十三話
夏休みの楽しみの一つといえば、夏祭りだ。高校生初めてということで、カンナと遊びに行こうと計画していたのに、カンナが実家に帰ってしまったので一人きりの夏祭りとなった。
「寂しいなあ……。行くのやめようかな……」
ぼんやりと考えていると、携帯が鳴った。慧からだった。慧から電話がかかってくるのは今までなかった。
「はい、なに?」
「あっ、爽花」
声を聞くだけでどきどきする。にやけてしまう。
「あのさ、日曜日、暇かな?」
カレンダーに目を向けて、『夏祭り』という文字を確認した。
「うん。暇だよ」
期待で胸が膨らんだ。まさか……まさか……。
「そっか。もしよかったら夏祭りに行かない?」
来た! と部屋中に光が満ちた。その言葉を待っていた! と思わず言いそうになった。
「行きたい! 実は行くのやめようかって迷ってたんだ。慧が一緒なら、もっと楽しいお祭りになるよ」
壊れそうなほど携帯を握り締め、頬が赤くなった。
「そうだったのか。断られるんじゃないかって心配してたんだ」
慧に誘われて断る女の子などいないだろう。よほどの男嫌いではない限り、慧と会うのを優先するはずだ。
「爽花の可愛い浴衣姿、見てみたい。いつもとは違う爽花に癒されたいよ」
「わかった。えっと……日曜日の五時に、神社で待ち合わせでいい?」
「いいよ。遅れたらごめん。爽花の浴衣姿、楽しみにしてる」
はっきりと答えて、慧は電話を切った。爽花はしばらく携帯を耳に当てたまま固まっていた。
これは夢ではないか、という想いで指さえ動かせない。会話するのだって難しい慧と夏祭りに行くなど、ほとんど奇跡といっていい。天にも昇る気持ちで、きゃあああとベッドの上でジャンプした。枕を抱きしめてゴロゴロと転がり、やったああああと叫んでいた。高校生初めての夏祭りが、最高の記念日となるのが嬉しくて堪らず、じっとしていられなかった。
さっそく浴衣を買いにデパートに向かった。爽花と同じく浴衣探しに来た女の子たちで、店内が溢れかえっている。まともに商品が見られず、人の間をかき分けていた時に、背中から視線を感じた。振り向くと、いつだったかカッターで八つ裂きの刑と言っていた金髪の女子が睨んでいた。悔しそうに唇を噛みしめ、怒りで爆発するのを震えながら抑えていた。優越感に浸り、勝ち誇った顔で睨み返した。いじめなどしているから、罰が当たったのだ。酷いことをすれば自分も酷い目に遭うというのに、愚かな人間だと視線で伝えた。拳を作り、金髪の女子は嫉妬の涙を流した。それを隠すために、その場から走って離れていった。
「いい気味……」
そっと呟いて、また浴衣探しを再開した。
二時間ほど経って、ようやくおしゃれな浴衣を購入した。爽花の大好きな青とエメラルドグリーンの可愛い浴衣だ。綺麗な花柄で、デザインもいい。せっかくなので髪飾りや下駄も買った。慧が美しいのだから、爽花も美しく磨き上げなければいけない。
「褒めてもらえたらいいな……」
うきうきと心が弾んで止まらなかった。明るい未来だけが待っていると嬉しかった。
スキップをして出口に行くと、背中から強く体当たりされた。うわっと紙袋を落とし、爽花も倒れてしまった。
「ちょっと……何するのよ……」
先ほどの金髪の女子が嫌がらせをしたと文句を言いかけたが、ぶつかってきたのは男だった。そのシルエットを見て、衝撃が走った。スラっとした体つき。頭が小さく足が長い。痩せているけれど、がっしりとした姿。間違いなく慧だった。
「あれ? 慧?」
呼んだが、慧はこちらを振り向かなかった。全く見知らぬ他人のような素っ気ない表情だ。あの夜も爽花が話しかけても反応しなかった。優しい性格が全て消えうせた感じだ。
「ちょっと待ってよ」
もう一度呼んだが早足で歩いて行ってしまう。その歩き方も、普段は軽やかなのに大股で堂々としている。服もモノトーンで、アクセサリーもなくバッグも地味で着飾っていない。華やかさが完全に欠けている。
「……慧……?」
心が冷たく凍った。周りで女の子たちが騒いでいて聞こえなかったのかもしれないが、ぶつかったのなら必ず気付くはずだ。
「慧って……。二重人格だったりして……」
意味のない独り言を漏らし、よろよろと立ち上がった。
アパートの洗面所の鏡で、浴衣を試着してみた。爽花がまさに望んでいた色で、よし、とガッツポーズをした。
爽やかという漢字が名前に入っているので、爽花は爽やかな色やものが大好きだ。空や海の壮大な青、木や葉っぱの自然の緑。どれも爽花を癒してくれる大事な宝物だ。この世に生きている人間や動物にとって、なくてはならない特別な色だと爽花は考えている。そもそも地球が青いのだから、誰に対しても必要不可欠なのだ。
「早く日曜日にならないかなあ」
わくわくと期待が高まる。青と緑に包まれた爽花を見て、慧はどのような感想を返してくれるだろうか。




