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6-10 過去の夢3〜最悪の新生活

 ボクたちは神父さんの家に住まわせてもらうことになった。

 教会の側にある、小さな家。 そこの屋根裏部屋。ここがボク達の新しい住処(すみか)


「巳白くん、清流くん、自分の家だと思って自由に使いなさい。 まぁ、狭いけどね」


 そう言って神父さんは笑った。 うん、この人は普通に「いい人」だ。

 二人きりになって、部屋の中を見ていると


「せーいーりゅー!」


 窓の外から清流を呼ぶ明るい声がした。


「ケルスくんだ! じゃあ、ぼくは遊びにいってくるね! おにいちゃん!」


 清流は顔をぱっと輝かせ、窓を開ける。 窓の外にはケルスが数名の友達を連れてやってきていた。


「いま、いくね!」


 清流はそう言うと窓から飛び出した。 白い翼が太陽の光を浴びて鮮やかに輝く。 子供達が「おおっ」と驚きの声をあげる。

 清流が輪になっている子供達の中心に降り立つ。 子供達は顔を輝かせて清流を囲む。


「すっげー、ホントに羽がある」

「飛べるってウソじゃなかったんだー」

「どうだよおまえたち、ぼくが一番さいしょに友達になったんだからな」

「いいなぁー、ケルスくんはぁ」


 ちやほやされて清流は満足げだ。 ケルスは清流に抱っこしてもらってほんの少し、そう20センチほど一緒に宙に浮かぶ。 清流自身がまだ小さいので浮かんでも大人の背丈よりは低い。 しかしそれでも子供達には大受けで、凄い凄いの大合唱だ。


「ねぇねぇ、ミっちゃんもお空飛びたい。 だっこして?」


 一人の女の子がそう清流にねだった。


「ダメだよ。 空をとべるのは特別だって、しるしなんだから」


 ケルスがそう言って清流と顔を見あわせ微笑んだ。


「おまえんちはだめ」


 そうケルスに言われて、女の子はしょんぼりとする。 


「さあ、みんな、あっちで遊ぼうぜ……あ」


 その瞬間、ケルス達の視線が偶然にボクの姿を捕らえた。


「あれはボクのお兄ちゃん」


 清流がそう答える。 ボクはいきなりだったのでどうしてよいか分からずに慌てて窓を閉めた。


『こわそうだな、おまえのにいちゃん』

『そんなことないよぉ』


 窓を閉めたのにケルスと清流の会話が聞こえる。

 ボクは耳を塞いでベットの中にもぐりこんだ。

 



 

 それから、ずっと似たような毎日だった。

 清流は朝から晩まで元気よく遊び、ボクは屋根裏部屋でじっと空ばかり見ていた。

 何を考えていたかといえば、やはりお父さんとお母さんの事だった。

 もう痛くないはずの喉が、ちくりちくりと気になった。

 時々、隣の教会に村長がやってきては話をしている。

 ボクが翼族のハーフのせいなのか、それとも毎日何もしないで体力がありあまっているせいなのか、聴覚がとても鋭くなり、まるで隣の教会の一室で話しているはずの会話がすぐ隣で話しているかのようにはっきりと聞き取れた。


『どうですか? 村長。 清流は。 良い子でしょう?』

『うむ。 ケルスもたいそう気に入ってな。 清流はいつもニコニコしているし、息子の言う事はよくきいている。 ボスが誰なのか分かっているようだよ。 それに具合の悪いところを見つけるのが得意だぞ。 昨日も妻が喉が痛いと言っていたら、我が家にあったハーブをな、ちゃちゃっとブレンドしてくれて、それがまぁ、効くんだ。 後で医者にな見せたら、このブレンドの割合はすばらしい、と褒めていた。 たいしたものだよ、まったく。 それにくらべて――兄きのほうは、全然姿をみせないな』

『ええ――。 巳白は愛想が無いというか、何を考えているか分からないところがありますね。 もっとこう、子供らしく空を飛び回る位の元気良さがあってもいいと思うのですけれどね』

