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6-14 過去の夢7〜清流の翼を

「じゃあ、清流、元気でな。 神父さん、清流をよろしくおねがいします」


 ボクは馬車の前で神父に一礼した。 神父は頷く。 見送りは清流と神父、そして窓の隙間から覗く沢山の視線だけだった。


「おにいちゃん、いってらっしゃ〜い」

「うん」


 清流とボクはまるで買い物に行くために家をあけるかのような軽い挨拶をした。


 大丈夫、きっと会える、また会える。


 ボクは自分にそう言い聞かせた。

 馬車はボクを乗せると早々に村を後にする。 馬車にはボクのほかに御者と村人が一人乗っていた。

 ボクは後部の座席で一人で座り、御者席では村人と御者がとりとめのない話をしていた。 まるでボクと会話するのを拒むように。

 ボクは目を閉じて耳をすまし、清流の気配を追った。 


『おにいちゃん、いっちゃった……』

『さぁ清流くん。 ケルスくんと遊んでおいで』


 清流と神父の声がすぐ耳元で聞こえた。 ボクはちょっとだけ微笑んだ。 別れたけれど、まだ清流の声は聞こえる。 清流を感じていられる。 離ればなれなんかじゃない。

 ボクはただ清流の気配を追った。

 どれだけ離れたら聞こえなくなるのかは分からない。 でも感じていられる間はずっと感じていたかった。

 それからずっと馬車に乗っている間中、ボクはずっと黙って清流の声を追った。 途中から清流の声は聞こえるけれども相手――人間の声はボクには聞こえなくなった。 やはり清流の声だけが聞こえるのは血が繋がっているからなのか。


『ごちそうさま。 ……うん、お風呂にはいって来るね。………はーい』


――ああ、清流はもう夕ご飯を食べてお風呂に入るのか。


 ボクは清流の声には注意を向けたまま、やっと馬車の周囲を見回した。

 緑の質が微妙に違う。 ああ、かなり離れた場所まで来たんだな、とはじめて実感する。 日没してすぐだろうか。 辺りはどんどんと闇に包まれていった。

 馬車が道を逸れて小さな村へと入る。 宿屋の前で馬車は止まると、御者はさっさと馬車を降りて宿屋に入り、つきそいの村人がボクにやっと話しかけた。


「外に出るんじゃないぞ。 翼を持っている事がここにいる村人にばれたら八つ裂きにされても文句は言えないんだからな」


 ボクは頷いた。 おなかが、ぐうっと鳴った。

 そういえば朝から何も食べていない。


「腹がすいたのか? あいにくだけど我慢してくれ。 そんな金は預かってない。 なぁに明日になったら翼族調査委員会の人が沢山食べさせてくれるさ。 平気だろう?」


 ボクは黙っていた。


「明日の朝、出発するからな。 俺たちはここの宿に泊まるけど、さっきも言ったとおりここでお前が外に出るとお前の身が危ないんだぞ。 だから、ほらそこに毛布があるだろう。 それでも被って寝てろ」


 村人の指さした毛布を見る。 ボロボロにすり切れて薄くなり、とても毛布とはいえない代物だった。


「ボクは平気です。 翼があるから寒くもないし、お腹もすいていないから」


 ボクは無愛想にそう言った。 この人達になんか世話にならない、そんな反抗心がボクを支えた。

 村人はつまらなさそうな目つきでボクをみると、「大人しくしておけ」とだけ言って宿屋に入って行った。

 馬車の中で黙って座っていたボクは、ふと冷気を感じた。 窓から外を見るとちらちらと雪が降っている。


『――今夜は冷えるな』


 馬車の外で誰もがそう呟いていた。 ボクは翼で体を包むと再び目を閉じて清流の声を探った。


『それじゃあ、おやすみなさい』


 清流の声。 少しの間をおいて。


『――あ、雪だよ! おにい……』


 ボクの体がぴくりと揺れた。


『そっか……おにいちゃんは、がっこうだったね。 ……かみさま、おにいちゃんがしあわせでありますようにおまもりください。 おねがいします』


 清流の祈りを耳にして、ボクの目から涙がこぼれた。

 ボクも手を合わせて神様に祈った。 


 清流が、清流がどうぞ幸せでありますように。 ずっとずっと、幸せでありますように。


 それから清流の言葉は何も聞こえなくなった。 おそらく、眠ったのだろう。

 清流の声はいつまで聞こえるのだろう。 明日、僕たちはここを何時に発つのだろう。 清流が目覚める前にここを出て、そのまま清流の声が聞こえない所まで離れたりするのだろうか。

 ボクは窓の外を見た。 雪は激しさを増していた。 冷気がひしひしと馬車の中に忍び込んでくる。


『吹雪くなぁ、この分じゃ今晩は相当冷えるぞ』


 不意に宿屋から付き添いの村人の声が聞こえた。 ボクにとって馬車から宿屋までの距離は短すぎて何の苦もなく彼らの話し声が聞こえた。

 ボクは耳の感覚を遮断しようかと思った。 聴覚を無視して考え事をしていれば彼らの不快な話を聞かずとも済む。


『吹雪になっても村の奴らは、清流の翼をやっちまうのかね』


 だがそう聞こえた不意の一言で、ボクの心臓がどくんと早鐘をうつ。


――清流が、どうしたって?


