顔を見つめてきた。

「お前、変な女だよな」

 ムカッと頭に来た。ただでさえ痛い頭がズキズキする。

「泊まらせてもらって、変な女って失礼すぎるでしょ。馬鹿にして」

「馬鹿にしてるつもりじゃねえよ。どうして俺に構うのかって意味だよ。慧に好かれてるんだから慧とだけ付き合えばいいのに、どうして俺にまで話しかけるんだよ。アトリエにも来るし」

 ずっと人と関わってこなかった人間の言葉だと強く感じた。

「絵を見たいからに決まってるでしょ。瑠の描く絵は本当に綺麗で繊細で癒されるのよ。自分にはできないことをサラッとやっちゃうのって憧れない? すごいなって思わない? それにね、実は瑠といる時の方が楽なんだ。慧の前では女の子らしくしなきゃとか、可愛い服着てメイクもバッチリやってとかいろいろ大変だけど、瑠の前では全然飾らないで素の自分でいられるんだよね。だからわがままとか怒鳴ったりとかも平気でできるの。特にアトリエは二人きりで邪魔されないし」

 にっこりと微笑んだが瑠は何も言わずにコートを着た。褒めたのに喜んでもらえなかったようだ。

「じゃあ帰るから。いきなり無理言って悪かったな」

 靴を履きながら独り言のように呟いた。ありがとうという感謝も告げてほしいと視線で伝えたが、残念ながら届かなかった。

「いいよ。それより女の子たちに捕まらないように気を付けてね。慧と喧嘩するのもだめだよ。高校生なのに子供みたいだよ」

「でもお前は兄弟喧嘩が可愛いんだろ」

 ああ言えばこう言う性格に、むっとした。

「……それはそうだけど、瑠たちの場合はかなり酷いから」

 しかし耳には入らず瑠は素早く振り返った。その動作が慧と重なってある疑問が浮かんだ。

「あっ、ちょっと待って。教えてほしいことがあるの」

「教えてほしいこと?」

「そう。メトルってどういう意味?」

 一瞬、あっけにとられる表情で目を丸くしたが、瑠は即答した。

「男が、女を妻に迎い入れるってこと。要するに結婚するってことだよ」

「ええっ? 結婚する?」

 まだ恋人同士でもないのに、いきなり妻とは驚きだ。慧は爽花と結婚するつもりなのか。

「……もういいのか?」

 聞かれて、はっと我に返った。いいよ、と小声で伝えると瑠はそのまま外に出て行った。



 夜遅くに慧に電話をかけた。慧が話す前に爽花が切り出した。

「あの……あたしのこと娶るって言ってたよね? あれって」

「結婚するって意味だよ」

 どきんと胸が高鳴った。携帯を握る力を強くして、もう一度言った。

「結婚って……。まだ早すぎるよ。あと二年も先のことを今決めても無駄だよ」

「そうだけど、奪われたくないから……」

 弱弱しい口調で不安になった。いつもの明るい声ではなかった。

「……あたしでいいの? あたしと結婚しても得なんて一つもないよ」

「爽花がいい。もし断るなら、俺は結婚しない」

 本気で自分のものにしようとしているのだ。次にどんな話をしたらいいのか緊張してしまう。

「……そんなに固く決めつけなくてもいいんじゃないかな」

「はっきりしておきたいんだ。爽花は結婚したくないんだろ?」

 その通りとも違うとも言えず黙った。爽花の迷いが通じたのか、さらに弱弱しく呟いた。

「ごめん。……もう飛躍したことはやめる……」

 爽花の答えを待たずに慧は一方的に電話を切ってしまった。

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