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三十五話

 翌日、放課後にアトリエに行ったが、案の定瑠はいなかった。相変わらず油彩道具が置いてあるだけで、何一つ変わっていない。悔しさと寂しさでいたたまれなくなり、勢いよくドアを閉めてアパートに帰った。

 このまま瑠と二度と会えなくなるのではないかと不安で堪らなかった。優しい慧がいるのだからと自分に言い聞かせても、瑠の姿は胸に残って消えない。しかも双子でそっくりなため、嫌でも忘れることができない。爽花だけではなく、瑠も辛くて仕方ないはずだ。以前、女の子たちに囲まれていた瑠の表情から、かなり酷い状況なのだとわかった。圧倒的に瑠の方が不利で、勝ち目がない。

 そんな爽花に気づいているのかどうか知らないが、ある日慧から誘いの電話がかかってきた。

「もしよかったら、一緒にお茶でも飲みに行かないか?」

 嬉しいという気持ちはあまり生まれず、柔らかく返事をした。

「お茶じゃなくて勉強教えてほしいな。今度テストがあるから」

「そうか。俺はどっちでもいいよ」

 穏やかな口調の答えに安心し、約束は成立した。

 日曜日の朝、鞄に教材を詰め込んでアパートを出た。瑠を頭の中から消そうと歩きながら考えて、図書館に着いた時にはもう真っ白になっていた。椅子に座っていつも通り二人で頑張った。やはり慧は家庭教師の才能がある。

「そろそろ休憩しようか」

 慧に言われ、素直に頷き立ち上がった。前回は財布がないせいで焦ったが、幸いにもその日はバッグを持っていた。最近できたばかりの喫茶店に入り、慧は紅茶で爽花はミルクを注文した。水を飲んで、ほっと息を吐いた。

「慧のおかげで、どんどん賢くなってるよ。本当にありがとう。迷惑じゃない?」

「迷惑じゃないよ。むしろ爽花に会うと癒されるんだ」

 癒しという言葉に胸が動いた。爽花は瑠に会えないせいで全く癒されていない。爽花の心安らぐ瑠の絵は、いつになったら完成するのか。

「ねえ、慧は、瑠の癒しって知ってる?」

 無意識に声が漏れてしまい、はっと手で口を覆った。けれどはっきりと慧の耳に届いていた。

「どうしてそんなくだらないこと知りたいの?」

 鋭く尖った口調にぎくりとした。爽花の心の中を見透かしている目だ。

「いや、別に……。ちょっと聞いてみたくなっただけ」

 慌てて隠し苦笑いを作った。慧は明らかに不機嫌な表情で、薄く笑った。

「余計な話はしないでっていうの、忘れちゃったのかな?」

 ぎくりとして冷や汗が流れ始めた。そっと頷いて掠れる声で答えた。

「……忘れてないよ……」

 恐ろしい慧の顔に、さっと目を逸らした。

 慧がなぜこんなにも瑠を敵視しているのかがわからない。何でも持っているし尊敬だってされているのに、まだ不満なのか。もっとほしいものがあるのか。

「……ごめん……」

 深く頭を下げて呟くと、慧は元に戻った。




 慧の心の中も瑠の心の中ももやがかかっている。まだ一年しか付き合っていないのだから当たり前だが、これほど振り回されるのはおかしい。注文した飲み物が運ばれ、こっそりと深呼吸しながら一口いただいた。

「甘いものっておいしいよね。どっかの誰かはこのおいしさを知らずに生きていくんだよね」

 慧の低い一言に目を丸くした。

「瑠のこと?」

「そうだよ。あの変人。わけわかんない根暗男。人を不幸にする悪魔みたいな奴」

 酷い言いようで驚いた。血の繋がった双子の兄を悪魔呼ばわりとは。

「あまりにも可哀想だよ。瑠にだって一つや二つはいいところがあるかもしれないよ?」

 弱弱しく言い返すと、慧は首を横に振った。

「幼い頃から知ってるのは俺なんだ。爽花は騙されやすいタイプなんだな。油断してると最悪な目に遭うから気を付けた方がいいよ」

 確かにその通りなのだが腑に落ちない。こうして迷ってしまうのは、すでに白薔薇の絵を見たからだ。悪魔みたいな人間が、綺麗な油絵を描けるだろうか。

「慧は瑠の絵を見たことがないの?」

 もう一度聞くと、意外そうな目を向けてきた。

「ないよ。どうせろくなものじゃないし。小学生レベルなんだろ」

「違う。瑠の作品はとてつもなく美しいよ。プロ並みだよ。写真みたいで派手でも地味でもない、ものすごく繊細な色なの。一回でいいから試しに見せてもらったら? きっとびっくりして声が出せなくなるよ。それくらい瑠の画力はすごいんだよ」

 じろりと睨み付け、低い口調で言葉を投げつけてきた。

「爽花はそうかもしれないけど、俺は綺麗だとか思わないんだ。そもそも興味ないし。あいつも俺からの感想なんて求めてないだろうし」

 大好きな爽花が大嫌いな瑠を褒めたのにイラついたようで、熱いはずの紅茶をごくごくと飲み干してしまった。これ以上慧を怒らせないようにと、爽花は黙って俯くしかできなかった。




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