6-7 洞窟の外で
洞窟の入り口から、腰に命綱をつけた少年が出てくる。
入り口の前で待ちかまえていた軍隊長達がざわめく。
「羽織様!」
同じく入り口で待っていた弓が名を呼ぶ。
そして現れたのは厳しい表情のままの羽織。
「羽織様……」
弓が弱々しく名を呼ぶ。 羽織は申し訳なさそうな表情で弓を見る。
「また――ダメだったか」
軍隊長がため息をつき、羽織が「行き止まりでした」と返事をする。
軍隊長は地面に広げた地図に×印を書く。
「されじゃあ――次だ」
軍隊長はそう行って地図に記された別の洞窟の入り口に向かって山中を歩き出す。
その姿には流石に疲労感が見えた。
巳白が行方不明になってから4日、つまりリトもいなくなってから3日が過ぎていた。
とりあえず翼族調査委員会は分析で忙しいので、捜索は軍隊主導で行われる事になった。
巳白とリトが合流しているなんて知る由も無い軍隊達は、巳白捜索と平行してリトの捜索も行っていた。 二手に分かれて地図に載っている洞窟の入り口から中に入って捜索する、その繰り返しだった。
捜索は村を襲った凶暴な翼族の存在が確認されていたから日中のみとなっていた。
「翼族の件が無ければ夜通し捜索もできるのだが……」
もう、日没寸前だった。 沈み行く夕日を見ながら悔しそうにボルゾンが唇をかんだ。
翼族は夜行性でもあり、暗闇でも目がきく。 家畜を襲うような凶暴な翼族なら、いつ人間を襲うかも分からない。 日中はまだ人間も目がきくので多少は安心だが、それでも万が一に備え、兵士達は常に2人ひと組で行動し、定期的に点呼をとっていた。
この方針は国内でも広がり、いましばらくは単独での行動を極力控えるように、との命令が出ていた。 更に夜間外出禁止令もずっとかけられたままだった。
「時間だ。 みんな、引き上げるぞ」
全員が引き上げる中、弓だけが洞窟を覗き込んだまま動こうとしない。
「弓。 行くよ」
羽織が引き返してきて、弓の手を引くが弓は動こうとしない。
「弓」
羽織の呼びかけにも、弓は動かない。
軍隊長達は既に遠くまで歩いて行っている。
どんどん日は傾いていく。
困り果てている羽織の側に、男が一人近づく。 羽織は男の姿を見ると、助けを求めた。
男は何も言わず、そっと羽織と弓の間に入ると、六本の腕で弓を抱き上げた。
「いやっ!」
弓が身をよじって降りようとする。 しかし六本の腕は弓の体をしっかりと抱き上げ身動きをとらせない。
「帰るぞ、弓。 清流が迎えに来てる」
六本の腕に力を込めて、アリドが言った。
「嫌! アリドお願い、私ここから離れたくない!」
弓はまるでだだっ子のように涙目になってアリドに訴えた。
「あーウルサイ。 あんまりワガママすぎると口も塞ぐぞ。 心配するだろうが、みんなが」
「だって、リトが、リトが……」
弓は目に涙を一杯うかべ、ポロポロと泣き出した。
「とにかく陽炎の館が嫌なら白の館で構わないから帰るんだ。 もしリトの捜索中にお前の身に何かあったらリトが一番ショックを受けるって分かんねーのか? ほとんど飲み食いしてないだろ、お前も。 こんなに軽くなって」
アリドがポンポンと弓の体を叩く。
「夜は俺が探していてやるからさ」
そう付け加えて弓の頭を撫で、涙をぬぐってやる。
「……」
弓は返事をしない。
「オレ一人で夜に捜索させるのは危険だ、って思って心配してるだろ?」
弓は頷く。
「それと同じだ。 オレ達はお前がここにいるのは危険だと思うから、心配なんだよ」
弓は……頷く。
「オレはな、お前よりも翼族なんかにやられないから、お前より安全なんだよ」
アリドは微笑む。
「アリド、清流が来た」
羽織が空をムササビ犬で飛んでくる清流を見つけて手を振る。 清流はムササビ犬と一緒にふわりと地面に降り立つ。 ムササビ犬の体はまるで空飛ぶじゅうたんのようにふわふわと空中に広がっている。
「さ、羽織、弓ちゃん、乗って」
清流が呼びかける。 アリドが弓の目を見ると、弓は頷いた。
「さ、帰って少しは飯食え」
アリドはそう言って弓を地面に下ろす。
弓はアリドの瞳をじっと見る。
「もう――3日もたつの。 リト、きっとすっごく怖いと思うの。 心配なの」
「分かってる」
アリドはくしゃっ、と弓の髪を撫でる。
弓は頷いてアリドから離れると、清流の乗ったムササビ犬に近づく。
羽織がそっとアリドに近づいて耳打ちする。
「無理するなよ。 かなり危険で、半端じゃなく真っ暗だ」
そして光を起こす魔法の杖をアリドに渡す。
それから羽織と清流と弓は、ムササビ犬に乗って空へ飛んでいった。
その姿が小さくなって見えなくなるまでアリドは見送る。
