99式局地戦闘機
99式局地戦闘機
「親父っ、ついにやったぞ!」
中肉中背というには少しがっしりとした&年齢相応の下腹肉の付いた中年男が、工場の一角にある工場長室に飛び込んできた。満面の笑み及び歓喜の声をあげながら。それを迎える『親父』と呼ばれた老人は不機嫌な顔と声でそれに応える。
「そんなてっぱつな声で言わなくとも聞こえるわ。いくら工場が稼働中でも、ここは少しは防音があるからな」
という声も充分大きかった。先程まではそれなりに静かだった室内が、二人の声とドアが開けっ放しのため途端に騒がしくなる。まあいつもの事なので、お互い気にもしていないが。
「で、何がやったんだ?」
幾分小さな声で老人は中年男に問い質した。
先刻まで若い従業員達と一緒に作業していたもので疲れが溜まっており、少しまどろんでいたためいつもより頭のキレが悪くなっていた。そのため『息子』である中年男が今日どこに行って帰ってきたか失念してしまっていたのだ。
「おいおい親父ももうそんな歳かよ。まだまだ現役だと思ってたんだが…俺が今日『横須賀』に行ってきたと言えば、少しは目が覚めるか?」
中年男=息子こと立花正治が半ば呆れ半ば淋しそうに親父こと正太郎の元にゆっくり歩み寄り、鞄から封筒を取り出して顔の高さに掲げた。すると正太郎は「おおっ!」と声をあげる。その数瞬の間に頭の配線が全て繋がって、今日正治と自分達の会社に何が起こったのかを理解した。そして七〇過ぎの老体とは思えぬ動きで正治の前に立つと、正治の肩をがっしりと掴み、
「『やった』という事はあの子が──局戦が採用になったのか」と問い質す。目を血走らせ、血管が切れそうな程顔を真っ赤にして。
「まぁだ、仮にだから。落ち着いてくれ親父」
そんな父親に激しく揺さぶられながら、正治はそう言うのが精一杯だった。
普段から重い工具などを持っているものだから、正太郎の力は年齢の割に強い。もしかしたら社長業に専念して工場に立つ事が少なくなった自分よりも腕力は強いのではないかと思うくらいに。
ちなみに正太郎は会長という立場ではあるが特にやる事もないので、工場長とは別に工場責任者を名乗って、生涯現役とばかりに働き続けている。よって本来この部屋は彼の物ではない。が我が物顔で居座るものだから歴とした工場長(正治と同級生の頼れる人物)の方が何となく縮こまっている程だ。といっても小さい会社なので、そんなに上下関係は厳しくないのだけど。
「悪かったの。だが我が『橘戦闘機』設立以来の悲願、自社設計の戦闘機が採用なったとあれば、興奮するなという方が無理ではないかの」
正太郎は一言詫びて力を緩めたが、まだ顔は紅潮している。
まあ無理もない。この橘戦闘機は正太郎の父である立花正が、飛行機の日本国内初飛行の記事を見て、「これからは飛行機の時代だ」と起ち上げた会社なのだ。
立花家は古くから続く名主の家系で、幸いな事に金も土地もあった。それでも用地買収や事業許認可、人材の確保に手間取り、創業できたのは第一次大戦が始まってからになってしまった。おかげで比較的大きな建物や機械を必要としない上に、今後需要も期待できる戦闘機に絞って製造するメーカとしてスタートが切れた。
のだが物事そう上手くは進まない。
いや経営自体は割と順調だった。
戦闘機のみに絞った他社の転換生産は、正が厳選した職人達の丁寧な仕事と、海外から導入した最新式の機械のおかげで、本家よりも仕上がりが良いと評価され、注文が途切れる事はなかった。時には設計メーカが気付かないような改良点を見出し、それを形にして提示する事で、そのまま性能向上型として採用される事すらあった。
近々の例としては『96式艦戦』のエンジンを『寿』から『瑞星』に換装する事で、速力をはじめとした全般的な性能向上に寄与した。
そのため『12試艦戦』=後の零戦のエンジンが『瑞星』→『栄』という流れを決定付けさせたとさえ言われている。まあおかげで零戦は伸び代が小さくなってしまったらしい。が、それはまた別の話。
ともあれ橘戦闘機の技術は各方面から高く評価されていた。
