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四十一話

 重い足取りで散歩をしていたある土曜日に、驚くべきことが起こった。街中で、瑠の姿が見えたのだ。視界の端に映っただけなので始めは違うと思ったが、よく確認すると瑠だった。しかも女の子たちに囲まれていない。尾行ではないと自分に言い聞かせてから、そっと後ろをついて行った。どこへ行くのか知りたいし、これを逃したらチャンスはない。幸い瑠は爽花の存在に気づいておらず、前だけを向いていた。外出したら女の子たちに狙われるのに、それでも行きたいところはどこだろう。もしかしたら家に帰る途中かもしれないが、代わりに水無瀬家の場所がわかる。どっちにしろ損は絶対にないのだ。

「よし、このまま行けば……」

 小さく呟くと、突然携帯が鳴った。はっと瑠が振り返りそうになり、慌てて近くの店に隠れた。携帯を耳に当てると、慧の穏やかな声が飛び込んできた。

「爽花、今、暇かな? もし暇なら喫茶店でお茶でも飲まないか?」

 それどころじゃないのに、といらいらして、つい尖った口調で答えてしまった。

「あたし、今日は用事があるの。行きたいけど別の日にして」

「じゃあ空いてる日教えてくれない?」

「……そんなのわかんないよ。いきなり変わったりするじゃない」

 早く終わらせたくて、固くて抑揚のない言い方になってしまう。本当にタイミングの悪い電話だとイラつきが増した。

「そっか。俺はいつでもいいから、遠慮しないで誘ってくれて構わないよ。必ず付き合うからさ」

「わかったよ。じゃあね」

 慧の返事を待たず、一方的に切った。急いで店から出てみたが、案の定瑠の姿は消えていた。

「ま……また邪魔された……」

 携帯を地面に叩きつけて壊したくなった。いつもいつも、なぜ瑠との間に余計な人物が割り込んでくるのだろう。せっかくの大チャンスを流してしまったのはものすごい痛手だ。がっくりと項垂れ、次は携帯の電源を切っておこうと決めた。アパートに戻ってからも俯いたままで、じっと石のように固まった状態で椅子に座っていた。夜になっても電気を点けず、しばらくしてからようやく動き出した。悲しくはないのに涙の雫がぽろりと落ちた。

 翌日は曇りで部屋で過ごそうかと考えたが、どうしても瑠が向かった先が気になって仕方がなかった。街を歩けば女の子たちにストーカー行為を受けるのに、それでも行きたいところとは……。会える可能性は低いが、無意識に外へ飛び出した。

 しばらく走って現れたのは、瑠ではなく女集団だった。背中から声をかけられた。

「おい、そこのあんた」

 どきりとして足を止めて振り返ると、女集団が睨みながら並んでいた。

「このドブス女め。あのイケメンとどういう関係か教えろよ」

 瑠を追いかけている時は猫なで声なのに、今は怒気の強い低い声だ。

「あ……あなたたちとは関係ないでしょ。何でわざわざ教えなきゃいけないの? だいたい、どうして悪口言ってくるのか、わけわかんないよ」

 必死に反抗したが、怯むどころかずいずいと近寄ってくる。

「そんなのどうだっていいでしょ。さっさと話せって言ってんの!」

 びくっと目をつぶり一歩後ずさった。がたがたと震える答えを絞り出す。

「た……ただ……通ってる学校が同じってだけ。クラスメイトでもないよ」

「じゃあどうして用があるなんて言ったの? 他人なら手も握らないし」

「それはあたしにはわかんないよ。聞かれても困るよ。もういい加減にして」

 どんっと胸を思い切りどつかれて、うわっと後ろに倒れた。打ったところをさすりながら起き上がると、鋭い睨みを向けてきた。

「生意気な態度とるな。まあ、今日はこれで許してやる。でも次は容赦しないから」

 ふん、と振り返り、素早く離れていった。

 嫉妬とは残酷な感情だと、はっきりと痛感した。周りに人がいても構わずに平気で暴力を振るえるし、罪悪感もない。こんなに酷い行為をしてしまって自己嫌悪に陥らないのが驚きだ。家族も娘をこのままにさせて何も考えないのか。幼い頃から爽花は京花から「自分が嫌だと思うことは決して誰かにしてはいけないよ」と教えられてきた。ドジで馬鹿であっても、その決まりだけは守って正しい生き方をしてきた。あの子たちの親はろくでもない性格で、適当に育ててきたのだろう。とりあえずどこかへ行ったので安心した。瑠が絡んでいるため慧に話せないと項垂れ、とぼとぼとアパートへ戻った。




 ベッドに倒れるように寝っ転がると、爽花と瑠はどんな理由で一緒にいるのかという疑問が生まれた。友人でもないしクラスメイトでもない。ただ通っている学校が同じというだけで、特に関係がない。それなのに絵について話したり、好きなものが一緒だったりしている。言葉で表すなら「油彩仲間」だろうか。そもそも他人は立ち入り禁止なアトリエに、なぜ自由に出入りできるのかもよくわからない。最初は慧から逃げるためとして使っていたが、今は癒される心のよりどころとして使っている。いつの間に変わったのかも不思議だ。瑠と二人きりになれるのはあの場所しかない。誰にも邪魔されずに近づけるのはアトリエの中しかない。だからアトリエを失うわけにはいかない。慧の彼女になってはいけないのだという決意が、ぼんやりと胸に浮かんだ。慧を敵に回したらとんでもない目に遭うのはすでに知っているし、何より瑠と慧は双子の兄弟だからこっそりと隠れて会うのは不可能だ。


 


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