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三十九話

 どのように突き進めばいいのかわからず、さらに数日が経った。頭痛は酷く薬に頼るしかない。気分転換に、よく晴れた土曜日に散歩に出かけた。しばらく歩くと、きゃあきゃあと騒ぐ若い女の子集団が現れた。中には瑠もいる。どきりと心臓が跳ねてやめた方がいいとわかっているのに、そっとそばに移動し彼女たちの声を聞いてみた。

「ねえ、名前教えてくださいよお」

「一緒にお茶飲みましょうよ」

「彼女いるんですか?」

 ぶりっ子のレベルが高くてぞわぞわ感が溢れた。瑠もきっと同じ気持ちだろう。

「早く帰りたいんで……」

「ああっ……一時間だけでもいいじゃないですかあ。奢りますからあ……」

「せっかく会えたのに別れるのはもったいないですよお」

 おいしい獲物に群がるハイエナだと怖くなった。逃げても逃げても追いかけるしつこさが凄まじすぎる。

「いい加減に……」

 ふと傍観している爽花と視線が合って、瑠は大股で近づいてきた。女の子たちも爽花に注目する。

「ちょっと、あんたどっか行ってよ。ブス女。ここはブサイクな人間は入っちゃだめなんだから。ね、イケメンさん。こんな奴の顔なんか見たくないですよね」

 すると瑠は爽花の手を握り締めた。爽花を含む女子全員が驚いて目を丸くした。リーダーと思われる女の子が爽花と瑠を見比べながら聞いてきた。

「何してるんですか? 触ったら腐っちゃいますよ」

「こいつと用があるんで」

「用? 用って何ですか? まさかデートですか? 嘘ですよね? あなたみたいなイケメンが、こんなに馬鹿っぽくてチビでブスな奴と付き合うわけありませんよね? もしかして弱みでも握られてるんですか? 騙されちゃだめです。あたしたちが目を覚ましてあげます」

 ぶりっ子で失礼な、礼儀のなっていない態度にカチンときたが、確かに可愛くもないしドジだし、余計な話をして瑠を怒らせたくない。

「きちんと答えてください。彼女なんですか? こんなブサイクな女とデートして楽しいですか? 楽しくないですよね? 絶対あたしたちの方が可愛くて綺麗で頭いいもん。こんな奴とはさっさと別れて、新しい恋を探した方がいいですよ。あたしたちがあなたを幸せにするエンジェルです!」

 誓うようにリーダーは叫んだが、瑠は無視をして歩き出した。爽花も手を繋いでいるので走ってついて行く。女の子たちの姿が消えてから、瑠は足を止めてため息を吐いた。

「あの……大丈夫?」

 そっと声をかけると、瑠は吐き捨てるように言った。

「大丈夫なわけないだろ。見たか、さっきの。ずっと前からつきまとわれてるんだよ。ストーカーだよ」

「ずっと前から?」

「そうだ。夢中になると、相手の迷惑とか忘れるんだろうな。しつこいったらない……」

 かなり疲れているらしく、へなへなとしゃがみ込んだ。あまりにも哀れで同情してしまう。

「……とりあえず、あたしの部屋で休んでいって。お茶くらいは淹れるよ。コーヒーはないけど」

 断られると心配したが、瑠は素直に頷いて立ち上がった。

 居間のストーブをつけてから椅子に座らせて、買ったばかりの新しいお茶を淹れてあげた。

「女の子にモテるのって慧だけだと思ってたよ。双子だから瑠もモテるのは当たり前だね」

「今年に入ってから、あなたを幸せにするエンジェル登場とか追いかけてくるようになって、ほぼ毎日ストーカー行為されてる。お前は自分の姿を理解してて正しい人間だな」

 褒められているのかけなされているのかよくわからないので、聞こえなかったフリをした。

 きょろきょろと周りを眺めながら瑠は質問してきた。瑠の方から質問は珍しい。

「お前って一人暮らししてるんだよな。一人で暮らすのって大変か?」

「うん、まあね。助けてもらえないし、家事も勉強もやらなきゃいけないから忙しいよ。特にあたしはドジだもんね。困ることも多いけど、マイペースに過ごせるからストレスは溜めないで済むね。瑠も一人で暮らしたいの?」

 したいともしたくないとも答えず瑠は熱いお茶を飲んだ。きちんと耳に届いていてほしいと、こっそり祈った。ダンマリな性格なため仕方ないけれど、はっきりと声を聞かせてほしいとも思った。



 湯呑みが空になり、瑠はそっと口を開いた。

「じゃあ、そろそろ帰るから。邪魔したな」

「えっ? 帰っちゃうの?」

 驚いて顔を上げると、瑠は不思議なものを見る目つきになった。

「何だよ、まだいてほしいのか?」

「そうじゃなくて、疲れとれたの?」

 先ほどはかなり辛そうで、痛々しい姿だった。あれからまだ一時間くらいしか経っていない。

「まあ……だいたいは。お茶もうまかったしな。お前の淹れるお茶はうまいな」

 どきんと胸は鳴ったが、そんなに嬉しくはなかった。

「そっか、それならいいんだけど。明日は学校に来れるの?」

 試しに聞くと、瑠は曖昧に首を横に振った。

「どうかな。行けそうだったら行くし、無理そうならやめる」

「あたし、アトリエで瑠が油絵を描いてるところ見たいよ。ずっと待ってるのに……。早く学校に来てほしいよ。あんな女の子たちに負けちゃだめだよ」

 強く言うと、瑠は柔らかな口調で答えた。

「そうだな。だけど人数が多いから、けっこう大変なんだ。いつか必ずアトリエに行くから、もう少し待っててくれ」

「いつかってどれくらい後なの? 来年とかになったら嫌だよ。独りぼっちなんて寂しい」

「独りぼっち?」

 瑠は驚いた表情で聞き返した。瑠がこういう顔をするのは珍しい。

「独りぼっちじゃないだろ。お前を心の底から愛してる奴がいるじゃないか」

 そういえば慧の存在を忘れていた。自分に関わっている男子は瑠だけだと考えていた。

「アトリエの中にいる時は独りじゃない。慧はアトリエ立ち入り禁止でしょ。絵しか置かれてないと、悲しくなっちゃうんだよ……」

 素直に伝えて、へなへなと床に座り込んでしまった。爽花の思いが届いたのか、瑠もとなりにしゃがんで暗い顔をした。一番辛いのは爽花ではなく瑠なのだ。しつこく追いかけられて家にこもるしかできない。その家にも慧という敵がいる。ストレスで気が狂いそうな状態の瑠にわがままを言ってはいけない。

「……気を付けて帰ってね。また捕まえられないように……」

 囁くと、瑠は小さく頷いた。


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