だがしかし、橘戦闘機が本当に望む評価だけは全く受けられなかった。自社設計戦闘機の採用という悲願だけは。
これは決して自社設計の機体の性能が悪かったのではない。現に2~3機はいつも試験評価機として納入している。そこで他社の正式採用機と比べても遜色ないどころか、総合的に上回っている事も多かった。それでも採用されてこなかったのは、会社の規模が小さいというのと政治力のためだった。
会社の規模により採用が見送られるというのは、まあ少しではあるが筋が通っている。主力として運用したくても生産数が少なければ、部隊への供給もままならない。もちろん大量受注が決まれば工場の増設も可能だろうが、その完成には時間がかかり、その間は生産数も増えない。
他社に転換生産してもらおうにも大手が橘のような技術力はあっても航空機メーカとしては零細ともいえる会社の機体を喜んで作りたいとは思わないだろう。
それに大手に比べれば軍とのパイプも細い。
隣接する海軍木更津基地とは以前から良好な関係を築けてはいるが、その上との繋がりはあまりにも弱い。
大手と呼ばれるメーカは軍だけでなく政治家とのコネも強力。となれば多少の性能面での有利なんて簡単に吹き飛んでしまうのである。結果性能では劣っているはずの大手の転換生産で食いつなぎ、時に改良点を提示する事で少しばかりウサを晴らすのであった。
まあそれでも国の役に立てているという想い(事実)が救いであり、必要とされている限りは仕事の手を抜かないというのが誇りであったが。
それが遂に採用の運びとなったのである。
父親の正が創業間もなく亡くなってしまったので、大抵の苦汁を舐めてきたのがこの正太郎。七〇になったのを機に数年前社長の座は正治に譲ったが、その後も何かと経営に関わってきて、悔しい思いも積み重ねてきたが、これでようやく報われると感慨もひとしおな正太郎であった。
「しかしようやく海軍もウチの戦闘機の良さが分かったのか。今まで散々余所サマに負けない機体を作ってきたというのにソデにしてきやがって…でもこれで親父にも顔向けが出来るわ。不甲斐なくも二〇年掛かってしまったがの」
「それなんだが親父。実は採用してくれたのは海軍じゃなくて、くぅ…」
「はぁ!? お前が今日行ってきたのは横須賀だろう。だったら海軍以外に誰が見てくれたというのだ!」
折角晴れやかな気持ちでいたのに冷水をぶっかけられ、再び正治に掴みかかる正太郎。息子の言葉が理解できない、いや今回は理解する前に体が動いていたというのが正しいだろうか。確かに海軍に見せに行ったのに、海軍以外の所に見初められたというのは、少しばかり頭を働かさなければ自ら答えを見いだせないかも知れない。正治は頭に血が上った父親をなだめながら納得してもらえるよう話す必要に迫られた。
「だから落ち着いてくれ親父。空軍だよ。く・う・ぐ・ん! 丁度打ち合わせに来ていた担当者が飛んでいる姿を一見しただけで仮採用してくれて、本格審査の後に正式採用してくれるって確約してくれたんだよ」
「空軍って言うと今年発足したばかりの航空隊だけの新しい軍隊か?」
「そうだよ。新しい組織だからあまりしがらみとかに囚われない。いくら陸軍航空隊の大部分と海軍航空隊の一部を引き継いでいるとはいえ、その辺は一度リセットしたそうだ。二つの組織から人を掻き集めたせいで、人脈とかがゴチャゴチャになったからな。一旦サラにしないとかえって混乱を招くと上が判断したって言っていた」
「そうなのか?」
正治の言葉がようやく届いたのか、正太郎は両手の力を緩めた。そして少し惚けたような表情でその言葉を確認する。真っ赤だった顔からは余分な血の気が引き、瞳からも攻撃性は感じられない。それどころか興奮しすぎて疲れたのか浅い呼吸で酸素不足を補おうとしている。その様子に正治も安堵したのか、強い力で乱された背広を直し、少し小さな声で言葉を続ける。
「みたいだ。細かい所までは聞いてないが、空軍の上層部は比較的若くて優秀な人材で固めたらしい。しかも陸海から大体半々になるよう集めたみたいだから、片寄った意見なんて通りようもない。それに兵器なんかの規格も統一に向かい始めたから、運用機材の選定もハナからやり直す必要が出てきたって事だ。おかげで現場にも混乱が広まっているらしいが、単なる政治力だけで採用が決まるなんて事はなくなったらしい」
