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十一話

 もしかしたら来ているかもしれないと試しに図書館に行くと、やはり水無瀬がドアの前で待っていた。爽花を見つけて、こっちこっちと手招きした。

「昨日はごめんね。いきなり用ができちゃって」

「いいよ。それより電話かけてきたのって誰なの?」

 単刀直入に質問を投げたが、水無瀬は首を横に振った。

「新井さんとは全く関係ない人だよ。会わない方が身のためだよ」

「えっ? どういう……」

 言いかけたが、水無瀬はぎゅっと爽花の手を握り締めた。どきどきと胸が速くなっていく。

「ちょっとお休みしようか。毎日宿題じゃ、疲れちゃうもんね。お茶でも飲みに行こう」

 確かに少し休憩をしたいという想いがうっすらと浮かんでいた。水無瀬はとても気が利く男子だと改めて思い知らされた。駅前のおしゃれな喫茶店に入り、向かい合わせに座った。

「それにしても、水無瀬くんっていろいろ持ってるね」

「持ってるって?」

 きょとんとした表情が少年のようで可愛らしい。

「非の打ちどころがないってこと。頭もいい、フランス語と英語は話せる、女の子にモテモテ。羨ましすぎるよ」

 水無瀬は大きく手を振って即答した。

「俺、そんなにモテないよ」

「ファンクラブたくさんあるのに、なに言ってるのよ」

 数は知らないが、きっと五個はあるはずだ。先輩にも告白されているとカンナは教えてくれた。カッター八つ裂きのファンクラブとは無関係になったが、まだ取り巻きは残っているだろう。

「勝手に作ってるだけだよ。どうしてあんなに騒いでるかもわからないんだよな」

 自分のよさを自分で判断するのは難しい。大抵の人間は、自分は劣っていると考えるものだ。

「俺、好きな子いないし」

 驚いて椅子から立ち上がった。あまりにも意外なことだった。

「嘘だ。今までどれだけ女の子とお付き合いしてきたのよ」

「本気で好きになった子がいないって意味だよ。どの子と付き合っても長続きしないんだよな」

 いつまでもそばにいられるのは一握りだ。椅子に座り直し、うーんと腕を組んだ。

「まあ……他人同士だから、別れるのはしょうがないよね。どっちかが浮気したり、喧嘩でこじれちゃったりするもんね」

「新井さんは好きな男いないの?」

 すかさず水無瀬は聞いてきた。組んでいた腕を緩め、大きく頷いた。

「いないよ。あたし、恋人欲しくないの。頑張って尽くしてきたのに、いきなりお前には飽きたとか違う子に惚れたとか捨てられちゃったら最悪じゃない。彼氏がいなくても死なないし、大人になっても結婚しないで独身で生きるんだ。そもそも魅力ゼロだしね」

「独身? もしかして男嫌い?」

 なぜか水無瀬の口調が固くなった気がした。

「男嫌いっていうか……。とにかく、相手の態度で一喜一憂するのが馬鹿みたいなの。始めから恋愛と無関係でいれば、傷つかずに済むでしょ? 人生を恋人や恋愛に台無しにされたくないだけ。他人に振り回されて生きていたくないの」

 一瞬水無瀬の瞳が光ったが、すぐに元の笑みに戻った。

「新井さんは、将来についてきちんと考えてるんだね。独身がいいなんて、けっこう変わってるね」

「みんなから言われるよ。独りぼっちなんて辛くならないのって」

 ふとカンナのラブレターが頭に蘇った。いつになったら返事をするのか知りたくなった。

「あたしが渡した手紙、読んだ?」

「手紙? ……ああ、あれか。もうちょっと返事待っててくれる?」

 水無瀬も暇ではないのだから、遅れても仕方ない。カンナの諦めたくないという想いが踏みにじられないことだけが心配だ。

「いつでもいいから、必ず教えてね」

「うん、わかってる。ごめんね」

 謝るのは爽花ではなくカンナの方なのに、と不満だったが、黙っていた。

「俺が、昨日質問したこと、覚えてるかな」

 話題が変わり、目を丸くした。水無瀬は頬杖をつき、爽花を見つめた。

「欲しくて堪らないもの。新井さんにはあるの?」

 すっかり忘れていた。そういえばそんな言葉を聞かされた。

「探してみたんだけど、一つもないの。これ以上欲しいものは、あたしにはない。強いて言えば、水無瀬くんみたいに賢い脳かな……」

 うーんと腕を組み、窓の外を眺めた。爽やかな夏空が広がっている。人々は汗をかいて、熱いコンクリートの上を歩いている。爽花はこういう、すっきりとした青空が大好きだ。名前に爽やかという漢字が入っているからか、とても嬉しくなる。

「……図書館に戻ろうか」

 水無瀬が呟き、やはり宿題をサボるのはだめか、と残念な想いに浸った。



 喫茶店よりも、図書館はクーラーが効いていた。ハンカチで汗を拭い席に座ると、鞄から教科書などを取り出した。しかし水無瀬はその手を止めた。はっと横を向くと、かなり距離が近かった。慌てて離れようとしたが、水無瀬の力は強かった。

「今日は、新井さんが俺に教える番だよ」

 どきどきとして鼓動が速くなっていく。水無瀬はさらに顔を寄せて、頬が触れ合いそうになった。

「あ……あたしが、水無瀬くんに教えることなんか……」

「新井さんのことが知りたい。どんな小さなことでもいいから、新井さんの全てが知りたいよ。新井さんのことが気になって仕方ないんだ。俺だけに、全部聞かせてくれ」

 あわわわわと叫んで勢いよく立ち上がった。耳元で囁かれるとハスキーボイスでぞわぞわしてしまう。

「あたしのことって……たとえば……?」

「とりあえず携帯の電話番号とメールアドレスは交換しておこうか」

 そういうことか、と安心した。電話番号くらいなら問題はないだろう。水無瀬の口調が色っぽかったため、もっと大人の話だと勘違いしてしまったのが恥ずかしくて堪らない。男友だちの関係から一線を越えるのかと、おかしな反応をしてしまった。水無瀬が、実は爽花はこんな性格の女子だと考えていたらどうしようと不安になった。

 携帯を開いて操作したが、指が震えてボタンが押せない。電話番号の登録の仕方も完全に消えて、あたふたとしていると、床に落としそうになった。あっ、と声が出る前に、水無瀬が受け止めてくれた。

「危なかった。壊れたら大変だよ」

「うん……。ご……ごめん……」

 迷惑をかけたくないと焦れば焦るほど緊張の糸が絡みつく。頑張っても、さらに震えが大きくなる。

「貸して。俺がやってみるよ」

 細い腕を伸ばしてきたので、素直に水無瀬に預けた。ささっと慣れた手つきで指を動かし、たった二十秒ほどで設定画面を表示した。他人の使っている携帯なのにと、これにはさすがに驚いた。

「水無瀬くんって、携帯の操作とか得意なんだね」

 返してもらい、爽花は尊敬の眼差しを向けた。

「たまたまだよ。何となくいじってみたってだけだよ」

 ははは、と軽く笑い、つられて爽花も微笑んだ。

 


   




 

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