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6-4 巳白さんになった夢

「んん……」


 リトが寝返りをうった。 巳白はちょっと微笑んでから左翼の下部を掛け布団がわりにリトに乗せる。

 右翼は既に男の子が毛布代わりにくるまりながら翼をいじって遊んでいる。。

 巳白は男の子の顔を見る。 何の不安もなさそうな顔だ。


――そういや、この子、全然驚かなかったな。 俺の翼を見て。


 最初、穴の中に落ちた時は暗闇だったからこの子はきっと、俺に羽がついているなんて思わなかっただろう。 しかし今、こうして薄明かりの中でも子供は何ら恐れるそぶりはみせない。


――リトが一緒のせいかな


 そして巳白は再びリトの方を向く。


――そういやリトも、俺やアリドを見た時にそんなに驚いていなかったな


 恐れるどころか、ついさっきは自分に抱きついて泣いていたのだ。 


「羽、きれいだね、おにいちゃん」


 男の子はそう巳白に話しかけた。


――きれいだね、か。


 そういえば母さんもよく言っていた。 俺たちの翼はとても綺麗だと。

 

 


 

「ねーえ、どうしてママには羽がないの?」


 清流は無邪気によく口にしていた。


「うーん、どうしてだろうねぇ。 ママも欲しいなぁ」


 母さんはいつもそう答えていた。 その度に俺は「ママ、ボクのあげようか?」と言っていた。


「ママはパパが抱っこして飛ばせてくれるからいいの」


 母さんはそう言って笑う。 しかし父さんは俺たちが大きくなるにつれ翼に拘束具をつけるようになっていった。 


「んもぅ、パパ、そんなもの外しちゃって」


 父さんが拘束具をつけると母さんが機嫌が悪くなって、すぐ拘束具の鍵を持ってきては外した。


「私は翼はいらないんだよ」


 父さんは母さんに度々言った。 


「どうして? 私はあなた達の翼が好きよ? とても綺麗だわ」


 母さんはそう言って僕たちの翼にブラシをかけてくれた。

 

 

 

 巳白がふと男の子の動きが鈍くなったので覗き込んでみると、男の子は羽を握りしめたまますやすやと可愛い寝息をたてていた。


「っと、寝ちゃったか」


 リトは、と思って視線を移す。 まるでそれが合図だったかのように、リトがゆっくりと目をさます。


「ああ、起きたか」


 巳白は言った。

 リトはかぶりを振りながら目を覚ます。

 周囲を見回して、再度、自分の置かれた状況を再確認する。


「どの位、私、寝てたの?」


 リトは尋ねた。 


「どの位かなぁ。 俺もウトウトしていたから何とも。 腹は減ったか?」


 リトは首を横に振る。


「さすがだなぁ。 【喜びの新芽】は。 腹が減ったらいつでも言えよ?」


 巳白は微笑む。

 リトはほんの少し肌寒くて、無意識に体をさすった。


「寒い?」


 巳白がそれを見て言った。


「少し」


 リトは正直に答えた。


「こっち側に入って」


 巳白はそう言って左翼を持ち上げ自分の左隣に来るように促した。

 リトは言われるがまま巳白の隣に座る。 すると左翼がリトを包み込む。 空気を含んだ翼の内側はほかほかと暖かい。


「あったかいー」


 リトはそう言って翼を引き寄せるように握って、変な顔をした。


「……? あれ?」

「どうした?」


 リトが首を傾げたので巳白が心配して尋ねた。


「ううん。 なんだか、この感触って初めてじゃないような……」


 リトはクシャクシャと羽をつまみながら言う。 羽はキュキュ、と音にならない音を掌に響かせる。


「あっ、そっか。 夢で見たからかな」


 リトは思い出したように言う。


「夢?」


 巳白がリトの顔を見る。


「うん、たった今見ていた夢。 私、巳白さんになった夢だったよ。 飛んでたもん」

「へぇ、俺の夢。 どんな?」


 巳白が興味を示す。


「ええっと、よく覚えてないなぁ。 でも空飛んで悪戯ばっかりしていたような」


 リトは思いだし笑いをしながら答える。 巳白は笑う。


「悪戯か? 俺ってそんなイメージ? どうせアリドとつるんで軍隊長でもからかった夢でも見たんだろ? 言っておくけどな、そんなにしてないぞ」


 リトは一瞬、何か言いたそうな顔をした。

 巳白は懐かしそうに天井を見つめた。


「ガキの頃はやってたけどな。 翼があって、空を飛べて当たり前だったから、清流と一緒に空で遊んだら結局悪戯、って感じになってたな。 時計塔のてっぺんに猫おきざりにしたり、屋根にラクガキしたり。 よく父さんが捕まえに来て、母さんに叱られたっけ」


 リトが、また不思議な顔をする。


「リト、そんな事してたのか、って顔するなよ。 ちゃんと鳥の巣から落ちた雛を元に戻してあげたりとか、良い事もしてたぞ?」


 リトはますます、不思議そうな顔をした。

 リトは妙な気持ちになっていた。

 最初、巳白になっていた夢を見たと告げた時、彼は「今の自分」と勘違いした。

 そうではなくて、幼かった頃の巳白だと訂正しようかと一瞬思ったが、清流も巳白も五体満足の話だと伝えるのもどうかと思い、口をつぐんだ。

 すると今度は巳白が幼い頃の話を始めた。 ――するとそれが、実はさっきまで見ていた夢でやっていた事と同じだったのだ。


 夢の中で「ボク」は空を飛ぶのがあたりまえだった。 清流と一緒に可愛い白猫に見晴らしの良い景色を見せてあげたくて村で一番高い時計塔の頂上に猫を連れていった。 猫が高すぎて怖がり、動けなくなったので食べ物でも持ってきたら喜ぶかなと、その場を離れてうっかり忘れてしまい、パパが慌てて猫を下ろしてママから大目玉だった。 「動物には優しくしなさい」と。 

