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6-11 過去の夢4〜兄ちゃんが、守ってやる。

 清流の声がした。


「ただいまぁ」


 清流は今日も一日沢山遊んだ、と満足げな顔で部屋に入ってきた。

 清流はベットの上でじっと考え事をしているボクを見て心配そうに近づいてきた。


「おにいちゃん。 どうしたの? おなかいたいの?」


 ボクを見上げて心配する。

 だけどボクの意識は階下で行われている今日の夕食を作る「音」に向いていた。

 野菜を切る音。 鍋の中をまぜる音。


『間違えてこっちのスープを飲まないように気をつけないとな』と呟く神父の声。


――ああ、間違えたくはないだろうよ、毒入りだからな!


 ボクは心の中でそう悪態をつく。


――逃げよう


 ボクはとっさにそう思った。


 そうだ、清流と一緒に飛んで村に帰ろう。

 村の場所はどこかなんてわからなかったけど、きっとどうにかなる。 


「清流! 兄ちゃんと一緒にここを出るぞ!」


 ボクは立ち上がり清流に手を差し出した。

 ところが


「えー? ぼくはもう、今日は疲れたよぉ。 はやく晩ご飯たべたぁい」


 清流はムッとした顔でほっぺをふくらませた。

 てっきり、「おうちに帰るの?」と言ってついてくるだろうと思っていたのに。 それどころか。


「あのねぇ、今日はねぇ、ケルスくんちで万華鏡ってキラキラしたのを見たんだよ。 とくべつに、だって。 うふふ。 お兄ちゃんも今度みせてもらえるようにケルスくんに言ってあげるね?」


 そう言ってクスクスと幸せそうに笑っている。

 ボクが呆然としている間に、清流はうとうととしはじめ、ついには目を閉じて寝てしまった。


――寝ちゃった……


 ボクはなんだかおかしくなって、清流を起こさないようにそっと側に座ると毛布を一枚かけてやる。


――清流には聞こえないの?


 ボクは隣の教会の中で話している神父と村長の声を聞きながら考える。


『村長。 準備は整いました』

『うむ。 それではちょうど夕食時にワシが寄付金を持ってきたということでお宅にお邪魔するよ』


――ボクにはこんなにはっきり、聞こえるのに。


 何も知らない顔ですやすやと眠る清流の頭をそっと撫でる。


――それとも、清流は聞こえないふりをしているの?


 清流の髪の毛はさらさらとしていて気持ちが良い。

 ふと、清流の耳の穴に何か肌色の糸のようなものが見えた。

 ボクは何も考えず、それをつまみ出す。

 それは小さくまるめた繊維状の固まりだった。

 最初、どこでこんなゴミを、と思った。 しかし次の瞬間、もしかしてと思い清流のもう片方の耳の穴を見る。

 一見すると分からない。 だが、耳の奥に確かに「それ」はあった。

 ボクはもう一度手元の繊維を見た。


――これは、父さんの部屋にあった草の繊維に似てる。 まさか!


 ボクは手にしていたそれを自分の片耳に入れる。

 すると、片耳だけ全くと言って良いほど音が聞こえなくなった。

 いや、正確にはこの部屋の中の時計の音がギリギリきこえる感じだ。 でもこれなら部屋の中で他の人と話す分には全く支障はない。 隣の部屋――の声は相当集中しないと聞こえない。


――これだ。


 ボクは青くなって自分の耳からそれを取り出した。 すると再び音の洪水が両耳から入り込んでくる。


――清流に、みんなの声は聞こえてない。


 ボクは愕然とするとともに、ちょっとホッとした。

 そして清流の耳に再びそれ戻す。 

 これを入れたのは誰だろう。 いや、考えなくても答えは分かっていた。 父さんだろう。 きっと村にいた時から入れられていたのだ。 だって、そう、ボクは村にいる時も確かに耳は良かったが今ほどではなかった。 学校に行っている時だって隣のクラスの子の声なんてそうそうはっきり聞こえたためしはない。

