3
三人一行は今しがた侵入した窓から廊下を右側へと進んだ。三人が足を進める度に、足元ではギシッギシッと不気味に木造の廊下が鳴いた。
廊下の空間を三つの懐中電灯の明かりが縦横無尽に往き来し、木造の壁や廊下の不気味な模様が照らし出される。が、内一つの明かりがぎこちなく動いていた。
遙一が握る懐中電灯のものだ。そこかしこにある木目模様が人の顔に見えてしまう、シミュラクラ現象に怯えているのだ。
突然、先頭を歩く三枝が歩を止めた。その背中が障害物となって後に続いていた遙一と鷹谷も足を止める。
彼らの歩く左手側には教室があった。
三枝がその中に興味を持ったのか、教室の方へ懐中電灯の明かりを差し向けて覗きんだ。鷹谷も懐中電灯の明かりを内部に向けて覗き込む。遅れて遙一も嫌々ながら中を覗いた。
机も椅子も教卓も何もない。教室の中は空っぽだった。
そこから更に奥へと進むと扉の前に突き当たった。
その扉は外見は中央出入口と同様に、上半分に窓のはめこまれた緑色の鉄扉だった。旧校舎が現役だった頃は、この扉からも出入りができるようになっていたのだろう。
三枝は無言のまま進んで鉄扉の前に立ち、ドアノブの下にある鍵のレバーを回して施錠を解除すると、それからドアノブを回して体重をかけて押した。
鈍い音を立てて左右の鉄扉の間にほんの少しの隙間が開いた。だが、ガチャンっという音をともなってから扉はそれより奥へは動かなくなった。おそらく外側で、中央出入口と同じように『立入禁止』の標識のぶらさがった鎖と南京錠によって封鎖されているのだろう。
三枝が鉄扉から離れるとガシャンッと鈍い音を立てて鉄扉は閉まった。そこから視線をそらし、左上に懐中電灯を向けて見上げる。
遙一と鷹谷も遅れてその方向を見やった。
そこには二階へと続く階段があった。
「じゃあここで分かれるか」
三枝が口火を切ると、三人はそれぞれ向かい合った。
肝試しのルールは事前に決めてあった。この旧校舎は三階建てなので一人一階に振り分け、廊下を歩いてここの反対側の突き当たりにあるという階段から一階へ下りてすぐの場所で落ち合う、というものだ。
無論、レベル的には一階が一番易しく、最上階がヘビーとなる。最上階ではもし不測の事態に陥った時に一番脱出しにくいからだ。
更に最上階に当たった場合、余計な試練が追加される。三階廊下の途中、位置でいえばちょうど旧校舎一階の中央出入り口があった辺りに、屋上と三階を結ぶ唯一の階段があるという。その階段で屋上に出て、前もって渡されるデジカメでそこの風景を撮って来いという、うんざりするような条件がプラスされるのだ。
「それじゃあ、じゃんけんで勝った順に自分の行きたい階を選ぼうか」
いかにもこの状況を楽しんでるように三枝が切り出す。
鷹谷はいたって冷静で涼しい顔で立っている。
遙一は是が非でもこの二人から一階を勝ち取らなければならない。
そして始まった重要な初回のじゃんけん。
「じゃんけん……ぽん!」
三人の重なった声が静かな廊下の中を反響する。
「げっ!?」
直後、露骨なまでに嫌そうな声が遙一の口から漏れる。
遙一が出したのはチョキ、残る二人はグーだ。いきなり遙一は負けてしまったのである。これで自分に三階が回ってくることは確定した。
その後、二人の間でじゃんけんが行われ、一階が三枝、二階が鷹谷、三階が遙一となった。
遙一はショックの余りうな垂れていた。
「じゃあ、屋上は頼んだよ」
三枝はしてやったりと言いたげな面持ちで、持ってきていた自分のデジカメを、動きが止まったままの遙一の右手に無理やり握らさせた。
「あ、ちなみに鍵がかかってて屋上に出れなかったら、その鍵の写真だけ撮って後で証明してくれな」
そう付け足すと、三枝はポケットから出した自分のスマートフォンを見て、
「今の時間は二三時三〇分ちょうどだ。一0分もあれば合流できるだろ。じゃあ俺は先行ってるぜ」
そう言い置いて一人で真っ先に一階の廊下を歩き始めた。
こうして深夜の肝試しはスタートした。