6-13 過去の夢6〜打ち砕かれし期待
空を飛んでいるボクを村人が驚いた表情で見上げる。
空の上からボクの視界に、村になだれ込む狼の群れが見えた。
臭いをたどって、狼は村長の家へと向かう。
ただボクの方が空からの分、早く村長の家へつく。
「おにいちゃん!」
「巳白くん!」
空から舞い降りるボクを見つけた清流と神父が驚いてボクの名を呼ぶ。
ああ、なんということだろう。 清流達は村長の家の庭で遊んでいるではないか。 このままだと狼たちがこの庭になだれ込み――
ボクは一刻も早く狼の子供を連れ戻そうと思い、清流達の呼びかけも無視して村長の家に入る。
村長の家は廊下が長く、部屋が沢山ある。 ボクは目を閉じて耳に神経を集中する。
――三階だ。
ボクは目を開けると駆け寄ってきた使用人達の頭上を飛んでそのまま3階へ向かう。 使用人達が大騒ぎして後を追ってくる。 ボクは構わず声のした一部屋を見つけると体当たりで扉を開けた。
「ひゃっ」
「きゃあっ! 何っ?」
抱き合っていた商人と村長の妻が弾かれるように離れる。 ボクはそんなのに構わず狼の赤ん坊を捜す。
ベットの下にもごもごと動く布袋を見つける。
ボクがそれに手をのばして、中からキュウと狼の赤ん坊の泣き声がしたのと、窓の外で村人達が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
ボクは袋を胸に抱いたまま窓に駆け寄る。 窓の外では狼の大群が押し寄せて、村人達が襲われたり逃げまどったりしていた。
――清流は?
ボクは清流の姿を探す。 いた。 清流はケルスと一緒に逃げている。 清流は空へ飛ぼうとするがケルスはおろか、神父までもが清流を捕まえているので重すぎて飛べないでいる。
狼の群れが清流の白い翼にむかって飛びかかろうとしていた。
ボクの体の中で、熱い血がどくん、と脈うった。
「やぁめろぉっ!!!!」
ボクは窓をぶち破り外に飛び出た。 窓ガラスの破片がきらきら輝きながらバラバラと音をたてて床に落ちていく。
「清流に、ちかづくなっ!!」
ボクは腹の底から声を出した。 それは、不思議な感覚だった。
熱い血が体中をかけめぐってボクの羽すべてがそれぞれ別の生き物になったような、髪の毛一本一本が逆立つような。 体の中から熱いエネルギーが湧き出し、ほとばしる。
狼たちが動きを止めた。 いや、 動 け な く な っ て い た 。 狼だけではない、そう、そこにいる人間達も、すべてボクのこの見えないエネルギーに圧倒されていた。
清流だけが目を大きく見開いて、嬉しそうにボクの顔を見た。
清流は無事だ。 ボクはそれだけで満足だった。
ボクはゆっくり狼に近づくと持っていた布袋の中から生まれて間もない狼の赤ちゃんを取り出した。
「この子は返すから、何もしないで森に帰ってよ」
そして狼の赤ちゃんを大事に大事に、狼に返す。
狼は赤ちゃんをくわえるとボクの言うことが分かったかのようにくるりと向きをかえて一斉にその場を後にした。
狼たちがいなくなった後、村には静寂がもどった。
ボクはふうっと息をついて力を抜いた。
「おにいちゃぁん! すごーいっ!!!」
清流が、ボクに満面の笑顔で抱きついてきた。
ボクは清流をぎゅっと抱きしめた。
清流は屋根裏部屋に帰ると興奮しながらボクにじゃれついてきた。
「おにいちゃん! すごいね、かっこよかったよ! せいるぅに、ちかづくなぁ!」
部屋の中で飛んだり跳ねたり真似したり、清流はとても嬉しそうだ。
ボクはあんまり清流が褒めるのでちょっと恥ずかしかった。 でも気持ちが良かった。
「きっとみんな、おにいちゃんすごいって思ったね、うわぁい!」
清流が万歳をする。
ボクもそんなことを考えた。
ボクは狼の群れから村を守ったのだ。
きっとみんな、ボクをうけいれてくれる。
頼りにしてくれる。
だってボクは狼たちを怖がらせたのだから。
きっと挨拶もしてくれる。
仲良くなれる。
そして清流と一緒に、ずっとここで暮らしていける。
嬉しくて、嬉しくて、ボクは清流にとびついてじゃれあった。
――その夜だった。
神父さんがこっそり、清流が寝付いた後、階下に降りてくるようにボクに言った。
ボクはきっと褒めて貰えるのだろうと思って、清流を寝かしつけた後、階下に降り、ホットレモンを作ってちびちび飲んだ。
神父さんの姿は見えない。 ボクは耳をすます。
ああ、やっぱり教会にいる。 村長達と話をしている。
ボクはどんな言葉で褒められているんだろう。
胸をどきどきさせながら、耳を澄ます。
『――では清流くんは村に残して、巳白は翼族調査委員会に預けるということでいいですね?』
神父の一言で、ボクはあっさり期待を打ち砕かれた。
『清流はおとなしいし、薬草にも詳しい。 村にいても役に立つだろう』
『兄貴のほうは、まだこんなに小さいのにあんな殺気を出せるんだぞ。 もう少し大きくなったら手がつけられなくなるだろう』
『まさか狼を ひ き つ れ て やってくるとは思わなかった……』
『清流がいなかったら、みんな狼に八つ裂きにされていたんじゃないか?』
『最近、急に表に出てきて変だなぁって思っていたのよね。 狼と連絡をとっていたなんて』
――なんてこと?