 お父さんは僕たちの耳が人間以上に良い事を知っていて、しかしそれを周囲と僕たちに気づかせないためにこれを耳に入れて人間レベルの聴力にしていたのだろう。

 一体、いつボクは外したのか、はずされたのか、それだけはいくら考えても分からなかった。 もしかしたらここに連れてこられた時に検査された時かもしれない。

 ボクは清流の寝顔を見た。

 安心しきった幸せそうな、寝顔。


「清流」


 ボクは呟いた。


「兄ちゃんが、守ってやる」



 

 

 

 夕食の用意が出来たと神父が呼んだ。

 ボクは清流を起こして階下へと向かう。 食卓には鶏肉の唐揚げと、サラダと、スープ。

 このスープか、と考えながらボクは席につく。

 その時、玄関の扉がドンドンとノックされる。


「おや、誰だろう。 ちょっと待ってて」


 神父はさも不思議そうな顔をして客を迎える。 勿論、村長だ。 村長は紙袋を二つ持って部屋に入ってくる。


「おやおや。 夕食の最中だったか。 気にせず食べてくれ」


 ニコニコと笑いながら部屋に入ってくる。 神父がボクにそっと近づいて「村長とちょっと大事な話があるから先に食べていなさい」と命令し、二人ですぐ脇にあるソファーに座る。

 ボクは気づかれないようにスープをじっと見た。 少し、嫌な色をしている。 でも、食べたからといって死ぬという事はないだろう、と、ボクは感じた。


「いただきます」


 ボク達はきちんとお祈りをしてから夕食に手をつけた。 幸い、スープには清流の嫌いなキノコが入っていたので、清流が毒入りスープをすぐ口にはしないだろうと予想がついた。

 ボクはいつも通り、きちんとパンや唐揚げ、サラダを食べ、いつも通り、そう、食べる順番も特に変えず、あえて普通通りを意識しながらスープも口にした。

 ――微かに、苦い。 でもきっと、人間が食べた時は気にならない味だろう。

 ボクがスープを食べている間中、神父と村長はボクをじっと凝視していた。 ボクはあえて気づかないようにおいしそうに食べた。


「おいし♪」


 そうあえて一言言って微笑み、清流の皿を見る。


「清流。 スープも飲めよ。 嫌いなキノコが入ってるからって食べないのはよくないぞ」


 清流は上目遣いでボクを見た。


「だって、キノコ嫌いだもん」


 ボクはやれやれ、という感じで清流のスープ皿を手元に引き寄せる。


「それじゃお兄ちゃんが食べちゃうからな」


 そしてさもおいしそうにスープを飲む。

 スープはボクの喉を通り、胃へと流れていく。 まとわりつくようないやな感触が体を走る。


「あぁおいしかった」


 ボク達は満足そうに食事を終えた。


「なかなかいい食べっぷりだったなぁ」 


 村長が声をかけた。


「そうだ。 デザートを持ってきたんだ。 食べるか?」


 村長はそう言って紙袋の中からフルーツを出した。 パパイヤみたいな果物だ。 黄色く熟れて良い香りがする。 だけどボクは青くなった。

 そのパパイヤの中に何個か、とてもよく似ているけれど、全く違うフルーツが入っていた。 そのパパイヤもどきがイヤな気配を放っているのがありありとわかった。


「ほら、これなんか食べ頃だぞ」


 村長はそう言ってわざわざその嫌な気配を放っているパパイヤもどきを手に取ってボクに差し出した。


「男の子だもんな。 一気に食べていいぞ?」

「ありがとう」


 ボクは頷いてそれを一口食べた。 甘い。 しかし、それを飲み込んだら体は大変な事になる、と心は拒否していた。 でも、これが罠だとしたら、食べない訳にはいかない。

 ボクはごくりとそれを飲み込んだ。


「それじゃあ、せっかくなので私も頂きましょう」


 すると、神父が同じように別のパパイヤもどきを手に取った。 


「ああ、私にも一切れ切ってくれ」


と、村長も言う。


――どういうこと? これが食べてはいけない果物だって、知らないの?