姿が見えなくなってから、おもむろにアリドは杖で灯りを点し、近くの洞窟に入っていった。
中は真っ暗で、どこまで照らしても先が見えない。
「……」
アリドは黙り込んだ。
少し進んで、前後左右見て、一言。
「こりゃあ、無理だ」
白の館では多くの女官達が窓から外を見て、リト達の帰りを今か今かと待っていた。
一人の少女に長い長い黒髪の少女が尋ねる。
「フローラル、あなたの彼氏、兵士の――ボルトでしたかしら? どうなの? リトが見つかったとか何も情報は入ってきていませんの?」
「うん、何も……」
少女が首を横に振る。 すると黒髪の少女は憤慨して言う。
「全く、兵士なのに使えない彼氏ですわね」
ムッとするフローラルの代わりに少し大人びた感じのショートヘアのルティが口を出した。
「マーヴェ、仕方ないよ。 翼族調査委員会が来てるんだよ。 いいがかりつけられて調査されたらたまったもんじゃないからね。 兵士だって無理できないんだよ」
ルティに次いで、食いしん坊のノアが頷いた。
「ホントよね。 親からもね、ラムール様が委員会メンバーの人に白の館への立ち入りを禁止しているから私達はここにいたら平気だけど、ココを一歩出たら連れて行かれるかもしれないから注意しろって厳しく言われたわ」
「その位、あなた方に言われなくても重々承知しておりましてよ」
マーヴェはぷぃっとそっぽを向く。
「ねぇ、そんなに危険なの? あの翼族調査委員会とかいう人達」
ロッティが首を傾げながら尋ねる。 マーヴェが仕方ないなとばかりに見る。
「当然ですわ。 もっとも、翼族が徘徊してして退治して欲しい時は頼りになるのかもしれませんけどね、基本的に翼族の撲滅を目的としている会ですのよ」
「……どういうこと?」
「つまり会の目的は翼族撲滅であって、その目的のためには手段を選ばないのですわ。 だから翼族を庇おう、隠そうとする者には容赦はしませんの。 例えばお尋ね者の翼族がいたとすると、かくまった者、それを知っている者、いいえ、何か情報を知っていると思われる者を強制的に取り調べするのですわ。 しかも拒否権はほとんど無いに等しくてよ」
フローラルが驚いて質問した。
「え? ねぇ、じゃあ例えば私達は巳白の存在を知っているわよね? それだけでも危ないの?」
返事をしたのはルティだった。
「ああ、それは平気だよ。 翼族調査委員会の権限はあくまで緊急事態の時。 その他の時はもっと強い権限を持っているのは保護責任者なんだ。 巳白さんの場合は保護責任者はラムール様でしょ? だから基本的に巳白に関する事で調べようとしたら保護責任者がやらなきゃいけないの。 巳白さんを知っているから話を聞きたい、って言えるのは保護責任者、つまりここではラムールさんであって、あの人達は私達を調べる事はできないんだよ」
それを聞いてフローラルが胸をなで下ろす。 それを見ていたマーヴェが冷たく言い放つ。
「ただ、保護責任者のいない翼族が何かしでかした時が面倒なのですわ。 今回、巳白とは違う翼族が村を襲ったらしい事はあなた達も承知しているでしょ? その襲った翼族Aがどこの誰で保護責任者まで分かればそっちに状況説明を求められるけど、そうでないなら調査するしかないでしょう。 そうしたらどうやって調査すると思って? ハッキリ言って手当たり次第ですわ」
「手当たり……」
みんながごくりと唾を飲んだ。 そんな中、ランがふと思いついたように言った。
「――ねぇ、もしかして、リトはその翼族に襲われて行方不明になったんじゃない……わよね? もう食べられちゃったりしてるとか……」
しぃん、と水をうったように静まりかえる。
「そ、そんな訳あるはずないよ。 だってラムール様がいるじゃない」
ルティが力をこめた口調で言う。 いや、力を込めないと言葉にすることができなかった。
マーヴェが嫌な想像を振り払うかのように首を横に振る。
「死んでいるのならそれも仕方がないかもしれないわ。 でも生きていて――そうよ、村を襲った翼族が誰か分からないまま見つかったら、リトはおそらく調査委員会に参考人として調べられるわ。 行方不明になっている間、翼族と接触しなかったか疑われて……ああダメ、リトは今見つかったらいけないわ」
「馬鹿! 何言ってるの、早く見つけないとリトの体力ももたないじゃない!」
ルティが真っ青になりながら怒鳴りつける。
マーヴェもしゅんと頭を垂れた。
その時、一人の女官が窓の外を指さした。
「あ、誰か帰ってきたわ!」
窓の外に見える空に、ムササビ犬の姿が見える。
「リト?」
「見つかった?」
少女達は確かめもせずに次々に叫ぶと白の館の中庭に駆けだして行った。