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この日、少年三人は日中に交わした約束のために、深夜再びこの場所へと集まっていた。七月初旬のとある日、期末試験が直前に差し迫っていたそんな時期だ。
集まった場所は、ある建物の門の前だった。
一人の少年が、ズボンのポケットから出したスマートフォンの画面を発光させて時間を確認すると、午後一一時を過ぎて間もなかった。
少年は画面から目を離し、門の向こう側にある建物を見上げた。
ここは去年の春から少年たちが通っている中学校の門の前である。門の両端からは柵が続いていた。そして奥には三階建ての校舎があった。闇の中にある校舎は不気味だ。数多あるどの窓にも明かりは灯っていない。
校舎は元々は白壁だったが、創立から何十年も経っているため、ところどころにヒビや汚れ、黒ずんだ部分がある。が、今は闇に溶け込んでいてそれらを確認することはできない。門の右側からは柵越しに駐輪場が見えた。自転車は一台もない。
門から校舎へとつながる道は距離にして一〇メートル程で、その道を挟むように茂みや木々がある。そこからは虫の鳴き声や風で枝葉が擦れ合う音が聞こえたが、建物全体は静寂に包まれていた。
これだけでも不気味なのだが、少年たちが目指している場所はここではなく、目の前に聳え立つ校舎の向こう側に未だ存在している旧校舎である。
「おい? 本当に……行くのか?」
スマートフォンの画面を消灯してポケットにしまうと、五十嵐遙一は蒼白の顔を校舎から離して二人を見やった。
唇と歯が若干振動している。誰が見てもわかる極度の怖がりである。
「もちろん。何のために集まったと思ってんだよ?」
門に向かい合って左側へと視線を向けた三枝勇司が、先頭切って歩き出した。その後を黙々と鷹谷耕太が続く。
三人は一度帰宅しているのでみんな私服だった。
一番最後に続いた五十嵐遙一は、三人の中で一番小柄だった。細身で身長は一六〇センチと華奢な体つきである。肩まで伸びた黒髪は少し外はねした癖毛がかっている。眉毛は細く目は切れ長だ。黒無地の半袖シャツに水色の半袖カーディガンを羽織り、下は黒のジーパンを履いていた。また、右肩から腰にかけてベルトを引っ掛けてオレンジ色の肩掛けカバンをぶら下げていた。
先頭を歩く三枝勇司は鋭い三白眼に茶色の短髪、両耳にピアスという、少し近寄りがたい容姿をしている。事実、いつもつるんでいるのは遙一と鷹谷耕太の二人だけで、それ以外の者とはほとんど接点を持っていなかった。黒のタンクトップにグレーのハーフパンツという恰好で、背丈は一八〇センチの長身、体つきはかなりがっちりしている。背中には黒のボディーバッグを背負っていた。
三枝の後に続く鷹谷耕太は、三枝と遙一のおよそ中間辺りの身長で、白のキャップをかぶり、茶縁のメガネをかけていた。一見真面目そうに見えるが、目深にかぶった白のキャップのところどころからは金色の髪がはみでている。
普段、校内では帽子をとらなくてはならない。ということは、今帽子の下に隠れている金髪の頭が校内では常にさらされているのだ。これほど極端に目立った髪染めをした者は彼以外に校内にはいない。それ故、常日頃から教室では浮いていた。そして三枝と同様に、この三人で行動することが常であった
鷹谷の恰好は、グレーと白の横ストライプの半袖シャツに、下はデニムのハーフパンツ、黒のウェストバッグを腰に身につけていた。
三人とも、この中学校に通い始めて二年目である。
三人が歩く道の端には街灯が等間隔に立っているので、ここでは懐中電灯は必要なかった。が、三人がそれぞれ用意した鞄の中にはしっかり自分専用の懐中電灯が入っていた。
道端の街灯の中には電球が寿命間近で、ちかっちかっと不気味に点滅しているものがあった。それを見た遙一はビクッと肩を揺らした。どうやら彼の恐怖心に更に拍車をかけたようである。
三人が歩いているのは、門の左側に続いている学校の柵に沿ってある歩道だ。高さ二メートルはあるだろう柵の向こう側にはグラウンドが見えた。つまり、敷地内の配置で言えば校舎の左側にグラウンドがあるのだ。
遙一は真っ暗闇のグラウンドから目を離し、学校の反対側を見やった。
学校の敷地から片側一車線の車道を挟んだその向かいには閑静な住宅街があった。住宅の一軒一軒はグラウンドの柵と同じくらいの高さの塀に囲まれていた。そのお蔭で一階からは見つからないだろうが、二階以上の高さから居住者に覗かれでもしたら間違いなく発見されるだろう。こんな夜遅くに学校の前で、少年三人がいつまでもうろちょろしていたら間違いなく怪しまれる。また、片側一車線の車道はこの時間帯になっても五分に一度車が通るか通らないかくらいの交通量だ。
そんな侵入するには厄介な条件が重なる学校ではあるのだが、校内侵入にはもってこいの死角が存在していた。先ほどの門の前から向かって左側へ三〇メートル程歩いた所に、ちょうどそこだけ街灯の間隔が広い場所があるのだ。そこは周辺より一段と暗闇が濃いので、例え高所から覗かれたとしても発見される可能性はかなり低いのである。
先述したように、この時間帯に少年三人がうろついていれば怪しまれるので、学校敷地内への侵入は迅速に行わなくてはならない。
三人がしばらく歩いていると、死角となっている暗闇の最も濃い部分であるだろう場所に着いた。
先頭を歩いていた三枝と鷹谷は早速柵の穴に靴先を突っ込んでよじ登り、難なくグラウンド側へと飛び降りた。だが、残された遙一はその場で一人躊躇していた。
「早く来いよ!」
三枝が控えめの声で呼びかける。
「向こうから車が来てます。こんなところ見られたら怪しまれますよ!」
鷹谷が先ほど集合場所に使った門の方を一瞥して急かした。彼が言うように、次第に車のヘッドライトとエンジン音が近づいてきている。
「……もう!!」
自棄になったように遥一は慌てて柵をよじ登ると、手際よくグラウンド側に着地した。
「こっちだ」
三枝の指示で三人揃ってすぐ近くにあった茂みに身を潜める。車のヘッドライトは三人が隠れた茂みを一瞬だけ照らした。
やがてエンジン音は遠のいてゆき、辺りは闇と静寂に包まれた。
「行くぜ」
握り拳に立てた親指で校舎側を指し示すと、三枝はグラウンドを走った。その後を鷹谷が続く。
一人茂みに身を潜めたまま遙一は暫し固まっていたが、
「お・おい! 置いてくな!」
慌てて二人の後を追いかけたのだった。