6-8 洞窟の外で2
しかし残念ながら、ムササビ犬から降りてきたのは弓とその同居者、羽織と清流の三人だけだった。
降り立った弓に女官達が駆け寄る。
「弓!」
「ああ、ルティ」
弓はルティと抱き合った。 リトが見つかっていない事は弓の憔悴しきった姿を見れば一目瞭然だ。
「大丈夫よ、大丈夫だって、リトは」
女官達がそれぞれ弓を慰める。
「それより弓、あなたも何か食べた方がよろしくてよ? もうフラフラじゃなくて?」
「そうよ、弓。 そりゃあ私達だって食欲は無いけど、でも食べないとあなたがまいっちゃうわ」
しかし弓は首を横に振る。
みんなが顔を見あわせる。 しかしみんな、弓の気持ちが痛いほど分かるのでどう声をかけて良いか分からない。
そこに一人の老婆がゆっくりと近づいてきた。
「もし、女官さん」
老婆が声をかける。 真っ先に気づいたのはマーヴェだった。
「あら! どうなさいましたの?」
ハルザは頷いた。
「あんたたち――は、女官リトのお友達かの?」
その言葉を聞いて女官全員がハルザを見て、頷く。
「――ああ、良かった。 実はリトが洞窟に落ちて行方不明と聞いたのじゃが――」
女官達は、頷く。
ハルザも頷きながらポケットから小さな木の実を一粒取り出す。
「申し訳ないがの、この木の実と同じものがリトの部屋に――リトの持ち物にあるか、調べて欲しいのじゃよ」
それは【喜びの新芽】だった。
しかし女官達はその事を知らない。
「え――どうして?」
「だって、リトの部屋を勝手に調べたりできないわよねぇ?」
しかも一人の女官はハルザをあやすように告げた。
「あのね、リトはいまお留守にしているから。 ひとのもちものを勝手に探しちゃいけないのよ? おうちの人は何処? おばあちゃん」
ハルザが怒りでカッと顔を赤らめ、「リトが――」と何か言いかけるのと、
「あなたたちぃっ! オクナル大婦人になんて失礼な口をきくのっ!」
と、マーヴェが大きな声で一喝するのは同時であった。
「オクナル家といえばこの国一番の商人でいらしてよ? その商才は天賦の才能、我が国の経済に重大な影響を与えていらっしゃるのよ? この御方はそのオクナル家の大婦人! 今は亡き先代のオクナル商人と共に一から財をお築きになったとても才能あられる大婦人でいらしてよ! 失礼にもほどがございましてよ!!」
マーヴェの剣幕のすごさにハルザもぽかんとする。
マーヴェはハルザに向き直る。 そしてロッティに目で合図を送る。 ロッティはマーヴェの視線に気づくと慌てて前に進み出てきておじぎをした。
「ご紹介させていただきます。 こちらは、マーヴェリックル=ヒヤンカルサシス様にございます。 8等位貴族であらせられます」
マーヴェが頷く。
さすが権力者にヨイショが上手いマーヴェである。
「それで、大婦人、その木の実をお探しすればよろしいのでございますか?」
ハルザはその言葉で慌てて我に返る。
「あ、あ――、そう、そうじゃよ。 詳しくは後からじゃが――、リトの持ち物にこれがあるかどうか知りたいのじゃ。 その結果次第では、リトは助かるかもしれぬ」
――リトが助かる
その言葉に一番最初に反応したのは弓だった。
「探します」
一言そう言うと目に力を宿らせて弓は白の館に向かう。
「待って、弓、私も探す」
「私もよ!」
女官達が次々に声をあげ弓と一緒に白の館の部屋に入る。
「リトが――助かりますか?」
一人残ったルティがハルザに尋ねる。
「すべては部屋と持ち物を探した結果によるがの」
ハルザが頷く。
するとふと、白の館の裏口で兵士にすがりつく婦人達の姿が視界に入る。
「ち、ちょっと行ってきます」
ルティは駆け出す。 遠巻きに見ていた羽織と清流もそちらへ向かう。
行ってみると、婦人は「お願いです、ラムール様に会わせて下さい!」と兵士にすがりつき、兵士がなだめている所だった。
「どうなされたのですか?」
シスター見習いの服を着たルティが近寄って来たので、婦人は今度はルティにすがりついた。
「私、私は今回行方不明になった男の子の母親なんです。 もう、もう4日もたつのにまだ息子は見つかりません。 ラムール様は大丈夫だと仰ったけど、もう4日も経つんです、ラムール様はどこですか? 本当に息子は大丈夫なんでしょうか? お願いです、ラムール様に会わせて下さい!」
ルティはぐっと言葉を飲み込んだ。
ラムールはここ数日、姿を見せていなかった。 勿論、捜索にも。
入り口の監視をしている兵士もほとほと困ったようだった。
「と、とりあえずもう少ししたら軍隊長が帰って来ますから、こちにの中庭でお待ちになって下さい」
ルティはやさしく諭す。
羽織が婦人の肩を支えながら中庭に連れてくる。
「うちの子は……うちの子は……どんなに怖い思いをしてるかと思うと……」
婦人はそう言って泣き崩れる。
ハルザが婦人の肩を優しくさする。 そして白の館を見上げる。
リトの部屋の窓には、大勢の女官達が所狭しと行き交って【喜びの新芽】を探している姿が映し出されていた。
リトと弓の共同部屋の中ではみんなが必死になって部屋中を探していた。 引き出し、ベットの下は勿論、洋服のポケットにいたるまで。
「あ、リト、こんな所にチョコ隠してる」
などとノアが呟く。
「ノア! 覗き見根性はおやめなさい!」
マーヴェが叱りとばした。
