三十四話
「聞きたいんだけど」
喫茶店の椅子に向かい合わせに座って、爽花の方から話し始めた。
「聞きたい? 勉強?」
「違う。慧って、昔ファンクラブがあったじゃない。ファンクラブにプレゼントもらってた時、どんな気持ちだった?」
まだ去年のことなので覚えていないとは考えにくい。慧は爽花の目をじっと見つめて、薄く笑いながら聞き返した。
「例えば?」
「……だから、いちいち相手にするのが面倒くさいとか、一人でゆっくりしたいのに騒がれちゃうとか……。逃げたいなって思ったりしなかった?」
現在、瑠は女の子たちにつきまとわれて苦しんでいる。爽花にはわからないので、経験者に教えてもらうしかない。一瞬、慧は真顔になり、すぐに笑顔に戻った。
「さあね。どうだったかな」
「きちんと答えてよ。お願いだよ」
身を乗り出して頼むと、また真顔になって笑顔に戻った。
「なら、俺も知りたいことがあるよ。さっき、どこに行ってたのか、どういった理由でそこに行っていたのか教えてくれ。爽花が話してくれたら、俺も話すよ」
そう来たか、と拳を作った。まさか瑠を助けたくて探しに行ったとは言えない。絶対に責められるに違いない。
「それは……できない……」
「そうか。じゃ、質問の答えは聞けないね。残念だったね」
悔しさで俯いた。愛している人の願いを叶えてあげないのか。本当に爽花が大好きなら、条件などなく教えるはずなのに。
「だいいち、すでに終わったことだろう? ファンクラブなんて。爽花はファンクラブの一人でもないし女の子なんだから、知っても得なんかしないだろ? あの子たちとは切れたんだ。今さら思い出したくもない。爽花以外の女の子なんか興味ないよ」
お菓子やプレゼントを贈ったのに縁が切れたら邪魔者扱いされるファンたちが哀れで仕方がない。慧を振り向かせるために、どれくらい金を使い努力を続けてきただろう。
「……そうなんだけど、ちょっと聞いてみたくなったの」
苦笑したが逆に慧は真顔になった。心を見透かす目で見つめてくる。視線を合わせないよう、そっと横を向いて逃げた。
「いちいち話すのは面倒くさいし、余計な話はしないでくれるかな。せっかく二人きりでいるのにもったいないじゃないか。楽しいおしゃべりしようよ」
少しでもいいアドバイスがもらえたらよかったのにと残念でしょうがない。問題解決に近づきそうだったのに失敗してしまった。瑠は追いかけられ、爽花は手助けできない空しい日々が続き、悪循環を止められる術は見つからないままだ。
「ぼうっとしてるよ? 爽花」
呼ばれて我に返った。ははは、と軽く苦笑して、水を飲んで心を落ち着かせた。
特に話題もなく何より瑠の姿が胸に浮かんでいるので、喫茶店はたった二十分で出た。図書館で宿題を再開しようと慧に言われたが首を横に振った。
「やっぱり一人で頑張んなきゃ。迷惑もかけたくないし」
「迷惑なんて思ってないよ。もっとそばに」
「ごめん。早く帰りたい」
固い口調で短く断り、返事を待たずに走ってその場から離れた。
もしかしたら会えるかもしれないと、先ほどと同じく街中を探し回った。とにかく瑠を苦しみから逃がしてあげたい。爽花がそんなことをやり遂げられるわけないが、少しでもゆとりを与えてあげたい。けれど一時間近く経っても、瑠はもちろん女の子集団もいなかった。別に会いたくもない時は現れるのに、会いたい時はどこにもいないのはなぜか。
「今日は諦めるか……。疲れたら明日学校に行けなくなっちゃうもんな……」
弱弱しく独り言を漏らし、アパートへとぼとぼと歩いた。
部屋に入り、倒れ込むようにベッドに横たわった。いつもいつも瑠と繋がりそうで、結局失敗に終わってしまう。爽花が悪いのではなく、無関係な人物が割り込むせいでうまくいかないのだ。今回は慧だけではなく女の子たちにも邪魔された。瑠の本当の心を知りたいのに、それは叶わぬ夢なのか。
「もう……入ってこないでよ……。誰も……」
愚痴を吐いてうつ伏せになった。枕に顔をうずめて、空しい想いが溢れるのを止めようとした。しかし量が多すぎてどうしようもない。
いつの間にか睡魔がやって来て、宿題も夕食も風呂も忘れて眠った。眠るしか現実逃避はできないからだ。ただの悪夢であってほしいと祈るだけ。明日アトリエで絵を描いている瑠がいるのを信じるだけなのだ。