『飛べないんじゃないのか』

『いえ、それは無いと思うのですけど』

『ふーむ。 ワシはな、兄貴のほうはいまいち好きになれん。 あれは悪い事を考えている目だ。 ぞっとする。 飛べないから弟の方をねたんでいる目だとワシは思う』

『たしかに、飛べないのならその可能性もありますね』


 ボクは怒りが沸き起こり、ベットから跳ね起きた。 窓を開け放ち空に向かって飛び立つ。 翼を大きく広げ空気を切り裂き宙を舞う。 久々に大きな動きをした翼の隅々にエネルギーがいきわたる。


――ああ、残念ながら、空を飛ぶのはとても気持ちがいい。


 ボクは泣きたいような嬉しいような気持ちになって空中をめちゃくちゃに疾走した。


「巳白くん!」


 教会の中から神父さんが慌てて出てきてボクの名を呼んだ。 ボクは軽く汗ばみ、肩で息をしながらたぐりよせられる凧のように神父さんの側へと降り立つ。


「どうしたんだい! 君が飛ぶなんてめずらしいじゃないか」


 神父さんが驚きの表情でボクの肩を掴む。


「と――飛びたくなった、から。 子供らしく、元気に」


 ボクがそう言うと、神父さんと教会の入り口から見ていた村長さんの顔が真っ青になってひきつった。


「そ、――そう、そうかい。 うん。 子どもだからな、元気があるのは、け、結構! でも、あんまり飛ぶのはこの村では感心しないなぁ。 この村には君と清流くんしか飛べないのだから、他の子が羨ましがってしまう」


 神父がしどろもどろに告げる。


――ボクにどうしてほしい訳?


 ボクはとても頭にきた。


「ま、そ、そう、怒らないで。 ほら、久々に外に出たんだから気持ちがいいだろう。 歩 い て 散歩しておいでよ。 おっと、空は飛ぶんじゃないよ。 この村の人はまだ君たちに慣れていないから、びっくりさせてはいけないと思うんだ。 さあ、行っておいで」


 神父さんがあまりにそう言うのでボクはくるりと背を向けて歩き出した。

 背後でふぅっとため息をつく声が聞こえる。

 ボクはどんどん歩いていくが、意識を集中させると教会の中にもどった神父さんと村長の会話が、そう再びすぐ側で聞こえる。


『あいつは我々の話を盗み聞きしていたのか?!』


 驚いたような村長の声。


『さ、さぁ。 たまたま、かもしれません』


 困った口調の神父

 ボクは後ろを振り返らずにずんずん進んだ。 ボクに聞こえるように話しておきながら、と怒りながらずんずん歩いた。

 そして、はと気がついた。


――もしかして、みんなは聞こえないの?


 今まで、ボクの家は村の外れだった。 家の中の会話だっていつ、誰が聞こえてもおかしくなかったから気づかなかったけど、もしかして、ボクは聞こえすぎてるの?


 ボクは立ち止まって周囲を見回した。 あちこちで色々な音が聞こえてくる。 風の音、水の音、家具を動かす音、話し声、歩く音、ペンを走らせる音、本をめくる音……ああ、清流とケルスがじゃんけんをしている声がする。

