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6-3 本当なら、夢も見ずに

「いーぬぅのー♪」


 男の子はその後、巳白から羽を一本もらってそれを羽ペンがわりにして地面の柔らかい所に絵を描いていた。

 リトと巳白は並んで座ってそれを見ていた。


「全然、平気そうですね」


 リトが言った。


「んー、まぁ、あいつ等が迎えに来てくれるだろうからな。 来意も特に言ってなかったし死ぬ事は無いだろうって分かってるから平気だね。 だからリトも安心しろ?」


 巳白が全然慌てていないのでリトもほっとした。


「しかも、あの子もリトもいるとなれば、ラムールさんが絶対助けてくれるから。 そこの所はリトも信じてるだろ?」


 リトはちょっと困った。

 リトはラムールがどこかで療養中で帰ってきていない事を知っていたから。

 彼がはたして間に合うのか、それはとても不安だった。


「そういえば巳白さんって意外と色々持ってきてるんですね」


 リトは話題を変えた。


「ん? ああ。 ウエストポーチにな。 結構アリドにつきあって、ってのも変だけど野宿とかしてたからな。 その名残。 佐太郎さんに便利グッズ一杯作ってもらってるし。 ナイフやライターもある。 ……ただ残念な事に、この洞窟内には簡単に捕まえて食べられそうなものが無いからなぁ」


――翼族は人間を食べる――


 リトはそんな事を思いだして背筋が寒くなる。


「……安心しな、って」


 まるでリトの考えを読んだかのように巳白が言う。 リトはただ頷く。


「腹、減ってないか? こんなものもあるけど」


 今度は巳白が話題を変えた。 巳白が取り出したのは、小指の爪くらいの大きさで赤と黄色が見事に混ざり合ったマーブル模様の【喜びの新芽】。


「あっ、え、待って」 


 リトはそれを見て慌てて自分の服のポケットをさぐる。 指先に何かが触れる。


「私も持ってる!」


 そう言ってリトは自分の【喜びの新芽】を取り出した。


「へぇ。 驚いたな。 ラムールさんから貰った? 俺は清流から4粒貰った」

「4粒っ!?」


 リトは思わず声を荒げた。

 何だ何だ、清流ったら、4粒っていったら私が譲った数そのままじゃないか。


「ああ。 清流がな、普通の食事するよりかは、少しだけだけど傷の治りは早いからって言ってな。 あんまり変わらないって言ったんだけど、栄養があるからって押しつけられた」


 巳白が笑う。 それを聞いてリトは清流への憤りは消えた。


――ほんの少しでも早く、よくなって欲しいもんね……


 その気持ちのためならば、清流の嘘なんてかわいいものだ。


「今みたいにあんまり動かないのなら、半粒も食べれば一日はもつぞ。 今のうちに食べな」


 巳白はそう言って既に半分に割った【喜びの新芽】をリトに渡す。

 リトは言われるがまま新芽を口にする。 それはゆがいた大豆のような、小豆のような、ほんのり甘い味がした。

 飲み込むと体中に暖かい血液が循環したような感じで、あっという間に満腹になった。


「他は何か持ってたかな……」


 リトはポケットをさぐった。 また、何かが指先に触れる。

 そっと取り出すとそれは「眠り玉」だった。


「リト、いいもん持ってんじゃん。 それ舐めて寝てれば時間なんてあっとい間にすぎるぞ」


 巳白はそう言うと、眠り玉をリトの手から取り、リトの口に入れた。

 リトはほんのひと舐めで、すとん、と眠りについた。

 本当なら、夢も見ずに寝続ける、はずだった。



 

 

 

「おにーい、ちゃーん」

 リトを誰かが呼んだ。 いや、正確には「お兄ちゃん」だから「リト」ではない。

 しかし自分を呼ばれているのは間違いはなさそうだった。

 「お兄ちゃん」であるリトは周囲を見回す。 夕焼けが空を染め、辺りにはのどかな田園が広がり、田は稲穂が黄金色に色づいてそよそよと風に吹かれていた。


「おにーいちゃん、なにしてるの?」


 リトを呼ぶ主がいきなり自分の右側に現れた。 その子は今日洞窟で出会った「ひーる君」と変わらぬ年頃の男の子。 肩まで伸びた美しい金髪がきらきらと風にそよぐ。 その両目は青く澄んでいて、まるで宝石のようだった。 肌の色は白く、顔立ちも整っている。 愛らしく天使のようだ。


「小鳥が巣から落ちてた」


 そう、「お兄ちゃん」と呼ばれたリトは返事をした。

 視線を移すと自分の両手に包まれて、雛がぴいぴいと泣いていた。


「風で落ちちゃったんだ」


 そう言って「リト」は上を見上げる。

 高い樹の枝の根元に鳥の巣が見える。


「おうちに帰してあげるね」


 「リト」はそう言うと、背中に力を入れる。 すると肩胛骨あたりの筋肉が動き――違う。 翼、だ。 「リト」は翼を使って空中に舞い上がる。 雛を驚かさないようにゆっくりと。

 「リト」は巣の側まで来るとそっと雛を巣に帰す。 巣の側に親鳥がいた。


〈もう平気だよ〉


 「リト」が親鳥にそう告げると親鳥は〈ありがとう〉と返事をした。

 それはすべて、とてもあたりまえで自然な出来事だった。


「おにーいちゃん」


 するとそこに羽をばたつかせて、さきほどの子が飛んできた。 勢いよく近づいたので雛と親鳥がびっくりする。


「ダメだって、せいりゅう。 もっとしずかにしなきゃ、鳥さんがびっくりするだろ?」


 「リト」は男の子を叱った。


――清流?


