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6-16 過去の夢9〜出会い

 どの位、どっちの方角に向けて進んでいったかなんて覚えていない。

 村人が追ってこられないように、海を渡った覚えはある。

 村を出て一晩中、ボクは飛んだ。 吹雪地帯を抜けて、更に先に。

 夜が明けても飛んだ。

 どこまで逃げればよいかも分からず飛んだ。

 やがて緑の豊かな森が見えてきた。

 日は昇り、足下に国や村が見えたが、怖くてボクはそこに降りる事はできなかった。

 昼も過ぎたころ、やがて体力が尽きた。

 ボクはせめて清流を無事に地面に下ろそうと、それだけを考えて森の中に降りた。

 あえて木々の生い茂った狭い空間に降りた。

 人が通らないような場所なら、きっと人にみつかることはないだろう。


 ボクはもう感覚が無くなった右手に力をこめて、そっと清流を下ろした。

 清流の顔色は真っ青で意識は無かった。

 清流をお医者様にみせたかった。

 でもボク達がどこで誰に頼れるというのだろう。


「清流、目を開けてよ清流」


 ボクは意識が薄れながらも、清流の名を呼んだ。 その時、森の中に草がかきわけられる気配を感じた。

 誰かがこっちにやってくる。

 ボクはもう飛ぶ力はなかったので、清流をかばうように抱くと、音のする方向をじっと見た。


 獣道でもない、ただの森の中をだれかが歩いてくるなんて――


 その人は草をかきわけて、ボク達の目の前に現れた。

 たくましい体つきをした男の人で、大人のような、でも、まだおにいちゃん、と呼んでもおかしくないような年頃。

 茶色でうねっている髪の毛はライオンのたてがみのようでもあり。 少し太めの眉と、まっすぐな視線。

 そして背中に剣を背負っている。


――剣


 それがボクを敏感にさせた。 清流を殺されてたまるものか、ボクはとっさにそう思い全身に力をこめた。 熱い血が体をかけめぐり体の中から見えないエネルギーが湧き出す。 エネルギーはボクの体の隅々から発射され、その人は威力に押される――はずだった。

 男の人はちょっと驚いた顔をしてボクを見た後、


「いきがるな!」


 と一喝した。

 その声はまるで落雷のようにボクに激しく届く。 ボクはその迫力にびっくりして息をのむ。


「怪我してるじゃないか。 ほらさっさと来い」


 有無を言わせず、しかし男の人は優しい態度でボク達に近づいて僕たちに手を伸ばした。

 その瞳には優しさが溢れていた。


「おまえの弟か? 大変だったな」


 男の人はそう言うとボクと清流、二人をまとめて一人の人間のように抱きかかえた。 ボクは安心した。 清流と離されていたらボクはきっとパニックになっていただろう。


「こりゃひどい」


 男の人はつぶやいた。 そして僕らを抱いたまま森の中を走り出した。 暖かい風のように軽やかだった。 


「一夢!」


 空から、女の人の声がした。


――空?


 ボクは不思議に思い上を見上げる。 そこには長い金髪を一つの三つ編みにし、白い翼を持った女性が飛んでいた。 彼女の耳は僕たちと同じ、人間の形をしていた。


――ああ、僕たちと同じ、ハーフの人だ……


 ボクはほっとすると、意識を失った。

 

 

――声がする。


「大変。 二人とも翼族の血を殆ど流してしまっているわ」


 翼族の血が無くなってしまうのか。

 ああ、ボクはやっと人間になれる――


 ボクは穏やかな気持ちになった。

 

 


 

 目が覚めると大きなベットの上だった。

 部屋中がなんとなく甘くていい匂いだった。 お母さんの部屋のような。


「あら、良かった。 気がついた?」


 ボクが起きあがるとあの金髪の女性が声をかけた。

 ボクが声のした方を見る。

 一瞬、ボクには信じられなかった。

 翼を無くして、顔の右半分におおきな傷を負った清流が、安心した顔で女性に抱っこされていた。

 女性は清流を抱いたまま近づくと、清流をそっとボクの隣に下ろした。

 ボクは清流の顔を触ろうとして右手を伸ばして左手で体を支えようとして、バランスを崩した。

 女の人が切なそうな顔をした。

 ボクはそこで自分が片腕になった事を実感した。

 だけど、だけど。


「おにいちゃん! 気がついてよかった!」


 清流がボクに抱きついた。 小さな手がぎゅうっとボクを抱きしめた。 

 ボクはそれだけで幸せだった。

 



