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残された遙一と鷹谷は、各自用意した懐中電灯を持って二人一緒に黙々と階段を上がる。
ため息をつきながら遙一は、ふと隣の鷹谷を見やった。彼の冷静な表情にはうずうずしている様子が見え隠れしている。三枝と同じく鷹谷もこの状況を楽しんでいるようだ。
そして二階に到着した。
「屋上の写真楽しみにしてますよ」
鷹谷はそう言い置いて、怖さなど微塵も感じていないかのような足取りで廊下を進んでいった。
そこからとうとう一人になった遙一はおそるおそる三階への階段を上がる。階段は廊下同様木造で、段を踏むたびにギシッギシッと不気味な音が鳴った。
二階と三階の間にある、何もない埃まみれの踊場を半周し、また階段を上がる。階段を上がれば上がるほど、空気中に漂う埃の濃度が増してきているようで、遙一はマスクでも持って来るべきだったと後悔した。
そしてついに三階に辿り着いた。
辺りをゆっくりと懐中電灯で照らしてみる。その明かりは闇にのまれた通路の輪郭を徐々に浮き彫りにしていく。左側には窓、右側には教室があった。これは一階と同じ構造である。
懐中電灯で一番手前の教室側を照らすと、教室の扉の真上の壁から何年何組かを示す札が入るルームプレートが突き出ていた。だが、中には何も差し込まれていない。
遙一は忍び足でゆっくりと前進を始めた。
歩きながらその教室の中を照らすと、何もなかった一階とは違い、教室の後ろ半分を埋め尽くすように机が並べられていた。机の上には椅子が逆さまにして載せられていた。
更に前進し、天井付近に懐中電灯を向けると次の教室のルームプレートも空だった。その教室の中も一つ前の教室と同じで、後ろ半分を椅子を逆さまに載せた机が埋め尽くしていた。
背後に複数の視線を浴びているかのような気持ち悪さの中、全速力でダッシュしたい気持ちを抑えながら一歩一歩前進を続ける。
もしここでダッシュしてしまったら、その勢いで屋上へ上がるのをスルーし、反対側の突き当たりにあるという階段を下りて、そのまま旧校舎を飛び出してしまいそうだった。
ごくりと唾を飲み、三つ目の教室の中を懐中電灯で照らしていく。やはり、手前二つの教室と同じような構成だった。
そして三つ目の教室を過ぎたところで、ようやく屋上に通じているという階段に出くわした。
「ここか」
闇に溶け込んだ階段を渋々懐中電灯で照らしていく。先程上ってきた階段と同じ、見た目も変わらない木造の階段である。
当然、三階と屋上だけを結ぶ階段なので、三階からは階上へ続く階段しかない。その階段の下では、何が入っているのかわからない謎のダンボール箱がいっぱいに山積みされ、物置スペースのようになっていた。
遙一はここで一度深呼吸した。
屋上へと続く階段の一段目に足をのせる。そのまま足音を抑えるようにゆっくりと上がっていった。何もないただ埃まみれの踊り場を半周して、更に続く階段を上がる。
そしてついに、屋上に出るための全面白塗りの鉄の扉が眼の前に姿を現したのである。
真っ白な鉄扉のドアノブの上には小さな鍵穴があった。この鍵が開いてるか閉まっているかで、余計な手間を省くことができるかどうかが決まる。
遙一はそっと手を伸ばしてドアノブを掴み、回してみた。すると、カチャリという音とともにドアノブは回った。そのまま少しだけ体重をかけて鉄扉を押してみると、鈍い金属音とともに扉と扉枠の間にほんの少しの隙間が開いた。
遙一は無表情のままで数秒固まり、開いた隙間の先を覗くこともせず、何事もなかったかのように静かに扉を閉めた。
残念なことに、どうやら鍵はかかっていないようだ。
遙一は身を反転させて鉄扉にもたれかかり、嘆息した。
見た目では鍵穴だけなので開いてるか閉まってるかわからないこの白塗りの鉄の扉。このまま鍵の写真だけ撮って引き返して誤魔化すことだってできるというのに、今の遙一の思考回路ではそこまで考えている余裕はなかった。ただひたすらに、屋上の写真を撮ることだけを考えていた。
屋上の写真を撮ったら、その後はもうがむしゃらに一階まで全力疾走しよう、と自分に言い聞かせ、遙一は白い鉄扉に再び向かい合った。
扉をほんの少しだけ開けて、そこにできた隙間から今度は屋上を覗き見る。外は月明かりのおかげか、懐中電灯がなくても屋上の輪郭をうっすらとではあるが把握できた。だからここで一旦懐中電灯の明かりを消し、すぐに出せるようにジーパンの尻ポケットに押し込んだ。
ゆっくりとした動作で鉄扉を全開にしていく。辺りに金属の擦れ合う鈍い音が響いた。
遙一が開け切った扉から手を離すと、扉は全開の状態のままで固定された。頭上を見上げると、扉の上の方にはストップ装置がついていた。
遙一はそこから一歩踏み出し、目をしばたたかせた。
「え?」
屋上の構図が想像していたものとは違っていたからだ。旧校舎の面積がそのまま屋上の広さになっているという、よくあるものではなかった。屋上を出てすぐ左右を見ると、その両端は一定の距離のところで柵に阻まれ、そこから先はどちらも建物の端まで三角屋根が続いていた。三角柱を横に倒したような屋根が、屋上の両端にあるような感じだ。
屋上の周囲を囲む柵は高さ一メートルほどだ。緑色でところどころが錆びついていた。
柵で囲まれた範囲から察するに、屋上はおそらく上から見たらちょうど正方形になってるのかもしれない。
「……やるか」
遙一は気を取り直し、カバンの中から先ほど三枝から受け取ったデジカメを抜き出すと、今立っている扉を出てすぐの場所でファインダーを覗き込んだ。
そして凍りついた。
ファインダーから目を離すと、今まで確かに何もなかった眼前の柵のすぐ手前に、セーラー服の少女が背中を向けて立っていたのである。