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一一二話

 夕方になり、空がオレンジに染まり始めた。ベンチから立ち上がり爽花と瑠も帰ることにした。瑠の笑顔は消えてしまったが充分だった。駅前まで並んで歩き、しっかりとお辞儀をした。

「今日はありがとう。瑠と一緒にいられて嬉しかったよ」

 俺も、と答えてほしかったが、瑠は違う言葉を返した。

「そうか。よかったな。いい暇つぶしになって。明日からは学校に行けよ」

「今日は特別だよ。ちゃんとサボらないで通うよ」

 にっこりと微笑み、緊張しながらもう一度口を開いた。

「あの……。またいつかこうやって二人きりで」

 言い終わる前に遠くから雄叫びが飛んできた。はっと視線を向けると慧がすさまじい勢いで走ってきた。そのまま瑠の頬を殴った。

「お前、爽花に何してるんだ!」

 大声で叫び鋭く瑠を睨みつけ、爽花をぎゅっと抱き締めた。ぎくりと冷や汗が流れ凍り付いた。

「俺に隠れて爽花に近付いたんだな。俺の大事な爽花に触るな!」

 瑠は頬をさすりながら、視線を合わせず呟いた。

「近づいてねえよ。そいつが歩いてくれって言うから仕方なく付き合ってやっただけだ」

 慧の睨みが爽花に移動した。両肩を掴みじろりと見つめてくる。

「爽花が言ったのか? 瑠と歩きたいって」

 怖くてそうだとも違うとも答えられず項垂れた。また慧は瑠を睨み、さらに爽花を強く抱き締めて唸る口調で怒鳴った。

「お前に爽花はやらない。お前にだけは絶対にやらない。おかしなことするなよ」

「悪いけど、俺はそいつに何もしねえよ。二人で結婚でも出産でも好きなだけすればいいだろ。俺は無関係だし、独りで生きていくんだからな」

「そうか。自分の人生についてよくわかってるじゃないか。お前は産まれてから死ぬまで一生独りなんだよ。誰とも関わらないで寂しく死ぬのがお前の運命だ。爽花は赤の他人だって忘れてないよな」

「忘れてねえよ。俺はもう行くぞ。妄想野郎の相手をしてる暇はないんでね」

 くるりと後ろを向いて瑠はその場から立ち去った。待って、と呼び止める前に姿が消えてしまった。

「放してよ。痛い」

「だめだ。摑まえておかないと、いつあいつに会いに行くかわからないからな」

「どうしてあんなこと言ったの? 怒鳴ったの? 慧が暴力振るうなんて……」

「いいんだよ。あいつは悪魔なんだ。騙されやすい爽花の性格を利用して、うまく惑わしてるんだよ。あいつのそばにいたら地獄に突き落とされるぞ。あいつは死神だ」

「死神……なんて……」

 あまりにも酷な言葉に愕然とした。双子の兄を死神呼ばわり。本当に本当に瑠を憎み嫌っているのがひしひしと伝わった。

「瑠は悪魔でも死神でもないよ。もし悪魔だったらあんなに綺麗な絵を描けないよ。慧は勘違い……」

 そこで口が閉じた。明らかに不機嫌な慧の表情に恐怖で震えてしまった。

「いつもいつも爽花は瑠の綺麗な絵って話してるけど、どこで見てるんだ? まさかアトリエに自由に立ち入りしてるのか? ということは、あいつと二人でイチャイチャしてるって意味だよな」

「イチャイチャじゃないよ。ただ絵だけ見てるだけで……」

「本当かな。散々嘘ついて誤魔化してきたから信じられない。正直に話してくれ。あいつと出会ってから今日まで」

 すでに秘密が存在しているのはバレていたとぎくりとした。瑠とのひとときを答える力などどこにもない。

「やめて。放して」

 いじめのリーダーが助けに来てくれる期待はなかった。周りにいる人たちに注目されて恥ずかしくて早く帰りたいと必死に願った。

「話すまで逃がさないよ」

「もう……。もういや……」

 ぽろぽろと涙を流すと慧の腕の力が弱まった。それに気が付いて素早く振り払って大急ぎで走った。アパートに着き、はあはあと荒い息を落ち着かせる。汗で濡れている服を脱ぎ、洗面所の鏡で体を見て驚いた。慧の腕の跡がところどころに残っている。こんなに強く抱き締めていたのか。慧の嫉妬の深さが滲み出ていた。

