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十四話

 日曜日の午後五時半に、浴衣を着て外に出た。サンダルではかっこ悪いので、慣れない下駄を履いていった。派手に転ばないように祈りながら、神社で待ち続けた。二十分ほど遅れて慧は走ってやってきた。ラフなTシャツにジーンズと、夏祭りには関係のない服装だったが、魅力は充分溢れていたので不満はなかった。

「ごめん、待った?」

「待ってないよ。あたしも来たばっかり」

 嘘をついて微笑むと慧は、よかった、と息を吐いた。

「まずどの屋台に入ろうか? あたしはどこでもいいよ」

 さっそく話を始めたが、慧は首を横に振った。

「ここにいようよ。邪魔されないここで、二人でおしゃべりしよう」

「えっ? でもそれじゃ、お祭りに来た意味がないじゃない。せっかくだから」

「二人きりでいたい」

 遮って、慧は真剣な眼差しを向けてきた。その眼力が鋭くて、爽花は固まってしまった。

「ね、ねえ、そういえば、この間デパートで慧に会ったんだけど、知ってる? 声かけたけどこっち見なかったよね。どうして?」

 疑問が沸いて、早口で言った。慧はきょとんとして即答した。

「俺、デパートに行ってないよ?」

「えっ? あたしにぶつかったじゃない。覚えてないの?」

「覚えてないっていうか……。だいいち爽花にぶつかったら絶対わかるし」

 まさか本当に二重人格なのか。現実に二重人格の人などありえない。

「じゃあ、デパートにいたのはどこの誰なの?」

 慧は理解できずにあたふたしている爽花の髪に触れた。それが安心となって戸惑いは消え失せた。

「得体の知れない奴なんかどうだっていいよ。……浴衣、すごく似合ってる。可愛いよ」

 ぽっと頬が赤くなった。えへへ、と自然ににやけてしまう。

「慧に褒めてもらえるように頑張りました」

 慧もにっこりと笑い、爽花のすぐとなりに移動した。爽花の髪をかき分けて、そっと耳元で囁いた。

「……好きだって言ったら、怒る?」

 どくん、と胸の奥に大きな音が鳴り響いた。

「な……なに……? からかっても騙されないよ」

「からかってない。爽花に惚れてるんだ」

 鼓動が加速し、緊張の糸でがんじがらめになった。今まで自分がしてきたことが、一気に脳裏に蘇った。恋人なんか欲しくないと言ったくせに、慧と宿題をしたりお茶を飲んだり、おまけに夏祭りにまで来ている。下の名前で呼び合うのだって、電話番号やメールアドレスを交換したのだって、男友だち以上の関係じゃないか。慧の態度に一喜一憂していたのは誰だ。誘われてうきうきしたのはなぜだ。カンナの恋愛を応援しようと思っていたのに、まるで自分が彼女みたいではないか。はっきりとカンナの諦めたくないというセリフが浮かび、決して許されないことだと気がついた。浴衣姿を可愛いと褒めてもらうのはカンナの方で、爽花は二人の距離を縮める役だと思い出した。

「ごめん。嬉しいけど、それはカンナに伝えてあげて。カンナ、慧が好きだから」

 爽花が獲ってしまったらカンナは失恋する。そして爽花も昔から守り続けてきた決意を壊す。

「あたしは、カンナと慧の恋愛がうまくいくように願ってるよ。だから」

「カンナ? 誰?」

 慧は驚いて目を丸くした。爽花も冷や汗が流れた。

「カンナだよ。辻本カンナ。ラブレター読んだでしょ?」

「ああ、あの手紙」

 慧は、くしゃくしゃに折り曲げられたラブレターをバッグから取り出した。便箋を広げて、爽花に渡した。受け取った手紙には、カンナの丸っこい文字が並んでいた。

「『水無瀬くんへ。実は私、水無瀬くんのことが大好きなんです。一目惚れなんです。毎日あなたのことばかり考えてしまって、どうしたらいいのかわかりません。ずっと黙っていても辛いから、こうして手紙を書きました。どんなお返事でもいいので、必ず水無瀬くんの気持ちを教えてください。新井爽花』。えっ? 新井爽花?」

