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二十六話

 三日後に慧に電話をかけた。爽花からかけるのは珍しい。

「今日の昼、会えない? 喫茶店で慧とおしゃべりしたい」

「喫茶店? 駅前の?」

 瑠とお茶を飲んだ店だ。うん、と答えて現在の時間を確かめた。奢られるのは気が引くので、きちんとけじめを付けようと決めた。払わなくていいと言われても断る。甘えてばかりではいけない。瑠に借りたマフラーを紙袋に入れて外に出た。

 予想通り、すでに慧が中で座っていた。ひそひそ声も相変わらずで、優越感に浸った。

「遅いけど、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「こちらこそよろしく。元気になったんだね。よかった」

 えへへ、と笑いながら紙袋をテーブルに置いた。

「何これ?」

「瑠のマフラーだよ。返しておいてくれないかな」

 途端に慧は表情を暗くし、軽く睨んだ。

「どうして爽花が、瑠のマフラーを持ってるんだよ」

 ぎくりとして、慌てて手を横に振った。

「貸してもらったのよ」

「貸す? どうして?」

「あたし、何も着てなかったから。暖まっていけって……」

 バンッと大きな音を立てて、慧は椅子から立ち上がった。無口で爽花の腕を掴み外に連れ出した。まだ何も注文していなかったのが幸いだ。

「着てなかったってどういう意味? 瑠と、いつどこでどんなふうに暖まったんだよ」

「いや、着てなかったのは服じゃなくてコート……」

「俺は嫌だけど瑠はいいんだ。そういえば、電車で寝ぼけたって言ってたよな。どこに行こうとしてたんだ? 二人きりで」

 冷や汗で全身が震えた。さらに慧は固い表情で詰め寄ってくる。

「あいつが誰かと一緒に出かけるなんてありえないんだよ。同い年の女の子となんて絶対にないんだ。特別な用事がなければ絶対に出かけない。若い男女が二人きりで行く場所って、だいたいわかるよな。家じゃできない、誰にも話せない秘密だよ」

 優しい慧が詮索魔に変わるとは驚きだ。睨みも鋭くなり後ずさった。

「が……画材店だよ。出かけるっていうか、あたしがついて行ったってだけで」

「爽花は絵を描かないのに、画材店に行く必要ないだろ。本当は別の場所じゃないのか? 正直に話してくれ。隠しごとしないって約束したの忘れたのか?」

 嫉妬で頭が狂ってしまっている。冷たい風も吹いて心が凍り付いた。

「お願いだよ。全部はっきり教えてほしいんだ。誤魔化したり嘘ついたりしないでくれよ」

 肩を掴み、ぐらぐらと揺らされた。男なので力も強い。

「放して。痛い」

「爽花が全部言い終わるまで放さないよ」

 身動き一つとれず俯くしかない。本当のことを話しているのに、なぜわかってくれないのだろう。瞼に涙が溢れた時、遠くから視線が向けられていることに気がついた。顔を上げると、瑠が不快な表情でこちらへ近づいてくるところだった。

「最低だな、お前。惚れてる女の言葉信じられないのかよ。酷い性格で呆れる。彼女と長続きしなかったのも、そのしつこい性格のせいかもな。勝手に妄想して暴れる奴と付き合いたいわけないし」

 軽蔑の口調で、かなりイラついている。慧は瑠の胸ぐらを掴んで鋭く睨んだ。

「いい加減にしろよ」

「事実だろ。そいつに好かれたいなら、まず自分の歪んだ性格治すのが先だと俺は思うけど」

 ついに慧は拳を作り振り上げた。まずいと直感して背中にしがみつき、必死に止めた。

「だめだよ。殴っちゃだめだよ。乱暴しないで」

「うるせえな! 触るな!」

 勢いよく慧は爽花の頬を叩いた。うわっ、と倒れて周りから「あの子、大丈夫かな? 」と注目された。

「爽花……」

 愕然として、慧は崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。爽花も心が壊れそうになった。

「ほらな、やっぱり最低じゃねえか。本気で惚れてるなら、興奮しても暴力なんか振るわないもんな」

 怒りで震えている手を握り、もうやめてと微かに囁いたが耳には届かなかった。慧は爽花を抱き締めながら、唸る声を出した。

「お前には爽花はやらねえからな。絶対に、お前にだけは爽花はやらねえ」

「馬鹿じゃねえの? 最初からいらねえよ、そんなドジ女。俺は無関係だから、結婚でも出産でも好きにすればいいだろ」

 吐き捨てるように答えて爽花から紙袋を奪い取り、瑠は歩いて行ってしまった。周りの人たちは「うわあ、喧嘩してる……」と物珍しい顔で見ていて、弱弱しく項垂れる慧の肩を掴んだ。

「と、とりあえずアパートに帰ろう。立てる?」

 囁くと慧は小さく頷いた。

 

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