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6-9 『……どうして、泣かないの?』

 リトはゆっくり目を開けた。

 白い羽がリトを包んでいる。 羽は暖かくて、いい香りで、柔らかい。

 それはまるで、ずっと前から知っているような。 例えるなら母親に抱かれているような安心感。 とても――穏やかで、心地よい。

 そのまま、リトは羽の持ち主――巳白の横顔を見て、すこし可笑しくなった。 母親のような安心感を男である巳白から感じるなんて。

 巳白は済んだ瞳ではるか遠くをぼんやり眺めている。 暗い暗い闇に、彼は一体何を見ているのだろう。

 リトは羽を掴んだ。 キシュ、と音が鳴る。


「お、リト。 目がさめたか?」


 巳白が気配に気づいてリトを見て微笑む。 そうやって巳白が少し体をねじると、リトの肩に巳白の左肩が途中まで、当たる。 皮肉なことに、片腕が無い分リトはゆったりと巳白の左側に入っていられた。


「ほら、水」


 巳白がそう言って水と喜びの新芽をくれる。 


「んー、まだ平気です」


 リトはそう言って首を横に振った。

 巳白は無理に勧めない。

 いくらか、沈黙が漂った。 しかしもう何時間も一緒にいるのだ、無理に話すこともないし、リトはただ黙って巳白と同じように闇を見つめた。

 闇の中では子供の気持ちの良い寝息だけが規則的に聞こえてくる。

 リトは沢山眠った後だし、意識ははっきりしている。 何を考えるでもなく、ただなぜか、羽に包まれた心地よさを堪能していた。


――デイは良い子にしてるかな……


 ふと、そんな意識がどこからか沸いてくる。


「――え?」


 リトは思わず声をあげた。 どうして自分がデイの事を思い出すのに良い子というキーワードで出てくるのか。

 次の瞬間。

 リトの意識が夢の中へと落ちた。

 


 

 

 

『……どうして、泣かないの?』

 幼い少女の優しい声が、胸に響いた。

 「私」はその少女の顔を見上げる。

 六つ位の少女は柔らかい光を放つ金の髪を小さなお下げにしてした。 

 その瞳は鮮やかなブルーだ。 まるで済んだ青空をそのまま切り取ったような。

 そしてその瞳の中に、赤ん坊の姿が映し出されている。

 赤ん坊は赤ん坊らしからぬ凍りきった表情でそこにいた。


『これはね、悲しい、っていう気持ちなのよ?』


 少女は困ったように眉をしかめて、「私」に話しかける。


――かな、しい? 


 私は彼女の言葉を反すうした。

 確かに「私」の心の中は何かが全部バラバラに砕け散ったようで、痛かった。


『悲しかったらね、泣いても、いいんだよ?』


――泣く?


 その言葉の意味が分からないでいる「私」をみつめて、少女の瞳に大粒の涙が浮かぶ。

 涙のつぶは見る見る大きくなって、ぽたんと滴になって「私」の頬に落ちた。 ポロポロ、ポロポロ、次から次に涙が少女の瞳からこぼれて「私」を濡らす。


『こうやって、泣くんだよ? 悲しいときは、泣いていいんだよ? あなたはまだ、赤ちゃんなんだから』


 彼女はそう告げる。

 「私」は彼女と同じように瞳に涙を浮かべてみることにした。

 涙腺がゆるんで、待っていたかのように瞳から涙があふれ出す。

 自然と口から泣き声が漏れた。

 心肺機能が未熟なので泣き声は、ほぎゃあ、ほぎゃぁと吐いては吸う、吐いては吸うのが精一杯だった。

 泣くと心の痛みが涙に溶けていくようだった。


『よしよし いいこね』


 少女は「私」を抱きしめてあやす。 それはとても心地が良くてそれがまた嬉しくて「私」は泣いた。

 「私」を両手で抱きしめてくれた彼女を守るように白い翼が彼女を包んだ。

 泣き続ける「私」に彼女が優しく語りかけた。

『わたしは、新世。 きょうからあなたの、お姉ちゃん』

 



 

 場面が変わった

 



 

「私」は、ただ呆然と目の前の事実を見つめている。

 ここは、森の広場

 成人した人間の男と成人した白い翼を持った女が寄り添って倒れている

 二人が、死んでいる、事実。

 周囲には誰もいない。

 死んだ二人と、「私」だけ

――ああ、ああ、ああ!!!!!!

