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7-3 まずいことになった

「は、発狂するって、穏やかじゃない、わね……」

 リトはまずそう告げた。


 発狂。 狂うコト。 ……悪いが全く想像がつかない。 まだ「痛い目にあう」とかの表現の方がきっと想像つけたのだけど。

 ところが来意のその台詞を聞いて巳白は明らかに表情を強張らせている。

 来意はリトと巳白の顔を交互に見比べて、案の定といわんばかりに再度ため息をつく。


「実は、翼族調査委員会が来てる」


 来意が巳白に告げる。 リトは――知っていたので頷く。


「リト! お前さん、翼族調査委員会が来てるって知ってたのか!?」


 頷いたリトを見て、声を荒げたのは巳白だった。


「馬鹿! ならなぜ俺を捜しに来たんだ! 奴らが来てる時に行方不明になるなんてそりゃお前……」


 巳白はそこまで言って来意と目を合わせる。


「……確かに責められるべきは俺、だな。 リトはわざと探しに来た訳じゃないし……」


 巳白が頭をかきむしる。


「まずいことになったな……」


 リトだけが、コトの深刻さを理解できずにただ二人を見て呆然としていた。





「リトが巳白と子供と一緒に見つかるらしいわよ!!」

 フローラルは3階の女官居住区に転がり込むように入り込むとそう叫んだ。


「え?」

「リトが?」

「見つかった?」

「無事?」


 フロアに集まっていた女官達が一斉に顔を出す。

 すぐさま騒ぎを聞きつけて各自が部屋から出てくる。


「フローラル! リトが見つかったって本当!?」


 弓やルティ、マーヴェもすぐにかけつける。

 フローラルはよほど急いで走ってきたのだろう、息も出来ずに胸を押さえている。


「み、見つかった……じ、ゃ、なく……て」


 フローラルが息を整える。


「見つかる、って。 彼が教えてくれたの」


 ぜいぜいと呼吸しながら言う。

 女官が呟く。


「フローラルの彼氏って?」

「兵士のボルト。 喧嘩はしょっちょう。 でも意外と長続き」

「ああもぉ、ウルサイわねっ! 長続きして何が悪いのぉっ?」


 フローラルが吠える。


「ま、ま、落ち着いてフロー。 で、見つかった、じゃなくて見つかる、なのかい?」


 ルティがフローラルの背をさすりながら尋ねる。


「……え、ええ。 陽炎隊の来意さんが洞窟に探しに行ったって。 来意さんの言うことには子供も巳白も、リトも三人一緒だって」


 女官達が喜ぶ。


「わぁ! じゃあリトは無事なのね!」

「良かったぁ!」

「やったぁ!」


 ところが


「三人一緒なのですわね!?」

 

 マーヴェが大声で水をさす。

 フローラルが頷く。


「なんてこと……」


 マーヴェが呟く。


「あ」

「……ああ」

「そ、そっか……」


 娘達が押し黙る。

 弓も顔面蒼白になっている。

 マーヴェが呟く。


「巳白は保護責任者がいるので、そちらが調査を。 子供はまだ幼いので記憶を収集されるだけ。 さほど時間はかからない。 リトはどちらにもあてはまらず、しかも巳白が男でリトは女――」