 ボクは清流達の声がするところまで行く。

 裏路地の小さな広場に清流達はいた。


「あ、おにいちゃん!」


 一番最初に気づいたのはやはり清流だ。

 他の子も一斉にボクを見る。


「おにいちゃん、よくここがわかったね」


 清流がにっこりと笑う。 ボクはただ、清流の声がはっきり聞こえる所に歩いてきただけなのに。


「おい、清流、俺んち、行くぞ!」


 ケルスが清流を呼ぶ。 清流がちらりとボクを見る。


「いってこいよ。 お兄ちゃんは行かないけど」


 ボクがそう言うと清流は頷いてケルス達の所に走っていく。 ケルス達はわいわい言いながら路地をかけていく。

 ふぅ、とため息をつくと、くすんくすんとすすり泣く声がした。

 振り返ると、そこには先日清流にだっこをねだっていた女の子がべそをかいていた。


「どうしたの?」


 ボクは心配になって、しゃがみこんで女の子の顔を覗き込んだ。


「あのね、あのね、ケルスくんがね、いじわるしたの。 じゃんけんで負けたから、ミッちゃんはケルスくんのお家に遊びにいっちゃダメなんだって」


 ボクは女の子の頭を撫でてあげた。


「じゃんけんで負けたのならしかたないなぁ」


 女の子は首を横に振った。


「だって、みんな、ずうっとグーしかださないの」


 あらら、とボクは思った。


「いっつもなの」


 女の子は悲しそうに言った。


「そうかぁー。 ざんねんだったね」


 女の子の視線が、ふとボクの翼で止まった。


「おにいちゃんも、おはね、あるのね?」


 きらきらとした、かわいらしい眼差しだった。


「お兄ちゃんが抱っこしてあげるから、お空を飛んでみる?」


 ボクはこの子が空を飛びたがっているのを知っていたから、この子を少しでも喜ばせたくて思わずそう言ってみた。


「いいの?」


 女の子の表情がぱあっと晴れる。

 ボクは寂しそうなこの子を放ってはおけなかった。


「いいよ」


 ボクはにっこり笑ってそう言うと、女の子の両脇に手を差し入れた。


『やめてっ!!!!』


 不意に、女の人の声がした。

 ぼくは驚いて動きを止めた。


「……どうしたの、おにいちゃん?」


 女の子が不思議そうに尋ねる。


『止めて、待って、やらないで!』


 再び女の人の声がする。 同時に急いで階段を駆け下りてくる音、ドアを開ける音、そしてこちらに近づいてくる足音。 

 ボクは女の子を抱き上げたまま、その人をみつめた。 

 その女の人はものすごく怖い形相で駆け寄ってくるとボクの腕から女の子を引きはがすように奪った。


「うちの子に手をださないでッッッ!!!」


 金切り声でそう叫ぶと女の人は、ぽかんとしたままの女の子を抱きかかえて走り去る。

 ボクは呆然とその場に立ちつくす。


――あの人、どこかおかしいの?


 そう思ったのはほんの一瞬だった。

 女の人が走り去ると一斉にあちこちの家から声が聞こえてきた。


『ああ危なかったわ。 ミっちゃん、もう少しで連れ去られる所じゃなかったかしら』

『どうして翼族がここに二匹もいるのさ?』

『ぞっとするね』

『嫌だわ、外を出歩けないじゃないの』

『ああ、ミっちゃん、良かったわ。 無事で』

『ママ?』

『ミっちゃん、いいこと。 あの人達には近づいちゃだめよ。 近づいたら食べられちゃうのよ』

『おまえさん、翼族が近づいてきたら私らはどうすればいいんだい』

『神父も物好きだよな。 さっさと調査委員会に引き渡せばいいのに』

『あの清流って子は大人しそうで何も悪さはしなさそうだね』

『兄貴の方はすごい目つきだな』


 次から次に悪意と恐怖に満ちた語句が聞こえてくる。

 ボクは思わず空に飛んだ。 そしてさっさと神父さんの家の屋根裏部屋へと逃げ帰った。 ベットに潜り込み耳を塞ぐ。

 なのに


『巳白が帰ってきたようですね』


 教会で話す神父の声がする。


『なぁ神父、あいつらは心が読めるのじゃないか?』


 不安そうな村長の声がする。 少しの間をおいてから


『試してみましょう』


 と神父が口を開いた。


『今日の夕食のスープに、私は大量の毒を入れてみます。 心が読めるならきっと飲まないでしょう』

『それはいい考えだ!』


 村長が嬉しそうに言った。



 

 ああ、もう、嫌だ!!!!

 

 

 

 

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