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一〇三話

 翌日の昼休みに爽花がぼんやりとしていると、カンナが近寄ってきた。昨日と同じく固い表情だ。

「ねえ、あたし、ずっと考えてたんだけど」

 緊張の糸が絡まった声で話しかけてきた。

「いい男と結婚しても、どっちかが死んだらお終いって爽花は思ってるの? 恋愛って一回しかできないって思ってるの?」

「おかしな妄想だって。カンナは気にしなくていいんだよ」

「気になるよ。最近顔色もよくないし。爽花はまた間違えてるよ。お姉ちゃんも言ってたけど、恋愛はたくさんできるよ? 確かに死んだら寂しいし悲しいけど、いつまでも相手を覚えていてもしょうがないよ。次の恋人と素敵なカップルになれたら、死んじゃった人も喜ぶよ」

 このセリフを瑠に聞かせたかった。いつまで先生を追いかけているんだ。過去は変えられないから、いちいち覚えていても無駄だと考えていたのは瑠だ。完全に忘れろというのではなく、先生に愛された日々をたまに感じながら、現在となりにいるもう一人の愛してくれる存在と楽しく過ごせと言いたいのだ。この世の中に人間は数えきれないほどいる。みんなが捨てる神じゃない。イチジクやアリアは溺愛しているし、拾って大事にしてくれる神様がたくさんいる。どれほど爽花が教えても瑠は一つも信じない。自分は悪者だから、どうせ誰も拾ってくれないと勘違いしているからだ。慧が余計な名前を言いふらしたせいで、こういった役柄ができてしまった。だが瑠の心は汚くない。心が汚れていたら綺麗な絵を描けない。むしろ慧の方が起伏が激しくて大事な爽花を自分勝手に傷つける。わがままで爽花を奪われたくないからと束縛し、妄想して暴れまくった後「ごめん」と謝る。はっきりいって慧の行動には辟易するしイライラする。詮索魔に豹変する原因は爽花にあるのだが、だからといって疑い爆走するのは慧のだめなところだ。非の打ちどころがない王子様だったのに裏切られたと責めたい気持ちが薄っすらと生まれた。慧がいるせいでアリアは瑠を可愛がれないし、慧が表舞台に立っているから瑠は裏に隠れなくてはいけなくなる。瑠にもすごい特技や魅力があるのに慧が邪魔してしまう。

「爽花、ちょっと、どうしたの?」

 カンナが困った顔で肩を揺すってきた。はっと我に返りカンナに視線を向けた。

「別に」

「悩みがあるなら相談してよ。何のために親友になったの? 暗い爽花なんか嫌だよ」

 懸命に友人を想って助けようとする真剣な気持ちが届いた。わかった、というつもりで爽花も頷き、迷うことなく話した。

「あたしの持ってる特別な力って何?」

「特別な力?」

「みんなが特別な力を持ってるねって褒めるの。だけど全然わからなくて……。教えてほしいの」

 両手を握り締め、じっと見つめた。カンナは驚き目を丸くした。

「それは……はっきりとは答えられないよ。けど、たぶん爽花の夢じゃない?」

「夢?」

「夢というか、こうなったらあたしは幸せになれるのにっていう願い。そういうの爽花にはない?」

 夢は予想外だ。まさか夢という言葉が出るとは思っていなかった。

「いつか叶ってほしいなって願いが、爽花の言う特別な力に繋がってるんじゃないかな?」

 爽花の願いは、瑠を孤独のまま終わらせたくないというものだ。渇いた胸に新しい愛が注がれ、これ以上放っておかれない人生だ。瑠本人はへっちゃらでも、代わりに爽花が空しくて堪らない。独りぼっちで狭いアトリエで絵を描き続ける瑠の姿を見るだけで泣きそうになる。

 ふと古い紙きれが頭に浮かんだ。水無瀬家に似つかわしくない、びりびりに破れてくしゃくしゃに折られ文字も掠れてしまった古紙。あれに書かれた文章が、この願いを叶えてくれそうな気がした。

「……ありがとう。あたし、ちょっとわかったかもしれない」

 握った手を外し、カンナが返事をする前にその場から離れた。



 ちょっとわかったというのは、ごく僅かで実は曖昧な状態だった。爽花だけが持っている特別な力は何だろう。その力を使って、どんなすごいことを起こせるだろう。周りの人々は気付くのに爽花自身は、全く思いつかなかった。ただ一つ確信したのは、やはり瑠は支えが必要で新しい愛を与えなくてはいけないという事実だ。渇いた胸では真っ直ぐ立っていられない。希望を失いかけたり倒れそうになったりしても誰かがそばにいれば元に戻れる。そして二人で生きていこうという想いで溢れる。まずは徹底的に調べるのが一番だ。頼めるのはアリアだけだ。あの古紙について全て話してもらうのだ。

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