 ボクに聞こえているとは知らず村人と御者は話を続ける。


『うん? 吹雪だろうがやっちまうだろう』

『しかしなぁ、なんとなく可哀想で』

『可哀想、か。 そうだな。 お前は直接手を下したくなかったからみんなが敬遠した兄貴の方の付き添いに来たんだったな』

『まぁな。 でも、俺はほら、血が大の苦手だから。 包丁だって握るの怖いんだからさ』


 次の一言で、ボクの心臓は凍り付いた。


『清流を取り押さえて翼を両方とも斧で切り落とす……なんて怖くてとてもとても』


 雪は更に激しさを増していた。





 外の雪は吹雪へと変化しようとしていた。 

 ボクは真っ白になりかけた意識をどうにかこうにか取り戻し、宿屋で話している村人の声に全神経を集中させた。


『翼族の翼を切り落とす、って話に聞いたことはあるが、本当にやるとはな』

『その位、清流って子供はな、使えるんだよ。 気性も穏やかだし。 特に勉強もしていないのに薬草の調合は舌を巻くぞ?』

『それじゃあわざわざ小さい子の翼を切り落とさなくてもいいんじゃないか?』


 御者は不思議そうに尋ねた。 しかし村人は分かり切ったような口調で答える。


『いやー、やっぱり翼があるうちは怖いからな。 翼族は翼族を呼ぶというじゃないか。 翼族から翼を奪えばもう仲間として認められないから翼族が助けに来る事は無いそうだ。 大人になってから、って言っても、誰が好きこのんでそんな痛い目に遭う? まだこっちの力が強い時に無理矢理切り落とすのが一番なんだそうだ』

『だがよ、そんな事してその清流は村人になつくのか?』

『ああ、だから誰がやったかを分からなくするって言ってたぞ。 全員黒の目出し帽を被って、清流には寝ているところに目隠しをつけると言っていた。 だから清流は誰の顔も見ず、誰がやったかも分からない。 翼が無くなって目隠しを外したら村人は全員、何事も無かったかのように清流を扱う。 ……そう、村人以外の者、強盗とかな、がやった、とでも吹き込めば大丈夫だろうと神父さんが言ってた』


 気持ちよさそうに話す村人の言葉に御者は納得したような口ぶりで言った。


『それで翼もない、兄弟もいない清流はその村で生きていくしかないってことか。 にしても、翼族にとって翼を切り落とすって事は生きるか死ぬか半々の出来事だって聞いたことがあるぞ。 まだ小さい坊主ならショック死することもあるんじゃないか?』


 村人の返事はあっさりとしたものだった。


『死ぬかもな。 しかし翼族調査委員会に行っても結局拷問を受けて死ぬんだ。 それより人間の村で人間として生きていく道を作ってやるのが長い目で見て正しい事だってさ』


 ボクの唇はわなわほなと震えた。

 村人はボクの気持ちも知らずに言った。


『まぁ今日の深夜、村の子供達が全員寝静まったら清流も翼とサヨナラってことさ。 おーい、おやじ、ビール追加!!』


 ボクはたまらず馬車を飛び出して空へ舞った。 

 もう辺りは闇だ。 なのに吹雪の白い光がまるで洪水のようにボクを叩く。

 ボクは闇の向こうを見た。 そう、あっちに清流がいる。 ボクはその気配を感じることができた。


――翼族は翼族を呼ぶというのなら


「誰か! 翼族の人、聞いて! ボクの弟が人間に翼を切り落とされそうなんだ! お願い、助けて!」


 ボクは力の限り叫ぶ。 吹雪の音にかき消されたが、ボクは叫んだ。


「清流! 起きろ! 今、兄ちゃんが行く!」


 ボクは闇と吹雪の中、清流のもとへ全力疾飛した。

 吹雪はどんどん強くなり、雪と氷の混じった粒が前後左右から容赦なく降り注ぐ。

 翼でくるんでいれば暖かいであろう体も冷たい冷気にさらされてどんどん体温を奪われていく。

 ボクは両手で顔を風からガードした。 ものすごい勢いの風で呼吸もままならない。 浅く早く呼吸するも、喉を通った体の中から冷気にさらされる。 体中が刺されるように痛かった。 でも急がなければならなかった。

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