 リトは感じた。 そう、確かに彼は清流だった。

 とすると、自分は――


「巳白ー! 清流ー! もう夕ご飯だから、帰っていらっしゃーい」


 少し離れた丘から、夕日を背にしたシルエットの女性が二人を呼ぶ。


「えー、やだぁ」

「まだあそびたーい」


 「リト」こと巳白と清流は口をそろえて言った。


「ダメよぉー。 今日はあなた達の大好きなシチューだから、さっさと帰っていらっしゃぁい!」


 女性はよく通る声で呼ぶ。


「どうする? 清流」

「まだボクあそびたぁい」


 二人が相談していると、ばさり、と暖かい風が吹いて白い翼が二人を包んだ。


「コラ、巳白、清流。 お母さんを困らせると後でいっぱい怒られるぞ?」


 翼の持ち主はそう言って巳白と清流をそれぞれ抱きかかえた。


「パパぁ!」


 清流が彼の名をそう呼ぶ。


「あーあ、つかまっちゃった」


 巳白はそう言ってふくれる。

 しかし、胸の内はとても暖かくて、くすぐったくて、幸せだった。

 

 

 

 その日の夕食は確かにママが言ったとおり二人の大好きなクリームシチューだった。


「おいしーい♪」


 清流がペロリとスプーンを舐める。


「ママ、おかわり」


 巳白であるはずの私――つまり、リト――いいや、「ボク」これが一番しっくりする。

 ボクはママの作ったシチューをおかわりする。


「はい巳白。 沢山お上がりなさい」


 ママがにっこり笑っておかわりのシチューをつぐ。

 ママはボクから見ても、とても可愛らしいひとだった。 清流と一緒の色をした髪の毛はおでこを出しているほど、とても短かったけど、きれいな巻き毛でお人形のようだった。 大きな二重のくるんとした瞳はまるでリスか何かの小動物みたいだ。


「パパ、またインゲン豆残してる。 ダメよ。子供達にしめしがつかないわ、食べて」


 ママはちょっとほっぺを膨らませてパパのお皿をさした。

 ボクと清流はパパをじっとみつめる。 パパは僕たち二人の顔を見比べて、「好き嫌いなんか、パパしていないからなっ」と強がって言うと、ぱくりと残ったインゲン豆を食べた。

 むしゃむしゃとかみ砕き水で流し込む。


「ふふふ。 パパったら、その食べ方って子供達が苦手なものを食べるのとおなじなんだから」


 ママはそう言って笑う。

 パパは髪の色はボクと同じだったけど、清流に似ていた。 いや、今の清流ではなく、大きくなった清流を少し老けさせたような感じ。

 みんなで夕食をとっていると、表の扉がノックされた。 


「あ、お父さんだわ」


 ママがそう言って立ち上がった。


「おじぃちゃん?」


 清流が嬉しそうに目を輝かせる。

 程なくして部屋の中にママのパパ、つまりおじいちゃんが入ってくる。


「ようこそ、お義父さん」


 パパがすこし緊張した口調で迎え入れる。


「おかえり。 お父さん」


 ママがおじいちゃんとハグをする。


「おうおう、変わりは無かったか?」


 おじいちゃんは嬉しそうにママをハグする。


「おじいちゃん、おみやげ♪」


 清流がおじいちゃんにまとわりつく。


「おうおう、じぃじはちゃんと持ってきたぞ。 クレアムルの村長さんからな、プリンの木の実、たーっぷり貰ってきたからな、後で食べなさい」


 おじいちゃんは顔をくしゃくしゃに崩して言う。


「やったあー!」


 清流は無邪気に喜んで部屋の中を飛び回った。


「こら清流、部屋の中で飛ぶんじゃない」


 パパが少し慌てて言う。 


「まぁまぁ、子供だから仕方がないだろう」


 おじいちゃんはそう言って目を細める。 


「ほら、巳白もおじいちゃんに御礼をいって」


 パパに促され、ボクは立ち上がってきちんと礼をする。

「うむ」とおじいちゃんは満足そうに頷く。 


「おじいちゃん、だぁいすきぃ」


 清流が無邪気におじいちゃんに抱きつく。 


「おやおや。 清流の甘え方は、ほんとにお前のお母さんの小さい時にそっくりだよ」

「えへへー」


 清流は満面の笑顔でおじいちゃんに甘える。

 ボクは甘えるのは苦手だった。

 というか、なんとなくおじいちゃん達が怖がっているような気が、ずっとしていた。

 パパとママ以外のひとには常に奇妙な緊張感を持たれていたような気がしていた。

 清流はボクとは逆で、生まれた時からおじいちゃん達に可愛がられているような気がした。

 ぼくはおじいちゃんを怖がらせない為にもおじいちゃんに近づいてはいけないような気がしていた。

 でも、素直に甘えきれる清流が、ちょっと羨ましかった。


「ほら、巳白。 プリンの実、切ったからお食べなさい」


 ママが優しくボクに語りかけた。 ボクは頷いて、お皿を出すという、いつもはしないお手伝いをした。


「ありがとう」


 ママはぼくの頭を撫でた。 優しくて、かわいい、大好きなママ。

 ボクと清流とパパには白い翼があって、ママにはなかった。

 そう、ボクはいつも不思議だった。 どうしてママにだけ翼が無いのか。

 ママひとりじゃ可哀想なのでボクも翼が無かったらよいのにな、と思っていた。

 そうしたらきっと、おじいちゃんにももっと甘えるような気がした。


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