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四話

 引き受けたはいいが、水無瀬に渡せるのはいつか迷った。さっさと終わらせ胸のつかえをおろしたい。まるで大きな鉛がのしかかっているかのように足が重かった。

 カンナによると、水無瀬には取り巻きが二十人以上いるため、まともに会話するのは奇跡でも起きない限り不可能らしい。

「みんな水無瀬くんを狙ってるよ。ライバルを殺してまで手に入れたいって狂っちゃってる」

 想像するだけで冷や汗が溢れた。女の嫉妬は醜いと改めて感じた。

「じゃあ無理じゃん。あたし、まだ殺されたくないよ」

「大丈夫。爽花はやり遂げられる」

 その自信はどこから湧いてくるのか不思議だった。

「水無瀬くんって、そんなに人気者なの?」

 カンナはしっかりと頷き、固い口調で答えた。

「ファンクラブもたくさんあるし、お金持ちって噂だよ。先輩からも告白されてるんだから」

「お金持ち?」

 むっとして想像上の水無瀬を睨んだ。きっとお金で苦労した経験はないだろう。これからも悩んだりしないはずだ。

「お金持ちの息子。頭もいい。性格も穏やか。理想の恋人でしょ。名前だって素敵じゃない」

 ぱああと輝いているカンナを、やれやれと呆れてしまった。恋する乙女にはついていけないな、と苦笑いした。そういう感情が爽花には備わっていない。ただの高校生ではないかと言いたくなる。

「理想の恋人ねえ……」

「水無瀬くんは本当にかっこいいんだよ。彼氏にしたい人ナンバーワンだよ」

 力強く答えながら、カンナは拳を硬く握っていた。

 一組から四組までは遠くないが、水無瀬までの距離はかなりあった。女の子たちに囲まれて姿が隠れてしまい、周りがきゃあきゃあと騒いでいるので本人の声もかき消されている。脇には彼女を奪われて情けなく嘆く元彼と、励ます友人がいた。

「水無瀬に勝てる奴はいねえよ。諦めろよ」

「ちくしょう……。転校すればいいのに……」

 ぼろぼろと涙を流す元彼が不憫でいたたまれなくなった。とりあえず一組は平和なクラスでよかったと安心した。

 毎日四組を覗いて水無瀬の姿を確認したが、チャンスが掴めないまま数日が経ってしまった。カンナに申し訳ないという想いで、さらに足が重くなる。

「ごめん。まだ渡せてないんだ……」

 素直に謝ると、カンナは手を横に振った。

「いつになってもいいよ。遅くなっても構わないよ」

 ごめん、ともう一度頭を下げて、カンナの優しさを改めて感じた。

 その悩みが解消する出来事は三日後の放課後に起きた。調べ物をしたくて生徒がいない図書室に向かい窓際の席に座った。窓際は光が当たらずあまり人が寄らないので、独りが好きな爽花にとって特等席だ。机に鞄を置いて本を探すと、割と早めに見つかった。しかし棚の上にあるためギリギリの位置で届かない。爽花が特別低いわけではないが、うーんと頑張っても指に触れるだけだ。

「チビな人もいるんだから、置き場所考えてよ……」

 愚痴をこぼした時、背中から腕が伸びてきた。ぎょっとして大声を上げてしまった。

「お……お化け!」

「お化け?」

 軽い言葉が聞こえ、すぐに振り返った。背が高く華奢な男子が面白そうに笑っていた。整った茶髪、ガラス細工みたいに透き通った瞳、雪のように白い肌。そこら辺の雑誌に載っているモデルより魅力があるかもしれない。都会で歩いていたらスカウトされそうだ。森羽高校はイケメン揃いと有名だが、この男子はトップに躍り出るだろう。だが男に興味ゼロの爽花には、ただの高校生男子にしか見えない。

「残念だけど、俺まだ死んでないよ。お化け信じてるんだね」

 一気に気分が悪くなった。高校生でまだお化けを怖がっている事実がバレてしまった。

「だって……誰もいなかったから……」

「うん。もう夜だし、みんな帰っちゃってるはずだもんね」

 じろりと男子を睨みつけた。小さい子供に話しかける態度が癪に障る。馬鹿にしていると、はっきりと伝わる。関係はないが、ハスキーボイスなのもイライラとする。

「はい、これ」

 男子は棚の本を取って爽花に差し出すと、にっこりと目を閉じて笑った。長身で簡単に手が届くのも自慢していると思ってしまう。爽花が何も言わないので、男子は困った表情で首を傾げた。

「あれ? 違う本だった?」

「……ううん……。これだよ……」

 助けてもらったのだから感謝をしないのは失礼だと考えても口が動かなかった。代わりにある疑問が胸に浮かんだ。

「……あなた、もしかして水無瀬くん?」

「えっ? 俺の名前知ってるの?」

 きょとんと水無瀬は目を丸くして、ゆっくりと頷いた。爽花は慌てて席に戻って鞄を掴み、勢いよくラブレターを水無瀬の方に向けた。

「み……水無瀬くん、あの、これ読んでほしいの」

「なに? 手紙?」

「そうだよ。読んで返事をしてほしい。ずっと水無瀬くんに渡したかったんだ。ちゃんと全部読んで、絶対に返事聞かせて」

 水無瀬は少し戸惑っていたが、素直に受け取った。ラブレターを見つめてから爽花に視線を移した。

「わかった。必ず返事するよ」

「お願いね。いつまでも待ってるから」

 そう言うと水無瀬は柔らかく微笑んだ。爽花も、ふう……と安堵の息を吐いた。緊張の糸が緩んで、のしかかっていた鉛もどこかに飛んでいった。



 予想していた姿とかけ離れていて、少し意外だった。もっとナルシストで俺は素敵な男だぞ、と威張り腐っているとイメージしていた。確かにあのルックスだったら、どんな女の子にもモテるはずだ。周りにいる男子とのレベルが違い過ぎる。こういうのを雲泥の差というのかもしれない。水無瀬に勝てる奴はいないというのも頷ける。ライバルを殺してまで彼女になりたいという気持ちも何となく伝わった。アパートに帰って、さっそくカンナに電話をかけた。

「水無瀬くんにラブレター渡したよ」

「えっ? 本当?」

「図書室でたまたま会って。ようやく終わったよ」

 驚いているのか、カンナは黙っていた。

「カンナ?」

「ご……ごめん。まさか水無瀬くんに渡せるなんて、爽花はすごいね。あの水無瀬くんと会話なんて……」

 ははは、と苦笑し爽花は答えた。

「たまたまだって。ほとんど会話じゃないし。全然すごくないよ」

「違う。爽花は普通の子とは違う特別な力を持ってる。爽花ならきっと最後までやり遂げられるはずだよ」

 不思議な一言が心にひっかかった。やり遂げられるという意味が理解できなかった。

「最後まで?」

「……何でもない。ごめん。……いいお返事だったら嬉しいけど、どうなるかどきどきだね」

 またおかしな感じがしたが、とりあえず任務を果たせたので「そうだね」と短く答えて電話を切った。


 

 

 

 

 

 



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