花達の恋
朝起きたら口の中が何だか変な感じがした。ハーブティーなんて飲んだ覚えもないのに口の中いっぱいに広がるむせ返るような花の匂い。もしかしたら思春期特有の奇病が発病したのかもしれないと思い、仕方がないから僕は学校に遅刻すると連絡をして最寄りの病院に足を運んだ。
『これは思春期特有の病気で、虚構花吐病だね。命に別状はないが治るまでは不便だろう』
やっぱり……、と僕は頭を抱えた。誰もが通る道とはいえ、思春期に必ず奇病にかかるだなんて奇怪な世の中だ。病名は何となく聞いたことがあるが何だかとても不便そうな予感がする。
『嘘をついたり、誤魔化そうとしたりすると口から花を吐いてしまう病気だ。前例がいくつかあるが完治までは個人差があるようでね、不便だろうがお大事にしてください』
特に薬は処方されず、診察代だけを支払って僕は病院を後にした。
嫌な予感は当たっていた、何だこの不便極まりない病気はと僕は憤慨する。思春期にかかる病気としては死に至るものを除いて最悪の部類に入るんじゃなかろうか。
試しに「これから学校に行きたい」と呟くと掠れた声と共に口からぽろぽろと小さな紫の花がこぼれ落ちた。今度は「椎茸が好きだ」と言ってみるとさっきより大きな白い花が口からこぼれ落ちる。
ううん、どうやら嘘の大きさや内容で量や種類が決まってくるみたいだ。今のところだと紫は憂鬱、白は無意識といったところか。
取り敢えず遅刻すると言った手前学校には行かざるをえず、とぼとぼと学校へ向かう。足取りは酷く重かった。
学校に着くなりいつもの騒がしい友人に絡まれる。
『なあなあ、今日病院行ってたんだって?あれだろー、思春期の!で、何だったんだよ内容!』
「騒々しいな……、別になんでもな……っ」
ぽろっと口から消しゴムくらいのサイズの赤い花がこぼれ落ちる。赤は怒り、か。
そうだった、色々考えすぎてもう忘れていた。誤魔化すのも駄目だったんだ。
『おわっ、何それすげー!口から花出んの?』
「……うるさい。誤魔化そうとすると口から花が出るってだけだ」
嘘はついてない。口元を確認すると花は出てきていなかったから、誤魔化しはある程度まで許容されるようだ。
『なーんだ、もっと面白いのだったらよかったのにな』
「お前もそのうちなるんだぞ。精々死なない奇病だといいがな」
『物騒なこと、言うなよな……』なんて随分と動揺した様子の友人はとぼとぼと自分の席に戻っていった。いい気味だなんて僕は思ったが、そういえばこの間隣のクラスで奇病で死んだ奴がいたことを思い出して少し胸が詰まった。言い過ぎたかもしれない、か。
その日の帰り道僕は彼に取り返しのつかないことを言ってしまったと後悔することになるのだった。
学校を出て家までの道を二人で歩く。心なしか足取りは重い。
『あのさ、俺実はもう奇病にかかっててさ。胸から花が咲く病気なんだけど、死ぬ可能性もあるんだって』
「……は、冗談だろう?」
『冗談で、こんなこと言うかよ……。花が咲ききったら死ぬからその前に手術で無理やりとるか、好きな奴との恋愛を成就させて花を枯らすかのどっちかが成功しないと死ぬって……』
「……手術の成功率は?」
『15%、期限はしかもあと一週間で決めないと手遅れだって』
「なんでそんな大事なこと黙ってた」
『心配するかと思って。お前、意外といい奴だから』
怒りと不甲斐なさで僕は震えた。もっと早くに頼ってくれれば何か出来たかもしれないのに。折角できた友人をみすみす見殺しにしてなるものか。
「……」
『なあ、黙ってたこと……怒ってるか』
「怒ってない」
ごほっとせき込んで僕の口から真っ赤な花が出る。やっぱり怒ってるんだな、と彼は言った。
『俺、手術で取ろうと思うんだ。俺の恋はきっと実らないから』
「何勝手に決めつけてるんだ!15%だぞ?そんな手術は最終手段だろう!」
僕がそう言い捨てると彼はこちらをぎっと睨んだ。僕は少し怯んだが負けじと見つめ返す。こわばっていた彼の顔がだんだんと弱弱しく泣きそうな顔になる。何故そんな顔をするのか僕には分からない、分からないが何故だかとても胸が痛んだ。
『……じゃあ、お前俺のこと好きになってくれんのかよ』
彼は消え入りそうな声で確かにそう言った。
僕に、好きになってくれるのかとそう聞いてきたのだ。
「何、言って……」
『俺、お前のことが好きだ。……恋愛対象として。おかしいって分かってる、でも好きなんだ』
ぐっと腕を掴まれる。彼は真剣だ、それも生死がかかってる。心臓が悲鳴を上げている。
答えなければ。
答えなければ。
「……ごめん」
そう答えると、彼はやっぱりなと俯いた。
俯いたその先に薄桃色の花が沢山散っている。僕の口からボロボロとこぼれ落ちる薄桃色の花びら。これはきっと恋の色だろう。
驚いて顔を上げる彼の視線のその先で僕の顔も染まっていく。
「……僕も、好きだ。友達だと思ってたのに、ごめん」
そういうと彼の息苦しいほど力強い抱擁と共に僕の口から出る花は止まった。
その後病院で完治を言い渡された彼は相変わらず僕にべたべたと引っ付いてくる。
「ねえ、邪魔なんだけど」
ぽろっと口から桃色の花がこぼれる。それを見て満足げな顔をした彼は僕から離れるのを止めずにこう言ったのだった。
『その病気、ずっと治らなければいいのにな』
「……馬鹿」
それから結局僕の病気の完治まで三か月、僕は毎日恥ずかしい思いをすることになるのだった。