「探している最中に何を見ても気にしてはいけませんわ。 私達はただあの木の実を探しているだけですわよ。 他の事は一切記憶にとどめてはいけませんわ。 それが――」
一呼吸おいて断言する。
「リトのためとはいえ、友のプライバシーを荒らしている私達の責任でしてよ」
女官達が手を止めてマーヴェの顔を見る。
「確かに……マーヴェの言うとおりだわ。 私達、自分の部屋を隅々まで探されるとなったら……やっぱり嫌だもの」
ランが呟く。 それに反応して他の女官達も手を止めてざわめく。
「私……探すのやめようかしら。 もし後でリトが知ったら……きっと怒るわ。 嫌われるかも……」
一人の女官がそう告げる。 同じ心理が女官達の間に芽生える。
そうじゃないのに、と悔しそうな表情でマーヴェが唇を噛んだ。
「私は嫌われてもいい」
その時、手を止めずに作業をしていた弓が言った。
「後でリトが知って、怒って、嫌われてもかまわない。 ここであの木の実を見つけて、それでリトが無事に帰ってくるのなら、リトにまた会えるのなら、私、嫌われたって構わない」
弓の頬を涙が伝う。
「リトがいなくなってもう3日たつのよ? リト、真っ暗な中で、どうしてるのかしら。 光の魔法は使えても、水は使えていたかしら? 怪我していないのかしら、考えれば考えるだけ不安になるの。 私なんかと友達にならなかったら、リトはきっとこんな目に遭わなかったわ。 なら、私はもう嫌われてもいいから、リトには帰ってきて欲しいの」
弓は涙を拭きながら、必死に服のポケットを裏返して木の実を探した。
「馬鹿ですわね。 あなた」
マーヴェが小さな声で言った。
「そんな事考えてたと、後でリトが知ったら怒りますわよ? これはそんな嫌われるとか大げさな話ではありませんわよ? ただの探し物ですわ」
そしてフッと笑うとマーヴェも作業を始める。
「ほら貴女達もボケっとしないでお探しになって」
マーヴェの言葉に促されて女官達は部屋を再びくまなく探し回る。
しかし、木の実はどこにも見つからなかった。
「あ、出てきた」
ハルザ達と外で待っていたルティがそう言った。 弓がノア達に支えられて歩いてくる。 その表情は絶望に満ちていた。
女官達はハルザの前まで来る。
「――どう、じゃったね?」
ハルザがおずおずと尋ねる。
「ありません、でした」
弓がうつろな目をして答える。
「そうか! 無かったのじゃね!」
ハルザが明るい声を上げた。
「ならばリトは助かるぞよ!」
ハルザの表情がぱっと晴れる。
弓達は訳が分からず顔を見あわせた。
「どういう事ですか?」
マーヴェが尋ねる。
ハルザは嬉しそうに【喜びの新芽】を一粒取り出した。
「ここで一番体力を消耗しきっている――そこの黒髪のお嬢ちゃん。 コレを食べてみてごらん」
そう言って弓に新芽を渡す。
弓はみんなに見つめられながら、【喜びの新芽】を口に入れ、かみ砕き、飲み込む。
さぁっ、と爽やかな風が弓の体中をかけめぐった。
「……あぁ」
弓は信じられないという顔で支えられていたノア達の手をほどき、しっかりと立った。
そして女官達の顔を見回す。
「弓……?」
「もしかして……」
弓が頷いた。
ハルザが嬉しそうに説明を始めた。
「これはの、【喜びの新芽】。 一粒で丸一日飲まず食わずでも平気な非常に栄養価の高いものじゃよ。 さして激しい運動をしないのであれば半粒で一日はもつ。 そして私はリトにこれを5粒あげておる。わかるかの? この意味が」
「それじゃ、リトは……」
「そう。 部屋の中をそれだけ探して見つからなかったという事はリトは【喜びの新芽】を持ったまま行方不明になったと考えるのが一番じゃろう? じゃからリトは、まだ見つかってはいないけれど食料は持っておる。 水も無くても生きていける。 最大10日はリトは平気、という訳じゃ。 大丈夫、必ずリトは生きておる」
それを聞いて、女官達がわぁっと、喜びの声を上げる。
確かに遭難して一番心配なのは体力の消耗だ。 しかしその心配がなくなった今、必ず生きて見つかると希望は確信に変わった。
「ありがとう、おばあさん!」
弓がハルザに抱きつく。 ハルザは優しく弓の背を撫でる。
それを、清流が遠くから眺めていた。
「? どうした? 清流、冴えない顔だな」
すぐ隣にいた羽織がそれに気づいた。
「……別に」
清流はただそう答える。
「ねぇ、うちの息子は、大丈夫でしょうか!?」
するとそこに、、行方不明になった子供の母親が半分錯乱してハルザにしがみついた。
「ねぇ、うちの息子も、大丈夫でしょうか? ラムール様は大丈夫だとおっしゃったけど、大丈夫でしょうか」
泣きながら問いかける母親にハルザは声をかけてやることができない。
「大丈夫だよ」
そう言ったのは清流だった。
母親が清流の顔を見る。
「あなたの息子さんと一緒にいるのは僕の兄だ。 僕の兄も――」
清流はそう言ってポケットから【喜びの新芽】を1粒取り出す。
「この、喜びの新芽を4粒持っている。 子供なら4分の1もあれば一日以上、十分足りる。 兄さんは翼族の血が入っているから多少飲まず食わずでも平気だし。 まだまだ十分タイムリミットはある」
母親の顔がぱあっと明るくなる。 ハルザの顔も晴れる。
「清流さんとやら、5粒のうち4粒もお兄さんにあげたのかい? なんてお兄さん思いなんだい。 大丈夫、必ず見つかるよ」
清流はそれを聞いて、ちょっと苦笑いした