そこまで言うと正治はやかんから麦茶を注ぎ、一気に飲み干して一息入れた。ただでさえ急いで帰ってきたため喉が渇いていた上に、興奮した父親をなだめるため、すっかり喉がかれていたのだ。
その父親正太郎も無言で湯飲みを差し出し、正治はそれになみなみと注いでやった。正太郎はすっかり落ち着いたようだが、喉がかれていたのは同様らしい。こちらは一気には飲み干さず、数口に分け味わうかのように飲んでいた。
正治は一杯では足りなかったのか、もう一杯注ぐと一口だけ飲み、更に言葉を続ける。
「そしてその担当者さんは前からウチを評価していてくれたらしい。元々海軍の横空(横須賀航空隊)にいて、ウチの機体の審査なんかも見ていたそうだ。全部じゃないけどな。そして採用されない事をもったいないと思ってくれていたらしい。そういう隊員は多かったみたいだけど、最終的な判断は上だからな。だから空軍に移った今、新たなウチの機体を見て、是非とも使ってみたいと仮採用を即決してくれたそうだ。何せ空軍への異動に伴い階級も上がったみたいで、少しは意見が通せると言ってたから。正式な審査で余程の欠陥が見つからない限りは本採用になるだろうと言っていたよ」
「ふむ、空軍さんが認めてくれた事はありがたい事だが、海軍の方はどうしたのだ。改めて聞くがあの機体、今日は横須賀に持ち込んだんだよな」
正太郎がもっともな疑問を口にする。それに正治は苦笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、海軍さんの方は、ダメだった。海軍は例の『12試艦戦』を万能戦闘機のように考えているらしい。航続距離2000㎞以上、最高速500㎞超、格闘戦性能良好で母艦運用が可能な上に、20㎜機銃を搭載する事で、大型機への対応もバッチリと鼻息も荒かったからな。だけど防空専門の戦闘機に全く興味がない訳じゃない。実際空軍と共同で各社に局地戦闘機の開発を指示したと言っていたしな。ただその要求性能が最高速度で600㎞超と、今のウチの機体じゃちょっと物足りないみたいで。もっとも空軍の運用実績次第では、本命投入までのつなぎとして採用するかもとは言ってくれていたけどな。でなければ『12試』を局戦的に使うらしいが」
最後の方は冗談めかして海軍の理解のなさが分からないという気持ちを示す。それは正太郎も同じなようで、
「なんじゃそら!? 『12試』は伝わってくる話ではウチの局戦より50㎞近く遅いではないか。いくら20㎜なんて大砲積んでいるとはいえ、局地戦闘機はまず速力だろう。素速く敵機に迫り、撃墜撃破する。そのためには火力も重要だが、速力がなければ敵機に追いつけない。局戦というものの特性を海軍では分かってもらえなかったか」
正太郎はいかにも嘆かわしいという感じに頭を振る。
「いや分かっているから他社へ開発を指示したのでは?」という正治のツッコミも聞こえないかのように更に続ける。
「そうだ。ここは逆転の発想でウチの局戦に今すぐ20㎜機銃を載せる事はできんか? さすれば海軍だって欲しくなるのではないか?」
正太郎は納得いかない海軍の対応に再び興奮してきたのか、どんどん語気が強くなる。顔もうっすら気色ばんできて、また爆発する可能性もある。ので正治はなだめる事をやり直さなければならなくなった。
「20㎜搭載の計算はもう半ば出来ている。が今すぐには載せられんよ。なんてったって肝心の20㎜機銃の現物がまだ出来てないんだから。今ある20㎜機銃じゃ性能が低すぎて、戦闘機に積む訳にはいかない。撃ったって当たらなければ意味ないしな。だが『12試』は採用される頃に丁度新しい20㎜機銃が完成するらしく、それを見込んで取り入れたみたいだ。ウチの局戦だって開発を始めた頃には12.7㎜を予定していたのを、新しい13.2㎜機銃の性能が良さそうだからって変更したんじゃないか」
「そういえばそうだったかの」