 

 

 

 


「リト! リト!! リトっ!!」

 巳白がリトの頬を叩いた。


「ひゃっ!」


 リトは意識を戻した。

 周囲を見回す。 ここは、洞窟で薄明かり以外は何も見えない。 巳白と寝ている男の子だけ。


「はぁ……。 びっくりした」


 巳白がほっとした表情で息を吐いて座り直す。


「え……っと」


 リトは訳も分からず辺りを見回す。 巳白が顔を覗き込む。


「平気か?」


 リトは頷く。


「私……どうかしたの?」

「……ん、急に意識を失ったみたいだったから。 ちょっとびっくりした」


 リトは左頬に手を当てた。 巳白が軽く叩いた感じが残っている。


「――夢を、見たのかなぁ……」

「ん?」


 巳白が心配する。


「言ってみ? どうかしたのか?」


 リトは少し考えた。


「……えっと、ですね。 私が赤ん坊になってて、その――新世っていう名の女の子がお姉ちゃんになってあげる、って言って一緒に泣いてくれる夢……」


 リトはもう一度自分の頬を触った。 

 なんとなく、落ちてきた新世の涙の感触がそこにあったような。

 生々しい感触。


「他には?」


 巳白が尋ねる。


「広場の中で――男の人と女の人が寄り添って――」


 死んでいた、とは言いたくなかった。


「リト、それって、新世さんと一夢さんじゃなかった?」


 巳白が言った。 リトは頷く。

 巳白が軽く唇を噛んで考えた。


「リトは誰になっていたと思う? 名前とか呼ばれなかった?」

「名前――は、呼ばれてない」


 巳白は考えた。

 そして何か思い当たる感じで、ちらりとリトを見る。 


「もしかしたら、だけど」


 巳白が口を開き、リトは頷く。


「それってラムールさんの思い出かもしれないな」


――ラムール様の。


 実はリトにもそんな気がした。


「どうしてラムール様の思い出を感じちゃったんでしょうか?」


 リトは素直に疑問に思った。


「――うーん。 多分だけど眠り玉のせいだろうな」

「眠り玉の?」


 驚くリトに、巳白が頷いた。


「眠り玉は、リトも知っての通り、他の人の代わりに眠る効能だよな? つまり眠り分、その人と一緒になっているというか、その人の意識や疲れを貰っているというか、多分そんな感じになると思うんだ。 ほんの少しなら分からないんだろうけど、あの人の眠り玉って結構濃いからその分のエネルギーをリトが分けて貰ったようになってるんじゃないかな。 繋がってるというか。 特に――最近、多めに眠り玉を使ったりしなかった?」


――そういえば。 2粒同時に使用したこともある。


 更にリトは考えた。 無意識に「デイはよい子でいるかな」と心配した事を。 これはまさに、ラムールの思う事ではないか。

 いや、そういえば眠り玉を使ってからというもの、妙に動きが滑らかというか勘がいいというか、少し調子が良かったではないか。 あれは自分の体調が良いせいではなく、ラムールのエネルギーが混ざっていたからだと思えば。   

 今だって慌てず騒がす救助を巳白と一緒に待てて――


「巳白さん?」


 リトは尋ねた。


「巳白さんは、夢とか見ました?」


 巳白は首を横に振った。


「何も?」

「ああ、何も」


 その目に嘘は無かった。


「そうですか」


 リトは座り直して再び天井をみつめた。


――巳白さんも同じ眠り玉を使ったのだから、同じ眠り玉を使った繋がりで、私と繋がっていたりしないのかしら?


 もし、繋がっていたとすれば眠るたびに幼い巳白になっている夢を見る理由がつく。

 あの生々しい夢と感触は、巳白の記憶、実体験だからじゃないか?

 リトは首を横に振った。

 だって、巳白が話してくれたではないか。

 巳白達の父と母は村の戦で死んだと。

 その時に清流の羽と巳白の腕は無くなったと。

 決して、母が先に死んだなんて、父が巳白の首を絞めて殺そうとしたなんて、清流と一緒に知らない村で拾われたなんて、言っていなかったではないか。

 それに、今のリトの夢の中では、まだ清流の羽も目も、巳白の左腕もあったではないか。

 もしこの夢が巳白と眠り玉で同調しているから起きている巳白の記憶だとすれば、これから彼らは辛い目に遭うということではないか。

 違うと信じたい。 なのになぜ、真実だという確信があるのだろう。

 眠りたくはない、もう眠りたくはないのに

 

 どうして眠ってしまうのだろう。

 

 

 

 

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