 全員が目を伏せる。


「異性の翼族と一夜を共にした者は翼族調査委員会から肉体検査を強制的に受けさせられる――」


 弓の手がぎゅっとスカートの生地を掴んだ。

 女官の一人が小声で漏らす。


「リトってまだ大人じゃない……よね?」


 他の女官が答える。


「それを調べる為に検査されるのよ」


 すると再度問いが発せられる。


「ねぇ、大人だか、そうでないかで何が変わるの?」

「大人ならもっと沢山調べられるのよ……心も体も」

「大人になった相手が翼族の人じゃなくても? 一晩一緒にいた人が翼族ってだけで二人の間に何もなくても?」


 それに答えたのはマーヴェだった。


「仮にフローラルが巳白と一緒にただ一晩一緒に行方が分からなくなったとして、それが翼族調査委員会の知るところになったら強制的にフローラルも肉体調査されるわ」


 女官達が騒ぐ。


「ええっ? ねぇ、肉体調査って裸にされるんでょ?」

「それって委員会の人に?」

「男の調査員からも調べられるんでしょ?」

「記憶も調査されちゃうって聞いたことある!」


 フローラルが叫ぶ。


「嫌だわっ! そんなのボルトに知られたらもう顔向けできないじゃない!」

「ボルト云々の前に、調査されたコトは公表されるんですからね、誰にも――顔向けできないわよ」


 マーヴェの一言でしんと静まりかえる。

 弓の服の裾をルティが引っ張る。


「ねぇ、弓。 本当はこんなこと聞きたくないけど……リトって、大人なの?」


 弓は顔を真っ赤にして返事をする。


「……知らないわ」

「……どう思う?」


 弓は考える。


「違う……とは思うけど……」


 そこにランが口を出した。


「でもアリドとつきあってるんでしょ?」


 その問いに弓は困った顔をした。


「そういう訳でもない……と思うけど、リトとそんな話をしたことないし……」

「でも、アリドって確かものすごく女性に手を出すのが早くなかった?」


 それを聞いてノアが


「でもリトってそんなに気軽に関係は持たない子だと思うけど」


 と割って入った。

 しかし、マーヴェが言った。


「――でも仮に、アリドもリトも真剣だったとしたら?」

「あり得なくはないね」


 ルティが呟いた。

 弓も、何も言えなかった。





 そして一方、洞窟の方ではリトがそれらの事実を聞かされて愕然としている、ようには見えなかった。


「えっと、リト? 分かってくれたかな?」


 来意が少し困ったように首を傾げる。


「なんかイマイチ緊迫感をリトから感じないんだけど」


 リトがその言葉ではっと我に返る。


「あ、うん、ゴメン。 びっくりして、ちょっと……」


 そうリトは言ったが、実は別の事を考えていた。 

 まず隣国のレイホウ姫のことである。

 彼女は幼い頃に新世や他の翼族とと触れあった事は公にされてないと言った。 そうか、確かに一国の姫ともあろう者を肉体検査させる訳にはいかない。 かなりタブーな話だったんだ、という事を実感したのだ。


 あと、それと、弓の場合は――?


「弓はラムールさんが保護責任者として書類上は管理しているから手出しはできないんだ」


 まったく、いいタイミングで来意が答える。 

 リトは巳白を見る。


「ラムールさんはただの保護責任者だから調査委員会の人を制止する事は無理だし……」


 リトは来意を見る。


「きちんとした理由なしに制止しようとすると、委員会全体を敵に回すことにもなるから下手したら国内全部調査対象になって大事になる」


 巳白がリトを見る。


「でもなぁ、リトだけにそんな目に遭わせても……こっそりリトを逃がすとかできないかな?」


 しかし来意が首を横に振る。


「肉体検査を受けてもただそれだけで終わる人だっている。 リトだってその可能性は十分ある。 ただ検査を受けたという事実をリトが受け入れきれるかどうかだ。 受け入れきれるのなら肉体検査はそんなに問題じゃない。 怖いのは――」


――怖いのは?


 リトはきょとんとした目で来意を見た。 来意が口ごもる。

 代わりに巳白がちょっと呆れた表情で言った。


「何しろ密室の中での調査だからな、疑問をでっちあげられて精神検査に持って行かれちゃう事」


 リトは巳白を見る。


「疑わしければどんな手を使っても調査可能」


 と、来意。


「精神検査を受けた人間はよほどの事がないかぎり発狂するまで開放されないらしいから。 このあたりは世尊が詳しいよね」


――それが発狂か。

 ……しかしリトにはやはりイメージが沸かなかった。 精神検査、なんて。


「あー、なんか電流がどうの科学がどうの言ってたな」


 巳白も呟く。

 だが――リトは


「えっと、精神検査まではどう考えても行かないと思うから。 そこまで心配してくれなくても平気だと思う。 それに、肉体検査だって、お医者さんからの健康検診みたいなものだって思えば、――そりゃあ嫌じゃないって言ったらウソになるけど、でもそれを受けたからって、弓とか、友達とか、私を見る目が変わるとは思わないから――平気」


 やっと自分の気持ちを口にした。

 巳白と来意がそれを聞いて目を丸くする。


「えっと、来意くんや巳白さんは私が肉体検査を受けたからって態度かえないでしょ?」


 リトは尋ねてみた。 来意達が慌てて頷く。


「そりゃぁー、勿論。 うん。 ああ、まだ清らかなんだなー、って思うくら――」

「来意っ!」


 巳白が少し頬を染めて来意を制する。 来意も恥ずかしそうに口をつぐむ。


 そうか。 つまりは自分がまだ大人ではないと証明すれば良いだけなのだ。

 それなら全然平気ではないか。


 リトはそう気づき、頷く。

 しかもリトは、直接肉体検査を受けないでも自分の身が清らかだと証明する術を知っている。

 清らかでありさえすれば、肉体検査も精神検査も受けなくて済むではないか。

 何も恐れる事はない。


「よっし!」


 リトは握り拳に力をこめて言った。

 自分は検査を受けるわけにはいかない、と、思ったのだ。

 自分が検査を受けて不愉快な思いをしたと周囲が思えば、きっと弓達はいたたまれないだろう。 そんな思いをみんなにさせたくはない。

 腹を決めたリトを来意と巳白が感心した顔で見つめる。 


「すごいなリトは」


 巳白が呟き、来意も頷いた。


――僕の勘じゃ、リトは結局肉体のみならず、精神検査までも受けることになる、と出ているのに―― 


 しかし来意は首を横に振った。


――勘だって、外れることもある


 そしてそう自分に言い聞かせて、リトを見る。


「あっ!」


 ところがリトは急に何か思い出したように一声あげ、来意達を見た。 来意達に緊張が走る。

 リトは二人を交互に見て尋ねるように言った。


「えっと――私って、清らか、なんだよね?」


 巳白達は言いようのない脱力感に襲われた。

 来意が顔を赤らめて言った。

 


「それは僕達には分からないからっ!」

 

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