息子の正論に簡単に落ち着きを取り戻す正太郎。今回は技術者としての性が興奮の原因だったため、その辺を突いて諭せば容易に沈静化出来てしまったのだろう。また暴走しかけた事が恥ずかしかったのか、再び麦茶を口にし、ヒートアップしてしまった事を取り繕うとしていた。
「それにさ、もし空軍と同時に海軍からも発注されたら、ウチだけじゃあとても捌き切れんぞ。全てのラインを局戦に振り分けられんからなあ。今のウチじゃあ他社に生産を頼む訳にもいかんし。だから当面は空軍からのみ受注し、それで得た資金と信用で工場を拡張し、生産力を強化する。それからでも遅くないんじゃないかな、親父」
「確かにの。ウチは生産ラインをフル稼働させても月30機がいいとこ。今集中生産している『96式艦戦改』を全部止める訳にもいかんだろうし。半分程度を空軍向けラインに変更し、それで局戦を作るのが妥当だろうの」
「そうさ。いくら『96式改』は他社でも生産してるとはいえ、改造案を提示したのはウチだからな。今後『12試』が採用されて『96式改』がそれ以上いらなくなっても、それまではウチは作り続ける責任がある。もちろん海軍の方針次第では、全て局戦に切り替える必要が出てくるかも知れない。それまでは大人しく受注した物を作っていく。それが生産メーカとして正しいんじゃないかな」
あごに手をやり、神妙な面持ちで息子の言葉に聞き入る正太郎に対し、正治は活き活きと持論を展開する。まあ半分は父親を安心させるためのカラ元気なのだが、正太郎の様子を見ればそれが結構有効に働いているらしい。
「それに現時点では、局地戦闘機に関してはウチが一歩先を行っている。他社は海軍らが出した要求性能に応えるべく、爆撃機に載せるような大型エンジンの搭載を検討しているらしいと、担当者らが言っていた。そんなムリな設計なら開発はかなり難航するんじゃないかな。完成には早くても2~3年くらいは掛かるだろう。その点ウチの局戦は換装するとしても三菱『金星』程度のサイズまでしか考えてない。当然ムリのない設計が出来るから改良も容易だし、何よりも現時点で完成しているってのが大きい。審査が順調に進めば来年には正式に採用されるだろう。であれば他社の強力な局戦が出てくるとしても、多分2年くらいはウチの機体しか局地戦闘機はないって事になる。その間に地盤と実績を作ってしまえば、その後も我が社は安泰だ。二年もあれば局戦の改良型なんて数タイプは出来るから、他社との棲み分けは充分出来るだろうから」
正治の言葉はとにかくポジティブだった。
世の中そんなに上手くいくばかりではない、誰もがそう考えるだろうが、その言葉を聞いていると本当にその通りになるのではと思ってしまう。それほど自信に満ちあふれた言葉と態度だった。
それを父親である正太郎はすっかり見入っていた。我が子の堂々たる言動を。そして正治の言葉が一区切りすると感慨深げに息を吐き、素直な感想を静かに言い放った。
「お前も随分しっかりしてきたもんだのう。もうワシの居場所はここにはないのかも知れんの」
「何言ってんだよおやじ! 今までまともに褒めてくれた事もないくせに、急にしおらしくなって」
正太郎の唐突な言葉に今度は正治が声を荒げる番だった。
「俺は親父がやってきた事を見よう見まねでやってきただけだ。それに今度の局戦だって図面引いたのは親父と将一じゃねぇか。俺に設計のセンスがあまりない事は自分が一番知っている。これから局戦の改良をしていかなければならないし、局戦に代わる新たな機体の開発だって必要になってくる。それを若い将一一人に任せるにはまだいかねぇ。だからまだ引退するなんて言うなよ」
「なぁに一人で熱くなっているんだ。ワシゃあ引退するとまでは言ってないぞ」
先程とは逆に必死に自分の事を引き留めようとしている息子を落ち着かせようと、正太郎は軽い口調で言い放った。すると正治はまさにキョトンという表現がピッタリくる表情で固まった。
