1- 8 不思議なくらい……親切
リトの家に帰ると、ちょっと奇妙な事になっていた。
村中の老人が集まっているのである。
しかも手みやげを持って。
「ああ、リト。 おかえり。 やっぱりガイもジムも一緒だね。 ちょうど良かった。 夕食の支度、手伝っておくれ!」
リトの母親が家の中を忙しそうに行ったり来たりしながら夕食の支度をしている。
「あの、私もお手伝いしましょうか?」
弓がそれを見て言う。
「ありがとう。 でも、よかったら、おじいさんやおばあさんの話し相手になってくれるかな?」
リトの母親はそう言って家の奥に入っていく。
弓はぐるりと周りを見回した。
老人達に囲まれている。
老人達は何かを伝えたいようで、でも言葉が見つからないようで、手にした果物や野菜などを持ったままもじもじしている。
「どーしたんだよ、じいちゃん」
それを見たジムが一人の老人に話しかける。 しかし、
「おまえは黙っちょれい!」
と、あっさり言われる。
弓も誰にどう話しかけてよいものやら困惑し、周囲を見回す。
老人達に敵意は無い。
あるといえば奇妙なばつの悪さとでもいうか。
「はじめまして」
弓の代わりに来意が間に割り込んで声をかけた。
「僕はスイルビ村の来意。 彼女は弓。 そしてむこうにいるのが――」
来意が羽織達に視線を移す。
「清流に、羽織。 こちらの村のリトゥアさんと友達です」
ざわざわ、と老人達が4人を見回す。 羽織達はそれぞれ軽く会釈した。
リトの祖母がゆっくり、絞り出すように尋ねた。
「みんな、北の孤児院の、方ですか?」
来意が頷く。
するとどうしたことだろう。
やはり老人達はリトの祖母と同様、おおう、と感嘆の声を上げて、それぞれが「よう来て下さった」「これをどうぞお受け取り下さい」と供物を差し出したではないか。
リトは家の手伝いをしながらその光景を見つめた。
そこには歓迎というムードではなく、どこか謝罪のような感じが、した。
「訳は分からないけど、悪い気はしないね」
リトの家に上がり込んで沢山の供物を分けながら清流が言った。
「陽炎隊で人助けをした時よりもみんな親切というか」
リトもお茶を出しながら、清流達の言葉に耳を傾ける。
「だけど、何もしていないのに、どうしてだ? 来意」
羽織が尋ねる。
「こうなる、って分かってて、あの場であんな自己紹介したんだろ?」
「あ、ぼくも思った。 来意にしては変な自己紹介だなって」
「北の孤児院、っていうのがとても大事な言葉みたいね」
弓達はそろって頷く。
ぱらぱらと手元のカードをめくりながら来意が答えた。
「ゴメン。 訳は僕にも今は分からないんだ。 そのうち分かるとは思うからつっこまないで」
その言葉を聞いて、ならいいか、と羽織達は納得する。
リトはきき耳をたてながら、納得していなかったが。
「ちぃーっす」
そこに元気よくアリドが塩水をしたたらせながら入ってきた。
「ダメっ! アリド!」
弓が慌てて立ち上がり、アリドを家の外に連れ出す。
「濡れたまんまで人の家に上がっちゃダメでしょう?」
そして持っていたハンカチでアリドの体を拭く。
「弓ー。 タオルとお湯、持ってきた」
リトが洗面器にたっぷり入ったお湯とタオルを持ってきた。
「サンキュ」
アリドはリトからタオルを受け取ると体を拭いていく。
アリドは上半身は裸だから構わないが、ズボンは海水に濡れてぐしょぐしょだ。
「着替え、ないかな……」
リトがそう呟くのと、幼なじみのジムが着替えのズボンを持ってきたのはほぼ同時だった。
「ありがと。 ジム」
だがジムはどこか面白くなさそうに答える。
「じーちゃん達が、そいつらには出来るだけの事はしてやれって」
リトと弓は顔を見あわせる。
「ねね、ジム。 おじーちゃん達、何か言ってた?」
「いーや。 詳しいことは誰も言ってくれないんだよね。 ただ、恩人の知り合いだから、言うことを聞けって」
「恩人?」
余計、訳が分からない。
「ま、いーや。 ありがたくこのズボン、今着ているものが乾くまで借りておくな」
アリドはあまり追求もせずに話を切り上げる。
軽く頷くとジムはその場を後にした。
その夜。 弓はリトの家に、羽織、清流、来意、アリドは村長の家に泊まることになった。
流石に男の子4人を泊めさせるスベースなど無いと思っていたらどういう訳か村長が「ウチに来い」と言い出したのである。
客間で弓は布団に横になったまま、すぐ隣で寝ているリトに言った。
「……不思議なくらい……」
「え?」
「不思議なくらい……親切ね。 リトの村の人」
「……うん。 私も、こんな事言ったら何だけど、不思議なくらい親切だなって思う」
リトも正直に今の心境を言った。
「ねぇ、それはそうと、巳白さん、開放されたかな?」
寝返りをうつ。
「分からないわ。 でも来意が何も言わないから平気じゃないかなって思うけど」
「……うん。 そうだよね。 ラムール様も呼んだし、平気だよね」
そうであって欲しいと願いつつ、リトの胸ではなぜか不安が渦巻いていた。
目を閉じて耳をすますと、波が崖に打ち当たる音が聞こえてきた。
ふと、リトは今までその音を気にした事なんてなかったのにと思った。
少し、ふるさとがふるさとであることを実感した。