一一九話
「ねえ、慧は、あたしがいいよって嫌がらなかったらエッチなことする?」
どうしても気になって、真っ直ぐ慧に質問した。驚いた表情で慧は即答した。
「えっ?」
「だから……エッチなことだよ」
言いながら恥ずかしくて頬が赤くなった。どきどきと鼓動が速くなる。苦笑して慧はもう一度答えた。
「エッチか……。いきなりすごい質問でびっくりだよ」
「ごめんね。で、どうなの?」
「まあ、爽花が許してくれるなら、こっちは大歓迎だけどね。妊娠しないようには気を付けるよ」
「そっか……。それって、男の子ならみんなそう考えるの?」
うーんと腕を組み、慧は首を傾げた。
「どうだろう? 俺は爽花のことが大好きだし欲しいからするけど、他の女の子とはしないよ」
では瑠が服を脱がそうとしたのは男の本能なのか。高校生はもう大人と同じだから、どうしても異性に意識するだろう。
「そうだよねえ……。恋人でもない子とエッチなんてするわけないもんね。……瑠も一緒かな?」
「瑠? あいつも一応男だからね。好きな女の子がいたら抱き合いたいと感じたりするかもしれないね」
果たして瑠に好きな女の子が現れるのかは不明だが、たぶん慧の言う通りだと思った。
「どうしてそんなこと知りたくなったんだ?」
慌てて言い訳を探した。瑠に制服を脱がされそうになったなど口が裂けても言えない。
「そろそろそういうのも考えておこうってね。頭おかしいよね」
すると慧は真顔になり、真剣な眼差しで口を開いた。
「おかしくないよ。エッチを悪く思ったらいけないよ。いやらしいとか汚いとか考えるのは間違いだよ。大好きな人と身も心も全て知って、もっともっと愛で囲まれる美しい行為だからね。生き物ならみんなエッチを体験するよ。恥ずかしいことでもないし、俺だって爽花だっていつか大事な人と抱きしめ合う日が訪れるよ」
慧の言葉に感動した。確かに変な行為ではない。親になった人は必ずしているし当たり前なのだ。
「そっか。エッチは美しいんだね。えっと……こういうのを目から何とかが落ちるっていうんだよね?」
「目からうろこが落ちる?」
「あっ、うろこか。どうしてうろこなのか、あたしにはわかんないけど」
人間にはうろこなどないし、目にうろこがくっ付いているわけでもない。不思議だがわざわざ意味を調べる気はなかった。
慧と別れてから、なぜあの時瑠が脱がそうとしたのか自分なりに想像してみた。またうるさいからとイライラしたせいか。自分は悪魔や死神だと爽花に思い知らせるためか。怖がらせれば、きっと二度とアトリエには来ないだろうという想いから演技しているのかもしれない。
「もう……。瑠、謎すぎるよ……」
愚痴をこぼし、はあ……とため息を吐いた。
二週間ほど経ち、アトリエに行けるチャンスができた。もしまた同じことをされたらと不安があったが、どうしても質問したい。慧は先に帰って戻ってくる心配はなかった。ドアを開けると、瑠はどこか遠くを眺めて座っていた。
「ねえ、瑠、ちょっといい?」
呼んだが反応はなしだ。これはいつもなので気にせず、大股でとなりに移動した。
「この前のことなんだけど……。あれって……」
それ以上言葉が続かなかった。急に恥ずかしさが溢れてきて口を閉じた。瑠は完全に爽花を無視して、微動だにしない。その姿を見つめて、おかしな妄想をしていたと反省した。以前、裸体を晒した時に瑠は変なことをしなかった。つまりボタンを外そうとしたのは、いやらしい気持ちでも何でもない。理由は思い付かないが、犯そうという意味ではなかったのだ。捕まりたくないから犯罪もしないはずだ。最初に「嫌だよな」と聞いてきたから、突然気まぐれで考えた脅しでもなさそうだ。よくよく考えたら、瑠は爽花に興味も愛もないのだ。抱きたいのは大好きで大事な子だ。魅力も取り柄もない爽花を瑠が好きになるのは奇跡でも起きない限り不可能だ。何を心配したのかと呆れて、ほっと安堵の息を吐いた。