ボクは頭が真っ白になった。
――ボクは清流と離ればなれになって翼族調査委員会に預けられる。
ボクは屋根裏部屋にかけ上った。
――清流を連れて、ここから逃げよう
そんなボクの耳に村人の声が届く。
『清流はケルス坊ちゃんと大の仲良しだしな』
ボクは屋根裏部屋の扉にかけた手の動きを止める。
『あの子は優しいし、薬草の調合も見事だよね。 あたしも風邪ひいた時にあっという間に治ったよ』
『そうそう。 まさに天使みたい、とはあの子のような事を言うんだろうねぇ』
ボクの脳裏にケルスと一緒にみんなの中心で輝いている清流の笑顔が浮かぶ。
――清流は、ボクとここから逃げて、幸せになれるの?
ボクは部屋の前で立ちつくす。
『しかし、なぁ、兄貴だけって、二人とも納得するのかな』
『その時は二人とも委員会に引き取って貰うしかないだろう』
『それしか無いだろうけど、調査委員会ねぇ。 あまりいい環境じゃないと思うけど、清流が可哀想だねぇ』
『そりゃあまぁ、仕方ないだろう』
ボクは屋根裏部屋に背を向けて、階下に降りた。
――ボクがどうやっても受け入れてもらえないのなら、ボクがいない方が清流も幸せなんじゃ……それに、翼族調査委員会ってところに行っても、きっと時々は会えるはずだ
ボクは覚悟をきめた。
それから1週間くらいたったただろうか、ボクが翼族調査委員会に預けられる日の朝が来た。
この村からかなり離れたゴーザック村という所に翼族調査委員会の出張所があるらしい。 そこまで馬車で丸二日かけて行って預けられることになった。
『よく素直に行く気になりましたね』
ボクがぼんやりと窓から外を眺めていると、教会の中から村人の声がした。
そう。 ボクはあの日、神父からこの村を出て行って欲しい、と言われて素直に頷いた。
勿論、神父はボクにウソの理由をつけた。 理由とは、この村も自分も貧しいので、二人の子供を引き取る余裕はない、一人なら養子として養っていける、というものだった。
一人は翼族調査委員会という施設に行ってもらうことになる。 そこもいい所だよ、きっと翼を持った同じハーフの子達が沢山いるだろう、でも清流くんはどうだろう、ここに仲の良いお友達もいるし、ここを離れるのは辛いんじやないかな、とも言った。
ボクがみんなの会話が聞こえていなかったとしても、ボクは一人で行くと言っただろう。
ただし、清流に話す理由は、ボクの考えたものにしてほしい、とお願いをした。
「ねぇおにいちゃん、どうしてもその学校に行きたいの?」
ボクの隣で拗ねたように寝転がった清流が尋ねた。
『ああ、これで一安心だ。 早く出て行ってくれないかな』
同時に教会でのみんなの会話も聞こえる。
ボクは清流との会話に集中してみんなの会話を無視した。
「うん。 清流はちゃんとこの村で良い子にしておくんだぞ。 学校がお休みになったら遊びに来るから」
「ほんとうに?」
「うん。 清流も大きくなったら学校に遊びにおいで」
ボクは微笑んだ。
ボクはボクの都合でこの村を出ると清流に伝えたかった。
清流が兄は村人から追い出されたと知ったら、きっと不信感を抱くだろう。 これからずっとこの村で生きていく清流に、ここの村人についてマイナスな感情は持って欲しくなかった。 清流は素直だからきっと不信感を抱いたら表に出すだろう。 すると村人から嫌われてしまうかもしれない。 最悪村を追い出されるかもしれないのだ。
しかし無垢な清流のままだったらきっとこれからもずっと、ケルスと一緒にこの村の中心で輝いて生きていけるだろう。
ボクはこぼれそうになる涙をぐっとこらえた。
別れは淡々とこなさなければならない。
少しでも清流の思い出に残らないように。
清流が明日から何事も無かったかのように日常にとけこめるように。
『それじゃ今日の晩ということで』
清流との会話への集中力がとぎれたその瞬間、教会からその一言だけが聞こえてきた。