「怖い……。慧が……怖い……」

 私服を抱えて床にしゃがみ込んだ。またがくがくと震えて血の気が引いた。

 慧に会いたくないからという理由で翌日も学校を休みたかった。しかし受験生だし、しっかりと授業を受けなくてはとびくびくしながら学校に行った。さすがに校内で恐ろしい態度はとらないはずだ。予想通り、慧は別人のように優しく穏やかな王子様だった。ただ一つ違っていたのは、どんな時でも爽花のとなりにいて決して離れなかった。放課後もアトリエに行く余裕はなく、残念な想いでいっぱいだった。それから毎日、まるで監視するかのように爽花につきまとってきた。休日も図書館や喫茶店に連れて行って、瑠に会うチャンスを作らせない。カンナには水無瀬くんに愛されて幸せだねと羨望の眼差しを向けられたが嬉しくも何ともなかった。瑠に癒してもらえないためストレスが溜まり、ぐったりと心が重く暗くなる。卒業してこの息苦しい生活から逃れたかったが、きっと卒業後も慧はつきまとってくる。瑠の名前は口が裂けても言えなかった。名前だけでまた妬み豹変するとわかっていた。

「久しぶりに慧のお家に行きたいな」

 ふとあることを思いついた。慧と瑠は同じ家に住んでいる。ということは、水無瀬家に行けばもしかしたら顔くらいは見れるかもしれない。

「どうして?」

「アリアさんに会いたいの。おいしいお茶飲みたいな。だめかな……」

 上目遣いで聞くと、慧は首を横に振って半信半疑の表情になった。

「悪いけど、母さん友人の結婚式があるから準備で忙しいんだ」

「あっ……。そ、そうだったの」

「それに俺たちも遊んでる暇なんかないよ。本格的に受験勉強に励むべきだよ。もっと自分に厳しくならなきゃ」

「……うん……」

 頷くしかなかった。アリアの結婚話は作ったものだとしても受験は確かにある。爽花にとって試験は大きな壁だ。合格するためには普通の人よりもたくさん勉強しなくてはいけない。

「ごめんね。余計な話して」

 苦笑して俯いた。瑠との距離を遠くしたくない。このまま慧に邪魔され続けるわけにはいかない。

「瑠に再会できない……」

 悔しくて寂しくて睡眠もうつらうつらばかりだ。ストレスで胸が破裂しそうだ。




 そんなある日、たまたま具合が悪くて慧が学校を休んだ。ようやくアトリエに行くチャンスが訪れた。堪ったストレスを解消し、もしかしたらまた瑠が笑ってくれるかもしれない。ドアを開くと瑠は絵を描いていた。

「る、瑠。久しぶり」

 どきどきしながら声をかけたが反応なしだ。いつも通りなので構わず、となりに移動した。

「やっと慧から逃れられたよ。辛かったよ。瑠に会えなくて」

 はあ……とため息を吐いたがまだ瑠はダンマリだ。

「瑠、聞いてる?」

「帰れよ」

「えっ?」

 冷たい一言に驚いた。目が丸くなり、もう一度聞いた。

「帰れって?」

「意味わかんねえのか。帰れって言ってるんだ」

 固い口調で爽花もむっとした。

「やだよ。ここにいたいよ」

「お前がここに来ると大変な目に遭うんだよ」

「大変な目? 何それ」

「何だっていいだろ。早く帰れ」

 ぎくりとして冷や汗が流れた。距離を狭めようとすると睨んできた。

「……また殻にこもってるの? そういうのだめだって」

「殻にこもってるんじゃねえ」

 そしてため息を吐いた。その息がやけに熱っぽく感じられた。

「風邪ひいてるの? おかしいよ、瑠」

 爽花が手を伸ばすと焦って瑠は立ち上がった。

「うるせえ。俺に触るな」

「……わかった」

 仕方なく不思議な想いでアトリエから出た。大変な目とはどういう目だろう。アパートに帰ってもずっともやもやしていた。やけに動揺している瑠の態度も変だったし、汗をかいているのも妙だ。慧に電話をかけようかと考えたが疑われると思い直した。

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