 そしてある時は屋根のペンキを塗っているある家を見た。 ボクと清流は屋根はお絵かきしていいところだと勘違いし、家にあったペンキを持ち出して自分達の家と、村で一番大きかったおじいちゃんの家の屋根をペタペタとカラフルに塗りまくった。 (一応、他の家にしてはいけない、という勘は働いていた) この時はパパがおじいちゃんに平謝りで、ママはケラケラと笑っていた。 

 

「結構叱られたけどなぁ……、飛ぶな、って命令だけはしなかったな」


 巳白が懐かしそうに呟く。


「巳白……さんと、清流クンはハーフでしたよね。 ご両親のどっちが……とか、聞いていいですか?」


 リトはおそるおそる尋ねた。


「ん? ああ、全然。 気にしないで何でも聞いてくれ。 特に俺に翼があることでこの前のスン村でもそうだけどリト達には結構迷惑をかけてるからな。 知りたい事は知っていてもらって構わないよ」

「あっ、あの、私、迷惑をかけられてるとかは全然思ってませんから」


 リトは慌てた。


「……サンキュ」


 巳白少し困った笑顔で答えた。


「まあ――聞きたい事、っていっても聞きにくいだろうから、俺から話すよ。 もっと詳しく聞きたいと思った所はつっこんで」


 リトは頷いた。


「まずね、父さんが翼族で、母さんが人間だった。 ってか、親が逆のハーフはあり得ないんだ。 翼族の女性は卵を産むから人間とは根本的に生まれ方が違うし……」

「ち、ちょっと待って」


 リトは早速止めた。


「えーと、新世さん、とか一夢さん、っていう人がご両親じゃないの? だって確かラムール様が新世さん達の話をした時に巳白さん達が「母さん」と言っていたような気がいるんだけど……」

「ああ、新世さんと一夢さんは育ての親って言えばいいのかな。 産みの親は別。 一夢さん達は正確には父さん母さんって呼べるほど年は離れていなかったんだけど、さっき言った通り、人間の男と翼族の女では子孫が残せないんだ。 だから上手い具合に、ってのも変だけど俺はハーフだったから二人を父さん母さんって呼ぶ事になった訳」

「そういえば、他の人はみんな名前で呼んでましたね」


 同じハーフである清流も。


「んー、他の奴らはみんな剣術とかを一夢さんから習ってたから、師匠、って感じだったんだよな」


 なるほど。


 巳白達が新世と一夢の話をする時はとても幸せそうな顔をする。 よほど良い方だったのだろう。 巳白は脱線してしばらく二人の話をした。

 新世さんが歌が上手だったこと。

 一夢さんはとても強くて頼りがいがあったこと。


「新世さんが翼族だったから、俺と清流がすんなりここに溶け込めた、ってのもあったと思う。 あの二人は器が大きいというか、何も考えていないというか、使えるものは何でも使うというか。 俺に翼があろうが、アリドが手を6本持っていようがまるでおかまいなし。 手伝いとかバンバンさせられたよ。 ほんと、普通に羽織とか他の奴らと同じように接してくれた」


 巳白が少し考えて、ため息をついた。


「俺と――清流の怪我の事だけど」


 リトにも少し緊張が走る。 巳白はどこか用意していたように、話し出す。


「……村が、戦に巻き込まれて。 母さんと父さんはその時に死んで。 そして翼のある俺たちは、人間として生きていく為には翼を落とさなければいけなかったから。 清流の翼はその時に。 俺の腕も――というか、翼族の翼を落とすって行為は、さっさとやっちゃわないと翼族の軍団が助けに来るって言われててさ、やってる人間の方もいっぱいいっぱいなんだよな。 だから手がすべって、やられたって感じ。 俺はそれでびっくりして清流を連れてテノス国まで逃げてきて一夢さん達に出会った、って訳」


 微かに、巳白の左翼が震えていた。

 この震えは、恐れなのか、怒りなのか。 リトは何も言えないでいた。

 巳白はリトの方を向いた。 優しい瞳だ。


「清流はまだ6つになるかならないかだったから、人間側の理由も分からなかったんで、人間不信っていうか、まぁ、あんな感じになった。 でも――陽炎の館でみんなと一緒に育ったから、時間をかければ、ほら、リトと仲良くなれたように他の人間とも上手くやっていけると思う」


 リトも頷いた。


「清流くんは、確かに時々カチンとくる事もあるけど――いい友達になれると思うの。 だってこの前も弓に履かせる靴の話で大盛り上がりだったんだから」

「ああー、あれなぁ。 清流は綺麗なものがとにかく大好きだからな。 そんな感じで仲良くしてやって」


 巳白が笑う。

 リトは頷いた。


 

 それからまたしばらく、今度はリトの家の話などをして、いつの間にかリトは再び睡魔に襲われ深い眠りへと落ちていった……。

 

 


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