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6-15 過去の夢8〜お願い、助けて!

『よし、みな集まったか』


 不意に村長の声が聞こえた。

 ボクの背筋に悪寒が走った。


『いいか。 村はずれの旧教会跡で翼を切り落とす。 斧の準備はいいか?』


――斧!? 斧で清流の翼を切り落とすつもりなの?


 一瞬ボクが気をとられると、突風がボクを予想だにしない方角へ吹き飛ばした。


「っ!」


 ボクは必死に突風からのがれて再び村に向かって飛ぶ。

 村長の声が聞こえる。


『全員、顔を見られないようにマスクをして。 清流にもこっちの顔をみられないように目隠しと、さるぐつわを忘れるな?』


「清流! 起きて! 逃げるんだ!」


 ボクは叫んだ。 風にかきけされると思っても叫んだ。


「誰か、翼族の人、聞こえたら助けて、助けて」


 ボクはブツブツつぶやいた。 ボクですらあんなに離れた清流の声が聞こえたのだ、翼族ならもっと遠くまで耳にする事ができるのではないか、そう、翼族の――


「お父さん!」


 ボクは叫んだ。 目から涙が溢れた。


「お父さんお願い! 清流が大変なんだ、村の人達が清流の翼を切るんだ、助けて、お願い、お父さん、助けて!」


 ボクは祈るように叫びながら吹雪の中を飛んでいった。


『じゃあ、階段を上るぞ』


 村長達の声が聞こえる。


『静かにな――気づかれないように。 ――うむ。 よく寝てる。 ――そうだ、そっちから近づいて――今だっ!』


 ボクは目を閉じた。


『ん゛ーーーー!!!!』


 清流の声にならない悲鳴が響いた。


『こらっ! 暴れるな!』

『翼だ、翼をつかめ!』

『ええい、おとなしくしろっ!』


 村人達の怒号が飛ぶ


『早く運べ!』


 号令が飛んだ。

 ボクは目を閉じたままスピードを上げた。

 このままでは、ボクは間に合わない。


『そっちだ、そっちの台だ!』

『斧は! 斧を早く!』

『暴れさせるな! それぞれ手足を一人ずつおさえろ! 翼もだ! 翼を一枚だけその台の上に置いて!』

『ん゛ん゛ん゛っ! んん゛ん゛っ!』


 大人達に力任せに押さえつけられた清流が痛い痛いと叫ぶのが聞こえた。


「おとうさん! おかあさん! 清流を助けて!!」


 ボクがは目を開けて叫んだ。


『ん゛ーーーーーーーーーーっ!』


 清流の悲鳴がボクを貫く。


『ん゛ーっ! ん゛ーっ!』

『なんだこりゃあ! 翼が堅くて斧が役にたたないぞ!』


 村人が叫び声をあげた。

 ボクは一瞬ホッとした。 しかしそれは本当に一瞬だった。


『付け根は骨だから堅くて当然だ! 何回もたたけ! 大金槌をもってこい! 大斧もだ! 鋸でもいい! 早くもぎ取ってしまえ!』


 男達の怒号が飛ぶ。


「やめてーーーーーーーっ!」


 ボクは叫んだ。


『そらっ!』

『ん゛ーっ!』

『このっ! このっ!』

『ん゛んん゛ーっ!』


 男達が出すかけ声と一緒に清流が叫び声を上げる。

 ボクの視界に、少しだけ見慣れた森が見えた。 あともう少しで村だった。 しかし空には誰も、そう翼族の姿はおろか、父さんの姿も見えなかった。


 ――誰も助けに来てくれない。

 ボクは感じた。


『おら、一枚とったぞ! 次は左だ! ――せーのっ!』

『ん゛ーっ』


 一枚翼がもぎとられてしまった。 でもボクにできることはただ飛ぶこと、それだけしかなかった。


『このナタを使え! 牛の骨だって簡単にぶった切るぞ!』


 村が見えた。


『ん゛ーーーーーーっ!』


 ひときわ大きな清流の叫び声が聞こえる。


――ほんの少しの静寂。


『こいつ、息してねぇ?』

『さるぐつわを外してやれ!』

『うわぁあっ、 翼がもう両方とも引きちぎったってのに勝手に暴れてやがる!』

『出血もひでぇ! 死んだんじゃないか!』

『さるぐつわ! さるぐつわ!』


 これ以上引かないと思っていたボクの血の気が引いた。


『おら! おら! 坊主!』


 清流の頬を叩く音がする。

 ボクは村についた。


――清流! お願いだから、死なないで!


