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一三〇話

 刻一刻と卒業が近づいていく。爽花だけでなく慧やカンナやクラスメイト達も緊張し焦っていた。受験、合格、新しい日々の始まり。朝から晩まで息が休まることはない。その上爽花は瑠に花束を贈るという確実に行わなければならない使命もある。きっとフランスで瑠はアトリエに現れた子と結ばれるのだろう。無意識に俯いてしまう爽花を、慧は必死に優しく励ましてくれた。

「フランスでも爽花を忘れたりしないよ。初恋の子なんだから」

「いつかは消えちゃうよ。あたしとは違って、瑠にお似合いの綺麗な女の子と恋をするんだと思うよ。……アトリエで過ごしたことよりも、その子との時間のほうが大事だもん。絶対に……消えちゃう……」

「ネガティブに考えちゃだめだよ。ニコニコ笑ってる爽花の方が可愛いよ」

 けれど涙は瞼に溢れて止まらなかった。愛しい瑠と両想いになれたのに離れ離れ。二度と再会するチャンスはない。距離があまりにも遠すぎるのが冷たい槍となって心を痛めつけた。

「いいの。諦めてる。瑠の人生をあたしが変えちゃいけないもん。瑠の夢を台無しにしちゃいけない……。それに慧がそばにいてくれるから独りぼっちじゃないし、寂しがっても無駄なんだよね。あたしは頑張って理想の慧の奥さんになるよ」

 慧からの愛はまだ残っている。日本で慧と二人きりで生きていけば問題ない。言葉が見つからないのか、慧は黙って目を逸らしていた。

 高校の後輩たちは、慧が卒業するとおいおい泣いていた。

「水無瀬先輩がいなかったら、あたし学校に来れません」

「水無瀬先輩、卒業しないでください」

「どこにも行かないでください」

 繰り返し嘆きの声を聞かされて、慧も困っていた。

「ごめんね。でも二度と会えないわけじゃないよ」

「えっ? じゃあまた会えるんですか?」

「もちろん。俺も可愛い女の子たちとおしゃべりするの大好きだしね。日本に住んでるならいつでもどこでも会ってお話できるよ」

 その答えが、爽花の体の至る部分に突き刺さった。瑠と二度と会えない。住んでいる国が違う上に、瑠がフランスで運命の人と結ばれていたら絶対に話などできない。深い穴に突き落とされた感じだ。這い上がれず、ずっと暗い底にぽつんと浮かんでいる。瑠がいなくなって狂ったらどうしようという恐怖もあった。瑠は先生を亡くし狂って自殺まで計ったらしいが、爽花も死にたくなったら。瑠と繋がる誰かを妬み呪うのではないか。とにかく後ろ向きの考えしかできなかった。カレンダーで、あとどれくらいで高校生が終わるのか確かめた。「卒業式」ではなく「瑠と別れる日」と書き込み、ぐったりと項垂れた。

 しばらくしてイチジクの屋敷に行ってみた。爽花を待っていたようでイチジクは嬉しそうに微笑んだ。

「やっと来てくれた」

「遅くなってごめんなさい」

「いいよ。それより、これ」

 イチジクが大きな紙袋を持ってきた。中には特大の豪華な花束が入っている。

「瑠くんは薔薇が大好きだから、薔薇を多めにして作ったんだ。これでもっと絵が描けますようにって祈りながらね」

「びっくりです……。イチジクさんに頼んでよかった。瑠、すっごく喜びますよ」

「それならいいけど。瑠くんはフランスに行ったら日本に戻って来ないんだよね。寂しくなるよ……」

「あたしも同じです。でも瑠の夢を叶えるためには諦めるしかありませんよ」

「そうだね。瑠くんの将来の夢を台無しにしたらいけないね」

 ようやく進み始めた瑠の背中を押してあげるのが爽花の役目だ。真っ直ぐ歩いて行けるように行ってらっしゃいと伝える。わがままや不満で幸せへの道を遮るのは絶対に嫌だ。瑠が愛に満ち明るい日々を送るのが

爽花の一番の願いだ。

「必ず花束渡します。頑張ります」

 しっかりとお辞儀をし、くるりと振り返ってアパートに帰った。

 机の引き出しから古紙を取り出し花束の間に挟んだ。この先生の手紙は瑠のお守りで瑠が持つべきだ。消えてなくなりたい地獄から抜け出せたのと同じように、手紙の文章は瑠を助けて護ってくれる。最高の喜びと愛を与えてくれる運命の人を探し出してくれる。

「瑠……。さよなら……。フランスでも元気でいてね……」

 呟くと笑みが零れた。何だかもう泣き疲れてしまった。どれだけ涙を流しても瑠はフランスに旅立ち日本には帰らず離れ離れなのは確実なのだ。最後は笑顔で別れたいという想いが生まれていた。

 

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