 ボクはたじろいだ。

 でも今更、何を言えばいいのだろう。

 神父はパパイヤもどきを一口大に切り分け、そして皿に入れて持ってくる。 そして村長に差し出す。

 村長が差し出されたパパイヤもどきを手にしようとしたその時、清流が言った。


「おじちゃん。 それ、食べちゃだめだよ」


 村長と神父の視線が清流に注がれる。 清流は手に普通のパパイヤとパパイヤもどきをそれぞれ一つずつ持っている。


「食べていいのはこっち」


 清流はそう言って片方のパパイヤを差し出す。


「こっちのはよく似ているけど、パパイヤもどき、っていって、食べたらお熱がでるよ。 ほら、よく似てるけど、ここに変なくぼみがあるでしょう? これが目印なの」


 そう言って手にしたパパイヤもどきを逆さにする。 

 神父達は持ってきた果物を見比べる。


「本当だ……」


 二人は顔を見あわせる。


「よく教えてくれたなぁ、清流くん! ありがとう!」


 村長は嬉しそうに清流の頭を撫でた。

 清流が誇らしげに頷いた。

 そして当然、ボクはその後部屋に戻ると、パパイヤもどきを食べたことによる発熱とスープに入っていた毒のせいでひどい嘔吐に襲われた。

 清流が慌てて神父を呼ぶ。 神父は予測していただろうに慌てたフリをして医者を呼びに言った。


――さぁ、何て話すんだ?


 ボクはベットに伏したまま意識を耳に集中した。 ああ、聞こえる。 村長と、神父と、医者の声だ。


『だから栄養剤を打つだけで、他は特に手当しなくていいから』

『しかし、神父さま。 偽パパイヤの実を食べたのなら胃洗浄などをした方が』

『いや、あいつはそんなもの食べてはいない。 それより翼族がどの位の治癒能力があるか知りたくはないか?』

『村長。 それは……』

『とにかく、軽く見てくれ』


――治療すら、してもらえないとは!


 ボクは脂汗を流して死にかけた子猫のように丸くなって震えた。 おにいちゃん、おにいちゃん、と清流がボクの背中をさする。 すると清流は意を決したように立ち上がると階下に降りていく。 

 扉の開く音。


『清流くん! どうした?』

『あ、神父さん、ボク、ちょっと』

『清流くん、お医者さまなら今来た……ああ、行ってしまった』


 ガタガタという音をたてて清流と入れ違いに神父と医者が帰ってきたようだった。

 医者はボクを形だけ診察する。

 もう何もしてくれないのなら、さっさと放置してほしかった。


「今から薬をうってあげるから」


 医者は栄養剤が入っているであろう注射器を持ち出す。

 そのとき。 階下の扉が元気よく開いて、すぐこの部屋の扉が開いた。


「おにいちゃん! お薬、とってきたよ!」


 清流だった。

 清流が両手に数種類の薬草を握りしめていた。


「お医者さま。 薬鉢、かして」


 清流はそう言うと医者のカバンから勝手に鉢を取り出し薬草を混ぜ合わせた。

 ポカンとしている医者達を気にせずに清流はあっという間に薬を煎じてしまう。


「おにいちゃん、これ飲んだらきっと気持ちよくなるよ?」


 清流がそう言ってドロドロの薬を差し出す。

 色合いは変だったが、ボクはそれを見ただけで胸がすっと軽くなるのを感じた。

 清流に手を添えて貰ってその薬を飲む。 とても苦いが体の中に入ると、体の中にいるドロドロとした嫌な感触を包んで浄化していくような気がした。

 体や呼吸がすうっ、と楽になってボクは眠りについた。  


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