 

 ボクが目覚めたその日、ラムールと名乗るボクよりちょっとばかり年上の男の子がやってきた。

 ラムールはにこりともせず、見るからに面倒そうにため息をついてボクの前の椅子に座った。


「それで、どこか行くアテはあるの?」


 いきなりの質問だった。 ボクは首を横に振る。


「じゃあどうするつもり?」


 ラムールの口調は冷たかった。 さっさと出て行け、と言っているようにも聞こえた。

 ボクが答えられないでいると、部屋にあの二人が入ってきた。


「なぁに? その言い方は」

「まったくだ。 優しくないなぁ」


 二人は交互に口を出す。 だって、とどこか心細そうにラムールは二人を見る。

 ボクを助けてくれた男の人がまず口を開いた。


「俺は一夢。 そしてこっちが新世。 俺の嫁さん」


 新世が微笑む。


「ここね、孤児院なの。 もし行き先が無いようだったらずっとここにいらっしゃい」


 いいの?、と尋ねる僕の瞳に、一夢さんがにこりと頷いた。

 ラムールが思い切りため息をついた。


「はいはい。 了解。 二人とも。 この巳白をここに住まわせるんだね? じゃあ手続きするから出てって」


 ラムールは少しふて腐れながら厚い書類の束を出す。

 一夢と新世は顔を見あわせる。 新世がくすりと微笑んで「おねがいね♪」と言いながらラムールを背後からハグする。 ラムールのほっぺが少し赤くなる。


「……うん」


 ラムールが頷くと二人は部屋を後にする。 そしてボクと再び対面したラムールは事務的としか言いようがなかった。


「親の名は」

「……わかりません」

「どっちが人間でどっちが翼族?」

「え?」

「親」

「あ、お父さんが翼族でお母さんが人げ……」

「そう言う時は父、母、と言うんだ。 父が翼族、母が人間、と。 出身は?」


 ボクはちょっと黙った。


「……ゴーザック村」

「ゴーザック、ね。 寒い所だ。 そして逃げてきた理由は?」


 ボクはまた考えた。


「村が、戦に巻き込まれて。 母さ……母と父はその時に死んで。 そして翼のあるボクたちは、人間として生きていく為には翼を落とさなければいけなかったから……それがイヤで……」


 ラムールがじっとボクを見た。

 ボクの心臓が早鐘のようにうった。

 ボクはすべてを正直に話すと、あの村の人達から手配書が出ていて捕まるのではないかと心配したのだ。


「ふぅん」


 ラムールは冷めた目つきで書類を眺めると言った。


「ま、いいだろう。 それじゃあ説明しようかな。 翼族の血を引く君がここで居住するにあたっていくつか条件がある。 まずボクは君の保護責任者だ。 ボクの言う事はたとえ黒を白と言えと言われても従うように。 君には翼族の血がまじっているので、だいたい月に一回定期的に身体と能力検査を行う。 ボクの許可なしにこの国以外に出る等の自由な行動は慎んでもらう。 この国の中も正直言って翼族を受け入れる人間の数はほとんどいないと言っても過言ではないから、下手に村の外に出ると迫害――君の腕や弟の羽みたいにね――まぁ、迫害されるから気をつけて。 それらに関してボクが君を守ったり相手方に文句を言ったりすることはまず無いので期待しないように」  


 ボクは尋ねた。


「あの――ボクの保護責任者があなたって事は、清流は?」


 ラムールは冷たく答えた。


「弟、清流はすでに翼を無くしているので翼族専用保護責任者をつける必要は無い」


 翼を無くして、という言葉がぐさりと胸に突き刺さる。 そしてほんの少し、また自分だけ仲間はずれだと思った。


「そしてココを忘れて貰ったら困るのだけど」


 ラムールは一呼吸おいて言った。


「ボク、保護責任者はいつでも君を殺すことができる。 納得したらサインして」


 ボクの目の前に乱暴に書類が放り投げられた。


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