「お前がしっかりしてきたからワシも少しは楽できるな、という事を言っただけだ。経営に関してはな。ワシはお隣が海軍の基地で、取引も大半が海軍さんとだったから、今回も海軍さんの事しか頭になかった。それをお前はその場で頭を切り替え、空軍の採用を取り付けてきた。ワシには出来なかったかも知れんから感心したんだ。だが設計や工場での作業はワシの趣味みたいなものだ。体が思うように動かなくなるまではたっぷり楽しませてもらう。そんな年寄りの楽しみを奪うなんて、いくらお前が社長だからってやっていい事ではないぞ」
正太郎の言葉に正治は「何だよそれ」と崩れ落ちた。
今まで必死に追いかけてきた背中が急にいなくなってしまう不安と、それが杞憂だった事に安堵して、体中の力が抜けてしまったのだ。
そんな息子の姿に嬉しさ半分情けなさ半分で、
「ったく、経営者たる者、そんな簡単に一喜一憂していては会社は成り立たんぞ。そんな様子じゃワシもまだまだ表舞台に立ってなきゃならんのう。まあもう少しまさ恵を鍛えれば問題ないか。あの子はお前より冷静で現実的だからの」と孫娘の名前まで出し、たしなめた。
折角自社設計の機体が仮にとはいえ採用に至ったのだから、もっともっと橘戦闘機を発展させていかなければいけない。そのための優秀なスタッフ(身内含め)がどれだけいたとしても、屋台骨・大黒柱たる社長=正治が堂々としていなければ歪みが生じ瓦解してしまう。故に正治にはしっかりしてもらわなくては困るのだ。
設立当時からこの会社を引っ張ってきた者のワガママかも知れないが、橘戦闘機にはもっと大きく成長してもらう。簡単には潰れないくらいに。そのためならいくつになろうとも、どんな苦労もいとわない。そう自分に言い聞かせている正太郎であった。
「分かってるよ。ただ今日は嬉しさのあまり神経が過敏になっているだけだ」
正太郎の呆れながらもやる気に満ちた表情に、正治は悪態をついて恥ずかしさを誤魔化すしかなかった。そしてゆっくり立ち上がり、大きく息を吐くと言葉を続けた。
「分かっているさ。これからが大事だって事は。ようやく念願だった自社設計機の採用が決まりそうだって時に、頑張らないでどうする。生産ライン増設のための設備投資や人員確保など、やるべき事は頭に入っている。それに、確かに俺は設計なんかは苦手だが、コンセプトなんかをまとめるのは親父達に引けをとっているつもりはねぇ。今回だって局地戦闘機という新たなカテゴリーに目をつけ上手くいきそうだし、次にやってみたい本格的な艦上戦闘機や他社の機体の改造プランが、帰りの汽車の中で次々湧き上がってきたからな。それらを実行するためには局戦にはどんどん売れてもらわなくちゃ困る。そのための努力なんて苦労の内には入らねぇ。世間じゃよく三代目が潰したなんて聞くが、ウチは三代目が成長させたんだって言わせるつもりなんだからな!」
そう言いきった正治の瞳には一点の曇りもない。少年が夢を語る時のような瞳だった。 ある意味売り言葉に買い言葉だったのだが、その言葉は心の奥底から出た本心だったから、それだけ純粋に響き、表情にも表れたのだろう。その姿に正太郎は再び感動を覚えたのだが、今度は素直な返しはしなかった。また息子の気持ちに水を差してしまうかも知れなかったから。
「ならその言葉が本当になるか見極めるのに、長生きしなければならんのう。いつになるか分からんのだからな。なるたけ長く生きてないとそれが実現する所も、お前が音を上げる姿も見れんからな」
「当たり前だ。親父がウチの会社がデカくなっていくのを見てなければ、俺は口先だけの奴になっちまうからな。しーっかり見ててもらわなくちゃ困る。もっともそんなに長く待たせるつもりはねぇ。三菱や中島程って訳にはいかないが、一〇年、いや五年でこの国を代表する航空機メーカの一つになってやる。戦闘機に特化しながらも、我が社の機体がなければ国防もままならぬと言われるくらいのな」
「そりゃあ楽しみだの」
正治の切った大見得に思わず笑みのこぼれる正太郎。頼もしくもあったが、何の担保も無しによくもそこまで大きな口が叩けたものだと思ったから。しかしその半分は自分を励ます意味も込められているのだと思うと、それ以上悪態をつく事は出来ない。だから正太郎は息子がどれくらい具体的なビジョンを持っているかを問いただす事にした。その内容により自分が手助けできる事が変わってくるだろうから。