 雷が襲いかかってきた。こんな内容だとは夢にも思っていなかった。爽花に恋人ができるよう、カンナが無理矢理仕掛けたのだ。完全にハメられてしまった。

「これ、あたしの親友の辻本カンナって子が書いたの」

「でも新井爽花ってなってるよ」

「恥ずかしくて自分の名前書けなかったんだよ。あたしはラブレターなんて書かない」

 けれど慧は聞く耳持たずだ。爽花から手紙を奪い取り、びりびりと破り捨てた。

「これで、誰が手紙を書いたかはどうでもよくなった。俺は爽花に惚れたんだ。他の女の子が寄ってきたって、爽花を諦める気はないよ」

「悪いけど、あたし彼氏は必要ないの。慧とは男友だちでいたいよ。恋人なんてやだよ」

 掠れた情けない口調で答えると、にっと慧は笑った。その表情で女好きだと直感した。しかもたくさんの女の子たちと付き合ってきたので、女が酔いしれる術を数え切れないほど熟知している。かなり手強い相手だ。これまでの優しく親切な水無瀬慧は演技で、爽花が油断した隙を狙っていたのだ。

「せっかくカンナちゃんが俺たちを引き合わせてくれたんだ。素直に恋人同士になろうよ」

「あたしは一人でいたいって言ったでしょ。慧にはファンがいっぱいいるんだから、あたしを選ばなくたって」

「爽花しか興味ないんだよ。どんな子も俺がちょっと話しかけただけで、もう充分ですって落ちちゃうんだ。負けるっていうか……。みんな同じでつまんないったらない。でも爽花はどれだけ近づいても動揺しないし、普通にしゃべるし、全く落ちないだろ。爽花みたいな女の子は初めてだ。さらに独身で生きる、恋愛なんかしない。そんな子、落としてみたいって思うだろ」

 一歩一歩距離を狭めてくる。やばい、と爽花も後ずさるが、慣れない下駄で尻もちをついてしまった。すかさず慧は腕を掴んだ。

「放してよ」

 振り払おうとしても、男の方が力があるため無理だ。爽花を木の幹に押し付け、慧は覗き込むように見つめた。

「俺は爽花に冷たくしない。絶対に幸せにするから。約束する」

 しなやかな指で、頬に、首元に、そして唇に触れた。その動作がやけにいやらしく感じて、爽花も胸を突き飛ばした。

「慧が女好きだなんて思ってなかった。仲のいい男友だちだって信じてたのに」

 怒りたいのに涙が溢れた。裏切られたのだと悲しくなった。

「俺は女好きじゃないよ。本気で惚れたのは爽花だけだよ。今まで付き合った女の子は、向こうから告白してきて」

「もういいよ」

 遮って、手の甲で涙を拭い一目散に逃げた。追いかけてくると怖かったが、慧の姿はなかった。



 アパートに戻るとカンナに電話をかけた。だが反応はなく、しつこいとは考えたが繰り返しかけた。

「……そういえば、実家に帰ってるんだっけ……」

 気付いたのは、ちょうど十五回目の時だった。

 仕方なくベッドに寝っ転がった。カンナを恨むつもりはなかった。爽花の将来を心配してやったことだし、きっと悩んだはずだ。けれど余計なお節介はするなと言ってやりたかった。なぜ放っておいてくれないのか。独身でいたいという想いを理解してくれないのだろう。世界中の女の子全員が恋愛をしたいわけではないのに、どうして……。

「自分の恋愛だけ心配すればいいのに……」

 弱弱しく呟き、はあ、と長いため息を吐いた。

 翌日からは、図書館にも買い物にも行けなかった。大好きな青空の下で散歩ができないため、ストレスが堪り息苦しい空間で過ごした。高校生初めての夏休みが、空しい思い出となった。




 


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