 ボクは祈った。


『……っ、ゴホ、ゴホッ』


 清流のむせる声が聞こえた。

 ボクは旧教会跡を見つけた。


『痛ぁい、痛いよぉ!』


 清流が泣き出した。


『痛いよぉ。 おにいちゃぁん。 痛いよぉ』


 清流のボクを呼ぶ声が胸をしめつけた。


『平気みたいだな。 ほら早くもう一度さるぐつわをかませろ。 まだ翼は生きている。 仲間を呼ばれたら大変だ』


 村長が言った。

 ボクには旧教会跡の高窓が見えた。 その窓の奥に取り囲まれた清流の姿が見える。

 誰かが清流に近づいてさるぐつわをかませようとしているが、清流があばれる。


『いたい、いたいよぉ』


 清流が目隠しをされたまま暴れる。


「助けてぇ、お兄ちゃぁん!」


 清流が力一杯叫ぶ。 

 ボクは旧教会の高窓にたどりつき、窓を叩いて清流を呼んだ。


「――清流っっ!!!」


 一気に村人がこちらを見る。


「おにいちゃん?」


 清流が嬉しそうな声をあげる。


「清流! 兄ちゃんが助けにきたぞ! 今行くからな!」


 ボクは声をはりあげた。

 パニックになったのは村人達だ。


「どうしてあいつがここにいるんだ!」

「仲間を呼んだのか!」

「翼族が助けに来た!?」

「翼族は翼族を呼ぶってのは本当だったのか!」


 そして誰ともなく叫んだ。


「コロセ! 清流を殺せっ!」

「殺せっ! 助けが来る前に殺せっ!」

「首だっ! 首をきり落とせっ!」

「うわぁぁあぁぁぁあっ!」


 清流の前に立っていた男が大きな斧を振り上げた。 それは清流の体の半分ほどもあり、一降りで清流の細い首を切り落とす事なんか造作もないように思えた。

 目隠しをされた清流は、ただ兄が来てくれた喜びで一杯で、振り上げられた斧のすぐ下で、まるで何事もおこっていないかのように大人しく座って兄の声がした方角に顔を向けていた。


「やめろぉっ!」


 ボクは叫んで、高窓のガラスに体当たりした。

 ガラスがバリンと割れて宙に舞った。

 ボクは飛んだ。

 村人達が叫んだ。

 ボクは男から清流をかばうように左手を伸ばした。

 男が斧を振り下ろした。

 その瞬間、ボクの左腕の真ん中くらいに、チッ、というまるで紐の摩擦で指を切った時のような熱い感覚がした。

 清流のしていた目隠しがまっぷたつに切れて宙に舞った。

 ボクはバランスを崩して床に転がった。

 視界の端に見えた清流の右目から鮮血が飛び散った。

 ボクより遅く、ボクの左手がゴトンと音を立てて床に落ちた。


『うわぁあああ!』


 もはや、誰の叫び声かも分からなかった。 村人もボクも、清流も、叫んでいた。


「おにいちゃあん! 痛いよぉ!」


 ボクを我に返したのは清流の叫び声だった。

 清流は右目を押さえて背中から血を流して泣いていた。

 ボクの左肩がずきんと痛んだ。

 ボクの視界に再び斧を振り上げた村人の姿が見えた。


「清流っ!!!」


 ボクは叫ぶと清流にとびかかり、右手で清流を抱きかかえ、宙に舞った。


「逃がすなっ!」


 村長が叫ぶが飛んでしまえば誰もボクらを追ってはこれない。

 ボクは教会の高窓から外に出た。 

 周囲はあいかわらず吹雪で視界は悪かったし、ボクに逃げる行き先のアテはない。

 ただここから逃げるだけだ。

 遠く、遠くまで。


「おにいちゃぁん、目が痛いよぉ」

「ごめんな、清流。 お兄ちゃんが来るのが遅くて、ごめんな。 いいか。 兄ちゃんにしっかりつかまってろよ」


 ボクは清流をぎゅっと抱きしめて吹雪の中を飛んだ。

 これが夢ならいいのにと、願いながら飛んだ。

 ただあてもなく、遠くに、ただそれだけを考えて飛んだ。

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