「そりゃあもちろん局戦が空軍に正式採用されなければ話にならないけど、それが叶えばまずは局戦の強化だろうな。これはエンジンメーカ次第になっちまうが、13~1500馬力級の小型エンジンが使えれば、局戦は600㎞まで出せるだろう。実際中島は『栄』の強化を始めているしな。それで二年くらい時間を稼いでいる間に、次期局戦でも艦戦でも新たな機体を提案する。もちろん必ず通る訳じゃあないが、局戦が成功してくれれば、少しはウチの機体をまっとうな目で見てくれるだろうから、今までよりは採用される率は高くなるはずだ。一つじゃダメでも次々と提案していけば必ず目に留まる機体を送り出せる自信はある。何せウチは設計の速さと質で他社に劣っているつもりはないからな……」
正治と正太郎の経営戦略会議?は就業時間が終わり、家族が夕飯を知らせに来るまで続いた。その後も家族を交え、夜遅くまで今後の飛行機像の話し合いは続いた。つくづく飛行機バカの集まった家族だったが、それ故に橘戦闘機の未来は明るいだろう。そして今日正治が宣言した言葉は数年遅れたが現実のものとなる。
しかしそれは別の話。
今は翌年正式採用され『99式局地戦闘機』と名付けられる機体を巡る話なのだから。
橘戦闘機 99式局地戦闘機
※11型のデータ(17/12/08修正)
全長 8.7m、全幅 10.0m、主翼面積 17.5㎡
自重 1.81t、全備重量 2.66t(正規)、燃料搭載量 400+300L
機関 中島『栄』1x型 940hp、最高速度 550㎞/h、巡航速度 370㎞/h
航続距離 1110㎞(3.0h)~1940㎞(5.26h)、50%巡航時
翼面荷重 152㎏/㎡、馬力荷重 2.83㎏/hp
固定武装 13.2㎜機銃×6
★上記データは再計算の後修正しました。
橘戦闘機がようやく勝ち取った自社設計の局地戦闘機。
ほぼ同時期に開発が行われていた『零戦』と同じエンジンを搭載しながら、初期型では50㎞/h程優速である。
──『零戦』11型の内、強度対策を施してないごく初期型との差。
強度改修型とは20㎞/h程度まで差は縮まっている。
後の『飛燕』に近い機体構造(一本桁の主翼や外板の厚板構造など)を採用しており、急降下制限速度が800㎞/hと強度も充分だったから、空軍が本土や重要根拠地防空用として採用した。
ぱっと見は『零戦』に似ていると言われるが一回り小さく、風防の枠が少ないから、見間違えられる事は少ない。もちろん初めて本機と遭遇した敵機パイロットは区別できなかったようだが。
武装は機首に2門、翼内に4門の13.2㎜機銃。
この辺も7.7㎜と20㎜混載の『零戦』とは設計コンセプトが異なる。
局地戦闘機なのだから大型機銃を搭載している方が有利な気もするが、弾数や照準の関係から、実戦においては問題なかったらしい。
──『零戦』の20㎜は各銃60/100発程度だが、『99式局戦』の13.2㎜は300発ずつ搭載されている。
おかげで爆撃機相手でも急所に乱射する事で対応できた。
ただし防弾は11型では座席の後ろに鋼鈑を張ったに過ぎず、改修型が出てくるまでは『零戦』よりマシな程度だった。
『99式局戦』の改修は史実の『零戦』より順調で(『零戦』も史実よりはマシ)、『栄』の強化型や欧州発動機製の『縁』エンジン(どちらも1400hp級)に換装する事で600㎞/h超を達成した。
武装も次第に20㎜機銃へシフトしていき(その頃にはベルト式給弾で200発搭載した)、中型爆撃機なら容易に撃墜できた。
『99式局戦』を語る上で42年4月の「房総沖迎撃戦」は外せない。
詳細は割愛するが母艦から飛び立った32機の『B-25』の内、半数以上本機が撃墜したと言われている。
しかし『鍾馗』や『雷電』といった本格的な迎撃機が登場すると活躍の場は少なくなり、予備機や練習機扱いを受けるようになっていった。
それでも日本初の局地戦闘機として緒戦を支え、局地戦闘機の地位と戦術を確率した功績は大きい。
※スペックなどは後に変更される可能性があります。